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異世界の王様  作者: 池崎数也
最終章
183/191

第百七十九話:決戦 その2

「っと、何やら歓声が上がってるな」


 前線付近から上がった歓声に、義人が首を傾げる。

 既に戦いが始まってから三十分以上が経過しており、前線では一進一退の攻防が行われている。最初こそ義人軍は押されていたが、志信とミーファが前線に赴いてから戦線が膠着するようになっていた。

 おそらくは志信が暴れたのだろうと判断する義人だが、つい数分前に氷の竜巻とそれにぶつかる巨大な火炎を見てから、何があったのかと前線を注視している。しかし、距離がある上に兵士が入り乱れているため、詳細まではわからなかった。

 そんな義人の声を聞いたサクラが前線に目を向けると、驚いたように目を見開く。


「あれは……シアラちゃんとシノブ様ですね。あ、シノブ様がシアラちゃんを抱き締めてます!」

「マジで!? ちょ、人が多くて見えない! ミーファは!?」


 何があったんだと目を凝らす義人。サクラはそんな義人の隣で現状を実況していく。


「ミーファ様は……シノブ様が片手で抱き締めています。ただ、全身血濡れですが」

「え……なんだその状況」


 血濡れのミーファを抱き締めつつ、シアラも抱き締める。それは一体どんな状況なのかと心底不思議に感じるが、血濡れということはミーファが重傷なのだろう。幸いにして死人は未だに出ていないが、けが人は大勢出ているのだ。治癒魔法が使える者には迷惑をかけるが、このまま重傷者を放っておくわけにもいかない。


「前線で重傷者一名。第一魔法剣士隊隊長のミーファだ。シアラと戦って怪我をしたらしい。後方へ搬送してくれ」

「了解しました」


 傍にいた兵士に指示を出し、義人はため息を吐く。


「志信は、上手くやったのかねぇ……」

「おそらくは、ですが……良かった、シアラちゃん」


 安堵を込めた小さな呟きは、シアラと敵対している関係上聞かなかったことにする。義人は遠目に志信の姿を探すが、やはり見つからない。それでも、サクラが上手くいったと言うのならそうなのだろう。

 これで肩の荷が一つ下りたなと内心で呟き、義人は再度前線に目を向けた。志信が暴れた結果か、グエンの指揮が上手くいっているのか、今のところ戦線が崩壊するようなことはないように見える。

 カグラの動きがまったくないのが不気味だが、自分と同じように様子を見ているのだと義人は判断した。そして、傍にいるサクラに横目で視線を向ける。


「さて、それじゃあ俺達もそろそろ行くか」

「……そうですね」


 義人の言葉に頷くサクラ。ここからは、“事前”の打ち合わせ通り動く。それを理解して、サクラは決意のこもった瞳で前線を見据えた。

 両軍は共に魚鱗の陣形を敷いてぶつかり合っているが、ところどころ歪な形になりつつある。それでも総大将の位置は後方と判断されるため、義人をカグラのもとへ連れて行くには敵陣を突破する必要があった。

 国王であり軍の総大将でもある義人を連れて、である。

 サクラが単身で突破するわけではない。義人と共に、数百の兵士が入り乱れる戦場を突破するのだ。ぶるりと、サクラの体が震える。それはこれから行うことに対する恐怖か、緊張か。

 そんなサクラの様子を見て、義人は心配げな表情を浮かべた。サクラは無傷でカグラの元まで送り届けると言ってくれたが、それを実現するためにはサクラはどれほどの無茶をする必要があるのか。


「サクラ、やっぱり俺も……」


 故に、義人は共闘を申し出ようとする。しかし、その言葉を遮ってサクラは笑みを浮かべた。


「ただの武者震いですよ」








 志信とミーファ、そしてシアラの戦いの決着がついて数分。カグラ軍の兵士達の間には若干の余裕が出てきていた。

 シアラという戦力が脱落したものの、義人軍の主力である志信とミーファも脱落したのである。それに加えて、後方にはカグラも待機している。

 このままいけば、じきに押し勝つことができるだろう。そんな余裕が生まれてきたのだ。



 ――だからこそ、その余裕を狙ったかのように前線に飛び込んだサクラは勝機を掴む。



「え?」



間の抜けた声を上げたのは、一体誰だったのか。突然小柄な少女が飛び込んできたのを見て、思わず動きを止めてしまう。

 もしも相手が鎧を纏っていたのなら、兵士だと判断しただろう。手に刀や槍を持っていたとしても、兵士と判断する。しかし、飛び込んできた少女が着ていたのは、城の中でも見かける女中の服だった。

 その少女を見た兵士達は、思わず傍にいた仲間と顔を見合わせる。女中が戦場に紛れ込んだのかと首を傾げるが、その疑問を掻き消すように兵士達の中から驚愕の声が上がった。


「っ! その娘は!?」

「離れろ! その娘はヨシト王の―――」


 声を上げた兵士の懐に、するりとサクラが潜り込む。そして鎧を物ともせずに掌底を叩きつけると、その衝撃だけで鎧を着た兵士が後ろの兵士を巻き込みながら吹き飛んだ。

 一瞬、戦場に沈黙が訪れる。いつの間にか義人が前線に紛れ込んでいることに気付かないほどの衝撃をもたらすと、少女はメイド服の裾を右手でつまみ、左手を胸に当てながら一礼した。


「サクラ、と申します。お見知りおきを」


 場違いな一礼。思わず兵士達が忘我しかけ、しかし、小柄な少女によって仲間が掌底で吹き飛ばされた現実を前に意識を混乱させる。


「ヨシト様の“願い”を叶えるためです。皆様方におかれましては大変恐縮ですが―――」


 サクラはそんな兵士達を見回すと、いまだ幼さを残す顔で小さく微笑んだ。


「押し通らせていただきます」


 パキリ、パキリと、小さな音を立てながらサクラの両腕が氷で覆われていく。いつもならば刃状に作るのだが、人死にをなるべく出したくないため、刃先は丸めてある。

 もっとも、氷の塊というのは十分以上に鈍器として成り立つのだが。

 そんなサクラの様子を見て、他の兵士達もようやく目の前の少女が尋常でない力量を持っていることに気付いた。普段は義人のメイドとして控えているためそれほど有名ではないが、一部の兵士はサクラが実際に戦っているところを見たこともある。


「ヨシト王の護衛のっ!?」

「ま、まずい! 全員でかか―――」

「遅いです」


 先程の志信と同様に、サクラは兵士の密集地帯へと飛び込んで手近にいた者を殴り倒す。それと同時に氷の矢を空中に生み出すと、未だに動揺している兵士達目がけて撃ち出した。


「ぐわっ!」


 鎧の胴体部分に氷の矢を受けて、兵士が倒れる。それを見た魔法剣士が斬りかかるが、サクラは冷静に刀を受け流すと、すれ違いざまに鎧を殴りつけて沈黙させた。

 常に複数を相手取り、隙を見れば空中に待機させた氷の矢で狙い撃つ。サクラが選択したのはそんな単純で、しかし、実現するには困難な戦闘方法。だが、カグラ軍の前線にいた兵士達にとって不幸だったのは、サクラがその戦闘方法を実現するだけの技量を持っていたことだろう。

 振られる刀を受け流し、突き出される槍を弾き、飛んでくる矢は打ち落とし、魔法は相殺する。後先を考えず、魔力の消費すら気にせずに、サクラはカグラ軍の兵士を薙ぎ倒していく。

 そして、サクラが前線の一部を切り崩していく好機を見逃さない程度には、グエンも優秀だった。


「今だ! 敵の前線に開いた穴を広げるぞ!」


 グエン自ら馬を駆り、立ちふさがる兵士を馬蹄と槍で以って蹂躙する。グエンが先頭に立ったのを見るなり部下の騎馬隊が続々と続き、サクラの動きを阻害しないように注意しながらカグラ軍の前線に穴を作っていく。


「まったく……」


 義人を護衛しているはずのサクラが前線で暴れている理由。それは、兵士達に紛れるようにして前線まで移動した義人の姿を見れば明らかだった。


「相変わらず、困ったお人だ」


 苦笑を零し、グエンは馬上で槍を振るう。しかし、肌が粟立つような感覚を覚えて咄嗟に体を横へと倒しながら手綱を操り、馬の進行方向をずらす。


「氷の、弾丸!? いかん! 全員、防御せよ!」


 グエンが背後の部下達に指示を出すと同時に、頭上から氷の弾丸が降り注ぐ。弓兵が放つ矢よりも早く殺到した氷の弾を見れば、相手の技量も知れる。グエンは僅かに焦りの表情を浮かべると、大声を張り上げた。


「カグラ殿の魔法だ! サクラ殿! 気を付けられよ!」

「っ……はい!」


 飛んでくる氷の弾丸を槍で弾きつつ、グエンが注意を喚起する。氷の弾丸は拳ほどの大きさがあり、直撃すればそれだけ意識を失いかねない。グエンは部隊を散開させてカグラの狙いを外すと、近くにいた敵兵を槍で殴り倒しながら戦場を駆け回る。


「良い判断ですね、グエン隊長。そして、サクラも。わたしのもとへ来るためとはいえ、敵方の陣を力尽くで押し通るなんて……成長したものです」


 前線で戦うサクラと巧みに馬を操るグエンを見て、カグラが小さく呟く。予想よりもサクラが奮闘しているため、その隙を突くように魔法を使ってみたのだが上手くかわされてしまった。


「初級魔法ぐらいでは、どうにもなりませんね。では……」


 呟きと同時に、カグラの頭上にバレーボールサイズの炎の玉が生まれる。炎の玉は最初こそ一つだったが、徐々にその数を増やしていき、百を超えたあたりで増殖を止めた。


「これはどうでしょう?」


 カグラが手を振るなり、炎の玉が戦場の空を飛ぶ。魔法隊全員が同時に魔法を使ったような密度で炎の玉が飛来し、それを見たサクラは顔色を変えた。


「数が多い……えいっ!」


 主に前線にいた兵士に向けて放たれた炎の玉。サクラはそれまで切り結んでいた魔法剣士の肩を足場に跳躍すると、カグラに対抗するように百を超える氷の板を空中に生み出す。

 飛来する炎の玉を全て撃ち落とすのは、不可能。ならばと、サクラは炎の玉の“進路”に氷の板を飛ばす。


「防ぎきれないものがあるかもしれないから、気をつけてくださいっ!」


 そう言いながら、サクラは着地際を狙って斬りかかてきた歩兵を氷の棒で殴り倒す。続いて斬りかかってくる歩兵は、『強化』をかけて向上した腕力に物を言わせて無理矢理押し返した。

 サクラが空中に配置した氷の板に、カグラが放った炎の玉が命中する。炎の玉は轟音を立てながら爆発し、氷の板を粉砕していく。爆発した時点で威力を失ったのか、破裂した炎が地上の義人軍に降り注ぐことはなかった。しかし、数発は氷の板で防ぎきれなかったらしく、地上の義人軍へと飛来し―――どこからか飛んできた風の刃で、斬り裂かれる。

 カーリア国の人間の中で、風魔法を使える者は非常に限られている。しかも、義人軍の中で兵士を守るために風魔法を使う人間は決まっていた。


「今のは……」


 サクラが背後に視線を向けると、右手を振り切った体勢の義人の姿が見える。それを見たサクラは小さく眉を寄せると、すぐさま視線を前に向けた。

 結局義人の手を借りてしまったことに対する後悔と、カグラが大規模な魔法を使ったことで逆に動揺したカグラ軍の兵士達に隙を見出した喜び。

 手は借りてしまった。しかし、無傷で義人をカグラの元に届ける。

 そう決断したサクラは魔法の射線からカグラがいる場所を推測し、そちらへ足を向けた。


「今度はこっちの番です!」


 手加減は無用。そう判断したサクラは魔力を練り上げ、お返しと言わんばかりに空中に氷の柱を生み出す。数は十本程度と少ないが、直径が二メートル、長さが十メートルの巨大な柱だ。

 巨木の丸太のような氷の柱が、カグラがいると思われる場所へと放たれる。


「まだまだっ!」


 サクラは周囲の兵士を牽制しながら、さらに魔法を行使していく。カグラ軍の魔法使いから氷の矢が飛んでくるが、それに構わず、手に生やした氷の棒を地面に突き刺す。すると、サクラの正面の地面から氷の柱が何本も突き出し、真下を警戒していなかった兵士達を数十人単位で弾き飛ばした。


「まったく……無理というか、無茶なことをしやがって……」


 暴れ回り、義人が進むための道を単身で切り開いていくサクラを見て、義人はため息交じりの声を吐き出した。

 義人の存在に気付かれないよう、カグラ軍の注目を一手に集めているサクラ。カグラがいる場所への道を切り開くために、攻撃のみに注力して防御は疎かにしている。そのため、時折刀や魔法がかすめ、徐々に全身に傷を負っていた。


『約束を破られたのう……あとで折檻でもするかの?』

「ああ。あんなに無茶をしやがって……髪がぼさぼさになるまで頭を撫で回してやるぞ、まったく……」


 カグラが放った百を超える炎の玉を防ぐのに手を貸したが、それ以上は手を出すなと言わんばかりにサクラは苛烈な攻勢を仕掛けている。

 それでも、前線にいるカグラ軍百名近くを相手にしているのだ。体力的にも、精神的にも、魔力的にも消耗が激しいだろう。事実、サクラの動きは少しずつ鈍くなっており、相手の攻撃を受けることも多くなってきた。


「…………」


 義人が無言でノーレの柄に手をかける。

 サクラは義人に対して、無傷でカグラの元まで連れて行くと約束をした。だが、傷ついていくサクラや兵士の姿を見てじっとしていることはできそうにない。


『止めよ。それは、あのメイドの覚悟に対する侮辱じゃぞ』


 今にも飛び出しそうな義人を、ノーレが止める。義人はその言葉を聞くと、強く唇を噛み締めた。


「……ああ。わかってる」


 カグラや魔法隊から放たれる魔法を防ぎつつ、魔法剣士隊や歩兵隊に挑まれる接近戦を切り抜けつつ、それでも、サクラは前進を止めない。

 無論、そんなサクラの動きを補佐する者がいないわけではない。サクラがカグラ軍の前線に開けた穴は義人軍の兵士がすぐさま埋め、少しずつ押し込んでいく。

 グエンは大声を張り上げて全軍を鼓舞し、自身も馬を駆りながら槍を振るい、少しでもサクラに向かう敵兵を減らそうと奮闘している。

 そんな中でじっとしているのは、義人の性分に合わない。人と人とがぶつかり合う戦だというのに、既に恐怖もなくなっている。むしろ、飛び出さないようにするほうが大変だ。


「あと……少し!」


 サクラの動きは見えているだろうに、カグラは陣形を変えようとしない。まるでサクラの到着を待ち受けるようにして戦場を睥睨していた。

 そして、ついに、サクラはカグラの元へと到達する。カグラが放つ魔法を恐れてか、それともカグラの強さを考慮してか、カグラの周囲にカグラ軍の兵士はあまりいない。


「よく、単身でここまで来ましたね。見違えるようですよ、サクラ」


 感情の見えない声で、賛辞を口にするカグラ。サクラは陣中を突破する際に負った体の傷に構わず、小さく笑う。


「約束を、しましたから」

「約束? ……何のことかはわかりませんが、これからどうするつもりですか? シノブ様もミーファちゃんも既に前線から退いていますね? その上、あなたも限界でしょう」


 サクラの言葉に怪訝そうな顔をするものの、カグラは現状を分析しながら告げる。

 シアラが離脱したのは痛いが、それと引き換えに志信とミーファが戦線から離脱している。志信は比較的軽傷のため戻ってくる可能性があるが、カグラにとってはそれほど脅威ではない。ミーファは魔力をほとんど使っているため、この戦いの中で復帰することはないだろう。

 そして、“カグラにとっては”唯一自分に勝てる可能性があるサクラも、自分の元へ到達した段階で消耗が激しい。体力、魔力共に限界が近いだろう。

 サクラがこじ開けた穴を広げようと騎馬隊が機動力に物を言わせて暴れているが、それもカグラにとっては脅威ではない。義人軍の騎馬隊や魔法剣士隊がカグラのもとへ集まろうとしている兵士達を押し留めてもいるが、それも大した脅威ではなかった。


「さて、これからどうするつもりですか?」


 サクラに策がないのなら、これで終わりだ。サクラを倒し、周囲にいる義人軍の兵士も倒し、あとは全軍で義人のもとへ攻め入るだけでこの戦いは終わる。

 それは、サクラも理解しているだろう。そう思ってサクラの表情を確かめるカグラだが、予想に反してサクラの顔に絶望の色はない。むしろ、何かを喜ぶように小さく微笑んでいた。


「ヨシト様……これで、約束は果たせましたよね?」


 カグラに対してではなく、自身の背後に向けてサクラが声をかける。その言葉を聞いたカグラは眉を寄せるが、返ってきた言葉に耳を疑った。


「ああ……ありがとうサクラ。本当に、ありがとうな」


 労わるような、優しげな声。次いで、義人軍の兵士に紛れるようにして義人が姿を見せた。

 義人は傷だらけになったサクラの肩に手を置き、近くまで来ていた義人軍の兵士に視線を向ける。


「サクラを頼む。今回の戦の最大の功労者だ。丁重に後方まで送ってくれ」

「了解しました」


 義人の言葉に、女性の魔法剣士が頷く。サクラに肩を貸し、その女性とサクラを守るように数名の兵士が付き従う。

 サクラは精根尽きたように脱力するが、最後に義人へと振り返り、口を開く。


「ヨシト様、ご武運を」

「任せとけ」


 片手を上げて応え、義人は前を向く。そして、三日ぶりに見たカグラへ向かって歩を進めた。

 まるで散歩にでも行くかのように、気軽な足取りで義人が近づいてくる。“元の世界”の服に鎧もつけず、一振りの刀を腰に提げただけの姿で。

 そして、彼我の距離が十メートルまで近づいた時、義人が先に声を発した。


「よう、カグラ」


 いつも通りの口調で、そんな声をかける義人。


「……総大将自ら敵陣まで潜り込むとは、なんのつもりですか?」


 義人は後方で指揮を執っていると思っていたカグラは、思わずそう問いかける。この戦いは、総大将が破れたら負けなのだ。

『召喚の巫女』である自分ならばともかく、義人が前線の、それも敵陣深くまで食い込んだ最前線にいる理由がカグラにはわからなかった。


「あー、まあ、なんだ。カグラを倒すにはこれしかないと思ってな」


 だからこそ、義人が口にした言葉の意味もわからない。聞き間違いかと思ったが、その言葉は明瞭。理解するのに一瞬の時を要し、カグラは首を傾げる。


「本気……いえ、正気ですか? ヨシト様にわたしの相手が務まると?」


 心底不思議そうに尋ねるカグラ。そんなカグラに、義人は無言で“刀”の柄を叩くことで応える。 


「ふ……ふふふ……ヨシト様、さすがにそれは蛮勇というものですよ」


 カグラは苦笑に近い笑みを零した。無茶なことを口にした幼い子供をたしなめる母親のような、そんな苦笑である。

 たしかに、風魔法という一点において義人は高い才能を持っているだろう。カグラもそれは認める。長ずれば、近隣諸国でも指折り―――それこそ、レンシア国の第二魔法剣士隊隊長の『風』のカールと肩を並べるかもしれない。しかし、今の義人は志信のように体術に秀でているわけでもなく、サクラのように魔法と体術を高い水準で等分に修めているわけでもなく、シアラのような器用さを持つわけでもない。

 少なくとも、“カグラは”そう認識している。


「蛮勇か……まあ、カグラが相手だとそうかもな」

「ええ、例えシノブ様やサクラ、ミーファちゃんと同時に戦っても―――」


 瞬間、義人の姿が消える。それと同時に背後に僅かな着地音が響き、カグラは無意識の内にその場から飛び退いていた。

 その判断は正しく、カグラが振り返った視線の先には鞘から刀を抜き打ちした体勢の義人の姿がある。しかも義人の放った斬撃はカグラが着ていた巫女服の裾を掠めており、避けなければその一刀で勝負がついていただろう。


「でもスピードなら……速さなら負けないってことだ。さて、不意打ちのあとにこう言うのも格好悪いんだが……」


 一気に警戒の度合いを高めるカグラ。そんなカグラを見て、義人はにやりと笑う。



「―――大将同士の勝負といこうじゃないか」


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