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異世界の王様  作者: 池崎数也
最終章
180/191

第百七十六話:終わりの始まり その5

 シアラがカグラ側について一晩が明け、さらに一日が過ぎる。

 義人がカグラ側についた兵士の数の報告を執務室で受けていると、サクラからとある人物の来訪を告げられた。その人物の名を聞いた義人は、その人物が来訪することに納得半分、警戒半分で通すように命じる。するとサクラが扉を開け、その人物を室内へと招き入れた。


「お忙しい中、お会いいただき恐縮です、はい」


 そんな言葉と共に入室してきたのは、商人のゴルゾーだった。笑みを浮かべ、頭を下げながら義人のもとへと歩み寄ってくる。それを見た義人は、手元の筆を止めてゴルゾーへ視線を向けた。


「いや、構わないよ。それで、今日は何の用だ?」


 ゴルゾーが足を運ぶからには、何かしら報告したいことがあるのだろう。そう判断した義人だったが、ゴルゾーはそんな義人の疑念を受け流すように柔和な笑みを浮かべる。


「非常に大口の注文にも関わらず、他の商人ではなく私を選んでいただきまして……その御礼を思い、参じた次第でして、はい」


 その言葉を額面通りに受け取るべきかと一瞬だけ思案し、義人は首を横に振る。


「ゴルゾーなら、必要なものをすぐに揃えてくれると思ってね。でも、急な注文をして悪かったな。さっき報告を受けたけど、さっそく必要な物資を納入してくれたんだって? 量が量だったし、大変だったんじゃないか?」

「いえいえ、商人はお客様の依頼に応えるものですから。まして、相手がヨシト王となれば、私としても出来得る限りのことはさせていただきます、はい。納品した物がご満足のいく品物だったのなら、嬉しい限りです」

「そうか……品質については疑う必要もないだろうし、助かったよ」


 気軽に笑いつつ、それでいて両者とも笑っていない目で会話を交わす。義人としてはもう少しゴルゾーとの会話を楽しんでいたいが、今は時間がない。明日にはカグラ達との戦いがあるのだ。


「まあ、挨拶はこれぐらいにしておこうか」


 場の空気を変えるように、義人が言う。それを聞いたゴルゾーは、小さく頷いた。


「そうですか……では、本題に入らせていただきます、はい」


 そう言いつつ、ゴルゾーは懐に手を入れる。それを見たサクラが僅かに腰を落とすが、それに気づいた義人は視線で止めた。この場でゴルゾーが義人に手を出すメリットもなければ、理由もない。

 ゴルゾーはサクラの雰囲気が鋭くなったことに気付いたのか、サクラに向かって懐から取り出した物を見せ、恐縮そうに頭を下げた。


「そのように怖い顔をなさらないでください。私のような者がそんな視線を受ければ、腰が抜けてしまいそうです、はい」


 怯えのない声でそう言うと、ゴルゾーは懐から取り出した物……液体の入った小瓶をサクラに差し出した。それを見たサクラは警戒しながらゴルゾーから小瓶を受け取ると、何か仕掛けがないかと視線を小瓶に向ける。


「それは?」


 義人はサクラに手渡された小瓶を見ながら首を傾げる。サクラの手の平に納まる大きさの小瓶には薄桃色の液体が入っており、どこか温かな印象を受けた。小瓶には小さく文字が書かれており、その文字を見た義人は僅かに目を細める。


「『魔法文字』か?」

「御明察でございます、はい。『強化』の『魔法文字』を刻んでおりますので、例え石壁に投げつけても割れない強度があります。そして中身は、魔法薬でございます」

「魔法薬……」


 危険はないと判断したサクラが義人へ小瓶を渡し、受け取った義人は軽く小瓶を揺らした。

 小瓶を揺らすと、それに合わせて中の液体も揺れる。小瓶の口はコルクに似た木材らしきもので塞がれており、ある程度の力をかければ抜けそうだ。


「『治癒』と同様の効果があります、はい。飲み薬、傷薬のどちらとしても使用できまして、ある程度の傷ならばたちどころに治ります。骨折、刀傷、火傷、凍傷、なんでもござれの優れものです」


 話を聞く限りでは、『治癒』が使えない義人にとっては役立つ道具だった。その効果も高いようで、保管のために『強化』の『魔法文字』が使われた小瓶を使っていることからしても高級品だろう。

 義人も魔法薬は何度か見たことがある。レンシア国で怪我を負ったサクラの治療に使用しているところも見たことがあったが、あの時は塗り薬だった。それでも一晩でサクラの怪我を治すあたり、効果は高かったのだろう。だが、それでも治癒するまで一晩かかっている。しかし、ゴルゾーが差し出した魔法薬は即効性があり、なおかつ効果も高いという。

 そんな代物を見せるからには、何かしらの意図があると義人は判断した。そして、義人に対して『治癒』の効果がある魔法薬……それも即効性があり、わざわざ持ち運びがしやすいよう、割れにくいよう、『強化』の『魔法文字』を刻んだ小瓶に入れて持ってくる念の入れようと考えると、答えは一つしかない。



 ―――カグラと戦う時のことを踏まえて、ってことかね。



 義人がカグラと戦うことをどこからか知ったのか、それとも推察したのかはわからない。カグラが謀反を起こして二日程度経過しているが、“元の世界”と違って情報の入手や伝達が遅くなる“こちらの世界”でここまで迅速に動いてきたのは、カーリア国でも一、二を争う商人だからか。

 商機を逃さないのは商人らしいと、内心で苦笑する義人だった。



 ―――はてさて、いったいいくら吹っかけられることやら。



 今の義人には、喉から手が出るほど欲しい品物だ。

 防具は義人の動きを阻害する上に、速度を殺す。それに加えて、防具をつけた状態で訓練などしていない。そして、カグラが相手ならば並の防具など役に立たないだろう。なにせ、相手は『強化』を使うことで素手で岩を叩き割れるほどの腕力を発揮するのだ。防御力を増しても意味がないのなら、初めから防具はつけない方が良い。文字通り、“デッド”ウエイトになりかねないのだ。

 そんな状況で、即効性のある治癒薬が入手できるのなら入手しておきたい。一撃受けたらそれだけで勝負がつきそうな相手である以上、最低限の保険はあった方が良い。


「それで、これの代金は?」


 欲しいが、必要以上の金は出せない。そんな雰囲気を見せながら、義人は尋ねる。ここで莫大な金額を提示されたら、義人は断るつもりだった。ある種の保険になりそうだが、それが原因で油断につながり、負ける可能性もある。


「そうですね……」


 ゴルゾーは顎に手を当て、僅かに悩む仕草を見せた。その様子を見た義人は、おやと内心で不思議に思う。値段を決めていなかったのか、それとも法外な値段で言い出しにくいのか。

 余程高いのだろうかと金銭的な心配をしそうになるが、それを察したのかゴルゾーは小さく笑った。


「御代は―――この国の、明るい未来……などでいかがでしょう?」


 商人としてではなく、一人の人間。この国、カーリア国の国民としての笑顔を浮かべながら、ゴルゾーはそう言った。

 それを聞いた義人は一瞬だけ呆気に取られ―――そして、ゴルゾーと同じように笑う。


「なるほど、なるほど。そりゃまた、ずいぶんと高い買い物になりそうだ」

「そうでしょうか? ヨシト王ならば、“安い買い物”ではないかと愚考するのですが」

「買い被ってくれるなぁ……でも、いいね。この薬、買ったよ」

「毎度ありがとうございます」


 どうやら、ゴルゾーはカグラではなく義人が勝つ方に賭けているらしい。あるいはカグラ側にも通じているのかもしれないが、義人個人に魔法薬を渡す辺り、少なくとも敗北を願っているわけではないようだ。

 義人が魔法薬を“買った”ことに満足したのか、ゴルゾーは一歩後ろへ下がる。


「それでは、お忙しい中お時間をいただきましてありがとうございました」

「いや、こっちこそ助かったよ。サクラ」


 義人が声をかけると、サクラが退室するゴルゾーを見送るために部屋から出ていく。そして部屋からゴルゾーとサクラが姿を消すと、義人の傍……ゴルゾーからは死角になって見えなかったノーレが声を上げた。


『中々気の利いた贈り物じゃの』

「そうだな。今回の戦いで必要になる物資や、戦後必要になる金のことを考えれば、高い買い物はできないからな。タダでもらえるのなら、ありがたいことこの上ないよ」


 義人も、カグラと戦うに当たって何かしらの『魔法具』を入手することを考えてはいた。しかし、『魔法具』は希少性があり、値段が高い。カグラ相手に通じそうな『魔法具』となれば、その値段はさらに上がるだろう。

 ただでさえ、今回の戦いは国庫を圧迫するのだ。“戦後”のことを考えて、義人は『魔法具』を購入することに二の足を踏んでいた。勝とうが、負けようが、金は多く残しておくべきだろう。

 もっとも、義人としては『魔法具』はあくまで保険でしかない。『魔法具』よりも安心して命を預けられる存在(ノーレ)が、既にいるのだ。

 ゴルゾーから渡された小瓶を机の上に置くと、義人は再び筆を取る。カグラ達の戦いを前にして政務が正常に回っていないとはいえ、片付けるべきことはいくらでもあった。








 その日の午後、義人と義人側についた主だった武官は、会議室に集まって一つの議題を討論していた。

 会議室に集まったのは国王である義人に、補佐のノーレ、近衛隊隊長である志信、義人の護衛であるサクラ、第一魔法剣士隊隊長のミーファ、騎馬隊隊長のグエン、副隊長格の人間が三人の合計九人だった。

 そして、義人達が話し合っている議題は『誰が全軍の指揮を執るか』という点である。

 義人は当然のことながら、志信も“軍”を率いたことはない。それならば、一部隊の将として役職を全うしていた者が指揮を執った方が混乱もないだろう、という義人の考えから発案されたのだ。

 本来ならば総大将である義人が全軍の指揮を執るべきだが、義人に軍の指揮経験はない。それならば隊長―――とりわけ、ミーファかグエンに全軍の指揮を執らせ、義人自身は指揮者と共にいた方が上手く戦えると考えていた。

 国王である義人と、全軍の指揮を執る者。上位の指揮権を持つ者が二人いるのは好ましくないが、采配を任せられる参謀もいない。



 ―――こういう時にこそ、カグラがいれば良かったんだろうけど……そのカグラが敵なんだよなぁ。



 単独でも一軍に匹敵、あるいは凌駕する武力。そして『召喚の巫女』という名声を使えば、全軍を掌握して指揮することも容易だろう。

 義人は内心だけでため息を吐くと、顔を突き合わせて悩んでいるミーファ達に視線を向ける。志信は集中できていないようで、あまり意見が出ていなかった。その様子を見て、義人はもう一度だけ内心でため息を吐く。



 ―――やっぱり、一日経ったぐらいじゃ切り替えられないか。



 ある意味、ここまで愚直に進んできた志信だ。シアラのことを簡単に割り切れるとは考えていなかったが、思ったよりも根は深いらしい。明日までに割り切れるかは、微妙なところだ。

 義人としては、志信が割り切れるかどうかを賭けろと言われれば、『無理』に賭けるだろう。故に、義人はミーファへ視線を向けた。


「全軍の指揮についてだけど、俺としてはミーファに頼みたい。グエンは、その補佐に回ってほしい」


 義人がそう言うと、グエンが頷く。


「なるほど……ヨシト王についた者の中で隊長を務めている者は、私とミーファ殿のみ。シノブ殿も隊長ですが、近衛隊は規模が小さく全軍の指揮は難しい。そうなると、私とミーファ殿のどちらかになりますが、魔法剣士であるミーファ殿が全軍の指揮を執る方が良いですな」


 グエンが賛同の声を上げ、ミーファを見る。ミーファはその発言を受けると、首を横に振った。


「わたしが総指揮を執っては、魔法隊や第二魔法剣士隊の相手が難しくなります。ただでさえ、こちらは劣勢。魔法が使える者は前線に割り振った方が良いかと」


 その発言に、義人はたしかにと頷いた。ミーファに総指揮を執ってもらいたいが、そうなると前線の要が抜けることにもなる。前線で戦いながら全軍の指揮を執ればとも思うが、さすがに敵と戦いながら指揮を執るのは難しい。


「志信はどう思う?」


 義人が敢えて志信に質問すると、志信は僅かに思考してから口を開く。


「複雑な地形ではなく、伏兵の警戒をする必要性も低い。高い可能性で正面から戦力をぶつけ合う形になりそうだが……そうなると、全軍の指揮を執るのは義人でも良いのではないか?」


 カグラとの戦いが行われるのは、障害物がほとんどない平野。見通しも良く、兵を伏せることも難しい。そうなると、ある程度兵を動かすことができるなら義人が全軍の指揮を執るのも手だと、志信は言った。


「ふむふむ……複雑な指揮が必要なさそうだから、俺がそのまま指揮を執った方が良いと。意見が割れたな」


 頷きながら、義人は思考を回転させる。どの意見も納得できる部分があり、悩むところだ。しかし、義人としては全軍の指揮を自分以外の人間に任せたい、いや、任せなければこの戦いに勝ち目がなくなると思っている。



 ―――さて、どうしたものかね……。



 全員の意見を聞き、義人の考えを踏まえると、やはりミーファかグエンに指揮を執ってもらった方が良い。問題はどちらにするかだが、と義人が考えていると、それを察したのかミーファが先んじて口を開く。


「ヨシト王、まことに身勝手ながら、一つお願いしたいことがあります」


 その発言に、おやと片眉を上げる義人。


「どんな願いだ?」

「全軍の指揮をどなたかに執らせるのならば、グエン殿にお願いしたいのです。わたしは、前線に出たいと思います。魔法隊や第二魔法剣士隊の相手をするには、全軍の指揮を執りながらでは後れを取ります」

「それは……」


 突然の願いに、義人は眉を寄せた。

 志信は近衛隊を率いて戦場で無用の殺生を出さないための監視―――という名目で、シアラと戦う可能性から離そうと考えている。サクラは義人の護衛の上、指揮権がない。そうなると、義人としてはミーファに全軍の指揮を取ってほしかった。

 騎馬隊隊長であるグエンでも全軍の指揮は可能だが、ミーファとグエンを比べると、魔法剣士で単独の戦力として立ち回ることができ、なおかつ小回りが利くミーファに指揮を取ってもらいたい。単独だと魔法に狙い撃ちされかねないグエンよりも、討ち取られにくい魔法剣士であるミーファのほうが全軍の指揮に向いていると義人は考えていた。


「ミーファが一番適任なんだが……」


 そのため、駄目だ、と言おうとして、義人はミーファの目を見てしまった。何かを決意したような、真っ直ぐで力強い瞳。例え義人が拒否しても、全軍の指揮を執れと命令をしても、それに構わず飛び出しそうな、意思のこもった瞳だ。


「理由は?」


 故に、義人はため息をついて半ば諦めながら尋ねた。その問いに、ミーファは簡潔に答える。


「そちらの方が、勝率が高いかと」

「……建前は横に置いておくとして、本音は?」


 他に何か理由があると判断した義人は、踏み込んで尋ねた。それに対して、ミーファは挑む様に見返す。


「―――女の意地です」


 理由になってない理由。しかし、ミーファにとっては重要なのだろう。そして義人には、ミーファが口にした理由に思い当たる節があった。魔法隊や第二魔法剣士隊を相手にするという宣言も、義人の考えを肯定する。

 ミーファはおそらく、志信とシアラの間に何があったかを知っている。そして、志信が抱える苦悩も知っている。その上で、自分が戦うと言っているのだ。

 そこには、私情があるのだろう。だが、それと同等以上に、志信を思い遣る感情もある。志信と、シアラと、ミーファの間にある関係性。義人が志信の精神状態を踏まえたのとは別の、ミーファ個人の志信に対する感情によって、ミーファは“願い”を口にした。


「あー……ったく」


 義人は乱暴に頭を掻くと、天井を仰ぎ見た。そして現状を振り返り、大きくため息を吐く。現状を考えれば、シアラを相手に戦える人間は限られている。実力的に、心情的に、今この場にいる人間で、シアラを相手にできるのは義人かミーファしかいない。

 義人としては、ミーファをシアラにぶつけることはしたくない。しかし、志信の心情とサクラの役割、そして義人の最終目標を考えれば、手はそれしかなかった。


「どいつもこいつも、まったく……俺も人のことは言えないけどさぁ」


 呆れたように、諦めたように言って、義人はミーファに頷いてみせる。魔法隊や第二魔法剣士隊、その中でも、魔法隊の隊長であるシアラに戦いを挑むことを許可する。


「いいよ、戦ってこい。全軍の指揮はグエンに執らせる。いいな、グエン“総隊長”?」

「あまり良いとは言えませんが……」


 グエンは顎鬚を撫でながら渋るが、ミーファの目を見て義人と同じようにため息を吐く。


「……私も、馬に蹴られたくはないですからなぁ。騎馬隊の人間が馬に蹴られて死ぬなど、冗談にもなりません。末代まで語り継がれそうですし……不肖、このグエンが全軍の指揮を執りましょう」


 苦笑しながらグエンが言うと、ミーファは頭を下げる。


「すまない、グエン殿」

「なに、この戦が終わってから、酒の一杯でも奢ってくださればそれで結構」

「そうか……ならば、美味い酒を馳走しよう」


 グエンの言葉に微笑むミーファ。それを見た義人は、確認を取るように二人に声をかける。


「悪いな、グエン。全軍の指揮は任せる。ミーファ、“何かあったら”魔法剣士隊の指揮は副隊長のシセイに執らせる。それでいいな?」

「はっ、ありがとうございます」


 頷くミーファとグエンの姿を見て、義人は次にサクラへ視線を向けた。


「サクラは俺の護衛を頼む。ある程度戦線が膠着したら……」


 そこから先は言葉に出さず、義人はアイコンタクトを送る。それを受けたサクラは、微笑みながら頷いた。


「お任せください」


 すべてを理解して微笑むサクラに、義人も笑みを返す。そして最後に、義人は志信へと向き直った。ミーファの発言を聞いてなお、何も言わなかった志信へと。


「あとは近衛隊の配置だな。俺の護衛にはサクラがついてくれるから、必ずしも俺の傍につける必要はない。だから、無用な死傷者が出ないよう戦場の監督をしてほしいんだけど……どうする? “それで”良いか?」


 それは、最後の確認だ。

 志信がシアラと戦えないと言うのなら、仕方がない。戦力的には厳しく、ミーファとシアラを戦わせるという、義人としても避けたい展開。いくらミーファが望み、承諾したとはいえ、このまま志信の決断がないままに進めれば、志信も後悔が残るだろう。

 だからこそ、義人は決断を迫った。シアラとの戦いを、ミーファのみに任せても良いのか、と。

 昨日義人が尋ねた時には、志信はシアラが相手でも戦えると言った。義人は無理だと思っていたが、ミーファの言葉を聞いた今ならばどうか。

 そんな義人の問いを受けて、志信はミーファを見た。ミーファは、志信の視線を受けるなり真っ向から視線を返す。そこには、シアラを相手にして勝てるかという疑問はない。ただ戦うという、固い決意が見えた。

 志信はミーファから視線を外すと、今度は義人を見る。義人は志信に対して苦笑を向けると、頬を掻いた。


「志信が後悔しない道を選んでくれ。俺は、志信の決断を尊重するよ」


 気遣うように告げる義人に、志信は情けない気持ちになる。

 カグラという、自分では倒し得ない存在が敵に回っている状況。それに加えて、シアラもカグラ側についており、戦力も不利。そんな状況では、一人でも戦える人間が欲しいだろう。しかも、志信はただの兵卒ではない。戦力としては、義人側の主力でもある。しかし義人は、戦えないならシアラという難敵ではなく、別の方面で腕を揮ってほしいと言う。志信がまったく戦えないとは思わない。だが、シアラを相手にして戦えるかと聞かれれば、答えはわからなかった。

 義人もミーファも、無言で志信の決断を待つ。志信はそんな二人が向けてくる眼差しを受けて、僅かに視線を下げた。


「俺は……」


 “元の世界”で、祖父の元で鍛錬を重ねていた頃は、自分がここまで戦うことに迷うとは思ってもみなかった。無論、それは無秩序に暴力を振るうことを戸惑わないという意味ではない。戦うべき時に戦えると、そう思っていたのだ。

 平成の日本という平和な国に生まれたものの、志信が人生の大半を費やして鍛えた“力”を、必要な時に振るえると。だが、今がその“必要な時”だというのに、決断ができないでいる。

 沈黙する志信を見て、義人は決断を促す傍ら、内心でやはり無理かと見切りをつけ始める。このままいけば、全軍の指揮をグエンが執り、シアラが率いる魔法使いや魔法剣士達をミーファ達が抑え、カグラと戦うことになるだろう。カグラ達の出方にもよるが、両者の軍の規模から大きく予想が外れることはない。

 そうやって義人が彼我の戦力を元にした戦い方を思案し始めようとした時、不意にミーファが席から立ち上がった。


「ミーファ?」


 突然立ち上がったミーファに義人が声をかけるものの、ミーファは答えない。無表情で、ただ、ゆっくりとした動作で志信の傍まで歩み寄り―――何も言わずに、志信の胸倉を掴みあげた。

 そして鋭い眼差しを志信に向けると、右手で拳を作り、何の躊躇もなく志信の頬へと叩きつける。


「っ!? み、ミーファ?」


 いきなり殴られた志信は椅子から転げ落ちるものの、すぐさま立ち上がり、自身を殴りつけたミーファに困惑した表情を向けた。ミーファはそんな志信の表情を見るなり、指を突きつける。


「はっきりしなさいよシノブ! あなたはどうしたいの!?」


 ミーファの行動と言葉に、会議室にいた全員が動きを止めた。ミーファが志信に対して特別な感情を抱いていることを、周囲の人間は知っている。それを知られていると気付いていないのは当人のミーファや、その相手である志信ぐらいだ。だが、だからこそミーファの行動に周囲の人間は度肝を抜かれたのである。

 ただし、義人だけはすぐさま硬直から抜け出すと、ミーファの発言の意図を理解して静観を決め込む。そこには、苦笑というおまけもついていたが。


「どうしたい……か」


 殴られた頬に手を当て、志信は呟く。その様が常の志信らしくなくて、ミーファは苛立たしげに眉を寄せた。


「悪いとは思うけど、一昨日の夜、何があったかは知っているわ。だから、シノブが“何”に対して迷っているかも……わかっているつもりよ」


 何故、志信がシアラを相手に戦えるかを迷っているか。その“理由”を、ミーファは知っている。それが、ミーファにとってはとても悲しく、辛い理由だということも、知っているのだ。

 だからこそ、ミーファはシアラと戦うことを志願した。剣術という一点ではシアラに勝っている自信があるものの、魔法を含めた総合力では劣っている自覚を踏まえた上で、志願したのだ。


「あなたが戦えなくても、わたしは戦う。例えシノブが戦わなくても、わたしはシアラ隊長と戦うわ」


 そう言って、ミーファは志信の目を真っ直ぐに見る。自分よりも年下ながら、普段は同い年かそれ以上に大人びて見える少年を。今は、年齢相応に迷っている少年を。


「シアラ隊長が向こうについたのなら、こっちに連れ戻せば良いじゃない。話を聞かないなら、力づくでも良い。兵士が邪魔をするなら打ち倒して、カグラが前に立ってもそれを乗り越えて、自分のところに連れ戻せばいいじゃない。それとも―――」


 そこでミーファは、一歩だけ前に出た。自分が殴った志信の頬に手を当て、優しげに、励ますように、微笑みながらミーファは言う。



「―――わたしが惚れた男は、そんなことで躓くような男だったの?」


 

 優しい笑顔と共に言われた言葉に、志信は目を見開く。聞き違いか、ミーファの言い間違いかとも思ったが、周囲の人間の驚いた顔を見れば、聞き間違いでも言い間違いでもないことがわかった。

 そして、ようやく周囲を見回すだけの余裕を取り戻した志信は、義人が苦笑しながら自分とミーファを見ていることに気付く。


「ああ、そうか……そうだな。単純なことだった。離れてしまったのなら、またこちらへ引き寄せれば良かったのか」


 納得したように呟く志信。まるで憑き物が落ちたように表情を和らげた志信を見て、義人は繰り返しの問いを投げかける。


「それで、志信はどうする?」


 半ば答えを確信しての問いかけ。そんな義人に、志信はしっかりと頷く。


「シアラを連れ戻してくる」

「……そうか。わかったよ」


 決意のこもった声を聞いて、義人は頷きを返した。続いて、志信に対して告白染みた台詞をぶつけたミーファに視線を向ける。

 ミーファは今になって自分の言ったことを理解したのか、顔を真っ赤にして俯いていた。それを見た義人は、親友の迷いを晴らしてくれた恩人に対して礼も兼ねて口を開く。


「それにしても、公衆の面前で告白とは……ミーファのことを見くびっていたかな?」


 空気を弛緩させるように、おどけた様子でグエンに話を振る義人。それを聞いたグエンは、同意するように顎鬚を撫でた。


「いやはや、私としても予想外でした。ここまで驚いたのは、いつ以来のことか」

「なっ」

「ちょっ!」


 そんな義人とグエンの言葉を聞いて、動揺する志信とミーファ。それを視界に収めつつ、義人は小さく笑う。

 今のところシアラが一歩リードしているように思えるが、少しでもその差がなくなるようにと祈りながら、軽口を投げつける。他人の恋愛ごとに首を突っ込むのは野暮だとわかっているが、志信を相手にしていたら中々進展もないだろうと思って。


「俺はミーファ“も”お似合いだと思うけどな」

「ミーファ殿を慕っている隊士達は、自棄酒に走りそうですがね」

「然り、然り。城下町の酒場が大繁盛しそうですな」


 そんな義人の軽口に、合いの手を入れる臣下達。それに合わせて、顔を赤くするミーファと志信。そんな二人を笑って眺めながら、義人は思う。

 志信がシアラとミーファのどちらを選ぶのか、それを見届けるためにも明日は勝たなければ、と。

 







 カーリア国王都フォレスから離れ、タルサ村の近く。カグラ達は見通しの良い平原で陣を張り、翌日に備えて様々な準備をしていた。

 カグラは自分用の天幕で敷物に座り、運び込まれた文机を前に筆を動かしている。

 義人達との戦いまで、あと半日程度。夜が明け、日が昇れば義人達と戦うことになるだろう。

 カグラは、己の側についた兵士や文官達の顔を思い出し、小さく首を振った。

 カグラが口にした『召喚国主制』の継続という言葉に同調した者もいれば、『召喚の巫女』であるカグラが勝つと踏んで味方についた者もいる。純粋に国の行く末をカグラに託した者がいれば、カグラが勝つことで得られる利益を目的としている者もいるだろう。

 手元の筆を動かしながら、カグラは苦笑する。


「……まさか、シアラ隊長がわたしの方につくとは思いませんでしたけど」


 予想外だったのが、シアラが味方についたことだ。話を聞いてみれば、今回の一件が起きた原因の一端だからと言われた。自分が余計なことをしなければ、と暗い表情で告げられた時は、カグラとしても何と答えれば良いかわからなかった。

 カグラとしては、シアラは中立もしくはやや義人寄りの立ち位置を示すと思っていた。サクラの異母姉妹であり、カグラにとっても異母姉妹に当たるのだが、上司と部下という付き合いはあったものの、個人的な親交はそれほどなかった両者である。

 そんな彼女が、そこまで責任を感じていたことがカグラにとっては驚きだった。そこまで責任を感じたのはシアラの性格か、それとも義人とカグラの確執が余程酷かったのか。

 今となってはそれを聞くこともできず、カグラは手に持った筆を動かし続ける。これで、数の上でも義人側より有利に立った。義人についた人間の中には志信やミーファなどの単体で大きな戦力になる人間もいるが、シアラがカグラ側へとついた以上、総合的な戦力では大きく差が開いたと言える。

 カグラは動かしていた筆を止めると、墨が乾くのを待ちながら小さく呟く。


「もっとも、シアラ隊長がわたしの方につかなくても、こちらの有利は動きませんでしたが……」


 その呟きに込められた感情は、一体なんだったのか。周囲にはカグラ以外の人間はおらず、それを察する人間もいない。

 何の感情も映さないカグラの瞳が、文机の上へと向けられた。文机の上には小さな木箱が置かれており、それを見たカグラは丁寧な手つきで木箱を取る。そしてゆっくりと蓋を開けると、中に収められた手櫛に視線を落とした。

 以前、義人からもらった手櫛だ。手櫛だというのに、結局、その役割を果たすことはほとんどなかった。例外は、髪飾りとして使用して、義人とダンスを踊った時ぐらいだろう。それ以外では、こうやって静かに眺めることしかしていない。

 手櫛を手に取ると、カグラは両手で包み込み、何かを祈るように目を閉じた。手櫛に込めた思い出を辿るように回顧し、ここ一年ほどの間に起きた出来事を振り返る。

 楽しいことがあった。

 悲しいことがあった。

 国王である義人の傍で積み重ねた、多くの記憶。平和で、何気ない一日も大切な思い出だ。


 ――だが、それも明日で終わる。自分が、終わらせる。


「……全てが、終わりますね」


 ため息を吐くように言って、カグラは俯く。

 手に取った手櫛を元に戻し、墨が乾いた紙を折りたたんで入れ、蓋を閉める。その際に木箱が立てた小さな音で、カグラは全てを振り切った。自身の心にも蓋を閉めて、木箱を机の上に戻す。

 そうして顔を上げたカグラの表情に、迷いの色はなかった。


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