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異世界の王様  作者: 池崎数也
第一章
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第一話:日常の終わり

 終業を知らせるチャイムが鳴り響く。

 それを合図に、数字を板書していた教師は腕を止め、ノートに書き写していた大半の生徒は動くシャーペンを止めた。


「ふぁ〜……やっと終わったか」


 そして、大半の生徒に含まれない人物―――滝峰義人たきみねよしとは、寝惚け眼を擦りながら、枕代わりにしていた腕の跡が微妙についた顔を上げる。

 春も過ぎ、やや夏が近づいてきたこの時期。窓際の席は適度に暖かく、また、授業も終わりで疲労も蓄積されている六時間目のため、義人は授業開始五分後には夢の世界へと旅立っていた。


「それでは授業を終わります。日直、号令を」


 日直の声でクラスの全員が起立する。義人も僅かに遅れながら立ち上がり、あまり感謝のこもっていない一礼を捧げた。

 数学教師が教室を出て行くと、今まで張り詰めていた空気が弛緩する。帰り支度をする者。部活の準備をする者。友人との雑談に花を咲かせる者等様々だ。

 義人は最初の選択肢に該当し、机の横に提げてある鞄を取り出してあまり使わない教科書を叩き込む。


「義人ちゃん、もう帰るの?」


 と、義人が鞄に教科書を詰め終えたとき、横合いから声がかかった。僅かに視線をずらして見れば、一人の女子生徒が両手に鞄を提げて立っている。

 若干幼いながらも整った顔立ちに、肩まで伸びた淡い栗色の髪の毛。身長は百五十を僅かに超えたぐらいで、義人の斜め下からにこやかな笑みを向けてくる。


「ああ。俺はいつも通りってことで。優希はどうするんだ? 部活か?」


 北城優希ほうじょうゆき。それが女子生徒の名前だった。


「ううん。今日は先生の都合で部活がないの。だから、一緒に帰ろうかなって思って……いいかな?」

「俺は全然構わないぞ。んじゃ、帰るか」


 義人は軽く促し、歩き出す。優希はそれに従い、隣に並んで歩き出した。

 放課後の喧騒が満たす廊下を、二人して歩く。義人はやや眠そうに歩き、優希はそんな義人を嬉しそうに眺めている。右斜め後ろに半歩下がり、その位置をキープしながら優希は口を開いた。


「今日はずいぶんと眠そうだね。数学の時間も眠っていたでしょ?」

「んー……? いや、昨日の夜やっていたテレビが微妙に面白くてさ、ちょっと遅くまで見ていたんだ。消して寝ようかそのまま見ようか、丁度悩むぐらいの面白さっていうのが曲者だったね、あれは」


 眠気の影響か、低回転の頭で答える義人。それを聞いた優希はクスクスと笑った。


「義人ちゃんのことだから、雑学とかクイズとかそういう番組を見ていたんでしょ?」

「ああ正解。たしか、簡単に家庭菜園を作る方法だったっけ? 腐葉土を堆肥にすれば、肥料代がかからなくて良いと言っていた気がする」

「それはまた、微妙な知識だね……」


 優希は苦笑混じりに笑い、それと同時に、変わらないなぁとも思う。

 すぐ傍を歩く義人とは、家が隣で幼馴染みという間柄だった。

 同じ幼稚園を卒園し、同じ小学校を卒業。もちろん中学校も同じで、高校も同じ。何度か違うクラスになったこともあったけれど、比率でいったら同じクラスだった場合のほうが高かった。


「たしかに微妙な知識かもしれないが、いつ役に立つかわかんないぞ? もしも無人島に漂着してそこで生活しないといけなくなったら、こういうサバイバルな知識があったほうがいいだろ」

「うーん……まずは漂着しないようにしようよ」


 益体のない会話を交わしながら、二人で下駄箱までたどり着く。自分の下駄箱を開け、中から靴を取り出す。義人はそのまま靴を履こうとして、ふと顔を上げた。

 すぐ傍の玄関に目を向けてみれば、誰かが立っているのが見える。壁に背を預け、軽く目を瞑ったままで誰かを待っているようだ。

 身長は義人よりも僅かに高く、百八十センチ弱。一見細身に見えるが、実際は鍛えて引き締まっているだけだろう。そして、どこか鋭い雰囲気を纏った男子生徒である。


「よぉ、志信。待たせたか?」


 その上、義人の知り合いだった。志信と呼ばれた男子生徒はすっと目を開く。


「いや、大して待っていない」


 あまり抑揚のない声で応え、志信は少し視線を移す。その視線の先には優希がおり、視線を向けられた優希は困ったように頭を下げた。


「こ、こんにちは藤倉君」

「……ああ」


 志信が軽く会釈をする。それを受けた優希も、慌てて頭を下げた。

 優希としては、この藤倉志信ふじくらしのぶという人物が少し苦手だった。

 どこか張り詰めた空気が、僅かに距離を感じさせる。しかし、隣の義人はまったくそれに構っていなかった。下手すれば険のあるようにも見える志信の肩を叩きながら、何が面白いのか爆笑している。


「わはははははは! かてえよお前ら。いつものことながら、もうちょっと自然に挨拶しろよな。まるで初めてお見合いした同士みたいな感じだぞ?」

 笑いつつ、志信の肩を連打。志信は困ったように眉を寄せる。


「む……俺は、ただ頭を下げただけなんだが」

「それが硬いんじゃないか? もっとこう、にこやかに笑いながら挨拶するとか―――いや、全然想像できないな。それ」


 今度は義人が眉を寄せた。だが、すぐさま笑い飛ばす。


「まあいいや、いつかはなんとかなるだろ。そんなわけで、早く帰ろうぜ」


 ひとしきり笑い、そのまま歩き出した。志信はそれに並び、優希は先程と同じく義人の半歩

後ろを歩く。それが、三人で歩くときのポジションだった。

 玄関を出ると、運動場のほうから野球部らしき掛け声が響く。それを聞いた義人は、しみじみと頷いた。


「いやいや、若いねぇ。青春だねぇ」

「……義人ちゃん、なんかオジさんみたい」


 ポツリと、優希が突っ込みを入れる。それに対して、義人は傷ついたように一歩下がった。


「なっ! このうら若き十七歳を捕まえてオジさんとは……自分でもそう思うぞ」

「それに、男でうら若きというのも可笑しなものだが」


 追撃のように志信が突っ込みを入れる。その突っ込みに義人は笑い、困ったように頭を掻いた。


「まさか志信に突っ込みを受けるとはな。いいだろう、お前はもう免許皆伝だ」

「別にいらないが、受け取るべきか?」

「うん、素で返されると中々辛いから受け取ってほしい」


 特に意味はない、友人同士の会話を交わす。それを聞きながら、優希は内心で頬を膨らませていた。

 久しぶりに義人ちゃんと二人で帰れると思ったのにな……。

 そんなことを考えつつ、義人の半歩後ろを歩く。そこは、さりげなく距離が近かった。

 優希にとって、志信も一緒に帰るということに不満があるわけではない。と、いいたいところだが、不満はある。だが、それを顔に出すことはない。例え不満を顔に出していても、義人が気づかないという悲しい現実もあったりするが。


「そう言えば、大会が近いんだっけ?」


 優希の考えを遮るように、義人が話しかける。優希はその言葉の意味をすぐさま理解して、いつもの笑みを浮かべた。


「うん。あと二十日後にあるよ」

「そっか。で、調子はどうよ?」

「まあまあ、かな」

「まあまあか。ま、優希にとっては調子が良いって意味だな」


 義人は一人で頷くと、意味がわかっていない志信に説明を始める。


「優希が弓道部に入ってるのは知ってるだろ? それで、大会が二十日後にあるんだよ」

「ほう……」


 僅かに感心したような声を出す志信。その声が照れ臭かったのか、優希は話題を変えるように質問をする。


「そ、それよりも二人は部活に入らないの? 今でも、入部しないかって誘われているんでしょ?」

「ん、まあ一応は。まったく、今年の一年にロクなのがいなかったからって、二年から引き抜こうとするなっての」

「俺は、家の道場で運動するからいい」


 やれやれと肩を竦める義人に、淡々と答える志信。それを聞いた優希は苦笑する。


「二人とも運動神経良いんだから、部活に入ればいいのに」

「部活って面倒なんだよな……それと優希。俺と志信を一緒にしないほうがいいぞ。犬で例えるなら、チワワとドーベルマンぐらい運動能力に差があるんだからな」


 ちなみにチワワは俺ね、と言い添えて、義人は優希に笑いかけた。だが、不意にその動きが止まる。


「……義人ちゃん?」

「義人?」


 不意に動きを止めた義人に合わせて、優希と志信も足を止めた。だが、義人はそれに答えず自分の右腕を凝視する。


「いや、なんか今、腕に絡まったような……」


 細い、紐か何かが絡まったのかと初めは思った。しかし、そんなものはまったく見えない。義人は一度首を捻り、再び歩き出そうとして、


『―――見つけました』

 

 ささやくような、声を聞いた。


「いっ!?」


 その声と共に、グン、と腕を引かれる。だが、何も見えない。いや、優希と志信には見えない、と言ったほうが正しかった。


「な、なんだ?」


 僅かに離れた場所にぽっかりと浮かぶ黒の点。それが徐々に広がり、それに呼応するかのように引く力が強くなっていく。右腕、左腕。次いで両足。見えない糸か何かが絡みつき、その太さを増して義人を引きずろうとする。


「どうしたの義人ちゃん。もしかして、パントマイム?」

「いやいや! どう見ても違うだろ! 何かに引っ張られるんだよ!」


 そういう間にも、今では三十センチほどまで広がっている黒の穴に引きずり込まれそうになる。


「っ、義人!」


 そんな様子に何かを感じ取ったのか、志信が義人の右腕をつかむ。すると、それに反応したかのように見えない糸は志信の腕にも絡みつく。そして、それと同時に見えるようになった黒い穴を見て僅かに息を呑んだ。


「これは、なんだ?」

「知らねぇって! いきなり出てきたんだ!」


 珍しく困惑しているらしい志信に、義人は叫ぶことで答える。

 それを見た優希も、“何か”が起きていることを理解して義人の左腕をつかんだ。


「うわわっ! なにアレ!? ブラックホール?」


 そして、やはり突然見えるようになった黒い穴に驚く。


「そうか、ブラックホールか。って、んなわけあるか!」

 引きずられながらも、とりあえず突っ込みだけは入れる。

 義人は両足で踏ん張り、志信はそれを支えて引っ張る。優希は、義人の左腕に抱きついた状態でどこか嬉しそうに引っ張っていた。


「―――っく! 無理だ! 引きずり込まれる!」


 だが、それも長くは続かなかった。まるで自動車で引かれるかのような力に、三人はバランスを崩す。そして、二メートルほどに大きくなった黒い穴へと吸い込まれていく。


「うわあああぁぁぁー!!」


 いきなり底がなくなり、ふっと落ちるような浮遊感。そして、数瞬後に訪れる安全具なしでジェットコースターに乗るような感覚。

 体がバラバラになりそうな衝撃が伝わり、義人は歯を食いしばる。


「きゃああぁぁー!」


 その左腕では、本当にジェットコースターに乗ったときのような表情で優希がしがみついて叫んでいた。


「っ!」


 反対側の右腕では、志信が驚いている。叫ばないあたり、流石だと義人は思った。

 義人にわかることがあるとすれば、突然絡まった何かが自分と引っ張っているということだけだ。

 そうして引っ張られること数十秒。再び不意に、引っ張っていた力がなくなる。


「へ?」


 例えるなら、今までは斜め下に引っ張られていた感じだった。だが、それがなくなって真下に落ちる感覚へと変わる。


「〜〜〜!」

 

 今度は叫ぶ余裕もなく、三人は真っ逆さまに落ちていった。


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