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異世界の王様  作者: 池崎数也
第一章
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第二十九話:一夜明けて

 騒動から一夜明け、城の中は大分落ち着きつつあった。それでも兵士が忙しなく走り回り、城の者達は誰が犯人かと口々に憶測を並べ立てる。

 そんな中で、義人は信用の置ける者をひとまず執務室に集めていた。

 優希、志信、カグラ、サクラ、アルフレッド。それに、商人のゴルゾーも呼ぶ。ミーファや騎馬隊隊長のグエンも呼ぼうと思ったのだが、王暗殺という大事件で兵士に動揺が広がらないよう奔走しているためここにはいない。

 義人は一夜明けて“冷静に”怒れるようになったので、外見上はいつも通りだ。サクラの淹れたお茶を飲みつつ、小さく笑いかける。


「それにしても、サクラって強かったんだな?」

「あ、あの、その……ヨシト様に危険が及んだ時、傍に仕えている者が戦えなくては駄目ですし、メイド相手なら敵も油断してくれるんじゃないかと……こ、今回の件、まことに申し訳ありませんでした!」


 小動物のように怯えた様子のサクラに、『やっぱりこれがサクラだよなー』と義人は内心で思う。


「いやいや、そんなに頭を下げんなって。志信の姿を真似た人形相手に戦ってたんだろ? むしろ頑張ったじゃんか」

「い、いえ。わたしは防戦一方でしたから……シノブ様が加勢してくださらなければ、負けていました」

「俺なら三秒で死ねる自信があるけどね。そういや志信、さっきから気になってたんだけど、その手に持っている物はなんだ?」


 何やら恐縮しているサクラから視線を外すと、いつもとは形の違う棍を持っている志信に話を振る。


「これは人形が使っていた武器でな。丁度良いから二本ともいただいておいた。相手の魔法を無効化する能力があるらしい」

「鬼に金棒だな、そりゃ。相手は強かったか?」


 志信の腕前に、魔法を無効化する武器となればまさに鬼に金棒だ。志信は義人の質問に少し眉を寄せる。


「一年前の俺と戦うようなものだった。自分の無駄な動きなどもわかったから、良い経験だったと言えるな」

「なるほど……それじゃあ、朝から暗い表情のカグラ君。君はどうしたんだね?」


 暗い表情で立っているカグラに、義人はわざとおどけて聞いてみた。


「いえ、なんでもないです」


 だが、返ってくる言葉にも暗い感情が込められている。今回の事件で余程責任を感じているらしく、いつもの朗らかな笑顔はまったく見られない。そんなカグラを落ち着かせるように、アルフレッドが口を開く。


「カグラよ、お主一人が背負い込む問題ではなかろう。儂も此度のことでは何の役にも立っておらんわ。まったく、我ながら情けないのう……ここまで鈍っておるとは」


 最後は珍しく愚痴のような言葉だったが、そんな二人を見た義人は何でもないように笑い飛ばす。


「だーかーらー。俺は無事だったんだから、二人が気にすることはないって」

「しかし、無事とは言ってもヨシト様やユキ様がお怪我をされたではないですか!」


 義人の言葉に、カグラが反発するように声を張り上げる。


「う、それを言われるとちょっと困る。でもほら、すでに魔法で傷一つないし」


 そう言って努めて明るく振舞う義人を見ていた志信は、義人が内心ではかなり怒っていることを感じ取っていた。そして、そんな危険なときに外へと鍛錬に出ていた自身の迂闊さも腹立たしい。

 元の世界でもこちらの世界でも毎日続けていた日課だったのだが、方法を改めなければと内心で思う。

 そして、ここ最近感じていた視線はおそらくエンブズのものだったのだろう。

 『お姫様の殺人人形』は真似させる対象を鮮明にイメージしなくてはいけない。サクラはこの世界の人間だからまだ良いが、志信は異世界の人間だ。イメージするために遠距離から何度も観察していたに違いない。

 志信はそんなことを考えつつ、さり気なく隣に立っている優希に目を向けた。


「…………」


 優希は、無言で義人を見ている。明るく振舞う義人に対して、優希の表情も笑顔だ。

 ただ、目だけは笑っていない。瞳にはどこか濁った輝きがあり、僅かに狂気染みたものを感じる。

 どうやら、こちらも大変ご立腹らしい。

 話に一区切りがつくと、今まで話の成り行きを見守っていたゴルゾーが前へと出る。


「それでヨシト王。私に用事とは?」

「っと、待たせて悪いな。と言っても、わかってるだろ?」


 僅かに義人の視線が鋭くなり、その視線を受けたゴルゾーは頷く。


「今回の騒動に使われた『お姫様の殺人人形』がどこで、誰が売ったものかですな?」

「ああ。まあ、ゴルゾーじゃないことはわかってる」

「おや? 私が『お姫様の殺人人形』を売っているのはご存知のはず。それなのに何故私ではないと?」


 言葉には試すような響きがあり、義人は小さく笑う。


「俺を殺すための道具を売るよりも、この先俺相手に商売していたほうが儲かるからだよ。たしかに数千万ネカが一気に手に入るだろうけど、この先王様を相手に商売していれば最終的にはそっちのほうが儲かるだろ? それに、この国の中で道具の売買ならお前が一番だ。実際に『お姫様の殺人人形』を誰かに売ってしまえば、真っ先に疑われるし足がつく。それがわからないほどお前は無能じゃないだろ? それに、俺はゴルゾーを信用してるしな」


 そこまで言って、言葉を切る。ゴルゾーは鷹のような目を僅かに細め、相好を崩した。


「信用、ですか。いや、光栄です」


 楽しげな声。だが、すぐに表情が元に戻ると懐から一枚の紙を取り出す。


「実は、夜が明けぬ内にカグラ様からの使いが来まして。それからすぐに調べておきました。さすがに時間がなかったので深いところまでは探れませんでしたが、この国の中で『お姫様の殺人人形』を所持していた商人の情報です」


 義人に紙を手渡すと、ゴルゾーは苦笑染みた表情を浮かべる。


「もっとも、『お姫様の殺人人形』のような高価で稀少な商品を扱える商人は数が少なく、絞り込むのも楽でした。しかも、それを複数所持していたのは一人だけです」

「商人ベッソン……こいつか」

「ええ。二週間ほど前から他の商人に『お姫様の殺人人形』を売ってもらっていたようです。そして、つい最近その『お姫様の殺人人形』が全て売れています」


 ゴルゾーの説明を聞きながら、ベッソンについての資料を読み進めていく。


「こいつはどんな奴だ?」

「強欲で、金になるならどんな物でも売り捌く奴です。その紙に書かれた情報を集めるだけでも一苦労でした。そして、エンブズ様が十年前から贔屓にしている商人でもあります」

「それでよく情報が集まったな」

「ベッソンの取り巻きに金を握らせていましたので、そこから情報を聞き出すことができました」

「そうか……それじゃあ、その握らせた金の分も含めて料金を払わないとな。いくらだ?」


 義人が尋ねると、ゴルゾーはしばし考え込む。


「……いえ、お支払いは後でけっこうです、はい」

「なんでよ?」


 ゴルゾーの言葉に思わず突っ込みを入れると、ゴルゾーは商人らしい笑顔を浮かべる。


「そちらのほうが金になる気がしまして、はい」


 理由はわからないが、そちらのほうが良いらしい。たしかに今の状況で金勘定をするのも気が引けたので、情報の書かれた紙を懐に入れつつ納得の意味を込めて頷いた。


「わかった。それじゃあ事態が完全に落ち着いてから払おう」


 そして義人は一枚の白紙を取り出し、筆で文字を走らせる。一分ほどかけて文字を書き終えると、最後に王印を押した。


「さて、それじゃあベッソンに出頭……いや、話を聞きたいから来てもらうか」


 そう言って、王命で今すぐに城まで来るよう書かれた紙を見せる。それを見たカグラはすぐ

さま頷き、紙を片手に駆け出した。

 それを見送り、義人は肩を竦める。


「かなり気にしてるな、あれは……」


 どうにかしないといけないな、と小さく呟き、ゴルゾーを除いた全員と共に謁見の間に向かうことにした。




 謁見の間ではすでに大勢の臣下が集まっており、口々に今回の暗殺未遂に関して話している。

 その中で、ミーファは周りから向けられる矢のような視線に耐えていた。


『前回の王は毒殺で、今回は直接殺そうとしたらしい』

『二代続いて王を暗殺か……』

『前王とは違い、今回の王は良き王だというのに』


 ヒソヒソと、それでいてミーファにギリギリ聞こえる声量でささやく。朝からずっとこの調子だった。

 周りの文官は白い目でミーファを見て、本人はただ耐える。救いは武官達が味方ということだろう。隣に座っている騎馬隊隊長のグエンもその一人だ。


「まったく、証拠もなしによく喋る。気にするなよ、ミーファ殿」

「ええ。ありがとうございます、グエン殿」


 グエンの言葉に感謝の言葉を返し、ミーファは周りの雑音を遮るように目を瞑る。

 前王を毒殺したと処刑された父。その父の潔白を示すために努力してきたが、それも実らず今度は自分が次の暗殺犯だと見られている。

 昨夜は自室で睡眠を取っており、不覚にも騒動に気づけなかった。起き出したのは全てが終わった後、義人が部屋に引き上げてからだ。

 新しい王が召喚されてから気が緩んでいたことをミーファは自覚する。

 父を暗殺犯に仕立て上げた本当の犯人を見つけるために自分はここにいるのだ。そのために血の滲むような鍛錬を積んできた。本当の犯人を見つけだし、己の手で殺すために。

 様々な憶測が飛び交い、その噂の大半はミーファが犯人だと決め付けている。

 それが自身の日頃の行いからくるものならミーファもまだ納得した。だが、父を引き合いに出して決め付けられては怒りよりも悲しさが大きい。

 そんな悲しげな表情をしているミーファの横で、グエンは内心ため息を吐いた。

 ヨシト王、なんとかしてくだされ……。

 今回暗殺されかけた人物に、グエンは願う。

 義人とは何度か話したことがあるが、実に良い人物だと思った。こちらを全面的に信用し、主君として仕えるには申し分ない。

 民のことをよく考え、少しでも税率を下げようとここ数日まともに眠っていないという話も志信から聞いた。

 これから先も、今の義人のままでいるなら名君になるだろうとグエンは見ている。曲がらず、折れず、堕落しない。それが叶えば、この国は今まで以上の発展を遂げるだろう。

 施政者としては甘いと言わざるを得ないところもあるが、そんな甘さも魅力のうちだと思える。

 だから、今回の騒動も上手く収めてほしいとグエンは思っていた。


「何を騒いでおるか!」


 そうしていると、謁見の間に入ってきたアルフレッドが騒ぎを見るなり一喝する。腹の底から発せられた叱声に、文官達は声を失って口を閉ざした。

 そして遅れること十秒ほど経ち、今度は志信達を連れ立って義人が謁見の間に姿を見せる。謁見の間にいた臣下は皆膝をつき、頭を下げた。

 それを見た義人は、まるでいつもの朝礼のように苦笑する。


「あー、みんなそんなに畏まらないでくれって。ほら、頭を上げてくれ」


 声にも厳しさはない。そう判断した文官武官は顔を上げ、義人の様子を窺った。


「ヨシト王! お体のほうはご無事ですか!?」


 そんな中で、文官のロッサが声をかける。横領が発覚して義人に許されて以来、仕事に精を出しているこの青年は義人の身を非常に案じていた。


「ああ、大丈夫だよ。ちょっと怪我したけど治癒魔法で治してもらったし、今はまったくの健康体だ」


 無事をアピールするように体を動かしてみると、それを見た臣下から安堵の声が漏れる。

 そのことに義人は苦笑して臣下を見回し、そのうちある方向を見て眉を寄せた。


「どうしたミーファ。顔色が悪いぞ? もしかして風邪か?」


 膝をついているミーファの顔にいつもの精彩がなくて声をかけたのだが、周囲の人間はそれを暗殺失敗に関しての皮肉と思い同調するように声を上げる。


「そうですな、ミーファ殿。何やら顔色が悪いですが、此度の件で何か申し開きがあるのでは?」


 嘲りを含んだ声が文官から飛ぶ。それを聞いたミーファはただ唇を噛み締めるだけだ。


「こらこら、みんな何を言ってるんだ? まさかミーファが犯人とでも?」


 ざわめく臣下達を嗜めるように言うが、そのうち何人かが頷く。


「おそれながら、その可能性が高いかと」

「なんでやねん」


 思わず突っ込みを入れる。義人の出身は関西ではないが、なんとなく関西弁だ。


「ヨシト王はご存知ないかもしれませんが、前王を毒殺したのはミーファ殿の父であるポドロ=カーネルです。だから」

「だから、その娘のミーファが俺を殺そうとする? 意味がわからんぞ。疑われるとわかっていてなお俺を殺そうとするなら、余程俺に恨みがあるか余程間が抜けているか……そのどちらにもミーファは該当しないはずだ。そもそも、前王を毒殺したのはミーファの親父さんじゃないだろ」


 事も無げに言い放つと、今まで顔を下げていたミーファは音が立つ速さで顔を上げる。


「それは本当ですか!?」

「確証はないけどな。丁度良い機会だから聞いておくけど、前王が毒殺されてポドロが犯人だって言い出したのは誰だ?」


 義人の質問に臣下達は顔を見合わせると、僅かな時間を置いて視線を動かす。しかし、そこには誰もいない。

 臣下達の視線を追った義人は、いつもそこに誰がいたかをすぐさま思い出す。


「お、エンブズがいないな。どうしたんだ? すぐに集まるようにと兵を向かわせたはずだろ?」


 そう言ってカグラに目を向けると、カグラは首を横に振った。


「向かわせた兵がまだ戻っていません。本来なら戻っていてもおかしくないのですが……」

「んー……あと三十分経って戻らなかったらもう一回兵を向かわせる。それまでにこっちの用事も済むだろうしな」

「用事、ですか?」


 問うカグラに、義人は目を細める。すると、それを見計らったように謁見の間に兵士が走りこんできた。


「商人ベッソンを連れてきました!」

「ああ、お疲れ様。通してくれ」

「はっ!」


 返事を残して再び走っていく兵士を見送り、義人は口の端を僅かに吊り上げる。


「さて、まずは証拠を吐いてもらいますかね」


 その瞳の奥には、怒りの炎が静かに燃えていた。


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