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異世界の王様  作者: 池崎数也
第一章
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第十七話:試合

 義人達がカーリア国へと召喚されて早十日。

 こちらの世界での生活にも多少慣れ、義人も王印を押す以外の仕事が多くなり始めていた。 ゴルゾーが挨拶に来た日以来、仕事を片付けるスピードが大幅に速くなった結果だ。

 あの日以降、義人は政務を面倒だと思わず真剣に処理するようになった。

 溜まりに溜まった書類の中にある、大臣や各専門分野の文官武官と協議して決定する事項などは、専門的なことはほとんどわからないためカグラの助けを借りつつ決定していく。

 その際、協議する相手のことをさり気なく観察しつつ、なるべく好印象を与えるように振舞った。そのおかげで、召喚当時より少しは信頼されているだろう。

 ゴルゾーに渡された少女達をその場で親元に帰したことも多少評価に繋がったらしい。

 志信には自身の鍛錬も兼ねて、訓練場で武官の掌握に努めてもらっている。あまり目立たないように鍛錬をしているようだが、周りの評価はかなり高いとカグラが言っていた。

 優希はサクラと共に義人の世話をしつつ、厨房に赴いては元の世界の料理知識を元に安くて美味しい料理を作ろうとしている。異世界の料理に触れることができるため、厨房の料理人の方々とも大分仲良くなっていた。

 そうやって多少慣れた王様生活を送っていた今日、西の森付近の村から届けられた魔物退治に関する嘆願書についてどうしようかと悩んでいたとき、突然執務室の扉が強めにノックされた。


「よ、ヨシト王! 至急お伝えしたいことがあります!」

「ん、何だ? 志信か優希が問題でも起こしたか?」


 兵士からの報告に、あの二人に限ってありえないだろうと嘆願書をどうしようかと悩み、


「はっ! シノブ様が訓練場でミーファ隊長と試合を行うと!」


 肯定の返事が返ってきたことで嘆願書が手元から滑り落ちた。


「……はぁ?」


 一瞬忘我するが、すぐさま気を取り直す。


「志信とミーファが、試合?」


 んー、と義人は若干悩み、首をかしげて、


「なんでよ?」


 傍のお茶を注いでいたサクラに話を振った。


「ふぇっ!? え、わ、わたしに聞かれましても……」


 オドオドと視線を彷徨わせるサクラ。義人はなんとなく話を振っただけなので、元より返答はそこまで期待していない。


「とりあえず、入って詳しい話を聞かせてくれ」

「はっ! 失礼します!」


 元気の良い返事をして、兵士が入ってくる。背は百七十センチ弱、金髪青眼でやや幼い顔立ちのため義人よりも歳若く見えた。その顔に見覚えがあった義人は、すぐさま脳内からこの国の主要な人物の顔と名前を引っ張り出す。


「魔法剣士隊副隊長のシセイじゃないか。どうした? 志信がミーファと試合だって?」


 言葉を交わしたことはないのに、すぐさま名前で呼んでもらえてシセイの頬が僅かに嬉しさで緩む。

 シセイは若干十六歳にして、魔法と剣の才を見込まれて魔法剣士隊の副隊長を務めている。ミーファにはまだまだ及ばないが、それでも他の魔法剣士隊の兵士より頭一つ分ぐらい腕が立つらしい。

 全て志信からの情報だったが、義人は今そんな情報はいいかと思考を切り替えた。


「はっ! シノブ様とミーファ隊長が第一訓練場で試合を行うとのことで、ヨシト王に許可がほしいと!」

「……なんで俺の許可? お互いが同意してるなら勝手にやればいいじゃないか」


 義人がそう言うと、シセイは困ったような表情になる。


「それが、その……シノブ様が『ヨシト王の許可がなければ戦わない』とおっしゃられまして」

「志信がそんなことを……」


 何か考えがあってのことだろうか。

 そう判断すると、義人も椅子から立ち上がる。

 さすがに根を詰めすぎていたし、気分を切り返るのも必要だ。カグラもそういった理由なら理解してくれる。


「よし、それなら俺も訓練場に行く。サクラ、少し席を外すぞ。もしカグラが戻ってきたら、訓練場にいると伝えてくれ」

「は、はい。わかりました」


 資料を探しに行っているカグラへの伝言を残し、義人はシセイと共に訓練場へ向かうことにした。




 訓練場へと足を踏み入れると、何やらざわざわと騒いでいる。しかし、一人の兵士が義人に気づくと慌てて膝を地面につき、それに釣られるように周りの兵士も膝をついた。その中にはミーファと、何故か志信も一緒に膝をついている。周囲に合わせたのだろう。


「やべ、ちょっと不思議な快感が」

「はい?」

「いや、なんでもない」


 隣で首をかしげたシセイに手を振ると、問題の志信とミーファに目を向ける。


「それで、ミーファ」


 義人が声をかけると、膝をついたままでミーファは頭を下げた。


「はっ!」

「何でも、志信と試合をしたいらしいが……なんでだ?」

「はっ! シノブ殿の動きを見たところ、我が隊の兵士よりも遥かに良い動きをしていました。そのため、武人として是非手合わせしたく思いまして」


 公私を分けているためか、ミーファの口調はやや固い。


「成程。まあ、ミーファの気持ちもわかるな。志信」

「はっ!」

「いや、なんでお前まで畏まってるんだよ」


 思わず突っ込みを入れる。すると、志信は僅かに眉を寄せた。


「周りに合わせてみたのだが」

「合わせなくていいっつーの。まあいいや、俺に許可を求めたってことは何か考えがあってのことだろ?」

「ああ。ミーファと試合をさせるかどうかは、お前が判断してくれ」


 志信の返答に、義人はしばし黙考する。

 志信が意味もなくそんなことを言うとは思えず、義人は目だけで周りを見ながら様々なことを考えていく。

 周りは魔法剣士隊だけでなく、騎馬隊も遠巻きにこちらを見ている。


 ―――そんな中で試合を行えばどうなる? いや、違う。行った結果が問題か? 志信とミーファが戦い、もしも志信が負けたら? そしてその逆は? そういやミーファが過信してるとか言ってたなー……。


 ふむふむと頷き、義人は顔を上げる。そして、志信に目を向けた。


「“アレ”か?」

「“アレ”だ」


 短い言葉でも意味は伝わったらしく、志信が頷き返す。

 どうやら、ミーファの過信をへし折る気らしい。


「“折れる”のか?」

「“折る”さ」


 珍しく、闘志を見せる志信。義人はそれに若干驚きつつ、志信がへし折る気になるくらいの過信をミーファが抱いているのか、と頭が痛くなった。だが、すぐに頭を振って意識を切り返る。


「そんじゃ……おーい! グエンたいちょー! カモーン!」


 そう叫び、騎馬隊に向かって手を振った。『カモーン』という言葉の意味はわからなかったが、名前を呼ばれた騎馬隊隊長グエン=クレアスはすぐさま馬で駆け寄ってくる。そして、義人の手前で下馬すると膝をついた。

 グエンは今年で二十八歳になり、短く刈り上げた黒髪と頬に走った三本の傷が特徴である。すでに九年近く騎馬隊の隊長を務めており、その槍捌きはカーリア国の中でも一、二を争うとカグラが言っていた。


「はっ! お呼びでしょうか?」

「ああ。今から志信とミーファが試合をするから、審判をしてくれ……まあ、必要ないと思うけど」


 最後の言葉はボソッと小さく呟き、誰にも聞こえない。グエンは首肯すると、馬を他の兵士に任せて志信とミーファの傍へと歩み寄った。そして二言ほど言葉を交わすと、シノブとミーファが距離を取る。

 義人がグエンの隣に並ぶと、グエンは厳しい顔をした。


「ヨシト王、ここは危のうございます。折れた刀の破片などが飛んでくるやもしれません」


 義人の身を案じての言葉だったが、義人は首を横に振る。そして、実にあっけらかんと笑った。


「破片が飛んできても、グエンが弾いてくれるだろ? だから危険じゃないさ」


 信頼を込めて言うと、グエンは押し黙って沈黙する。そして、諦めたように、それでいて嬉しそうに肩を落とした。


「そのように言われては、お止めできないではありませんか」

「そうか?」

「ええ」


 グエンは前を向き、屈伸運動をしている志信と刀の状態を確認しているミーファを見る。


「ヨシト王はどちらが勝つと思いますか?」

「ん、俺? そうだなー……でも先に、グエンの意見が聞きたいかな」

「私はそうですなぁ、やはりミーファに分があるかと」

「魔法が使えるから?」

「ええ。魔法を使われては、私でも勝つのが難しくなります」

「なるほどなるほど。もっともだね」

「それでは、ヨシト王もミーファが勝つと?」


 その問いに、義人は笑う。


「はは、まさか」


 志信が負ける? それこそありえない。

 義人の確信を込めた声に興味を惹かれ、グエンが僅かに身を乗り出した。


「シノブ殿はそんなにお強いのですか?」


 グエンとて、志信が鍛錬しているところはここ一週間の間に何回か見ている。動きはその辺の兵士に比べれば遥かに優れていたが、魔法剣士のミーファと比べると見劣りするように思えた。

 そんなグエンに、義人は首を横に振った。そして、口元を吊り上げる。


「ミーファじゃ勝てないだろうさ」


 グエンには、義人の志信に対する信頼が透けて見えるようだった。義人はそんなグエンの視線に楽しそうに笑う。


「いっそ賭ける?」

「おぉ、良いですな。と言いたいところですが、さすがに王を相手に賭け事をするわけにもいきませんよ」


 グエンも楽しそうに笑い、志信とミーファに目を向ける。

 ミーファの武器は刃引きされた練習刀だ。もっとも、刃引きされていると言っても鉄の塊に違いはなく、下手をすれば骨折ぐらいするだろう。当たり所が悪ければ死ぬかもしれない。

 それに対し、志信が手にしていたのは木の棒だった。長さはおよそ六尺(百八十センチ)ほどで素材は樫。どうやら壊れた槍から作ったらしいが、穂先や石突などはついていない。先端などに比べると若干中央が太いため、棒というよりは棍だろう。


「ほう……槍術、ですか? 先程は刀を使っていましたが……」


 穂先等はないが、己の使う武器と同じと判断したグエンの目が僅かに光る。武人として何か感じるところがあるらしい。だが、義人は苦笑しながら否定した。


「近いけど違う。志信のは槍術じゃなくて棒術さ」

「ボウジュツ?」

「こっちの世界にはない? まあ、志信に聞いた話だと槍術や剣術、薙刀術とも共通する部分が多いらしいから、槍術って言っても差し支えはないかもしれないけど」


 扱う棒が短ければ杖術と呼ばれるのだが、それは脇に置いておくとする。


「あいつの場合、他にもいくつかの武術を覚えてる。でも、その中でも得意なのが長物を使っ

た武術らしいんだ」

「それは、是非とも手合わせ願いたいものですな」


 志信がいくつもの武術を覚えているということで、武人の血が騒ぐらしい。

 志信もミーファもそろそろ準備運動が終わったらしく、向き合って深呼吸していた。


「シノブ、貴方の武器は……棒?」

「ああ」

「さっきまで刀を使っていたでしょう? それとも、わたしなんか棒で倒せるとでも言うのかしら?」

「これが一番得意な得物でな。気に入らないなら……」


 どうやら、先に舌戦が始まったらしい。ここで相手の感情を乱せれば儲け物と思ったのか、志信は僅かに口元を笑いに変える。


「無手で相手をしてもいいぞ?」

「……そう」


 空気の質が変わった。今まで弛緩していた空気がピンと張り詰め、肌を刺すような殺気がミーファから発せられる。明らかな挑発だが、どうやら簡単に乗ったらしい。


「これ、試合だよな?」

「そうですな。ですが、ミーファ殿は侮られることを嫌いますから……もし危険なようなら、私が割って入ります」


 隣のグエンと会話を交わしていると、志信が義人に目を向けた。何かを待つような視線に、義人は一瞬呆けるが、すぐに右手を上げる。


「どうやら、開始の合図は俺がいいらしいわ」

「そのようで」

「んじゃー、無理はしないこと。特に志信」


 呼びかけて、悪戯っぽく笑う。


「折るのはいいけど、粉砕するなよ?」

「善処しよう」

「では……始め!」


 腹から声を張り上げ、右手を振り下ろした。


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