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異世界の王様  作者: 池崎数也
第一章
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第二十二話:税率改定

「明日より税率を引き下げることにした」


 タルサ村の視察から二週間ほど経ったその日、朝礼で臣下を謁見の間に集めた義人は開口一番そう言った。

 脈絡もなく、かつ何気なく告げられたその言葉に臣下は反応することも忘れ、ただ呆然とし

ている。そして、いち早く立ち直ったのはアルフレッドだった。


「ヨシト王……突然何を?」

「いや、税率を引き下げるって言ったんだけど。聞こえなかったか?」


 不思議そうに首を傾げる義人に、アルフレッドは眉間を軽く押さえる。


「税率とはそんな簡単に決められるものではないですぞ? そもそも、今の財政でもいっぱいいっぱいじゃというに……」

「あ、それは大丈夫だ。ここ一週間ほどで何回も試算してみたが、六割に引き下げても問題ないって結果が出たから」


 にこやかに告げる義人。ようやく事の次第を理解し始めた臣下達は、互いに顔を見合わせて何事かをささやき合う。


「お待ちくださいヨシト王!」


 そんな中で、恰幅の良い男が声を張り上げた。


「なんだ?」

「税金を引き下げることなどできませんぞ! そもそも、引き下げると言ってすぐに引き下げられるものではありません! いや、第一何故私に相談されないのですか!?」


 声を張り上げた男……財務大臣のエンブズ=カリーは顔を赤くして反発する。たしかに財務大臣のエンブズには話を通しておくべきだろう。だが、義人は息巻くエンブズを見て軽く足を組んで薄く笑った。


「どうしたエンブズ。ずいぶんと焦った顔してるじゃないか? 税金を引き下げたら困るか?」

「当たり前です! 先程アルフレッド様がおっしゃいましたが、ただでさえ財政は逼迫しているのですぞ!? 税金を引き下げてしまえば、国の運営が成り立ちません!」


 名前を呼ばれたアルフレッドが若干顔をしかめたが、それに気づいた者はいない。義人はそんなエンブズを一瞥すると、カグラに目を向けた。


「エンブズはああ言っているが、最終決定権は誰にある?」

「ヨシト様です」

「だよな」


 頷き合う。だが、そんなことではエンブズは納得しない。


「それは横暴というものですぞヨシト王! 何のために臣下がいるとお思いか!?」

「何のため、ねぇ……」


 義人は顔を真っ赤にしながら叫ぶエンブズを冷めた目で見つつ、懐から丸めた紙を取り出して口を開いた。


「財務官、ロッサ=ハーネリア。同じく財務官、ウェルツ=ハンネア。同じく……」


 書面に書かれている名前を読み上げる。その数は文官のおよそ半分で、呼ばれなかった者達は不思議そうな顔をした。

 今呼んだ名前は、視察の前日に横領の件で呼び出した文官から聞いた名前である。ゴルゾーやカグラを使って一週間ほどで証拠を集め、すでに“話”をした者達だ。


「お前らはどう思う? 税率を六割に下げたら国の運営は無理か?」

「は……それは、その……」


 最初に執務室に呼ばれた文官、ロッサはエンブズを見てすぐに目を逸らす。それを見た義人は、小さく笑った。


「ロッサ。お前は誰の臣下だっけ?」

「もちろん、ヨシト王の臣下です」

「だよな。で、どうだ? 無理か?」


 急かすでもなく、ただ思うがままに話せと言外に告げる。ロッサは数回深呼吸をすると、頭を下げた。


「無理ではありません。十分可能だと思います」

「ロッサ! 貴様何を抜かしておる!!」


 ロッサの言葉に激昂するエンブズ。ロッサは一瞬身を竦ませるが、すぐに反発するように口を開いた。


「ヨシト王、今名前を呼ばれた者全員と話されたのですか?」

「ああ。いや、みんな聞き分けが良くて助かったよ」


 おどけるように言うと、呼び出された文官達は苦笑する。

 証拠を突きつけられ、厳しい罰を言い渡されて懐柔されたのだ。横領した金を返せば義人は約束通り何もしなかった。ただ、『頑張って働け』と言うばかりである。


「でしたら、十分に可能でしょう。私はそう思います」

「そうか、他の者は?」

「はっ。私も可能かと思います」


 続々とロッサに同調する文官達。その様子を見ていた武官達は、感心したように義人を見ていた。


「やれやれ、ヨシト王が手を回していたみたいだな」

「そうね」


 騎馬隊隊長のグエンが呟き、ミーファが同意する。そんな会話が聞こえるはずもない義人は、まったく気にせずエンブズに目を向けた。


「さて、お前以外の文官は皆可能だと言ってるが?」

「ぐ……ぬぅ……そう、ですな。では、可能なのでしょう……」


 歯を噛み締めるエンブズ。そこには義人に対する忠誠心など欠片も見えず、邪魔だと思う心しかない。

 それに対して、他の文官達はある程度の忠誠心を義人に対して持っている。

 本来税金の横領などは大罪で、最悪斬首となっても仕方なかった。しかし、義人は水に流すと言う。

 例え横領した金を返すことと、これから真面目に働くことなどの条件があったとしても、生活するには十分の給料をもらっている。それに、彼らとてこの国の人間だ。この国が良くなる方法があり、良くすることが出来る人物が上にいるなら従うにも抵抗はない。


「まあ、税率を変えると言ってもすぐにできるわけじゃないか。農民は作物を収穫してから年

貢を納めるものだしな。だから、下げられるところから順次税率を六割に引き下げる」

「それならば時間的にも余裕がありますな……」


 義人の言葉を吟味したのか、エンブズは頷く。そこに納得の色を見た義人は、周囲を見回して反対意見がないか目で尋ねた。そして、意見がないと判断すると大きく頷く。


「よし、それでは朝礼はこれで終了とする! 今日も皆の働きに期待する!」


 その言葉で締めくくり、朝礼は終了となった。




「あー、疲れた……」


 執務室に戻ってきた義人は、早速執務用の机に向かう。それを見たカグラは苦笑を浮かべた。


「嬉しいことですが、ずいぶんと熱心ですね?」

「まあな。税率を引き下げるとなったら俺の仕事も多くなるだろ? 速やかに片付けないと後で困るからな」


 政務に勤しむ義人を見て、カグラは内心で嬉しげに笑う。

 義人達がこちらの世界に来て一ヶ月ほどだが、最近は元の世界に戻りたいとも言わなくなってきている。

 初めて商人のゴルゾーに会った時以来政務に身を入れてくれるようになったが、コルサ村の視察に行った後はさらに真剣になっていた。

 真剣に考えれば考えるほどこの国に愛着を持ち、元の世界に戻ろうとしなくなるだろう。

 この国の未来を考えるカグラにとっては、そう事が運ぶように努力した甲斐があったというものだ。あと何か一押し欲しいところだが、今のところ思いつく手はない。

 いっそのこと女性を与えてみようかとも思ったが、何のかんので義人は拒否するだろう。

 奥手というか、微妙に純粋なところが義人にはある。鈍感なだけかもしれないが。


「いっそのこと、わたし自らいきましょうか……」


 ポツリと呟く。カグラ自身義人のことは憎からず思っているし、それはそれで名案に思えた。


「ん、なんだって?」

「い、いえ! なんでもないです」


 珍しく慌てた様子で首を横に振るカグラ。頬が微妙に赤く染まっており、義人は首を傾げた。


「風邪か? 最近証拠集めでこき使っちまったし、きついなら休んでくれよ?」

「はい、大丈夫です。ヨシト様こそ、無理はしないでくださいね?」


 心配を向けてくる義人に、カグラは微笑みながら頷く。


「ま、体力には自信あるしな。志信には負けるけど」

「そう言えばシノブ様やユキ様は何を?」

「志信はグエン隊長に頼まれて騎馬隊の連中と一緒に訓練してる」


 手元の書類を眺めつつそう言うと、カグラは意地悪げな笑みを浮かべた。


「あらあら、それでミーファちゃんの機嫌が悪かったわけですか」


 最近義人の頼みでいつも通りに喋るようになったカグラは、ミーファをちゃんづけで呼ぶ。それを聞いた義人は小さく噴出した。


「なんだ? やっぱりミーファは志信がいないと寂しいのか?」

「そうですねー。訓練相手としてなのか、別の感情なのかはわかりませんけどね?」


 そうは言うが、カグラは後者だと思っている。

 知り合ってすでに十年以上の付き合いになるが、あんなミーファを見るのは初めてだった。だが、まだそこまで強い感情ではないだろう。友人でありライバル、そしてちょっと気になる存在。そんなところだ。


「へぇ……まあ、志信ならお似合いじゃないか?」

「ヨシト様もそう思います?」

「ああ。今度へそくりで温泉旅行でもプレゼントしてやろうか?」

「ぷれぜんと……贈り物のことでしたね。でも、へそくりって……」


 へそくりという言葉にカグラは苦笑する。義人のいうへそくりとは、横領した文官から返還させた金のことだ。

 その額しめて五百万ネカ弱。

 大半は国の予算に戻したが、誰にも知られずに動かせる金があったほうが良いというカグラの進言に従って五十万ネカほど隠してある。


「そういや、ゴルゾーに頼んだエンブズの情報まだかな?」


 王印を押しながら、義人はそう呟く。エンブズの情報というのはもちろん、不正に関した情報のことである。

 文官の証言からも、エンブズが税金を横領しているのは間違いない。だが、証拠がないため罰を与えることもできなかった。


「罰って、エンブズ様も他の文官の方と同じ罰にするんですか?」

「そのつもりだけど、やっぱり無理かな?」


 エンブズが横領した税金の額は、他の横領した文官全員分の横領額を足してもまったく届かない。最低でも十倍以上の五千万ネカは横領しているとの見立てが出ていた。


「そこまでいくと逆にすごいと感心するよな」

「もう、そんなことで感心しないでください。最低でも五千万ネカですよ?」

「最低っていうところがポイントだな。カグラはエンブズがどのくらい横領してると思う?」


 義人がそう尋ねると、カグラは僅かに考えこんで指を一本立てる。


「このくらいかと」

「一億、か。いや、俺には想像もできない数字だな」


 十年で一億ネカ横領したということは、一年で千万ネカ。ロッサの三十万ネカの横領がずいぶんと可愛く見える。


「王の権限で提示させた帳簿も、綺麗に改ざんされているみたいだしな。こうなったらゴルゾーの情報待ちか……やっぱり、情報機関の強化が必要だな」


 干しポポロを口に運びながら呟いた義人の言葉に、カグラは困り顔を浮かべた。


「短期間ではむりですよ。お金もかかりますし、まずは目の前の問題を片付けてからにしないと足元をすくわれちゃいます」

「そうかー……いや、そうだな。よし、まずは書類を片付けなきゃな。出来ることからしておかないと」


 義人は気合を入れ直すと、手元の書類に目を通し始める。

 切り替えが早くなった義人をカグラは感心したように見つめ、最後にはいつもの笑みを浮かべた。


「頑張りましょうね、ヨシト様」

「おう。書類を見て決めるだけなら楽だからな、どんとこい」


 その一時間後、税率を下げるために決めなければいけない書類が山のように押し寄せてくるのだが、それはまた余談である。



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