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異世界の王様  作者: 池崎数也
最終章
187/191

最終話:異世界の王様

 戦場で、慟哭が響く。

 自身の手で斬った少女の体を抱きかかえ、義人は涙を零す。目を閉じてから身動き一つすることもなくなったカグラを前に、義人はただ涙を流していた。

 カグラの体は、まだ温かい。しかし、これから徐々に冷たくなっていくのだろう。ミーファとシアラを自陣に送り届けるなり駆け付けた志信の前で、義人はただ慟哭していた。

 これが、今回の戦いにおける結末だった。国王が『召喚の巫女』を倒し、その屍を超えて前へ進む。それこそがカグラが―――カスミが選んだ、この戦いの結末だった。

 そして、その結末を“選ばされた”義人は、慟哭しながら言葉を零す。


「くそっ……馬鹿だ……馬鹿だよ、本当に……」

「義人……」


 志信は義人の名前を呼び、そして、それ以上の言葉が出ない。義人とカスミは互いに血濡れで、それでも、勝者が明らかな構図。呼吸がか細くなったカスミを前にして涙を流す義人の姿を見れば、言葉も出ないのだ。

 本陣に無事な治癒魔法使いを探しに行ったノーレも、戻ってこない。多少の傷は治せても、死の淵にいる者を治せるだけの魔力と技量を持つ者はカスミ本人しかいないのだ。

 抱き締めたカスミの体から、徐々に心音が伝わらなくなってくる。このままでは、もって数分か、数秒か。動かなければ、義人は呆然とカスミの最期を看取ることになる。だが、義人は動けなかった。

 不意に、そんな義人の頬を撫でるようにして、戦場に一陣の風が吹く。


「―――願いは、決まったかしら?」


 そして、顔を伏せた義人の頭上からそんな声が降ってきた。その声を聞いた義人は、はっとして顔を上げる。


「……ミレイ」

「酷い有様ね。ぼろぼろじゃないの」


 義人の様子を見て、ミレイは苦笑するようにそう言った。しかし、義人としてはその言葉よりも、ミレイが先に口にした言葉の方が重要だった。


「あの“願い事”は……今でもまだ有効なのか?」


 すがるように、義人が尋ねる。それを聞いたミレイは長い髪を片手で押さえながら頷いた。


「そうね。あなたの意思を尊重して引き下がるつもりだったけど、一つ貸しがあるみたいで気持ち悪かったし、わたしに叶えられる願いなら叶えてあげるわ」


 ミレイの回答に、義人はカスミを抱き締めながら答える。


「頼むよ……カスミを助けてくれ……死なせないでくれ」


 ミレイの正体は、小雪と同じく『再生』を司る白龍だ。それならば、小雪やミレイの血を引くカスミのように『治癒』はお手の物だろう。それどころか、その二人を上回る技量を持つ可能性が高い。

 しかし、ミレイはカスミの容態を一目見ると、眉を寄せた。


「あなたが斬ったんでしょう? 助けるの?」

「……ああ、斬ったのは俺だ。それでも、俺はこの子を死なせたくない」

「その子は、このまま死なせてあげた方が良いかもしれないわよ?」


 冷たく言い放ち、ミレイは僅かに視線を逸らす。


「悪いとは思ったけど、あなたとこの子の話は聞いていたわ。もし助かっても、この子はあなたに感謝するかしら?」


 生き永らえても、今回の戦の責任を負う必要があるだろう。それに加えて、義人と優希の関係を見て、今までのように苦しむだろう。それを思えば、ここで死なせるのも優しさではないかとミレイは尋ねる。


「っ! それでも! それでも、俺は……カスミに、『召喚の巫女』なんかじゃなく、一人の人間として生きてほしいんだ……」


 ミレイの言葉に激高しかけた義人だが、後半は声を落として答えた。目を閉じたカスミに視線を落とし、顔にかかっていた髪を優しく払う。


「カスミだって、その先祖だって、ずっとこの国で『召喚の巫女』なんてものをやってきたんだ……そろそろ、自由になってもいいだろ……」


 願いを曲げない義人。その義人を聞きわけがない子供のように感じながらも、ミレイは言葉を重ねる。


「でも、わかってるの? その子が望んでいなかったら、ただの押し付けよ?」

「わかってるよ! 俺がしようとしていることは押し付けだよ! でも、それでも俺は……」


 言葉は激しく、しかしカスミを抱き締める腕は優しく。義人はこの『召喚の巫女』として生きてきた少女を救うために、“願い”を口にする。


「カスミに生きていてほしいんだ!」


 ミレイを見上げて、義人は言い切る。その瞳はどこまでも真剣で、それを見たミレイはため息を吐いた。


「叶える願いは一つだけ。わたしがその子を治せば、わたしが助力してあなたを“元の世界”に戻すことはなくなる。それでも良いのね?」


 最後の確認をするようにミレイが尋ねる。義人はその言葉を聞いて、隣で話を聞いていた志信に視線を向けた。


「志信と優希は、望めば“元の世界”に戻してくれるんだな?」

「ええ、それは約束するわ。もっとも、その二人が望めばだけど」


 ミレイが“こちらの世界”と“元の世界”をつなぐ“亀裂”を完全に塞げば、“元の世界”には帰れなくなるかもしれない。そうなれば、優希の力を以ってしても“元の世界”には戻れないかもしれない。しかし、別の手段があるかもしれないのだ。だが、今カスミを救うためには、別の手段はない。それならば、義人に迷いはなかった。

 ここまでカスミが周到に用意して、カスミ本人が望んだ死に場所だろうと、義人にとっては認められない。


「ああ、それで構わない」

「―――その願い、確かに聞き届けたわ」


 指先を噛み切り、ミレイはカスミの傷口に自身の血を落としていく。するとカスミの傷口にミレイの血が触れるなり、淡い光を放って傷口を塞いでいく。


「これは……」


 傷口が塞がり、徐々に血色が良くなっていくカスミ。義人は抱きかかえた体から伝わってくる鼓動が少しずつ強くなっていくのを感じて、目を見開いた。


「以前教えたでしょ? 白龍は『再生』を司る魔物。その血には高い治癒効果があるわ。『治癒』を使って治すよりも、こっちの方が早い。もう死にかけだしね、その子。『治癒』で治していたら、その最中に命を落とすわ。でも、辛うじてでも、死んでない人間ならわたしの血で治すことはできる……ただし、目覚めるかどうかは本人次第よ」


 最後に不穏な台詞を付け加えたミレイに、義人は眉を寄せる。


「前、血を薄めずに飲ませるのは危ないからって言って、水で薄めたよな? 傷は治ってるみたいだけど、大丈夫なのか?」


 疑問からそう尋ねると、ミレイは僅かに沈黙してから答えた。


「……本来なら、大丈夫とは言えないわね。ただの人間に使うには、効果があり過ぎて危険だもの。でも、わたしの血を引くこの子なら大丈夫よ。ただ……」

「……ただ?」

「血を引いていると言っても、“他の血”も混ざっているからね。わたしが産んだ子の、何分の一の血を引いているのやら……下手をすると、今回送り込んだ血のせいで先祖返りを起こして、人間じゃなくなるかもしれないわ」

「人間じゃなくなるって……」


 ミレイの言葉に、義人は絶句する。それならば、カスミは一体何になるというのか。


「低位だけど、半人半龍ってところかしらね……人以上の力と魔力持ち、人以上に生きる。そんな存在になるかもしれないわ」


 ため息を吐くように言って、ミレイはカスミの頬に手を当てて優しく撫でる。本当に、自分によく似ている子だ。方向性は異なるが、惚れた相手のために命を賭けるところも、そっくりだった。


「この子、何代目の『召喚の巫女』なの? 具体的には聞いてなかったわよね?」


 その問いに、義人と志信は顔を見合わせる。しかし志信は首を横に振り、義人は視線をカスミに落とす。


「母親も、祖母も、みんな早逝したってことぐらいしか知らないな……三十代……いや、下手をすると四十代目ぐらいなんじゃないか?」

「……は?」


 カスミの母も祖母も早逝して存命していないことを考えると、国王一人が在任中に『召喚の巫女』が三代は入れ替わっていることになる。そして、義人は十三代目の国王だ。もしも同じペースで『召喚の巫女』が入れ替わっていた場合、最低でも三十代以上『召喚の巫女』を襲名した人物がいたはずである。

 それを聞いたミレイは、カスミの顔を見て、そこから何かに納得したように頷いた。


「ああ、なるほど……そういうこと……」


 どこか悲しげな瞳でカスミを見るミレイ。そして、ポツリと呟いた。


「“わたし”の血を受け継いでいたら、人間の体では耐えられるはずがないものね……だから、早逝していたのね」


 声もどこか悲しげだった。しかし、すぐさま表情を取り繕うと、義人に対して安心させるように微笑む。


「それなら安心して良いわよ。ちょっと血を送り込んだだけだから、この子は人間のままだわ。まあ、体が治っても、目を覚ますかどうかはこの子次第なんだけど」


 それに、と付け足して、ミレイは小さく笑う。


「わたしの血を分けたから、この子まで早逝することはないと思うわ。おそらくは普通の人間と同じぐらいは生きる……ただ、今まで以上に魔力とか増えて、やんちゃするかもしれないけどね」

「……結局、どういうことなんだ?」


 一人で納得しているミレイに志信が説明を求めると、ミレイは笑みを大きくする。


「この子が“本当に”死んで良いと思っているなら目覚めないと思うけど、少しでも生きたいと思っているのなら大丈夫ってことよ。体は治した。あとは、心が生き返るのを待つだけね」


 そう言いつつ、ミレイは義人の額を軽くつつく。


「この子、アンタのことが好きなんでしょ? アンタはそうじゃないかもしれないけど、もしも起きることができたら、少しぐらい優しくしてやりなさい」


 言い含めるように、宥めるように言って、ミレイは立ち上がる。そして軽く手を振ると、義人と志信に背を向けた。


「その子がいつ起きるかはわからないけど、我慢しなさい。それじゃあね」


 それだけを言い残して、ミレイの姿が消える。

 義人は呆然とミレイが消える様を見ていたが、すぐにカスミへ視線を落として顔を伏せた。

 消えかけた鼓動は平常のものへと戻り、血色も良くなっている。これならば、死ぬことはないだろう。

 安堵と、僅かばかりの後悔。それを混ぜてため息として吐き出し、義人は晴れ渡った空を見上げた。


「あー……ちくしょう……無理難題を残して消えやがって……」


 カスミを抱きかかえながら、義人は小さく呟く。

 その義人の両目から涙が零れていたが、それは少なくとも悲しみから出たものではないと、志信は思った。



 





 水底から水面へ浮上する感覚。暗闇の中で、まるで体が浮き上がるような感覚を覚えながらカスミは思考する。

 死んだらどうなるのかと思ったが、特に何もないらしい。このままこの場で奇妙な感覚に体を委ね続けるだけなのか。そう思ったカスミだったが、不意に暗闇に光が差し込んできた。

 その光があまりにも眩しくて、カスミはゆっくりと目を開いていく。数度瞬きをすると、見慣れた天井が視界に飛び込んできた。視線を動かしてみると、窓から入った光が花瓶に反射してカスミの顔を照らしており、眩しく感じられる。

 自分はどうやら自室の寝台で寝かされているらしい。状況を整理したカスミはそう結論付け、再度瞳を閉じようとする。

 しかし、そこでようやくカスミは強烈な違和感を覚えた。


「……わたし……なんで、生きて……」


 まさかここが死後の世界なのかと考えるが、どう見ても生身の肉体のままだ。一体どれだけ眠っていたのか、全身にだるさを感じるカスミだが、自分が生き永らえたことに驚愕する。


「なん、で? どうして……」


 大量の怪我人を出すことで治癒魔法使いの魔力を払底させ、自分以外『治癒』ができない状態で義人に斬られたはずだ。カスミと違い、手加減ができなかった義人の斬撃は間違いなく致命傷。あとは、カスミ自身で治療を行わなければ死ぬだけだった。


 ―――だが、生きている。


 カスミが混乱していると、軽くノックされて扉が開いた。そして入室してきたサクラは、寝台の上で身を起こしたカスミと目が合う。


「……カグラ……様?」


 手には花瓶に生けるためか、黄色い花を持っていた。しかし、カスミが起き上がっていることに気付くと、花を床へと落とす。


「……現状がよくわかりません。サクラ、説明を……って、サクラ!?」


 しかし、サクラはカスミの話を聞かずに部屋を飛び出していく。開いた扉から廊下を疾走するサクラの足音が聞こえてきたが、体調が万全ではないカスミは寝台から降りて追いかけるわけにもいかない。


「なんなんですか……もう……」


 現状の把握ができず、カスミは寝台に身を預けた。しかし、すぐさま足音がこの部屋に向かってくるのを捉えて、再度体を起こす。


「サクラ、一体何を―――」


 呟き、カスミは体を硬直させる。

 そうだ、何故わからなかったのか。この状況で、サクラが慌てて呼びに行く人物など、一人しかいないではないか。

 その予想が的中するように、サクラに先導されて一人の少年が廊下を走り抜けた。政務を全て放り出し、呆れるようなノーレの声を背後に聞きながら、まだ少しだけ痛む右足に苦心しながらカスミの寝室へと急ぐ。

 そして、少しだけ不機嫌そうに、しかし隠しきれない喜びを雰囲気に滲ませて、義人が飛び込んできた。


「ヨシト、様……」

「カスミ……」


 互いに名を呼び合い、先にカスミが視線を逸らす。

 “あれほど”のことを仕出かしておいて、どうやって顔を合わせろというのか。カスミが視線を逸らすと、義人が一歩ずつ近づいてくる。

 罵声を浴びせられるか、それとも殴られるか。そう思い、カスミは身を震わせた。罵られようとも、殴られようとも、自業自得だと自分に言い聞かせ、カスミは義人が近づいてくるのを待つ。

 だが、義人の取った行動はカスミの予想を遥かに上回った。



 ――何故なら、いきなりカスミを抱き締めたのだから。



 サクラが小さく驚きの声を上げたのが、遠くに聞こえる。もしや義人の偽者かとも思うが、直感がそれは否と告げる。


「えっ? あの、ちょっと、よ、ヨシト様!? あの、一体何が!?」


 状況が理解できず、カスミは混乱を深めていく。死んだはずが生きており、目が覚めて状況を理解する間もなく義人に抱き締められた。

 一体何が起きているのか。やはりここは死後の世界で、義人が自分に振り向いてくれた世界なのか、等々混乱しながら、カスミは義人の様子を確認して―――思わず、絶句した。


「この馬鹿……どんだけ心配したと思ってるんだ……しかも、他人の手を使ってまで死のうとするんじゃねえよ……」


 義人は、涙を流していた。カスミを抱き締めながら、ただ静かに涙を流していた。

 そこでようやく、カスミも自分の取った行動がどれだけ義人の心を傷つけたのかを悟る。きつく、しかし優しく抱きしめてくる義人の背中におずおずと両腕を伸ばし、口を開く。


「……申し訳、ありませんでした……」

「謝って済む問題じゃねえよ……今回の件で、どれだけ多くの人間が迷惑がかかったのか、わかってんのか?」

「……はい。許されることではないと、思っています」


 涙声で話す義人に、カスミも瞳から涙が零れていく。義人はカスミから僅かに身を離すと、カスミの頬を伝う涙を優しい手つきで拭う。そして、間近で見つめてくるカスミを見て、もう一度だけ抱き締めた。


「ああ、絶対に許さないからな……重罰、覚悟しろよ……」


 重罰という言葉に、カスミの表情が『召喚の巫女』のものへと変わる。


「一つ、お願いしたいことがあります」


 抱き締めているため表情の変化に気付かない義人だが、雰囲気が変わったことはすぐさま察した。カスミから身を離し、近距離で視線をぶつける。


「内容によるが……なんだ?」


 義人が離れたことを残念に思うものの、それでもカスミは『召喚の巫女』としての本分と、今回の戦いを引き起こした主犯として話を進める。


「今回わたしに味方した者達の処遇についてです。特に、シアラ隊長などはわたしへの負い目から義理立てしただけなのです。そのことを踏まえた、寛大な処置をお願いしたく」


 真剣な表情で、カスミは頭を下げた。

 今回の戦でカスミ側へついた者は多いが、ある意味ではカスミに騙されていたとも言える。

 真剣に国の行く先を憂いてカスミに味方した者もいるだろう。

 『召喚の巫女』に味方をして、勝ち馬に乗ろうとしただけの者もいるだろう。

 だが、それらはカスミ自身が義人に勝つ気がなかったため、初めから達成する見込みがなかったのだ。

 その中でも、シアラなどはカスミ個人に対する負い目から味方をしたのである。カスミとしても、このままシアラ達を含めて罰せられるのは回避したかった。


「ああ、わかったよ。そのことについては、俺も志信から報告を受けている。悪いようにはしないさ」


 そう言いつつ、義人は懐から数枚の紙の束を取り出した。そして、苦笑しながら開いて見せる。


「わざわざこんなものを残していたんだ。しっかりと参考にするよ」


 義人が取り出したのは、人名が書かれた紙の束。それを見たカスミは、義人と同じように苦笑した。


「それ、見つけられたんですね」


 義人が持っている紙は、戦が始まる前にカスミが作成したものである。カスミに味方した者の中でも、義人を倒したことで得られる富や権利のみを求めた者の名前が書いてあるのだ。

 下手をすると、今後義人の邪魔になると判断して。


「陣払いをする時に、魔法剣士隊の連中が見つけてな。中身を見て驚いたよ。そこまで考えて、死ぬ気だったんだな……それと、これも」


 義人は最後懐に手を入れると、紙に包まれた物体を取り出した。そしてカスミの手を取って握らせると、照れ臭そうに笑う。


「俺のプレゼント……贈り物を、大事にしてくれてたんだな。木箱の中に紙と一緒に入っていて、驚いたよ」


 カスミが包み紙を開けると、中には義人が贈った手櫛が入っていた。カスミは壊れ物を扱うように手櫛に触れると、微笑んで頷く。


「大事なものですから」

「そっか。大事、か……」


 微笑むカスミを見て、義人は目を伏せた。

 そこまで自分のことを大事に想ってくれているカスミに、これから告げることを考え、僅かに苦悩が浮かぶ。しかし、その苦悩を察したのか、カスミが苦笑した。


「……わたしの処罰についてですか?」

「……ああ」


 穏やかに尋ねるカスミに、義人は重々しく頷く。

 今回の一件でカスミは国王へ謀反を起こし、一軍を組織し、そして義人自身をあと僅かで死なせるところまで追いつめた。いくらカスミが思い描いた、自分の死後にこの国が少しでも良くなるようにとの考えも、末端の兵士からすれば納得のいくものではない。僅かとはいえ、死者も出ているのだ。

 どう考えても、死罪。カスミはそう判断する。

 だが、それでも―――それでも、こうやって最期に義人が抱き締めてくれたのだ。死後の世界に行った後で、悔いるかもしれない。しかし、今だけは悔いなく死を受け入れることが出来そうだった。

 カスミは、義人の口から己の処罰が言い渡されるのを待つ。

 いっそ穏やかな表情で自分の言葉を待つカスミに、義人は小さく頷いた。


「俺は、この国を『召喚国主制』を必要としない国に新しく作り変える。ここまできたんだ。お前が望む通り、俺はこの国の“本当の”王になる」

「え……本当、ですか?」


 義人から告げられた言葉に、カスミは呆然とした声を漏らした。義人が“元の世界”に戻らず、この国の王を続けると言う。それは、カスミが願っていたことでもある。

 だが、それならば。


「そう、ですか……あはは……ちょっとだけ、未練に思っちゃいますね。死ぬ前に、ヨシト様が本当の国王として立つ姿を見てから逝きたかったです」


 義人が国王として立つ姿を見れないことが、唯一の未練だった。国王として立つ義人のもとで、助けとなりたい。しかし、それは叶わない願いだろう。


「サクラ。わたしが死んだあとは、あなたがしっかりとヨシト様を守ってください。この国でそれができるだけの腕を持つのは、あなたぐらいしかいませんから」


 だから、カスミはサクラにその願いを託すことにした。異母姉妹にして、カーリア国の中では自分に次ぐ腕前を持つサクラだ。多少は、安心できる。

 サクラはそんなカスミの言葉を聞いて、困ったように微笑む。


「カグラ様……いえ、カスミ様、それは、その……」

「……?」


 サクラならば頷いてくれると思っていたカスミは、はっきりしないサクラの態度に首を傾げる。自分が何かおかしなことを言っただろうかと義人を見ると、義人も苦笑していた。


「死に急ぐなよカスミ。俺はまだ、処罰を言い渡していないぞ」

「え? でも……」


 死罪以外に、何があると言うのか。心底不思議そうなカスミを見て、義人はため息を吐きながら頭を掻く。


「さっき、俺がこの国を新しくするって言っただろ? 今までのカーリアじゃない、新しい国にだ。言わば、建国を行う」


 そこまで言って、義人は悪戯っぽく笑った。


「建国を祝って、今回カスミ側についた者達には恩赦を出すことにした。もちろん、カスミにもだ」


 その言葉を理解するまでにカスミが要した時間は、およそ十秒。言葉の意味するところを捉えて、震える声を発する。


「し、しかし……それでは臣下が納得しないのでは?」 

「そのまま許すのならそうだろうな」


 カスミの指摘に頷く義人。いくら恩赦を出すと言っても、そのままカスミの罪を帳消しにしたのでは他の臣下も納得しないだろう。


「『召喚国主制』を廃止することで、この国に『召喚の巫女』……『カグラ』という存在は不要になる。だから、カスミから『召喚の巫女』という役職を剥奪する。この国では宰相に並ぶ最高位の役職の一つだ。『召喚の巫女』を剥奪、廃止することで、今回の罰とすることにした。だから―――」


 そこまで言って、義人は真剣な表情で告げる。


「お前はもう、『召喚の巫女』じゃない。一人の人間として、一人の、“カスミ”という人間として、生きてくれ」


 静かな声で告げられた言葉。その言葉を聞いたカスミは、目を見開く。


「あ、あなたは……」


 震える声が、カスミの口から零れる。義人の言葉を聞いて、そこでようやく、カスミは全てを悟った。

 カスミは、義人がカーリア国の『召喚国主制』を廃止するのは義人自身のためだと思っていた。

自身の後任となる人物がいれば、全てを任せて“元の世界”に戻ることができるから、と。だが、義人の言葉をもとに判断すれば、それは間違っていたのだと気付く。


「い、一体いつから……」

「いつからと聞かれたら、『最初から』としか言えないな。もっとも、俺が国王の座に納まるっていうのは想定外だったよ。本当なら、『召喚の巫女』を廃止して、カスミに国王の座についてもらうつもりだったんだが」


 こうなってしまった、と義人は笑う。しかしすぐに真剣な表情に戻ると、話を続けた。


「王都で過ごしても良いし、どこか他の町や村で過ごしても良い。なんなら、他国を渡り歩くのも良いだろう。これからは、『召喚の巫女』じゃないんだ。好きに生きてくれ」


 義人がそう言うと、カスミは視線を伏せる。そして、小さく問いかけた。



「もし、わたしが他国に行くと言えば?」


「カスミが決めたことだ。止めないよ」




「もし、わたしがその国の王家に仕えたら?」


「それも、お前の人生だ」




「そうなったら、この国に弓を引くかもしれませんよ?」


「そうだな……でもまあ、仕方ない。それがカスミの選ぶ道だって言うのなら、そうすれば良い。その時は、この前みたいに戦うだけだ」





「……止めては、くれないのですね」


 寂しそうに呟くカスミに、義人はため息を吐く。困ったように、乱暴に頭を掻いて、言い放つ。


「それでお前が幸せになるのなら、それで良いさ。この国でも良いし、他国でも良い。幸せだと思える道に進むのなら―――それで良い」


 穏やかな、それでいて突き放すような言葉。それを聞いたカスミは、顔を上げる。その顔には、再び涙が溢れていた。


「……ひどい人」


 涙混じりの声で、カスミは呟いた。

 『召喚の巫女』をいう枷を壊した後は、自分の好きに生きろと言う。『召喚の巫女』ではなく、一人の人間(カスミ)として、生きろと。


「本当に、ひどい人……」

「ああ、悪い。俺はひどい人間だよ」

「もし……ヨシト様と同じ道を行くと言えば?」


 それは、今までのように義人を追いかけても良いのかという問い。義人は額に手を当てると、深々とため息を吐く。視線を彷徨わせ、ええいと自分に喝を入れてから―――カスミを再度抱き締めた。


「世の中は広いんだ。俺なんかよりも、もっと良い男はたくさんいる。それに、俺の手は既に優希と小雪の手を握っているんだ。だから……」


 “今は”どうやっても、義人は優希以外の女性を見ようと思えない。もう片方の手にも、“娘”の小雪がいる。だから、義人は突き放すように、しかし無意識の内に、言った。


「―――“今はまだ”、カスミの手を握れないよ」


 言葉を聞いたカスミが、目を閉じる。そして納得したように、小さく頷いた。


「……わかり、ました。わたしは、カスミとして……一人の人間として、生きます」

「……ああ」


 カスミの様子を見て、義人は体を離す。そして、今は一人にした方が良いだろうと思って立ち上がった。


「ヨシト様、抱き締めてから言う台詞じゃないと思います……」

「う、うっせー! ほら、政務に戻るぞサクラ!」


 ぽつりと呟いたサクラに、義人は照れながら部屋から出ていく。

 カスミは目を閉じたままで遠ざかる音を聞いていたが、数分かけてひとまず自分を納得させ、目を開いた。




「初めまして、になるわね」


 そして、気配も感じさせずに眼前に立つ人物を見て驚愕する。


「え……」


 声をかけてきた人物を見て、カスミは目を見開く。


「……わたし?」


 何故なら、その人物は自分とそっくりの顔をしていたのだ。カスミの呆然とした声を聞いたミレイは、苦笑を浮かべる。


「逆よ。わたしがあなたに似ているんじゃなくて、あなたがわたしに似ているの。まあ、わたしの孫の孫の孫……どこまでいくかはわからないけど、わたしの血を引いているんだもの。顔も似るわ」

「え? 孫? え? ……あの……」


 突然現れた人物に驚愕しながら、カスミは思考を必死に働かせる。そんなカスミを見て、ミレイは苦笑しながら頭を撫でた。


「ごめんなさいね。アンタを治した時にうちのばばあに勘付かれたみたいで、あまりこの国に滞在できないから慌ててきたのよ。ここにいるちっちゃな妹に、白龍の常識を教える約束をヨシトとしていてね。でも、アンタのことも気になっていたから見に来たの」

「わたしを、治す……ということは、あなたが?」

「ええ、アンタの傷を治したのはわたしよ。目を覚ましたってことは、大丈夫だったみたいね」


 そこまで言って、ミレイはふと何かに気付いたように苦笑する。


「まだアンタには名乗ってなかったわね。わたしはミレイ=シーカー。初代の『召喚の巫女』にして、白龍よ。そして、アンタ……カスミ、だっけ? カスミの遠い先祖でもある。ううん、先祖と言うよりも元祖か始祖と言うべきかしらね」

「初代の『召喚の巫女』……そして、わたしの御先祖様、ですか」


 なんとか現状を理解していくカスミ。何故そんな人物が現れたのか、それを知らないため呆然とした反応しかできない。

 だから、ミレイは手短に説明を行う。

 『召喚』を行う際に召喚者を通すための“亀裂”がこの国のあちこちに出現していたため訪れたこと。

 “亀裂”を直すために義人に接触したこと。

 この国の生い立ちのこと。

 そして、義人の願いを叶えてカスミの傷を治したこと。

 それらを簡単に説明し、ミレイはカスミの寝台へ腰かける。


「それで、アンタはどうするの?」

「どうする……とは?」

「ヨシトが言った通り、この国で一人の人間として過ごすのか、それとも他国に出ていくのか。しかし、ヨシトも甘いわよねー。わたしから見ればどうってことはないけど、アンタぐらいの力量を持つ人間が他国に行ったらどうするつもりなのかしら?」


 そう言われて、カスミは小さく頷く。『召喚の巫女』が敵に回る恐ろしさは、今回の件で兵士達にも知れ渡っただろう。それなのに、カスミが望むのなら他国に行っても良いと言ったのだ。その時は戦うだけだと義人は言ったが、どれほどの覚悟を秘めていたのかはわからない。


「どうするかは、まだわかりません。『召喚の巫女』以外の生き方なんて、考えたこともありませんでしたから」

「そう……」


 自分と瓜二つの顔で頷くミレイを見て、カスミはふと興味を抱く。自分の家系の始祖だと言うが、その正体は白龍だ。何故人間との間に子供産んだのだろう、と。

 真っ直ぐにそう尋ねたカスミだったが、ミレイは微笑ましいものを見るようにして笑う。


「馬鹿ねぇ……そんなの決まってるでしょ。わたしが“そいつ”に惚れていたからよ。白龍であるこのわたしが、惚れた男以外に体を許すわけないでしょ?」


 くすくすと、カスミそっくりな笑顔を浮かべてミレイは笑う。しかし、不意に笑顔を苦笑に変えた。


「……まあ、“そいつ”には幼馴染みの本命がいて、わたしも最初は相手にされていなかったんだけどね。アンタも義人にフラれたみたいだし、これはわたしの“血”かしら?」


 仲間を見るようにして、ミレイは言った。義人の本命は幼馴染みである優希で、ミレイはカスミと同様に“最初は”相手にされていなかったらしい。それを聞いたカスミは、泣きながら拳を振りかぶった。


「あ、あなたのせいですか! あなたがそんなだから、わたしまで!」

「ちょっと! さすがにその怒りは理不尽過ぎるわよ!」


 殴りかかるカスミを軽くいなしつつ、ミレイは説得する。


「フラれたからって惚れた相手に殺してもらおうなんて思うほど、わたしは壊れちゃいなかったわよ!」

「わたしだって、死にたくて死のうと思ったわけじゃありません! 義人様達を見続ける勇気がなかっただけです!」

「駄目じゃない! それはただ逃げてるだけじゃない!」


 暴れるカスミを取り押さえるミレイ。そして、自分はなんでこんなことをしているんだろうと不思議に思い、カスミを落ち着かせる。


「まあ、落ち着きなさいな。別に、義人だってアンタのことをどうでも良いって思っているわけじゃないんだし」

「……もしもさっきの話を聞いてそう言っているのなら、耳が塞がっているとしか思えませんっ!」


 拗ねたように顔を背けるカスミ。年齢よりも幼く感じるその素振りに、ミレイは微苦笑を浮かべた。


「アンタこそ、さっきのヨシトの話を聞いてなかったの?」

「え?」


 本当に聞いていたのかと驚くカスミだが、それよりも、言葉の内容に気を取られる。興味を持ったカスミを見て、ミレイは思い出させるように言う。


「ヨシトは、“今はまだ”って言ったのよ」


 そう言って、ミレイは莞爾とした笑みを浮かべる。

 母が子を見るように、祖母が孫を見るように。外見はほぼ同じながらも、年齢の積み重ねを感じさせる声で、穏やかに言うのだ。



「まだまだ目はあるってことよ―――頑張りなさいな、女の子」



 それだけを言い残して、ミレイが姿を消す。

 カスミは一人残された部屋の中で、静かにミレイの言葉を繰り返し―――そして何かを決意するように拳を握るのだった。








「……困ったことがある……あります。相談させてほしい……です」

「相談? ははは、なんだ? 志信が構ってくれなくて寂しいとかか? ってどわぁっ!?」


 冗談交じりに義人が言うと、シアラは真顔で杖を持ち上げて殴りかかる。義人は振るわれた杖を海老ぞりになって避けると、そのまま地面を蹴って後方に回転して距離を取った。その義人の動きを見て、何人の兵士から拍手が上がる。

 場所は城の裏手の訓練場。時は、『カグラ』軍との戦いから二週間ほどが過ぎていた。

 『召喚の巫女』および『召喚国主制』の廃止を決定した義人は、臣下から僅かに反対を受けながらも決行。それに伴い恩赦を出す旨も告知し、『召喚の巫女』だったカスミは城中から姿を消した。

 カスミの行方を追うべきだという意見も出たが、義人はこれを却下している。何も言わずに消えたのならば、市井にでも身を落としたのだろうと結論付けて、それ以上の詮索を許さなかった。

 カスミが姿を消しておよそ五日が経ち、政務を粗方片付けた義人は訓練場で訓練をしている兵士達の様子を見にきた。すると、いきなりシアラに捕まったのである。


「ビックリしたぁ……背骨が折れたらどうする」

「……ヨシト王が、変なことを言うから……です」


 そう言って杖を構えるシアラの頬は、僅かに赤く染まっている。しかしどこか不機嫌そうな色も見えて、義人は首を傾げた。


「こりゃ失敬。それで、志信のことだと思ったんだけど……何かあったのか?」

「……シノブのことは大丈夫。わたしは、負けない」

「……負けないって、何と戦っているんだ?」


 小さく拳を握るシアラを見て、義人は冷や汗をかいた。親友は一体、何をやったんだろうと僅かな興味がわくが、遠目に志信とミーファが二人で並んで歩いているのを見て納得した。



 ――どうやら、志信は二人の手を握ることにしたらしい。



「ああ、結局志信の奴、ミーファともってうおぉっ!?」


 再度振るわれた杖を体を捻って避け、義人は両手を上げて降参を示す。


「ごめんごめん、からかい過ぎたよ。それで、困ったことってのは?」


 さすがにからかいが過ぎたので、義人は真面目に尋ねた。すると、シアラは無言で指を指す。


「んん?」


 シアラが指差した方向へ視線を向け、首を捻る義人。その先には複数の魔法隊の兵士がいるだけだ。一人の魔法使いらしき少女を囲むようにして見ているが、それだけだ。囲まれている少女が、艶のある黒髪を腰まで伸ばしており、どこかで見たことのある顔立ちでであるが、特におかしなところはなく―――。


「って、ええっ!?」


 シアラとその少女を二度見して、義人は驚愕の声を上げる。

 服装が巫女服ではないため気付くのが遅れたが、魔法隊の兵士達の視線を受けながら困ったように笑っていたのは、カスミだった。

 義人がカスミに気付いたのを確認して、シアラが困ったような声を出す。


「……新しい、魔法隊の入隊希望者。でも、隊長のわたしよりも強い。折角恩赦を出してもらって隊長職に戻ったけど、どうしたらいい……ですか?」


 心底困ったと、義人に意見を求めるシアラ。

 新規の隊員の募集については、隊長に判断の権限がある。しかし、さすがに元『召喚の巫女』にして、自分よりも遥かに強い人物を部下に招き入れて良いのかと悩んだらしい。


「あいつ、どこに消えたのかと思ったら……」


 ため息を吐きながら、義人はカスミへと足を向ける。すると、それに気づいたのかカスミも姿勢を正した。


「……えーっと、魔法隊への入隊希望って聞いたんだけど……」

「はい。わたしは、魔法隊への入隊を希望いたします」


 こめかみを指で叩きながら、義人は重ねて質問する。


「入隊の動機は?」

「この国を、少しでも良くするためです。それと、ヨシト様を追いかけるためですね」


 臆面もなく言い切るカスミ。それを聞いた義人は、思わず地面に座り込みたくなった。しかし、発言の内容は無視できずに真剣に尋ねる。


「―――それが、お前の選んだ道なんだな?」


 他に選べる道があっただろうに、それでもカスミは“今”の道を選んだ。だから、カスミは微笑んで頷く。


「―――はい」

「そうか……それなら、俺は何も言わないよ。ただ、いきなり魔法隊の隊長にはできないからな」


 役職を解いた人間がすぐさま別の役職についたのでは、他の人間も納得しないだろう。いくら実力が伴っているとはいえ、見逃せるものではない。しかし、カスミは笑顔のままで首を横に振った。


「いいえ、魔法隊の隊長職は目指していないんです」

「え? それじゃあ、何を目指しているんだ?」


 周囲の状況が許さないが、カスミの力量ならば簡単だろう。そう思っていた義人だが、カスミの言葉に首を傾げる。


「今は近衛隊ですね。魔法隊で実績を積んで、近衛隊に移りたいと思っています」


 近衛隊は、志信が各部隊から人員を見繕って立ち上げた部隊だ。補充人員も、直接新人を起用するのではなく各部隊から引き抜いている。国王を守るためには一定以上の練度が必要となるため仕方ない措置ではあるが、各部隊の兵士からは近衛隊に抜擢されることが光栄なことだと思っているようだった。

 義人は、カスミの考えを半ば理解しながらも尋ねる。


「近衛隊に入って、何をするつもりなんだ?」

「ヨシト様が“正式な”国王となれば、この国はもっと発展していくでしょう。そうなると、サクラやシノブ様だけでは護衛が心許ないと思いまして」


 笑顔で告げるカスミには、今まであった陰がない。それを見て取った義人は、ため息を吐いてシアラに丸投げすることにした。


「魔法隊の入隊についてはシアラの管轄だからな。シアラ隊長、あとは任せる」

「……ひどい、です」


 面倒事を丸投げされたシアラがそう言うと、義人は片手を振りながら呟く。


「ご褒美に志信の好きな食べ物とか教えるから、頑張ってくれよ。それでミーファよりも有利に立てるぞ?」

「……頑張ります」


 義人の発言でやる気を出すシアラ。それを微笑ましく思いながら、義人はカスミに一度だけ視線を向けてから歩き出す。

 カスミは、進む道を決めた。

 それならば、自分も己の道を進むべきだろう。


「でもまずは先に、志信の好きな食べ物を紙に書いとくか……二人分、な」


 だが、とりあえず今は、親友が両手につないだ少女達への贈り物を作ろう。そう判断して、義人は歩き出した。








 ―――そして、カスミの謀反から一ヶ月。



 その日、義人は朝から優希に手伝ってもらい、服装のチェックを行っていた。

 いつも着ていた学生服ではなく、この国で前代までの国王が着ていた服をベースに、“国王らしく”という注文をつけて優希に作ってもらった服である。

 華美過ぎないが、それでも上等な布地を使って作られたその服は多少の装飾も施されていた。金糸に銀糸、その他色とりどりの縫い糸を使い、少しでも威厳を持たれるようにと作成されている。

 その上で義人は代々の国王が使っていた真紅のマントを羽織り、頭に王冠を乗せた。その腰には鞘に納まったノーレを差しており、洋装から激しく浮いている。


「どうだ?」


 一通り着替えた義人が、優希に意見を求めた。すると、優希は苦笑を浮かべる。


「うーん……正直に言って、似合ってないね」

「なっ……優希にそう言われると、凹むな。やっぱり学生服で良いか」


 そう言いながら、義人は王冠を外して壁にかけられた学生服に目を向けた。もちろん冗談だが、三割は本気である。


「そう? おとーさん、かっこいいよ?」


 義人と優希のやり取りを見ていた小雪が、心底不思議そうに呟く。それを聞いた義人は頭に王冠を乗せ直すと、小雪を抱き上げた。


「冗談だよ、ありがとう小雪。まあ、今は似合ってなくても、“これから”似合うようになるさ」


 笑って言って、義人は傍に控えていたサクラに視線を向けた。


「そろそろみんなが集まっているかな?」

「はい。丁度良い時間かと」

「よし……それじゃあ、行くか」


 部屋にいた全員を促して、義人は寝室を後にする。向かう先は、朝議を行う謁見の間だ。

 慣れない服装に苦慮しながらも廊下を歩き、義人はふと思考を飛ばす。

 “こちらの世界”にカーリア国の国王として召喚されて、早一年と少々。

 色々なことがあった。

 楽しいこともあれば、悲しいこともあった。

 隣国にも行き、危険な目に遭い、それでも前に進んできた。

 “元の世界”に戻ったが、“こちらの世界”に戻ってきた。

 そして、『カグラ』を倒して、この国を本気で引っ張っていく決意もできた。

 “元の世界”にいる両親や友人には、申し訳なく思う。しかし、その謝罪をするためには“元の世界”に戻る新しい方法を考える必要もある。



 ―――だが、今だけは、この国の“国王”として振る舞わせてほしい。



「ヨシト様」


 謁見の間へ続く扉の前で、サクラが声をかける。それを聞いた義人は飛ばしていた思考を戻し、頷いた。それを見たサクラが、ゆっくりと扉を開けていく。

 謁見の間には、文官武官の全員が揃っていた。そして、義人の姿を見て驚きの声を上げる。なにせ、義人が正装したことなどほとんどない。いつも学生服や優希が作った服を身に着けていたのだ。

 ただ、王座の傍にいたアルフレッドや、武官の列に並んでいる志信だけは納得したように微笑んでいた。

 志信の両隣にミーファとシアラが並んでいるのを見て、義人も笑って返す。

 そして視線を向けてみれば、魔法隊の一員としてシアラに随伴していたカスミも笑っていた。その瞳に、少しだけ涙が溜まっていたのは、喜びからだろう。

 義人は臣下の視線が集まっていることを確認して、ゆっくりと王座に向かう。

 最初は違和感しかなかった王座だが、今はしっくりとくる。座り慣れたのか、それとも心境が変化したからかはわからない。義人は王座に腰をかけて、並んだ臣下を見回す。

 少しの緊張と、これから話す言葉。それらを吟味して、義人は口を開いた。



「さて、それじゃあ―――」


 

 驚いたままの臣下達を見て、どこか楽しげに、義人が話し出す。

 これから“この国”を良くしていくためには、様々な手を打つ必要があるだろう。

 乗り越えていくべき山も、多々あるだろう。

 時には挫け、時には成し遂げていくことだろう。

 だから、今日のところは最初の一歩。

 さあ、これが本当の始まりだ。






 ―――『異世界の王様』としての生活が、今から始まるのだ。















 拙作『異世界の王様』を読んでいただいた皆様、作者の池崎数也です。

 四年と半年という長い期間に渡って応援していただき、ありがとうございました。

 途中で更新のペースが遅れもしましたが、無事完結させることができました。

 本来ならば掲載開始から一年でここまでくるつもりでしたが、ずるずると延びてしまい、物書きとしての構成力のなさ、継続力のなさを痛感しております。

 物語自体も長く、テンプレでありふれたものとなってしまいましたが、皆様方からの感想やご指摘をいただき、ここまで続けることができました。

 いただいた感想に一喜一憂していましたが、同時に、やる気を出させてくれました。

 おかげさまで、ここまでの長編を書ききることができ、感謝のしようもありません。

 作者としては、これほど長い作品を書くのは初めてだったので、読者の方の感想を含めて多くの勉強をさせていただきました。本当に、ありがたく思います。物書きとしての、今後の財産にしたいと思います。

 『異世界の王様』は完結いたしましたが、物書き自体は継続していきたいと思っています。そのため、またどこかで拙作を目にする機会があれば、その際はどうぞよろしくお願いいたします。


 最後に、本作を掲載する場を与えていただいた『小説家になろう』様、そして読者の皆様。

 本当にありがとうございました。




 余談ではありますが、別途、自己満足の部類に入りますが、『異世界の王様』の裏話やらを書いた『あとがき』を掲載したいと思いますので、お暇な方はそちらも見ていただければと思います。


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