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異世界の王様  作者: 池崎数也
第一章
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第十八話:ミーファ=カーネル

 尊敬する父が仕えていた王を毒殺した。

 少女がそんな話を聞いたのは、まだ九歳になったばかりの頃だ。騎馬隊隊長を務め、王にも部下にも厚い信頼を向けられていた自慢の父だった。

 何かの間違いだと少女は叫んだ。しかし、その話を聞いたのはすでに父が処刑された後で、少女の喉が枯れるほど叫んでも誰も聞く耳を持たなかった。

 その一ヵ月後、父の後を追うように母が病死した。少女の母親は元々体が弱く、父が王を毒殺して処刑されたという話を聞いて以来、心身共に一気に衰弱していったからだ。

 さすがに親の罪が及ばぬ子供まで殺すのは忍びないと判断されたのか、少女は国の施設へと収容された。その結果、カーネル家は取り潰されることとなり、少女は天涯孤独の身となる。しかし、それでも彼女はめげなかった。

 死んだ父の無念と疑惑を晴らすため、女の身でありながら兵士になることを決意する。高位の官職に就くことができれば、毒殺の真相を調べることができるかもしれない。それだけを胸に秘めて、日々訓練に励んだ。

 幸いというべきか、少女には才能があった。父譲りの武芸の才に、魔法が得意だった母の魔法の才。それらを受け継いだ少女の才能は瞬く間に開花し、三年後の十二歳にしてカーリア軍魔法剣士隊に入隊。その後着々と腕を上げ、五年後には隊長まで任されるようになった。

 前王の決め事の中に、『その隊の隊長を倒し、かつ隊員の三分の二以上が賛成すれば新しい隊長にする』という規則があったのも幸いだったのだろう。少女の努力を知っていた周囲の隊員は皆歓迎した。

 剣の腕を磨き、剣の才には劣るが魔法も努力で必死に習得し、ついには国内の武術大会で優勝。父の疑惑はまだ晴れないが、再びカーネルの姓を名乗れるようになった。

 少女は自分に自信を持ち、同時に自覚なき過信を抱く。努力が実り、己の腕が証明されたのだから仕方ない部分もあったが、精神的にはまだまだ未熟である。


 そんな少女―――ミーファ=カーネルは今、異世界の人間である志信と対峙していた。




 義人の口から開始の宣言が告げられた瞬間、ミーファは意識を切り替える。

 志信は友人と呼んでも差し支えない存在になってはいたが、試合となれば話は別だ。挑発も受けては、手加減することなどない。

 互いの距離はおよそ五メートル。一足一刀の間合いには程遠いが、志信の武器は棍である。刀に比べれば間合いが広く、それを考慮したミーファは刀に右手をかけたまますり足で距離を縮めていく。だが、志信は一向に構えない。


「……どうした、シノブ。構えなければ勝負にならんぞ」


 意識を切り替えたミーファの口調は、やや荒くなる。女ということで相手に侮られないためだ。

 志信はリラックスした様子でミーファの様子を眺め、口元に薄い笑みを浮かべる。


「これが俺の構えだが? そもそも、俺の戦い方は初見だろう。例え構えていないように見えても、それが本人にとっては一番良い構えなのかもしれん。もしかしたら相手を油断させるために構えていないのかもしれんぞ?」


 暗に、見た目だけで判断するなという訓告だ。それを聞いたミーファは、強く歯を噛み締める。


「……ほう、余裕だな。試合の最中に講釈を垂れるか!」


 怒気が膨れ上がった。同時にミーファが地を蹴り、一足飛びに踏み込む。

 右手は刀の柄にかけ、鋭い踏み込みと共に身を捻っての抜刀術。魔法によって向上した身体能力から放たれる抜刀術は、例え練習刀でも殺傷して余りある威力だ。

 だが、ミーファが踏み込むよりも速く志信も地を蹴る。

 抜刀術は初太刀で相手を斬るか、もしくは初太刀で相手の攻撃を受け流し、二の太刀で止めを刺すことで構成される剣術だ。

 故に、志信が選らんだ方法は一つ。


「なっ!?」


 ミーファと同時に踏み込み、右腕を押さえて“抜刀させない”。

 元の世界では難しかったが、今の志信は『強化』によって身体能力が向上している。

 踏み込みの速さも、腕力も、全てが自分のものではないように力強い。

 志信は片手でミーファの右腕を押さえ込むと、その場で力比べをしつつ口を開く。


「この世界にも抜刀術があったのには驚いた。たしかに長物は懐に踏み込まれると不利になるが、それは相手が抜刀していればこそだ。抜刀術とて、刀が抜けなければ鞘打ちなどに攻撃方法が限られる。そして、相手が持っている武器だけを使ってくると思うな」


 そう言うなり、棍を傍に投げて空いた手で脇腹へと掌打を叩き込む。強打されて息が詰まるが、ミーファはその衝撃に任せて地面を蹴って志信から距離を取ろうとする。


「相手から距離を取るのは良い。だが、距離を取る間も牽制に攻撃をするべきだし、不用意に跳ぶな」


 しかし、志信は事も無げにその距離を詰めていた。ミーファが接地する瞬間に足を払い、地面へと転がす。本来ならここで追撃を食らわせるところだが、志信は悠々と距離を取って捨てた棍を拾い上げた。

 その先では、ミーファは愕然とした面持ちで身を起こしている。


「さて、それでは“試合らしく”いくか」


 ミーファが身を起こしたのを見ると、志信は腰を下ろして棍を下段に構えた。




「……馬鹿な」


 ミーファは抜刀しながら、呆然と小さく呟く。

 僅かとはいえ油断があったことは認めよう。

 挑発に乗り、気が逸っていたのも認めよう。

 だが、自分がこうも簡単にあしらわれたことがミーファには信じられない。

 志信の身体能力が予想よりも高く、どんな戦い方をするか知らなかったとはいえ、実戦ならそれが命取りになる。

 大きく深呼吸をして気息を整え、打たれた脇腹の痛みは努めて無視。刀を正眼に構え、冷静になれと自分に呼びかける。

 そうすること数秒、ミーファは平静を取り戻した。そして志信を見据えると、軽くあしらわれたことに対する怒りが沸いてくる。だが、それでは駄目だと何とか激情を押さえ込んだ。


「行くぞ」


 それを見計らったように志信が動く。ミーファの間合いよりも外から打突を繰り出し、ミーファがそれに応戦する。

 心臓、腎臓、肝臓、鳩尾、喉、眉間。

 志信は容赦ない打突を急所という急所に向けて放ち、ミーファは体捌きと剣捌きによって回避していく。

 威力ではなく速度を重視した打突と捌くことおよそ三十合。

 志信が唐突に打突を止め、棍を横薙ぎに払う。明らかに大振りな一撃だったが、ミーファはそれを隙と見て、素早くしゃがむことによって回避した。そしてすぐに間合いを詰めて、今度はこちらの番と言わんばかりに志信の喉元に刀を突き出す。

 志信はその動きを見切ると、棍を引き戻す最中に刀に合わせて横へと流した。ミーファはすぐさま連撃へと繋ぎ、いたる方向から志信を攻め立てる。

 刺突、袈裟、逆袈裟、横薙ぎ、逆風。

 容赦なく繰り出される斬撃。それらの全てを志信は棍先で弾き、または逸らしてミーファの動きを観察していく。

 そしておよそ三十合ほど防ぐと、志信は打突を放つと共に大きく後退した。




 そんな二人の“死合”を見ていた義人は冷や汗を流す。


「ミーファ、明らかに殺す気で攻撃してるよな」

「初撃の刺突から見てそうでしょうな。割って入ろうかとも思いましたが、シノブ殿の動きを見る限り必要ないでしょう」


 志信がある程度手加減しているのはすぐに看破できた。そして、それでもなおミーファを軽々とあしらい、ミーファの動きを見ている。

 しかし、ミーファとて全力というわけではない。剣士としては全力に近いかもしれないが、ミーファは“魔法剣士”だ。

 それをわかっているのだろう。志信が口を開く。


「さて、そろそろ本気で来てはどうだ? 魔法とやらを使ってこい」


 挑発でも何でもなく、本心からの言葉だった。

 それを聞いたミーファは一瞬逡巡するが、すぐに決断を下す。

 身体能力を上げるため以外に魔法を使えば不公平だと思って使用を控えていたが、ここまでくればそう言っていられない。

 ミーファは大きく息を吸い、“魔法剣士”として本気で戦うことにした。

 刀を右手に持ち、左手は志信に向ける。その構えに志信が眉を寄せようとした瞬間、何の前触れもなく炎の塊が左手の前に発生した。


「わたしは炎の魔法を使う。それだけ言えば十分か?」

「相手に手の内を晒すな。そう言いたいところだが、今回に限ってはそうも言えんか」


 これは試合であり、ミーファは元々不意打ちを好まない。いきなり炎弾を撃ち出せば虚を突けたかもしれないが、それではミーファのプライドが許さなかった。


「では、いくぞ!」


 ミーファが吼える。それと同時に周囲に四つの炎弾が生まれ、志信へと放たれた。およそ百キロ超の速度で迫る炎弾に、志信は僅かな苦笑を浮かべる。


「やれやれ……なんとも非常識なものだな」


 放った後の炎弾は操作できないのか、直線的な動きでしかない。しかし、高速かつ複数による遠距離攻撃。その上、炎弾に隠れるようにミーファが迫ってきている。

 志信は自身に当たる炎弾の動きだけを見据え、半身開いて回避する。その際若干練習着が焦げたが、それに構わず炎弾に追従しているミーファへと意識を割いた。そして、ミーファの持つ刀を見て目を見張る。

 ミーファの持つ刀は、鍔元から炎に包まれていた。


「ハァッ!!」


 上段からの振り下ろし。だが、刀が炎に包まれていて正確な剣筋が読み取れない。志信は咄嗟に棍先で受けるが、いとも容易く焼き斬られて両断された。

 志信は若干短くなった棍を振るって炎を払い、返す一撃でミーファの鳩尾に打突を繰り出す。しかしその一撃は燃える刀に防がれ、それと同時に志信の本能が警鐘を鳴らした。


「ちっ!」


 本能の突き動かすままに横へと跳ぶ。すると今まで立っていた場所に頭上から炎が降り注ぎ、地面を燃やしながら吹き飛ばした。

 跳躍した志信は片手だけで接地すると、思い切り地面を突き飛ばして身を捻り、縦に回転して着地する。そしてすぐに油断なく棍を構えると、燃え盛る地面を見て驚きと呆れの混じった息を吐いた。


「成程、魔法剣士隊が主力になるわけだ」

「お褒めに預かり光栄ね。まさか今のを避けられるとは思わなかったけど」


 炎の向こうで楽しそうにミーファが笑う。

 そんなミーファに、志信も僅かに口元を緩めた。そして、腰を落として棍を構える。


「だが、そろそろ終わりにしよう」


 言葉と共に、志信が集中を高めていく。気息を整え、体に適度な力を込める。

 ミーファもそれに応え、刀を握る手に力を込めた。彼女が使う刀に炎を纏わせる魔法だが、本来練習刀で使う魔法ではない。短時間なら大丈夫だが、時間が経てば経つほど炎の熱で地金が柔らかくなるからだ。故に彼女にも時間がなく、志信の勝負に乗る。

 目を合わせ、互いに駆け出す。

 ミーファが繰り出すのは振り下ろしの斬撃。

 対する志信が繰り出したのは、振り下ろされた刀に対する横薙ぎ。ただし、その一撃の速さは今までの比ではない。


「っ!?」


 刀の腹を強かに打たれ、ミーファの手から刀が弾かれる。ミーファの意識は弾かれた刀に向き、志信はその隙を見逃すことなくさらに踏み込む。志信は僅かに体勢が崩れたミーファの襟首をつかみ、足を払って地面へと投げ倒した。

 そしてその顔面へと棍を振り下ろし―――寸前で止める。


「俺の勝ちだ」

「……ええ、わたしの負け。まさか、あそこで武器を狙ってくるなんてね」


 悔しさの滲む顔でミーファが呟く。

 もしこれが実戦なら、最初の抜刀術を止められた時点で負けだった。その上、最後の一撃を見ればそれまでの攻撃全てが手加減されていたとわかる。

 試合ではあるが、ここまでの大敗を喫したのは初めてだ。

 ミーファは右手で顔を覆い、唇を噛み締める。そんなミーファに、志信が声をかけた。


「良い“試合”だった」

「……嫌味? あれだけ手加減してたくせに」


 違う、と首を横に振り、志信は言葉を続ける。


「試合は実戦とは違う。勝ち負けに大した意味はなく、己の悪いところを気づくことにこそ大きな意味がある。俺の祖父の言葉だ」


 ミーファは答えない。志信はそれに構わず、先端が焼き斬られた棍に目を落とした。


「俺も今回の試合で様々なことを学ぶことができた。礼を言う」


 そう言って一礼する志信に、ミーファは僅かに涙の溜まった目を向ける。


「試合を受けたのは、わたしにそれを教えるため?」

「それと、無駄な過信を取り除くためだ」


 まだ倒れたままのミーファに志信が手を伸ばす。


「これも祖父の言葉だが、自信は持っても過信はするな。自分だけに限らず、周囲の人間を巻き込むことになるぞ」


 ミーファは黙って志信の手をつかみ、上体を起こした。そして大きなため息を吐くと、澄んだ目で志信を見上げる。


「明日から、わたしに訓練をつけてくれない?」

「義人が許可を出すなら、と言いたいところだが、義人なら迷わず頷くか」


 そう言いながら、志信はミーファを引っ張り起こした。


「勝者、藤倉志信!」


 義人が声を張り上げ、勝利の宣言をする。そして、試合をした二人には試合を見ていた周りの兵士からの歓声が降り注いだ。




 余談ではあるが、志信に弾かれた刀はミーファの斜め後ろ―――義人の方へと回転しながら飛んでいた。いまだに炎を纏った刀は、避けなければ直撃コースである。


「失礼」


 グエンが一歩前に出ると、軽い踏み込みと共に右手に持った槍を振り上げ、石突で刀を横へと打ち払った。グエンによって弾かれた刀は、数回転して地面へと突き刺さる。


「お見事」


 義人がグエンに賛辞の声を送ると、グエンは軽く一礼して元の位置に戻った。義人は鷹揚に頷き、そして内心で安堵の叫びを上げる。


 あぶねー! 思いっきり避けようかと思ったじゃねーか!


 先程グエンが弾いてくれると言った手前、避けては信頼を損なうことになる。そう思って避けなかったのだが、もし弾き損なったらと思うと怖い。若干膝が震えていたが、余裕を装っていたため気づかれることはなかった。


「……ぶっちゃけちびるかと思いました」

「は?」

「いや、何でもない」


 志信とミーファが言葉をかわし、志信が手を貸してミーファが立ち上がる。ミーファの表情には今までにない、清々しさのようなものが見えた。

 それを見た義人は、大きく息を吸い込む。


「勝者、藤倉志信!」


 そして大声で叫び、志信の勝利を宣言した。


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