表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の王様  作者: 池崎数也
最終章
176/191

第百七十三話:終わりの始まり その2

 カーリア城謁見の間。

 夜も更け始めた時間ながら、義人の命令で急遽大勢の人間が集まったその場は、重苦しい空気に満たされていた。


「カグラが謀反とは……」


 ため息を吐くようにして呟いたのは、義人の傍に立つアルフレッド。苦悩するかのように、表情を硬いものにしながら顎鬚を撫でている。義人はそんなアルフレッドの言葉を聞きながら、謁見の間に集まった臣下達の顔を見回す。

 ほぼ全員が表情を暗くしており、中には俯く者すらいる。表情がいつもと変わらないのは、現状を理解できずに優希の傍で首を傾げている小雪ぐらいだ。



 ―――少なくとも、四割はカグラについたか。



 見知った顔がいくらか欠けているのを見て取り、義人は内心だけでため息を吐く。この状況で、国王が表だってため息を吐くわけにもいかない。表面上は動揺していないように取り繕いつつ、王座に腰をかけて臣下の様子を確認する。

 第二魔法剣士隊、第一歩兵隊、弓兵隊の隊長や副隊長の姿はない。少なくとも、タルサ村付近にいた第二歩兵隊はカグラに従っているだろう。第一歩兵隊と弓兵隊までカグラに従っているかわからないが、物資担当者にカグラの手が回っていたことを考えると、楽観はできない。隊長や副隊長、それに各部隊員が裏切ったとなれば、三部隊で約四百五十人程度になる。

 文官も、各部署から数人ずつ消えていた。物資の担当者に始まり、財務や人事、農業や商業、工業に魔法技術と、人数に差はあるものの各部署から文官がいなくなっている。



 ―――最近特に動きを見せないと思ったけど、見えないところで動いていたのか……。



 どうやって協力を取り付けたのかはわからないが、近衛隊やロッサなどの協力的な文官の目を欺いて動き、事を成すまで発覚させなかったその手腕。驚くべきか、怒るべきか、それともいっそ褒めるべきかと義人は他人事のように考える。

 “こちらの世界”に『召喚』された時も驚いたが、今回の件はある意味『召喚』された時よりも驚愕した。“国王として”動揺した様子を見せないよう苦慮するが、その甲斐もあってか残っている臣下達は最低限の冷静さを保っている。

 そうやって義人が考え事をしている間にも、現状の確認に行かせた兵士が時折謁見の間に走り込んでくると、それぞれ報告を口にして再び謁見の間を飛び出していく。それらは義人への報告であったり、残った各部隊の隊長への報告であったりと様々だ。


「第二歩兵隊の三十二名、魔法隊の四十四名が所在を確認できません。おそらくは、カグラ様側についたのかと」

「そうか……グエン隊長、騎馬隊はどうだ?」


 義人が尋ねると、グエンは意識してかいつも通りに報告をする。


「我が隊から抜けた者はおりません」

「ミーファ、第一魔法剣士隊は?」


 ミーファに水を向けると、ミーファはどこか思い詰めたような表情で答える。


「……我が隊も、全員揃っています」

「志信は……尋ねるまでもないか」


 最後に志信へ視線を向けるが、志信は無言で頷くだけだ。訓練が厳しいと文句が上がることもある近衛隊だが、隊員の志信に対する信頼、義人へ対する忠誠心は他の隊と比べても高い。

 第一魔法剣士隊と騎馬隊、そして近衛隊。それらが一人もカグラ側につかなかったことに内心で安堵するものの、楽観はできない。魔法隊や第二歩兵隊からは二、三割ほど人員が抜けており、数の上ではカグラ側と互角になっている。治癒魔法を専門とする者達も約半数がカグラ側についており、戦力は拮抗していた。



 ―――だが、相手は“あの”カグラだ。



 おそらくは、この場にいるほとんどの人間が思っているであろうことを義人は内心で呟く。兵力はほぼ互角。将の数は、義人側がやや優勢。しかし、総大将の差が大きい。

 単独で一軍に匹敵するカグラが相手となると、総戦力の天秤はカグラ側に傾くだろう。

 兵力や将の数が互角以上というのは喜ばしいが、カグラという存在がそれを引っくり返す。



 ―――今はまだ良いが、時間を置けばさらにカグラ側へ寝返る兵士も出るだろうな。その上、カグラが反旗を翻した場所が悪い……タルサ村は、近すぎる。



 頭の中にカーリア国の地図を思い浮かべながら、義人は内心で舌打ちした。

 タルサ村からならば、王都フォレスまで馬や『強化』を使えば一時間程度で到着できる。カグラにいたっては、三十分程度で到着するだろう。歩兵だとしても、走れば三時間あれば到着できる。多少の斥候は出しているが、目視できる距離まで近づかれたらそれで終わりだ。迎撃する暇もなく、王都フォレスへ踏み込んでくる。

 そのため、義人はアルフレッドに視線を向けた。そして、これから口にする言葉を脳裏で反芻し、声が震えないように注意しながら口を開く。


「アルフレッド……“敵”に対する備えとして、どうすれば良いと思う?」


 敵―――カグラをそう形容して、義人はアルフレッドに尋ねた。


「そうじゃのう……やはり相手に騎馬がいない以上、主体は魔法剣士隊か。そうなると、騎馬隊は斥候に使うべきじゃな。接近されれば、魔法剣士には敵わん。そのため、城壁の外に第一魔法剣士隊や第二歩兵隊、城壁の上に魔法隊、そして斥候に騎馬隊を出すべきじゃろう」

「なるほどな。あと、問題はカグラだ。一応聞くけど、アルフレッドはカグラを相手に戦えるか?」


 義人が尋ねると、臣下から期待のこもった視線がアルフレッドに集まる。しかし、アルフレッドはゆっくりと首を横に振った。


「さすがに、これほどの事態になっては、魔物の儂が手を出すわけにもいかんじゃろう。同様の理由で、小雪も除外しなければならんな」

「そうか……」


 カグラをアルフレッドが抑えれば、勝算は高い。そう考えた義人ではあるが、回答は予想した通りのものだった。義人は顎に手を当てて、こちらの採るべき戦略を考える。

 これがもし、日本の戦国時代等の合戦ならば打つ手はある。フォレスの城壁に依って戦えば、同数の敵を打ち破るのは難しくない。だが、ここは魔法や魔物が跋扈する世界だ。

城壁や城門は魔法で破壊される可能性が高く、中には梯子などの道具を使わずに城壁を乗り越える者もいるだろう。籠城は効果がほとんどない上に、兵糧の蓄えも多くはない。

 カグラ側も兵糧の問題を抱えるだろうが、カグラ達がいるのはフォレスの外だ。その気になれば、街や村から徴発することも可能だった。

 そうなると、義人達としても短期決戦を選ぶしかない。夜間の行軍は危険性が高いため避けるだろうが、それでも最短で翌日にはカグラ達と激突する。


「……ん?」


 そこでふと、義人は疑問を覚えた。つい迎撃の案を考え始めているが、そもそも何故戦う必要があるのか、と。

 カグラが謀反を起こしたという一事に、余程気を取られていたらしい。報告でカグラが謀反を起こしたと聞いたが、何故謀反を起こしたかは聞いていないのだ。


「…………」


 義人は宙に視線を向けると、カグラが謀反を起こした理由を推察する。

 きっかけや原因は、自身が提案した召喚国主制廃止に伴う反発か。それとも、“カスミ”の気持ちに応えなかったことか。

 前者ならば、交渉の余地がある。召喚国主制を継続するにしても、向こう五十年は『召喚』ができないのだ。そうなると、現国王である義人を殺すわけにはいかない。

もしも後者ならば、交渉の余地がなくなる。失恋の末の暴挙などであった場合、義人の身の安全も保障されない。



 ―――それはない……と思いたいなぁ。



 カグラが後者の理由で動いたのではないと、義人は遠い目をしながら考える。だが、そうなると召喚国主制の廃止を阻止するために動いたのかと考え、しかしそれも理由としては弱いと義人は思った。

 そうなると、理由が見えなくなる。かといってカグラが謀反を起こしたのは事実であり、早急に指針を示す必要があった。

 義人は武官達に視線を向けると、アルフレッドの言葉を参考にして指示を出す。


「第一魔法剣士隊と第二歩兵隊は城門前に展開して警戒。騎馬隊は周辺の斥候。魔法隊は城壁の上で警戒に……いや、半数だけを割り当て、残り半数は城下町の治安の維持に努めてくれ」


 義人がそう言うと、各隊長は無言で頭を下げる。続いて義人に対して一礼すると、足早に立ち去る。


「アルフレッドは、カグラが謀反を起こした理由をなんだと思う?」


 立ち去る武官達の背を見ながら、義人は小声で尋ねた。



「そうじゃな……やはり召喚国主制の廃止に対する反発じゃろうか?」

「やっぱりそれか……でも、もしそうだとしても、何の要求もないのは不気味だな」

「うむ。じゃが、遠からず動きがあるじゃろう。もっとも、問答無用で向かってくるかもしれんが……」

「それだけは避けたいな」


 不安そうな顔で隣の者と話し合う文官達を見ながら、義人は小さくため息を吐く。カグラが謀反を起こしたというだけで、これだ。実際にカグラ達が攻め寄せれば、どれほどの事態になるのか。

 カーリア国の人間は、本格的な戦いに参加した者がほとんどいない。戦う相手は魔物というのが相場であり、人間相手に戦うことはあまり考慮していない。そんな中で、突然『召喚の巫女』が敵になったのだ。動揺するなという方が難しい。


「カグラの考えがわからない。せめて、何かしらの情報があればな……」


 “元の世界”では有り得なかった事態を前に、思考が止まりかける。しかし、義人はカーリア国の国王だ。ここで考えを放棄すれば、今以上の危地に陥る可能性が高い。

 必死に思考を働かせながら、義人は考えをまとめていく。

 もしかすると、一分後にでもカグラが王城に乗り込んでくるかもしれない。その可能性がゼロでない以上は、警戒し続けるしかない。仮にカグラが乗り込んでこなくとも、軍勢同士がぶつかり合えば怪我人が、死人が出る。可能性は限りなく少ないだろうが、カグラについた軍勢が無辜の民に手を出す危険性もあった。

 “元の世界”とは異なり、人死にが身近に溢れる世界だ。現代人の感覚で言えば忌避すべきことだが、人的な被害を考慮に入れなければならない。


「こちらの態勢も完全には整っていないしな……かといって、“元の世界”と違って戦争に最低限のルールがあるわけでも……」


 口に出して、義人は動きを止めた。



 ―――いや、ルールがないのなら、こちらで作れば良い。



 内心でそう呟き、義人は思考を回転させていく。もしもこのままカグラに従う軍勢とぶつかりあえば、両軍とも大勢の死傷者が出る。下手をすると、民間人を含めて、だ。

 怪我ならば治る可能性もあるが、死ねばそこで終わるのだ。義人としては、それだけは避けたい。



 ―――誰かを使者にして、最低限のルールを決めるか……俺の考えがわかって、なおかつカグラと縁がある人間……使者ぐらいならアルフレッドに……いや、カグラとの縁を考えるとミーファか? 



 何がなくとも、まずはカグラと話をしてみるべきだろう。そう判断した義人だが、使者として適任な人物が思い浮かばない。

 一番の候補はアルフレッドだが、断られる可能性がある。中立の存在として派遣することはできるかもしれないが、カグラが会うかどうか。その点、ミーファならばカグラも会う可能性があるだろう。しかし、ミーファでは知略の面でカグラの相手を務めるのが難しい。

 感情に任せて激発するとは思わないが、逆に、カグラに取り込まれる可能性も考慮するべきだった。



 ―――いや、こうなったらいっそのこと……。



 俯きがちに考え事をしていた義人が、顔を上げる。

 おそらく、会うだけならばできる。だが、一歩間違えばその場ですべてが終わりかねない人選だ。



 ―――俺が出る、か。



 人としては、おそらく間違っていない。だが、“国王”としては間違っている。そう確信できてしまうほどに、馬鹿な選択だった。臣下を使者に立てれば、最低限度はそれで足りる。ただし、カグラの意図を理解することができなくなるのだ。ならば、自分自身でカグラと話し、その考えを聞くしかない。



 ―――問題は、どうやってカグラのところに向かうかだな。



 走ろうが、馬に乗ろうが、止められる。かといって、他に手段は―――。


「…………あ」


 思わず、声が漏れる。

 その視線の先には、優希に抱きかかえられた小雪の姿があった。








 義人に虚偽の報告を行ってタルサ村へと赴いたカグラは、現地で第二魔法剣士隊と合流。そして時間を置かずに集まってきた第一歩兵隊と弓兵隊を掌握して野営の準備をしながら、小さく呟く。


「さて、ここからどう動きますか……」


 カグラが王都フォレスを発って、九時間ほどが経っている。すでに日は暮れ、夜が更け出していた。途中で騎馬隊の人間らしき者達が来たが、カグラ達の様子を確認するなり走り去っており、今頃王城は蜂の巣を突いたような騒ぎになっているだろう。

 斥候として確認に来た騎馬隊を仕留めても良かったが、カグラは敢えて見逃している。

 王都フォレスまでは、歩兵隊の足に合わせても三時間程度。攻め寄せるのは容易いが、さすがに夜間の行軍は控えるべきだった。

 カグラが考え事をしていると、カグラの考えに同調して謀反を起こした文官の内一人が傍に歩み寄ってくる。


「か、カグラ様、王城より使者が参りました」

「使者、ですか?」


 騎馬隊の人間が確認に来てから、まだ三時間も経っていない。謀反の報告を受けてすぐに使者を向かわせたのだろうかと内心で首を傾げるが、カグラはひとまず話の続きを促す。


「使者は誰ですか?」


 文官か、武官か。移動速度を考えれば、魔法か馬を扱える人間だろうか。

 アルフレッドは中立を保つと予想しているため、それ以外でカグラとの縁を考えれば、ミーファもあり得る。さすがに義人の傍仕えに過ぎないサクラが来ることはないだろう。立場を考えればミーファだろうかと考えるカグラだが、報告に来た兵士の顔色は悪い。


「それが、その……」


 どう報告したものかと言いよどみ、それを見たカグラが首を傾げる。


「誰がきたんですか? まさか、アルフレッド様ではないでしょう?」


 困惑する文官の姿を不思議に思いながら先を促すと、文官は理解できないと言わんばかりに眉を寄せながら答えた。


「いえ、それが……ヨシト王が、いらっしゃいました」

「……え?」


 その回答に、さすがのカグラも虚を突かれる。数度目を瞬かせ、言葉の意味を理解していく。


「ヨシト……様が?」

「は、はい」


 頷く文官。カグラは僅かに目を細めると、小さく首を傾げる。


「予想外ですね……護衛には誰がついていますか?」


 まさか一人ということはないだろうと、カグラは尋ねた。護衛なら、最低でも志信にサクラ。それに加えて武官が何人かだろう。下手をすれば、この場で戦端を開くことになる。


「……お一人です」


 だからこそ、カグラは文官の答えに心底驚愕する。何を考えているのか、いや、何も考えていないのか。少なくとも相手の虚をつくという意味では最適だっただろう。事実、カグラは驚愕で思考が鈍っている。


「どうしますか?」


 そんなカグラに、文官が尋ねた。その言葉を聞いたカグラはなんとか立ち直ると、指示を出す。


「……通してください」

「わかりました」


 頷き、文官が足早に立ち去る。そして一分もしない内に、カグラにとっては聞き慣れた足音が近づいてきた。


「よう」


 そして、まるで何事もなかったかのように、片手を上げて義人が声をかけてくる。最近では見ることがなくなった、“以前”のような柔らかい表情を浮かべて。

 それを見たカグラの胸の内に、僅かに温かいものが通り過ぎる。しかし、すぐさまそれを押し込めると、カグラは冷たさを感じさせる声を出した。


「……わたしの立場で言うことではありませんが、さすがに軽挙に過ぎますよ?」


 報告した文官の言う通り、周囲に護衛の姿はない。兵を伏せている様子もない以上は、義人単独だと見て良いだろう。その上何かしらの防具を身に着けるわけでもなく、腰に刀を差しているだけだ。

 それだというのに、義人は気楽な様子でカグラに視線を向けてくる。その挙動は自然で、素か演技か、カグラにも読み取れなかった。


「いや、俺もそう思ったんだけどな。でも、カグラの考えを聞くにはこれが一番だと思ったんだ」

「……よく、周囲が止めませんでしたね?」

「止められるよりも早く飛び出してな。今頃大騒ぎになっているかもしれない」


 あとでどう説明するかな、と呟く義人。すると、それを見ていた周囲の兵士が困惑しながらも義人を取り囲むようにして人垣を作り始める。

 義人は周囲から向けられる視線を受けて、肩を竦めた。


「一応、使者のつもりで来たんだけどな」

「たしかに使者を斬るのは恥です。しかし、ヨシト様は今回我々が謀反を起こすに至った元凶。召喚国主制を廃止し、この国の形を変えると言われましたが、我々はそれに賛同するわけにはいかないのです」


 そう言ったカグラを、義人は真っ直ぐに見つめる。それが本心かと、言葉なく問うように。それに対して、カグラも真っ直ぐに見つめ返した。

 そうやって見つめ合うことしばし。義人はため息を吐く。


「……周囲に他の人間がいたら、本音を出してくれないみたいだな。というわけで、みんなはここから離れてくれないか?」


 人の輪に向かって義人がそう言った。すると、第一歩兵隊の隊長が一歩前に出る。


「ヨシト王、現状が理解できていますか? このまま我々がヨシト王を押さえれば、我々の―――」

「小雪」

『うんっ!』


 呟く声に、応える声。

 不意に突風が吹き荒れ、義人の周囲に展開していた兵士達が上空を見上げる。すると、そこには龍の姿で翼を広げ、兵士達を睥睨する小雪の姿があった。


「さすがに、護衛ぐらいつけるさ。まあ、娘に頼りっきりっていうのは情けないけどな」

「……なるほど、ここまでコユキ様の背に乗ってきたんですか」

「ああ。何かあっても、空を飛ぶ小雪を追いかけることは難しいだろ?」


 義人がそう言うと、カグラは眉を寄せる。


「コユキ様は白龍……魔物です。人間の諍いに介入させると?」

「ここまで運んでもらっただけだよ。それに、俺の身に何もなければ、小雪はこのまま空を飛んでいるだけだ。俺の身に何かあったら……どうなるんだろうな?」


 そうなったら小雪がどういう行動に出るか。それを悟った兵士達が、一歩後ろに下がる。

 義人としては小雪の強さを利用するような真似はしたくなかったが、割り切ってカグラに視線を向けた。それを見て、カグラは小さく頷く。


「良いでしょう。では、こちらへ」


 そう言って、カグラが先に立って歩き出す。義人はそれを見ると、何も言わずについていく。そして兵士達から距離を取ると、義人が口を開いた。


「このまま召喚国主制を続けても、この国はほとんど発展しない。それがわかっていて謀反を起こしたのか?」

「はい。少なくとも、現状を維持できますから」

「……もしも俺が、召喚国主制の廃止を撤回すればどうする? そうすれば、謀反を起こした意義がなくなるぞ」


 挑発するように、義人は言う。すると、カグラは華やぐような笑みを浮かべ、どこか楽しそうに尋ねる。


「撤回されるのですか?」

「…………」


 カグラの問いに、無言で応える義人。

 召喚国主制を止め、カーリア国の形態を他国と同様にする。少なくとも義人は、そう決めていた。

現状のように異なる世界から国王となる人間を『召喚』するような制度は、『召喚』される側にもする側にも問題しか残さないのだから。

 “自分の足で立てるようになったら、あとは蹴り出して勝手に歩かせる”。

 かつて志信の祖父である源蔵に言ったその言葉の通りに、義人はカーリア国を異世界の人間に依存しない国に作り変え、自分の足で歩けるようにするつもりだった。

 故に、撤回する気は微塵もない。


「カグラこそ、引く気はないんだな? 今なら今回の件は不問にする……というわけにもいかないから、多少の罰で済ませるぞ」


 甘いとわかっていても、義人としてはそう言わざるを得ない。召喚国主制の廃止が性急に過ぎたとしても、カグラの行動は予想外だった。それほどに反抗するのなら、もっと段階を踏んで進めていくのも(やぶさ)かではない。

 あるいはと、義人は言葉を続ける。


「それとも、他に何か理由があるのか?」

「理由、ですか……」


 そう問うと、カグラは考え込む。

 召喚国主制の廃止を阻止する理由。それはカーリア国のためであり、カーリア国のためだけに起った……とは言えない。『召喚の巫女』としての公的な感情と、“カスミ”としての私的な感情。それらを踏まえ、カグラは口を開く。


「ヨシト様は、召喚国主制を廃止してからどうされるおつもりなんですか? “元の世界”に戻られますか? それとも、新たな国の国王の座に就かれますか?」

「……それは、わからないと言ったはずだ」


 僅かに、嫌な予感が過ぎる。カグラはそんな義人を見ながら、小さく、どこか歪に笑う。


「そうですね、わたしが謀反を起こした理由ですが……ヨシト様を力尽くでも手に入れたいから、というのはどうでしょう?」

「っ!?」


 くすくすと、カグラが笑う。


「この国に関わる必要がなくなれば、ヨシト様は“元の世界”に戻るかもしれない。その可能性があるなら、潰す。そう言ったら、ねえ、ヨシト様。あなたはどうしますか?」


 試すように、カグラが義人を見る。その視線を受けた義人は、知らず目を細めた。


「そんな……理由なのか?」


 尋ねる義人に、カグラは答えない。

 『そんな理由』と、義人は言う。しかし、カグラから見ればこれ以上ないほど重要で、大切な理由になることもあるのだ。だから、カグラは静かに微笑む。そんなカグラを見て、義人は僅かに戦慄を覚えた。

 口を開き、何かを言おうとして、また閉じる。カグラに何を言えば良いのか、何を言えば通じるのかと、悩みながらも声を絞り出す。


「……本気か?」

「本気? ヨシト様、今までわたしが、この手の話で嘘をついたことがありましたか?」


 想いを伝えようと、直接的な行動に出たこともある。言葉に変えて、伝えたこともある。もっとも、それらは断られてしまったのだが。


「カグラの気持ちは聞いた。だけど、俺はそれに応えられない。そう言ったはずだ」

「ええ、そうですね。しかし、それで割り切れるほど薄い感情ではないんですよ」


 そう言って、貼り付けたような笑顔でカグラは微笑む。無機質な、それでいて切なさが滲む笑みを浮かべて、義人を見る。


「召喚国主制を廃止しても、ヨシト様が変わらずに国王を務めると言うのなら、わたしも考えないことはないです」

「だけどそれは」

「ああ、そういえば」


 義人の言葉を遮るようにして、カグラが言葉を被せる。頬に手を当て、心底困ったと言わんばかりに眉を寄せた。 


「そう、ですねぇ……そう言えば、ヨシト様を力尽くで手に入れようとするなら、邪魔な方がいらっしゃいますね」


 その言葉に、この国の人間が国王を務めるべきだという言葉が、義人の中から消える。


「―――あ?」

「困りました。わたしがヨシト様を手に入れるためには、どうすれば良いんでしょう」


 食事の献立に迷うような口振りで、カグラが嗤う。軽く両手を合わせ、笑顔で首を傾げる。


「これで新しい理由が増えましたね。ヨシト様も、わたしと戦う理由が増えました」


 歌うようにして、カグラは言う。


「ヨシト様はこの国を変えるため、そしてユキ様を守るため。わたしはこの国を変えないため、そしてユキ様を―――」

「カグラ」


 義人が、カグラの言葉を止める。それ以上は口にはさせないと、名を呼ぶ声に力を込めて遮った。


「……今は、何も言わない。その言葉が本心かも、尋ねない。だが、俺がここに来た目的を果たさせてもらうぞ」

「目的、ですか?」


 不思議そうな顔でカグラが尋ねる。


「そうだ。今回謀反を起こした連中と戦うことになった場合のルール……規則を設けたいと思ってな」

「規則……」

「非戦闘員……国民は巻き込まない。兵士達が戦うことになっても、極力殺し合うことは避ける。その二点だ」


 義人が提案すると、カグラは首を傾げた。


「国民を巻き込まないことには賛成しますが、兵士は戦うのが仕事です。その結果、死人が出ることもあるのでは?」

「兵士達だって、同僚に刃を向けたくはないはずだ。それに死人が出れば、どちらが勝っても大きな遺恨が残る。だけど、物事に絶対はないからな。だから、“極力”殺すな」

「そうですか……そうなると、戦う場所を決める必要がありますね」


 間違っても、各地の街や村、王都を戦場にするわけにはいかない。カーリア国軍は総勢でも千人を僅かに超える程度とはいえ、魔法を使用すれば被害が大きくなる可能性がある。


「王都フォレスとタルサ村の間には、他の街や村がない。魔物が住む森もないし、軍を展開するならそこだろう」

「わかりました……と言いたいところですが、今言った全ての条件に我々が従う必要もないです。その条件に従うに当たって、利となるものがなければわたし以外の者が従わないでしょう」


 条件をつけるなら、それに見合った利益を提示しろ。そう告げるカグラに、義人は僅かに考え込んで口を開く。


「三日だ」

「え?」

「ぶつかるのに、三日時間を置く。正直、こちら側の人間はかなり揺れている状態なんでな。三日も時間が空けば、そちらに寝返る者が出てくるだろう。そうなれば、こちら側の戦力は低下し、そちら側の戦力は増える。それでどうだ?」


 兵力という点でいえば義人側が若干優越しているが、カグラの存在により総戦力では劣っている。ここで兵力すらも劣るようになれば、義人側の勝ち目は紙のように薄くなるだろう。

 義人としては、少しでも勝率を上げるためには速戦を選んだ方が良い。しかし、カグラ達が持ち出した武器や防具、糧秣の補充をする必要もあった。それに加えて、揺れている家臣達の意思をまとめる必要もある。それが故に、兵達が寝返る危険性も考慮して三日という期間を付けた。

 カグラは義人の言葉を理解すると、口元に手を当てて小さく笑う。三日ならば、他国の介入を招く時間はない。他国の間諜は、念入りに潰してある。


「ふふふ……わかりました。では、それで良いでしょう。それで、勝利条件についてですが」


 義人とカグラの視線が交差する。


「総大将……ヨシト様かわたしが負けを認めるか、討ち取られれば、それで勝敗が決まる。それでよろしいですか?」


 カグラが勝利条件を提示し、義人は一度だけ深呼吸して頷く。


「……わかった。俺も、本気で戦う」

「ええ。わたしも、『カグラ』の名にかけて本気で参ります。それと、先ほどの言葉はお忘れなきよう」


 誰をとは言わないが、明確な殺意を乗せてカグラが微笑む。義人はそんなカグラの様子に僅かな違和感を覚えながらも、苦々しい表情で言い放つ。


「それだけはさせない。絶対に、だ」

「ふふ、怖いですね。今のヨシト様、とても素敵な顔をされていますよ?」


 カグラの言葉に答えず、義人は右手を上げる。すると、それに合わせて小雪が上空から義人の傍へと下りてきた。


「それじゃあな、カグラ……規則を設けさせてくれたことには感謝する」


 小雪の背に乗りながら、義人が言う。


「いえいえ。それでは、三日後に……ご武運を」


 対して、カグラもそう返した。

 その言葉を最後に、小雪に乗った義人は空へと舞い上がるのだった。








 王都フォレスへ戻る道すがら、小雪の背に乗った義人は目を細めて考え事をしていた。ルールを設けることができ、ぶつかり合うのは三日後。しかし、その三日の間にどれだけの兵士が、文官や武官がカグラ側につくのか。

 そのことに悩んでいると、小雪が声を上げる。


『おとーさん、だいじょうぶ?』

「ああ……それと小雪、ごめんな。お前を利用するようなことになって」


 そう言いながら、義人は小雪の首を優しく撫でる。こうやって小雪の力を借りるのは、最後にしたい。“娘”の力に頼り切るなど、義人はお断りだった。


『こゆき、おとーさんのやくにたった?』

「ん……役に立った、なんて言いたくないな。でも、助かったよ。ありがとう」

『うん。それならいいよ』


 満足そうな声を上げる小雪を、義人は優しい手つきで撫でる。

 期間は三日。その間に、全ての準備を整えなくてはならない。

 遠目に見え始めた王都の姿を見ながら、義人は自身を奮い立たせるのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ