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異世界の王様  作者: 池崎数也
最終章
186/191

第百八十二話:終戦

 義人軍とカグラ軍による戦いは、大方の予想を覆して義人軍の勝利で幕を閉じた。

 義人とカグラが一騎打ちを行い、国王である義人が、『召喚の巫女』であるカグラを打ち破るという結末で、幕を閉じたのだ。

 カグラが敗れたカグラ軍は戦意を失い、その場で降伏。指揮系統を引き継いで戦いを続けることもできず、白旗を掲げることとなった。

 総勢で千名を超える兵士がぶつかり合った戦いながら、死者がほとんど出なかったことは奇跡に近いだろう。それでも大勢の重軽傷者が出ており、数が少ない治癒魔法使い達は魔力の限界まで敵味方問わずの治療に奔走することになった。

 勝利した義人軍の総大将である義人は、形式としてカグラ軍の主だった将兵を拘束し、残ったカグラ軍の兵士達を収容してから王都へ帰還。

 噂程度ながらも、義人とカグラが争っていることを聞き及んでいた王都の民達は、『召喚の巫女』を破って義人達が勝利したことに驚き、王城へと進む軍勢の姿を驚きの眼差しで見つめていた。

 義人は王城に戻るなり、泣きながら飛びついてきた小雪に押し倒され、カグラとの戦いで負った怪我の激痛でのた打ち回ることになる。右足が折れており、兵士の肩を借りながら進んでいたため、小雪の体重を支えることができなかったのだ。

 それでも生きて戻れたことに小さく安堵の息を吐き、抱き着いたまま泣き声を上げる愛娘をどうやって宥めようかと、現実逃避のように思考する。

 勝者の凱旋としては締まらない空気。そんな空気の中、義人は小雪をあやしながら比較的傷が浅い兵士達に指示を出し、未だに治療が終わっていない負傷者の治療に当たらせていく。王都ならば治療に必要な医療具も揃っており、平地で治療を進めるよりも良いだろうとの判断からだ。

 そうやって、自身も死にかけ一歩手前の体を押して指示を出していく義人。それに気づいた小雪が泣きながらも『治癒』を使って傷を治していると、不意に周囲の兵士が道を開けた。


「義人ちゃん……おかえり」


 姿を見せたのは、優希だった。帰ってきた義人を労わるように、微笑みながら義人へと抱き着く。その瞳には涙が溜まっており、優希も義人の身を案じていたことをうかがわせた。


「ああ……ただいま、優希。約束は守ったぞ」


 優希の体を抱き締めつつ、義人は万感の想いを込めて呟く。

 約束通り、負けずに、死なずにこの場に帰ってきたのだ。

 義人は小雪が全力で『治癒』を使ってくれたことでだいぶマシになった両足で立つと、眼前の優希の顔を見つめた。そして、見つめる義人の瞳に何を見たのか、優希が顔を伏せる。


「……カグラさんは?」

「……倒したよ。俺が、な」


 義人の瞳には、何か辛いものを堪える悲しさのような色があった。それを一目見ただけで悟った優希は、もう一度義人の体を抱き締める。

 義人はそんな優希に抱き締められ、思わず何もかも投げ出して泣きたくなった。しかし、兵士が大勢いるこの場で涙を流すわけにもいかない。いつもなら義人達を冷やかす魔法剣士隊の兵士達も、視線を逸らすだけだった。

 そうやって優希に義人が抱き締められること数十秒。今度はアルフレッドが姿を見せ、静かな声で問いかける。


「勝ったんじゃな?」

「ああ、俺達が勝った」

「そうか……」


 ため息を吐くようにして答え、アルフレッドは義人の肩に手を置く。


「あとの指示は儂が引き継ごう。お主は休むと良い」

「いや、そういうわけにも……」


 アルフレッドの声に思わず顔を上げる義人だが、顔を上げたことでアルフレッドと視線がぶつかる。

 そこには、幼い子供を労わる年長者の瞳があった。義人は再度涙腺が緩みそうになり、それを隠すように顔を伏せる。


「おとーさん、まだどこかいたいの?」


 そんな義人の様子を見て、ようやく泣き止んでいた小雪が再び目に涙を溜めながら尋ねた。それを聞いた義人は、泣き笑いのような表情で小雪の頭を撫でる。


「ちょっと……胸が痛いだけだよ……だから、大丈夫さ」


 心配させまいと、なるべく笑顔で答える義人。しかし、本当に笑えているかはわからない。小雪はそんな義人の表情と声で、今は自分が泣いていても『おとーさん』が喜ぶことはない、それどころか苦しむだけだと、幼い心で悟った。だから、小雪は服の袖で涙を拭うと、精一杯の笑顔を浮かべる。


「うん、わかった。なら、こゆきはあっちでけがしてるひとをなおしてくるね」


 せめて義人の役に立とうと、小雪は笑顔を残して走り出す。小雪の莫大な魔力と『治癒』があれば、大抵の重傷者も助かるだろう。義人は気遣いを見せた小雪の姿に温かいものを感じながら、優希の体から身を離す。


「義人ちゃん、本当に大丈夫?」


 小雪が怪我を治したのを見ていた優希だが、怪我以上に義人が傷ついていることを察して休むように勧める。


「……いや、大丈夫だ。戦が終わったって言っても、やるべきことはたくさんある。だから……」


 そこまで口にした義人だったが、突然糸が切れたように全身から力が抜けた。傷自体は小雪の手によって大部分が治ったものの、戦いで溜まった肉体的、精神的疲労までは癒えない。それまでは緊張と意思の力で我慢していたが、優希と話したことで安心してしまい、一気に波のように疲労が押し寄せてきたのだ。

 義人が倒れ込む―――よりも早く、横から伸ばした志信の腕が義人の体を支える。


「藤倉君……」

「疲れが出たのだろう。俺が運ぶ」


 優希の細腕では義人を抱え上げることはできず、優希は志信を先導する形で歩き出す。志信も疲労を感じてはいるが、日頃の鍛錬の成果か、ミーファが頑張ったおかげか、それほどではない。だからこそ、気を失った義人に対して志信は呟く。


「今だけはゆっくり休んでくれ、義人……今だけは、な」


 カグラと戦う場に一緒にいられなかったことを、申し訳なく思う。しかし、その場にいてもどこまで助力できたかもわからない。シアラとの戦いで自分の力のなさを痛感した志信は、決意のこもった声で自分自身に宣言する。


「俺も、もっと強くなる。自分が惚れた女を、自分一人で救えるぐらいに」


 その言葉を最後に、志信は義人を寝室へと連れて行く。そこまでいけば、あとは優希の役目だ。

 今だけは、少しでも良いからその身を癒してほしい。

 カグラを相手に戦い抜いた義人に、志信はそう思わずにはいられなかった。








 義人軍とカグラ軍の戦いから三日。小雪の活躍もあってほとんどの兵士達が怪我を癒し、政務も少しずつ平常のものへと戻りつつある。

 滞っていた政務に、今回の戦で発生した様々な負担。財務大臣のロッサなどは特に頭を抱えていたが、嘆いてもいられない。武官による戦が終わったのだから、ここからは文官による戦の時間だ。戦前戦後に発生した有形無形の厄介ごと。それを解決するために、文官達は奔走する。

 そして、そんな文官達に混じって、いつものように“努めて”明るく振る舞う義人の姿も、そこにはあった。




「ちょっ、この書類通したやつ誰だよ? サクラ、担当者を引っ張ってきてくれ。あと、こっちの書類もだ。こっちは……ロッサに回すか」


 執務室にこもり、山と積まれた書類に時折文句を挟みながらも義人は政務を片付けていく。義人の指示を聞いたサクラは、冷や汗を流しながらも言うべきことを口にした。


「あの、ヨシト様? 先程も言いましたけど、まだ怪我が治りきっていないですよね? 大人しく部屋で休んでいてほしいんですが……」


 普段なら義人の指示に頷くサクラだったが、今回ばかりは違う。

 義人が気を失い、目を覚ましたのはつい今朝方のことだった。小雪の治療によって大部分の怪我が治ったものの、それでも完治に至っていない。その上『加速』を使って無理な動きを長時間していたため、全身の筋肉が大きな疲労を抱えていたのだ。

 それでも、戦から三日経って目覚めた義人は起きるなり『寝すぎた』と呟き、優希の作った朝食を食べ、すぐさま政務室に飛び込んだのだ。


『無駄じゃよ。今のこやつを止めたいなら、気絶させるしかあるまいて。ほれ、メイドよ。とりあえず氷の塊でヨシトの腹を殴ると良いぞ。なんなら顔でも良い』

「なにバイオレンスなことを口走ってんだよ。というか、本当に眠り過ぎたんだって。まったく、なんで誰も起こしてくれなかったんだ……」


 ぐちぐちと呟きながらも、義人は書類に走らせる筆を止めない。

 意識を失い、目が覚めたと思ったら終戦から三日後。一瞬、何が起きたのか、時間跳躍でもしたのかと心底不思議に思い、それでも終戦から三日が経ったと聞いて文字通り飛び起きた。

 何故誰も起こさなかったのかと義人も尋ねたが、そもそも義人が起きなかった、義人を起こそうとする者を優希が笑顔で威嚇した、志信もそれを止めなかった、等々の理由から起こせなかったのだ。

 もっとも、義人が気を失っている間はアルフレッドが全権を代行して政務や戦の後片付けを進めていたため、義人が行っているのもその裁可だけである。


「もう、ヨシト様ったら……お願いですから、無理はしないでくださいね?」

「無理って……サクラがそれを言うかぁ? 無理しないって約束したのに、無理矢理カグラ軍の前線ぶち抜きやがって……あ、そうだ、お仕置きだ。お仕置き忘れてた」

「お、お仕置きですか?」


 お仕置きというフレーズに、サクラが後ずさる。一体何をするつもりだろうかと小動物のように怯えていると、義人が椅子から立ち上がった。


『ほどほどにな』

「ほ、ほどほどってなんですかっ!?」


 ノーレから声が上がり、サクラは『ほどほど』とはなんぞやと恐れ戦く。義人はふふふと笑いながらサクラの傍まで歩み寄り、そして、サクラの頭を撫で回す。


「はっはっは。髪をボサボサにしてくれるわ」

「あぅ、ちょ、こ、これがお仕置きですか?」


 義人が撫で回すままに任せて、サクラは困惑したような声を漏らす。


「ああ、お仕置きだ。ったく、本当に無茶しやがって……でも、助かったよサクラ。ありがとうな」


 サクラの頭を撫で繰り回しながら、義人は心からの礼を言う。サクラが無茶をしてでもカグラの元へ送り届けてくれたからこそ、今回の勝利はあったのだ。“表面上は”気軽に言って、義人はサクラと視線を合わせる。サクラはそんな義人の瞳を見て、小さく両手を握り込んだ。


「ヨシト様は、その……」


 義人は、笑顔だった。ただ、その瞳だけは別だったが。


「ん?」

「……いえ、なんでもないです。それでは、この書類を書かれた方をお連れしますね」


 だからサクラは、何も言わず頭を下げる。そして義人の指示を実行すべく、早足で執務室を後にした。


「あちゃー……本当に髪がぼさぼさになるまで撫で回しちゃったよ。しかし、そのまま出ていかなくても……」


 早足で出て行ったサクラの姿に苦笑して、義人は執務用の机へと戻る。そして椅子に腰をかけて政務を再開すると、ノーレが小さな声で話しかけた。


『ヨシト』

「なんだよ? ノーレまで無理をするなって言うのか?」

『……別に、妾の前でまで強がらなくても良いんじゃぞ?』


 その声で、義人の動きが止まる。しかしすぐに政務を再開すると、苦笑に似た笑みを浮かべた。


「強がっちゃいないさ。カグラのことだって……“アレ”が最善だったよ」

『しかし、それでヨシトは……』

「後悔は……まあ、あるけど大丈夫だ。なんとかなるさ」


 何かを切り捨てるように言って、義人は手元の書類に視線を落とす。ノーレはそんな義人にそれ以上の声をかけることができず、ただ沈黙するのだった。








「義人、相談したいことがあるんだが……」


 それから数日後の夜、志信が寝室にいる義人のもとを訪れていた。ここ数日、あくまで普段通りに振る舞う義人を見て、志信もいつものように義人と接するつもりで足を運んだのだ。

 政務を終え、食事がてら厨房から酒を拝借していた義人は、志信が来訪するとは思っていなかったのか酒瓶の口を開ける体勢のままで固まっている。それを見た志信は、僅かに眉を寄せた。


「酒か? あまり勧められないが……」


 言うまでもなく、義人は未成年だ。“こちらの世界”では制限される年齢ではないが、“元の世界”で育った志信としては苦言を呈さざるを得ない。


「いや、ちょっと眠れなくて……それで、相談ってなんだ?」


 誤魔化すように言って、義人は話の続きを促す。何かあった時のためにと、酒と一緒に厨房から拝借した杯を取り出すと、志信に軽く掲げてみせた。


「あと、志信も飲むか?」

「……いただこう」

「お、珍しい」


 少しだけ迷って頷いた志信を見て、義人は珍しいものを見たように片眉を上げる。それでも杯に酒を注ぎ足すと、志信と静かに杯を合わせた。

 義人も志信も椅子ではなく床に直接座り、何も言わず酒を口に運ぶ。そして杯から酒がなくなれば互いに相手の杯に酒を注ぎ足し、無言のままで酒を酌み交わす。

 そうやって沈黙のままに数分の時が過ぎ、志信が一度深呼吸をした。志信が相談と言うからには重要なことなのだろうと判断した義人は、何も言わずに志信が口を開くのを待つ。


「シアラと、ミーファのことだ」

「お、恋愛相談か?」


 冗談交じりに義人が言うと、志信は至極真面目な表情で頷く。


「マジか……」

「マジだ」


 志信が盃を呷ると、義人が空になった杯へ酒を注ぎ足す。


「俺は、シアラのことが好きだ。しかし、ミーファにも好意を告げられた」

「ああ、そうだな」


 何せ、その現場にいたのだ。ミーファが志信に好意を告げたことは、知っている。そして後から知ったことだが、戦の際にシアラの気持ちに応えたということも、聞き及んでいた。シアラから惚気るような相談を受けたサクラ経由の情報だったが、間違ってはいないらしい。


「それで、だな……その……」

「ん?」


 言いよどむ志信を珍しく思いながら、義人は酒を口に含み。


「実は……ミーファのことも好きなんだが、俺は、どうすれば良いと思う?」

「ぶーーっ!」


 そして、志信の爆弾発言に、景気良く酒を噴き出した。


「げっほ! ちょ! 酒が鼻に入った! げほっ、げほっ! え、ちょっと、本気か!?」

「無論、本気だ」


 酒を噴き出した義人の背中をさすりつつ、志信は頷く。志信の顔は至極真面目で、嘘を言っている気配はない。そもそも、このような話題で嘘を吐く性格でもないが。


「えー……あー……そうか。そうきたかー」


 口周りの酒を拭きながら、義人が呟く。

 志信を巡ったシアラとミーファの戦いは、シアラの勝利で幕を閉じたかと思っていた。しかし、ミーファにもまだ目が残っていたらしい。酒の影響か、それとも別の理由か、少しだけ顔を赤くしながらも志信は話を続ける。


「今回のことでも、ミーファに助けられた。ミーファがいなければ、シアラの手を掴めなかっただろう。だが、俺はミーファのことも……」

「それなら、それを直接伝えればいいじゃないか」

「いや、それは……不誠実と言うか、だな」


 視線をあちこちに彷徨わせる志信。義人は珍しい生き物を見るような目で見ていたが、ふと“あること”を思い出して手を打った。


「安心しろ、志信」


 志信を勇気づけるような声。それを聞いた志信は、何かしらの助言をくれるのだろうかと身を乗り出し、


「これからこの国の建て直しが必要だけど、一夫多妻制は残しておくから」


 サムズアップしながらそう言った義人に、真顔で殴りかかるのだった。




「痛い痛い。いや、俺も悪かったけど、まさか志信が真顔で殴りかかってくるとは思わなかった」


 もしや酒に酔ったのだろうかと義人が心配するが、志信は視線を逸らしながら酒に口をつけ、少しだけ不機嫌そうに呟く。


「真剣な相談なんだぞ?」

「ごめんごめん。でもまあ、冗談はこれぐらいにして」


 志信からの酌を受けつつ、義人は思考を回す。この時期、このタイミングで志信がこんな相談事を持ちかけてきた理由。それを察した義人は、内心だけで苦笑しながら口を開く。


「別に、両方好きで良いんじゃないか? さっきも言ったけど、この国は“元の世界”と違って一夫多妻制なんだ。ミーファとシアラの二人を選んで、最終的にいきつくところまでいっても、咎められることはない。ま、精々あの二人を慕っている兵士達が涙を流すぐらいかね」


 最後に少しだけ茶化し、


「二人とも好きなら、二人とも選べよ。“こちらの世界”では、それが可能なんだから」


 そして、真剣な眼差しでそう言った。

 “元の世界”と違って、この国では一夫多妻制だ。実際には一夫一妻の者が多いが、裕福な商家や国政に関わる高官などは一夫多妻の者が多い。“元の世界”の日本ならば公的に一夫多妻というのは無理だったが、“こちらの世界”ならば問題はないのだ。


「両方……か。しかし……」


 腕を組みつつ、志信が唸る。それまで培ってきた常識や貞操観念が、それで良いのかと警鐘を鳴らすのだ。だから、志信は思わず質問を投げる。


「もしも、義人が俺の立場だったらどうする?」


 そう尋ね、志信は己の失敗を悟った。義人が自分の立場だったらと言ったが、義人は既に、その立場に立ったことがあったのだから。

 そんな志信の動揺が伝わったのか、義人は気にするなと言わんばかりに苦笑する。


「判断するのは志信だから、俺の言うことは話半分に聞いてほしいんだけど……俺はやっぱり、どちらか片方の手しか取れないかな。実際に、俺は片方の手しか取れなかったからさ」


 そう言いつつ、義人は自分の右手を握り締めた。そんな義人を見た志信は、視線を床に落とす。


「義人が無理だったんだ。俺にはとても……」


 志信から見れば、義人は器用な人間だった。それこそ、国王という立場も相まって複数の女性を囲うことが可能と思えるぐらいには。それだというのに、義人が掴んだのは優希の手だけだった。

 それを聞いた義人は、酒を飲み干した盃を手の中で弄び、照れたように笑う。


「いやぁ、俺って自分で思ったよりも一途だったみたいで。そんな器用じゃないんだわ」


 ははは、と笑いながら義人は言う。志信は何も言えずに義人の顔を見るが、義人は笑っているだけだ。それ以外の感情は―――“見なかった”ことにした。


「そうか……」


 納得したように頷いて、志信は立ち上がる。


「夜分にすまなかった。深酒は止めておけよ?」

「おー、ほどほどにしとくよ」


 ひらひらと片手を振って義人は答えた。それを聞いた志信は義人の部屋から退室し、


「二人の女を選べるぐらい器用だったら、こうはならなかったよ……本当に」


 扉を閉める前に聞こえた悲しげな声は、聞かなかったことにした。

 そして、人気の少ない廊下をややゆっくりとした足取りで進みながら、志信は小さくため息を吐く。外見上はいつも通りに振る舞っていたため志信も相談ごとをしてみたが、思ったよりも重傷だったらしい。

 それでも助言をしてくれた親友に対する感謝の言葉を内心で呟きながら、志信もある決意を固めたのだった。








 明けて翌日。

 二日酔いなどはしなかったものの、多少の気だるさを感じながら義人は政務に励んでいた。『召喚国主制』を廃止するに当たって進めなければいけないことが多くあり、また、一週間ほど前に行った戦についても後始末が完全には終わっていない。

 ああでもないこうでもないと、書類に対して筆を走らせていた義人だったが、慌てるように廊下を走る足音が聞こえて顔を上げる。急用か、それとも小雪が何か仕出かしたか、などと考えていた義人だったが、血相を変えて執務室に飛び込んできたサクラの顔を見て表情を変えた。


「ヨシト様!」


 余程慌てていたのか、ノックすらせずに入室してくるサクラ。義人はそんなサクラに水を手渡し、落ち着くように言う。


「何かあったのか?」


 ここまで慌てるのだから、大事だろう。もしや今回の騒ぎに乗じて隣国で動きがあったのか、それとも国内で強力な魔物が出たか。前者は国を挙げて対応する必要があり、後者の場合もすぐさま手を打つ必要がある。

 あれこれと考えながら尋ねた義人だったが、サクラが持ち込んだのは凶報ではなかった。

 サクラは息を整えながらも、しっかりとした笑顔を浮かべ、



「―――カグラ様が……カグラ様が目を覚ましました!」



 義人が待ち望んでいた吉報を口にしたのだった。









本日18時、最終話更新予定

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