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異世界の王様  作者: 池崎数也
第一章
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第十九話:横領

 志信とミーファが試合をした日から三日経ち、義人は相変わらず政務に頭を悩ませていた。 その顔には大分疲労が滲み、あまり覇気を感じられない。


「あー……ここの数字ちょっとおかしいだろ。買った物に対して出費が多いって。カグラ、すぐに担当の財務官を引きずってきてくれ。ついでに証拠になりそうな帳簿か何かも持ってこさせて……って、こっちもか! ああもう、多すぎ!」

「わかりました。五分以内に引きずって……いえ、連れてきますね」


 目の前に置かれた書類。去年城のほうで米やその他諸々を購入したらしいのだが、これが明らかにおかしい。

 商人のゴルゾーに頼んで作ってもらったここ数年の国内の物価が書かれた紙と、取引をした商人から取り寄せた証明書の紙を突き合せつつ、義人はもう一度計算してこめかみを押さえた。


「これはアレか? 俺に対する挑戦だな? 『来年来る新しい王も、どうせこれくらいなら気づけねーだろ』と俺を馬鹿にしてるんだな? そうだな? 三十万ネカもピンハネしているのはわざとだな? よし、サクラ。裏で訓練している第一歩兵隊を全員連れて来い。強面の連中をズラリと並べて脅迫……もとい、自白させる」

「お、落ち着いてくださいヨシト様! はい、精神の鎮静作用がある薬草を調合したお茶です!」

「ん、サンキュ。おお、これ美味いな」


 差し出されたお茶を啜り、ほっとする美味しさに気持ちを落ち着かせる。ついでに干しポポロを口に放り込み、糖分を摂取して頭の栄養にした。

 ちなみに干しポポロとは、その名の通りポポロを干したものである。皮を剥いて天日で干し、甘みを凝縮させたものだ。日持ちもするため、旅人が好んで食べるものでもある。


「ったく、前王死後の十年間だけでも横領が多すぎる。もしこれだけの金があったなら、税率を一気に下げられるのにな」


 文句を言いつつ、義人は書類に王印を押す。するとすぐにサクラが次の書類を置き、義人はそれに目を通した。


「次は嘆願書か。『最近魔物の活動が活発で、被害が多くなってきています。その上田畑の土に栄養がほとんどなく、作物の育ちが良くないのでなんとかしてほしいです』と。魔物ねぇ……その上田畑の土に栄養がない、か。サクラ、この世界では肥料は高いのか?」

「肥料、ですか? 詳しいことはわかりませんけど、農民の方が買うには高額だったかと思います」


 サクラの言葉に、義人は物価の書かれた紙を広げる。


「農産で肥料……っと、あった。去年の相場で十キロ当たり三十ネカ。農民の平均収入は一日当たり二十ネカか。高いな、こりゃ」


 ちなみに、農民と言ってもかつての日本のように身分差があるわけではない。流石に貴族や騎士などに比べれば下になるが、町民や商人などとは同格である。


「ヨシト様、担当の文官を連れて参りました。それとこれが帳簿ですが、改ざんされた形跡がありました」

「ありがとう。カグラはとりあえず後ろに立っていてくれ」


 義人がそう言うと、カグラは義人ではなく連れてきた文官の後ろに立つ。それはもちろん威圧のためだ。義人はひとまず嘆願書を傍に置くと、文官に目を向ける。


「さて……なんで呼ばれたかはわかってるな?」


 ニコリと、笑顔を浮かべて聞く。すると、文官が突然土下座した。


「も、申し訳ありませんでした! ほんの出来心だったんです!」

「へえ、ほんの出来心で三十万ネカもピンハネしたと?」


 ちなみに三十万ネカは目の前の文官の給料十年分ほどだ。義人は土下座している文官を眺めつつ、カグラに尋ねた。


「ちなみに、国家予算を横領した場合どんな罰則が定められているんだ?」

「そうですねー。前王が決められた罰則では、官職と家名を剥奪して、本人は斬首となっています」


 にこやかにカグラが告げると、文官の肩が怯えで大きく震える。義人はカグラの言葉に頷くと、口を開いた。


「官職と家名を剥奪して、さらに斬首か。なるほど」


 頭上で交わされる会話を聞きながら、文官は内心でどうせそれが行われることはないだろうと高を括っている。

 目の前の新しい王は、とにかく甘い。商人のゴルゾーに贈られた少女達に金を持たせ、その場で親元へと帰すような人間だ。だが減俸くらいはあっても、斬首などの刑罰が行われるはず

がない。そう、考えていた。


「殺すなんて駄目だな」


 やはり甘い!

 文官は内心喜びの声を上げるが、それを表情に出さず殊勝に頭を下げている。そして、次の言葉で喜びは霧散した。


「やっぱり、生きたままで罰を与えないと」


 文官は慌てて顔を上げる。すると、義人の楽しげな目があった。ただ、楽しげといっても普通ではない。まるで、羽をもがれた虫をどうやって潰そうかという嗜虐的な雰囲気がそこにはあった。


「資料によれば、妻と二人の娘、それと生まれたばかりの息子がいるみたいだな」


 臣下の情報が書かれた紙を眺めつつ、義人は口元に笑みを浮かべながら話す。


「うん、まさに幸せの絶頂ってやつかな?」

「……は」


 どう答えればいいかわからず、文官はただ頭を下げる。義人はそうか、と頷いて、罰を決めた。


「官職と家名を剥奪、そして財産も没収。退職金もなし。このくらいでどうだ?」

「なっ!?」


 下げていた頭を慌てて上げる文官。義人の顔を見るが、冗談などではない真剣な顔だ。


「自分の給料十年分も着服したんだ。妥当だろ? だけど、俺は斬首なんて形で臣下に人殺しを命じるなんて嫌だしな。まあ、奥さんとは離婚することになるだろうけど自業自得だ。そうだろう、カグラ?」


 そう言ってカグラに話を振りつつ、ウインクを一つする。その意味を汲み取ったカグラは、苦笑をこらえつつ頷く。


「そうですね。お子さん達も周囲から迫害されると思いますけど、妥当でしょう」

「ちょ、ちょっと待ってください! それだけは勘弁を!? 他の奴らもみんな税金を横領していました! それなのに何故私だけがそんな重い罰を受けなければならないのですか!?」

「いやいや、犯した罪にはしかるべき罰が必要だろう? まあ、横領をしている他の臣下に対して見せしめにもなるし。いつか同じ罰を与えるさ。しかし、犯罪者を親に持った子供が可哀想だなぁ」


 文官は顔を青くし、ガタガタと震えだす。そんな文官に、義人は優しく語りかけた。


「なあ、不正なんてするもんじゃないだろ?」


 義人が口調を変えたことに希望を見出したのか、文官は全力で首肯する。


「は、はい! 申し訳ありません! 私欲で金に目がくらんだ私が間違っていました!」

「口では何とでも言えるよな」

「いえ! 決してこのようなことは二度としないと誓います! ですので、どうかお許しを!

 横領したお金も全額お返します!」

「ん? 横領した金は使ってないのか?」

「た、多少使いましたが、全額すぐにでもお返しできます。どうかお許しを!!」

「ならいいや」


 一気に雰囲気を緩め、義人は頷く。文官はその意味を数秒理解できずに呆ける。


「ほ、本当ですか?」

「ああ。ていうかすまん。さっきの罰って嘘なんだ。いや、もしここで開き直るような真似をしたら本当に実行したかもしれないけどさ。横領した金を返してくれるならこの件は不問にしよう。ただし、さすがにそれだけじゃ甘いから他に横領していた奴のことを話せ。もちろん情報がどこから出てきたのかは言わない。あと、これからは真面目に働くこと。罰はそれでどうだ?」

「わ、わかりました」


 知っている限り横領をしていた者の名前を挙げさせ、それを紙に書きとめていく。金額やどうやって横領したかを知っているならそれも吐かせ、全ての情報を聞き終えた義人は満足げに頷いた。


「それじゃあ、これで間違いはないな?」

「はい。間違いありません」

「なら退室して良し。横領した金は三日以内に持ってくること。遅れれば……わかるな?」


 最後に感情を消した声で尋ねると、文官は慌てて首を上下に大きく振る。その様子に義人は苦笑すると、退室しようとしていた文官の背中に声を投げかけた。


「頑張った分だけ報われる。それでいいだろ? アンタだって、別に横領なんてしなくても幸せな生活を送れていただろうに」

「……はい。失礼しました」


 文官は一礼すると、執務室を後にする。

 義人は扉が閉まったことを確認すると、執務机に突っ伏した。


「あー疲れたー……サクラ、お茶淹れてくれー」

「は、はい。ただいま」


 パタパタとお茶の用意をするサクラ。そんなサクラを義人が眺めていると、カグラからの視線を感じてそちらへと顔を向けた。


「……やっぱ、甘いかなー」

「甘いですね」


 即答される。その返答の早さに義人は脱力するが、なんとか気を取り直した。


「でも、横領された金が返ってくるんだ。それに他に横領していた奴の情報も聞けた。あとは証拠の情報を集めて、同じことを繰り返す。駄目かな?」

「証拠が見つけられない場合もあるでしょう。その場合はどうするんですか?」

「これからの横領をなくす。それしかないさ。大体、俺は万能でもなければ何かに優れているわけでもないんだぞ? ない頭を必死に使うのが精一杯だ」


 眉間をマッサージしながら言うと、それを見たカグラが心配そうな表情を浮かべる。


「お疲れですか?」

「んー、そうだな。さすがに十日以上朝から晩まで根を詰めてたからな。ちょっと、疲れた……」

「では、明日は休まれてはいかがです?」

「いやいや、それはマズいだろ。たしかに少し休みたいけど、もっとちゃんとした理由がほしい」


 首を横に振り、義人は先ほど見ていた嘆願書を手に取った。すると、それを見計らったように扉がノックされる。


「どうぞー」


 おざなりに返事を返しつつ、嘆願書をどうしようかと悩む。文面に綴られた文字からしても、かなり必死なようだ。


「失礼するぞ、義人」


 かけられた声に顔を上げ、義人は破顔する。


「おお、志信か。どうした? って、ミーファも一緒か」


 志信の横にはミーファが並んでおり、その距離は微妙に近い。その上ミーファはさり気なく志信を見ており、表情はどこか緩かった。

 三日前の試合以来、ミーファと志信が一緒にいるのをよく見かける。もっとも、ミーファが志信の近くにいると言ったほうが正しいのだが。


「結婚報告か?」


 それを見た義人は、挨拶代わりにジャブを繰り出す。


「ち、違います!」


 ジャブを受けたミーファは、微妙に顔を赤くして必死に否定した。効果は抜群だ。


「あらあら……」


 それを見たカグラは楽しそうに笑う。


「な、なによ?」

「いいえ。なんでもないですよ。ええ、なんでもないです」


 なんでもないと言いつつも、袖で口元を隠しながら笑っている。

 そんなミーファの横で、志信はいつものように義人と話していた。


「実戦経験がない兵士に経験を積ませたい。それで弱い魔物と戦わせようと思っているんだが、その許可がほしいんだ」

「なんだ、そんなことか。本当に結婚報告だったら驚いて心臓が止まるところだったのに」

「誰が結婚するんだ?」

「……さあ。誰だろうな」


 真顔でぼける志信に呆れつつ、何も書かれていない紙を取る。そして許可する旨を書いて王印を押した。


「ほい、これでよしと。あんまり無茶はするなよ?」

「ああ」


 志信に許可証を手渡し、仕事に戻ろうとして手が止まる。


「志信、どこの魔物を倒しに行くんだ?」

「日帰りできる距離ならどこでもいいが?」


 志信の返答に義人は頷き、先程の嘆願書をもう一度読み返す。


「むぅ……これなら日帰りでいけるか? 経験値を稼ぎつつ、かつ肥料を集める。その上視察ができて、さらに魔物も減って一石四鳥、と」

「ヨシト様、どうかしたんですか?」


 何やら計画らしきものを立てている義人に、カグラが話しかける。義人は考えをまとめると、部屋の全員に聞こえるよう口を開く。


「いや、明日俺もついていこうかと思って」


 その瞬間、沈黙が場を支配した。


「……えーと、何故ですか?」


 沈黙を破るべくカグラが尋ねると、義人は自身の考えを明かす。


「近くのタルサ村から魔物を退治してほしいって嘆願書が来ていてな。その上田畑の土が痩せているから、どうにかしてほしいとも書いてある。それに、さすがに俺も疲れが溜まってるしな。やっぱり、きちんと休まないと体がもたないわ。俺自身は視察ってことにすれば、臣下も納得してくれるだろ? 村がどんな規模なのかこの目で見てみたいし」


 一息に話し、義人はサクラが淹れてくれたお茶を飲む。そんな義人の案を吟味したカグラは、悪くないと首肯する。


「そうですね。実際に民の生活を見ることも良い勉強と刺激になるでしょう。気も晴れますしね。そういった理由ならアルフレッド様や他の臣下も納得してくださると思います」

「よし、それじゃあ明日だ。ひとまず、そのためにもこの書類の山を片付けないとな」


 執務机に積まれた書類を前に、義人は楽しそうに笑った。


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