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異世界の王様  作者: 池崎数也
最終章
172/191

第百六十九話:紛糾

 カーリア城、会議室。

 カーリア国の中枢であるカーリア城において、主に政策などの会議に使われる場所である。中央に三十人ほど着席できる巨大なテーブルが置かれており、その周囲には予備の椅子や給仕用の小さなテーブルなどが置かれている。会議室を利用するのは、国王である義人や宰相であるアルフレッド、『召喚の巫女』であるカグラ、そして文官や武官の中でも高位の役職に就く者が多い。

 その日は珍しくと言うべきか、義人の提案によってカーリア城の主だった面々が集められていた。

 国王である義人に、宰相であるアルフレッド。『召喚の巫女』カグラに、近衛隊隊長である志信。それに加えてロッサなどの各大臣に、ミーファやシアラ、グエンなどの各部隊の隊長。本来ならば、武官のミーファ達は政策に関する会議に出席することは滅多にないが、この日は義人の“命令”によって会議室へと集められたのだ。それに加えて、給仕用のテーブル傍では優希が椅子に腰かけ、その膝の上に小雪が座り、その隣ではノーレが何かを考え込むように腕組みをしている。給仕として、サクラの姿もその傍にあった。

 そして、カーリア国の主要人物がほぼ揃ったその場は、今や空間が軋む音が聞こえるほどに緊迫した雰囲気に包まれていた。

 戦場にも似た緊迫した空気を作り出すのは、二人の人物。国王である義人と、『召喚の巫女』であるカグラである。

 カグラは怒りを湛えた目つきで義人を見据え、義人はそんなカグラの視線に対して挑むように真っ向から見返す。もしも気の弱い者がいれば卒倒しかねないだろう、鋭さのある空気。

 普段の義人ならば、カグラが怒れば頭を下げていたかもしれないが、今日ばかりは違う。ピリピリとした場の雰囲気に微塵も躊躇せず、泰然とした様子で椅子に腰かけていた。

 そんな二人の様子を見て、会議に参加していた大臣たちは互いに顔を見合わせる。普段の義人やカグラの様子からすれば、眼前の光景は予想外に違いない。それほどまでに、義人とカグラが―――正確には、カグラが敵意に似た感情を義人にぶつけているのだ。

 給仕として控えていたサクラや、義人の斜め後ろに立つ志信が僅かに身構えるほどの気配を纏ったカグラが、ゆっくりと口を開く。


「わたしは、反対です」


 はっきりと、カグラが反対の声を上げる。それを聞いた義人は頭を横に振ると、理解できないと言わんばかりに腕を組む。


「わからないな。この国の利益になるはずだが?」

「…………」


 国の利益という言葉に、カグラは沈黙して視線を鋭くする。

 義人はそんなカグラの様子を見ながら内心でため息を吐くと、一時間ほど前から開始した会議について回顧を始めた。








「今日は集まってもらってすまないな」


 会議室に集まった面々に対し、開口一番に義人が声をかける。それを聞いた騎馬隊隊長のグエンは顎鬚を軽く撫でると、首を傾げた。


「ヨシト王の御命令とあれば、否やはありませぬ。しかし、文官だけでなく我ら武官まで集めるとは、思いもよらぬことですな」

「文官だけでなく、武官の意見も聞きたかったからな。まあ、正確には“国民”の代表として話を聞きたかったんだけど」

「国民の代表、ですか?」


 今度は財務大臣のロッサが首を傾げる。すると、それに追従するように幾人かが互いに顔を見合わせた。


「ああ。この国……カーリア国の今後に関することだ。本来ならもっと大勢と意見を交わしたかったんだが、今の段階で外に漏れるのは少し困る。だから国民の代表として、みんなに集まってもらったんだ」


 本当は、各街や村の長も招きたかったが、と義人は小さく笑う。そんな義人の様子を見て、不思議そうな顔をする者達が五割、隣に座った者と話すのが三割。そして残り二割であるアルフレッドやカグラ、優希や志信、ノーレやサクラは違う反応をした。

 アルフレッドは義人に議会の進行を任せているのか、落ち着いた様子でお茶に口をつけている。

 志信は義人が一見いつも通りに見えるが、その裏で強い決意を抱いているのを見て取った。それ故に、息を一つ吐いて壁に背を預け、親友の行動を見守ろうと思い定める。だが、義人の座る椅子の下に“元の世界”で見かけたリュックが置いてあるのを見つけ、おやと片眉を上げた。

 優希は小雪の髪を優しい手つきで梳きながら、穏やかな笑みを浮かべている。義人が何を言うか、それは知らない。しかし、国政には関わりのない自分を呼んだ意味を悟っているようだった。

 ノーレは義人がこれから提案するであろう内容を考え、小さく頭を振る。

 サクラはメイド服の裾を握ると、義人の言葉を待つように真っ直ぐ見つめる。

 最後にカグラは、何かに思い至ったのか表情を強張らせた。


「それで、今日皆を集めた理由だけど……」


 ざわめく臣下達を尻目に、義人はサクラへ視線を送る。すると、それを見て取ったサクラが参加者のもとへと一枚の紙を配り始めた。

 参加者がサクラから紙を受け取り、不思議そうな顔をしながら目を通し―――徐々に、その顔が驚愕へと変わっていく。


「ヨシト様、これは……」


 その中でも顕著に、顔色すら変えたカグラが震える声を出す。義人はそれに応えず、参加者に資料が行き渡ったのを確認して口を開く。



「今日の議題を一言で言えば―――『召喚国主制の廃止について』だ」



 義人が、カーリア国の国王が、そう言った。

 その言葉を聞き、その意味を理解し、その提案がもたらす結果を考える。そして最初に口を開いたのは、やはりと言うべきかカグラだった。


「……何故、ですか?」


 声を震わせたままで、カグラが尋ねる。その顔に浮かんでいるのは驚愕であり、疑問であり、不信だった。何故義人がそんなことを言うのか、理解できないと表情が告げる。

 義人は資料を手に取ると、一度だけ唇を舌で舐めて知らず覚えていた緊張を打ち消す。


「資料にも書いたことだが、こういうのは自分の口から説明した方が良いな」


 視線を向けてくる臣下達を見回しながら、義人は召喚国主制を廃止する理由を説明していく。


「召喚国主制の廃止……これは、俺が前々から考えていたことだ。そして、“元の世界”へ行き、“こちらの世界”に戻ってきて、その考えはより強くなった」


 元々義人は召喚国主制に対して肯定の感情など持っていなかったが、一度“元の世界”に戻ったことでそれがより顕著になった。召喚国主制にもいくつか利点があることは認めるが、それ以上に欠点の方が目につくのである。


「カグラも聞いたことだが、何故、とみんなは思っているだろう。まがりなりにも、これまで上手くいってきたんだ。それなら、これからもと思っている者も多いと思う……が」


 義人は手に持った資料を机に置くと、視線に力を込めて臣下達を見回す。


「五十年ごとに国王となる人間を召喚する。それが何百年も続き、カーリア国は破綻しなかった。しかし、俺達“向こうの世界”の人間からすれば奇跡にも近い話だ。正直、狂気の沙汰とすら思える」


 吐き捨てるように義人が言うと、その斜め後ろに立っていた志信が同意するように小さく頷く。志信としても、カーリア国の在り方はとても歪に見える。それこそ、かつて敵であるグレアが口にした『狂気の沙汰』と言っても過言ではない。


「国王がいなくなれば、この国はどうなる? 後継者はおらず、次の国王が召喚されるのは五十年後。寿命、病気、事故、天災、戦争、暗殺……様々な理由で人は死ぬが、国王ともなればその危険も大きい」

「……それを防ぐために、我ら臣下がいるのです」


 大臣の内、一人が発言した。義人はその言葉に対して、首を横に振る。


「たしかに、みんなの力があれば危険を小さくすることはできるだろう。だが、思い出してほしい。前代の国王は何故死んだ?」


 その答えは、臣下による暗殺。国王に仕える臣下によって、国王は殺されたのだ。その点を考えれば、臣下の謀反も国王の命を奪う一因に成り得る。

 義人の言いたいことを悟ったのか、文官達が押し黙る。武官達は義人の提案を吟味し、それぞれ目線を交わし合う。


「ふむ……たしかに、ヨシト王が危惧するのも御尤もですな」


 その中で、最初に同意の声を上げたのはグエンだった。そして、続くように立ち直ったロッサが頷く。


「ヨシト王が姿を消された時に起こった騒動を考えれば、それも已む無しですか」


 ロッサがそう言うと、今度は違う大臣が口を開く。


「しかし、それではヨシト王の世界にある技術で発展することができなくなります。当代とて、ヨシト王のもたらした知識や玉鋼など、益になるものは多い」


 ロッサに対抗するような否定意見。それを聞いた義人は、意見自体には頷く。


「たしかに、俺がいた世界は“こちらの世界”に比べて色々な面で進歩しているさ。義務教育があるから、一定の年齢に達するまで教育を受けることができる。それに、今は大抵の情報はすぐに調べることも可能だ。それらの知識を召喚される人間が“前もって”知っていれば、さぞ役に立つだろうさ」


 中世に近いこの世界ならば、“元の世界”で政治や農業、工業や商業の知識を得ていれば大きく役に立つだろう。簡単な機械ぐらいならば、作ることも可能に違いない。



 ――だがそれは、召喚された人間がそれらの知識を持っているという前提に基づいた話だ。



「さて、俺が今回の提案を行うにあたって、みんなに見てもらいたい物がある」


 そう言って、義人は椅子の傍に置いていたリュックを手に取る。そしてチャックを空けてリュックの中に手を入れると、“元の世界”から持ち込んだ携帯ゲーム機を取り出した。カセットを挿して遊ぶタイプの、“元の世界”の人間からすれば見慣れたゲーム機。しかし、それを見た文官や武官の反応はだいぶ異なる。


「ヨシト王、それは……?」


 恐る恐るといった雰囲気で、大臣の一人が尋ねた。“こちらの世界”では見かけることのない外見だからだろうか、不審げな表情を浮かべる者が複数いる。


「これはゲーム機……遊戯用の玩具だよ。例えば……」


 そう言いつつ、義人は携帯ゲーム機の電源を入れる。すると、それまで沈黙していたゲーム機から起動音が鳴り、挿していたカセットが開始されて軽やかな音楽が流れ始めた。


「っ!?」


 傍に座っていた大臣の一人が驚いたように立ち上がり、ゲーム機から距離を取る。周囲を見れば、同じように警戒して距離を取ろうとする者が多い。そんな中で警戒していないのは、優希と志信、そして小雪とノーレぐらいだった。義人の隣に座るアルフレッドすらも、驚いたようにゲーム機を見ている。


「驚いたのう……ヨシト王、それは楽器か?」


 こんな楽器は見たことがないが、とアルフレッドがゲーム機の画面を覗き込む。そこには色鮮やかなタイトル画面が表示されており、アルフレッドは唸るように声を上げた。


「楽器ではない、か。見たところ、“こちらの世界”にはない技術で作られた物のようじゃが……」

「その通り、これは俺の世界の技術で作られたんだ」


 義人がそう言うと、感嘆にも似た気配が周囲から漏れる。


「……玩具とのことでしたが、ヨシト王の世界にはすさまじい技術力があるのですな」


 警戒しているのか、ロッサがゆっくりとした動作でゲーム機を何度か指でつつく。その拍子にボタンを押してしまい、タイトル画面の『GAME START』が選択された。


「おお、何やら絵と音楽が変わりましたぞ!?」


 タイトル画面が切り替わったのを見たロッサが、驚きの声を上げる。“こちらの世界”の人間からすれば、さぞ不思議な代物に見えるだろう。義人は内心で苦笑すると、それを見たアルフレッドが眉を寄せた。


「こういった“証拠”があるのなら、事前に教えておいてほしかったのう」

「悪い。この場で見せたほうが、インパクトがある……っと、印象深いかなと思ってね」


 アルフレッドの言葉に軽く謝罪しながら、義人はゲーム機を参加者が見られるよう順番に回していく。そして参加者全員がゲーム機を確認すると、最後に義人が受け取って電源を切った。


「みんなが見てくれた通り、このゲーム機は“こちらの世界”では見たことがないものだったと思う。俺がいた世界では、何十年か前からこういったゲームが作られ、発達してきた」


 そこで一度義人は言葉を切ると、未知の機械に触れて戸惑っている臣下達を見回す。


「俺がいた世界は、確かに色々な面で便利だ。馬より早く走る乗り物に、空を飛べる乗り物もある。船だって、“こちらの世界”にあるものよりも大勢の人を乗せ、それでいて速く安全に運航することが可能だ」


 その他の面でも、様々な分野で優れている。

 例えば医療。大抵の病気なら治すことも可能で、平均寿命も“こちらの世界”に比べれば遥かに長い。

 例えば食糧事情。日本の食料事情は輸入に頼る部分が多いとはいえ、飽食と呼べるほどだ。

 例えば戦争。使われる兵器は刀や槍、弓や騎馬などではなく、銃火器に大砲、戦闘機や戦車、果ては核ミサイルなど、“こちらの世界”の魔法に比べても殺傷力という点で大きく優れている。

 これから先も同じように発展が続くかと言われれば素直に頷けないが、それでも、“こちらの世界”よりも技術が発達しているという点では疑いようがない。

 これらの知識を“こちらの世界”に持ち込むことができれば、たしかに大きな利益となるだろう。


「だが、問題はだ……」


 居並ぶ臣下達はゲーム機によって好奇心を刺激された者、義人の言葉に聞き入る者、義人がこれから言うであろう言葉を察した者など、それぞれ反応が異なる。義人はそんな臣下達の視線を見返すと、大きく息を吸い込む。


「問題は、俺がこのゲーム機がどうやって作られているかを知らないってことだ。そして、俺がいた世界にある、数々の便利な技術、理論。それを、俺はほとんど知らない」


 そこまで言うと、義人が何を伝えようとしているか気付く者も多く出始める。


「俺のいた世界は、“こちらの世界”に比べて発展しすぎた。俺のいた世界にあった技術を“こちらの世界”で活用するのは難しい。いや、大きく劣化したものなら再現することも可能かもしれないが、その技術を俺は知らないんだ」


 知っている技術や理論も少しはあるが、“元の世界”で溢れるほどにあった数々の技術を前にすれば、一握りどころか一つまみすらも覚えていないのだ。


「国王が死んでしまった場合の危険性、そして、“こちらの世界”と“向こうの世界”の技術力の隔絶。それらを踏まえて考えれば、これ以上召喚国主制を続ける意味はほとんどない」


 一息にそう言い切り、義人は吸った息を吐き出した。そして、臣下達の反応を見る。

 “こちらの世界”と“向こうの世界”の技術力の隔絶と言ったが、義人自身が言った通り劣化した技術なら再現することは不可能ではない。義人もいくつか“こちらの世界”で実現可能な技術を思いついてはいるが、それを口にすることはなかった。

 臣下達は互いに隣に座った者と言葉を交わし、義人の話を吟味する。


「それほどまでに技術に差が……」

「だが、実現可能な技術もあるだろう。それらを使えば……」

「いや、五十年経てばヨシト王の世界の技術はどれだけ進歩するかわからん。そうなると、今以上に実現できないのでは……」


 小声で話し合う臣下達。義人はそんな臣下達を見ながら、ふとカグラへ視線を向けた。最初に発言して以来口を閉ざしたままだったが、今も何事かを考えるように沈黙している。

 何事かを考えているのか、僅かに口元が動いているのが気にかかったが、義人が声をかけることはない。おそらくは今の話について考えているのだろうと判断し、義人は他の臣下へ視線を向ける。すると、室内かつ義人の前だからか、帽子を脱いだシアラが口を開いた。


「……それでも、召喚した王の知識は役に立つと思う……思います」

「知識だって、“こちらの世界”で役に立つものばかりかと言われれば答えは否だ。俺は雑学が好きだったから多くの本を読んだけど、それでも“こちらの世界”で使える知識は多くないよ」


 そう義人が否定すると、今度はミーファが口を開く。


「しかし、玉鋼などの実例もあります。ヨシト王の世界の技術を再現することは可能なのでは?」

「いや、玉鋼の製法だって、俺がいた世界では数百年以上前から存在しているんだ。“向こうの世界”の技術に違いはないけど、かなり古い。“こちらの世界”にも似たような技術がありそうだしな。それに、志信がいなければ形にすることもできなかった。今後も、召喚した人物が利益になる技術や知識を持っていると考えるのは都合が良すぎるだろう」


 ミーファの言葉に、義人は首を横に振りながら答える。玉鋼は偶然志信が共に召喚されたために実現できた技術だ。今後も同じように、偶然が起こる保証はない。

 義人は臣下達からの質問や意見に丁寧に答え、召喚国主制を廃止した際のメリットとデメリットを説いていく。

 国王の後継者を用意できるため、義人が元の世界に戻った時のような事態が起きにくい点―――ただし、今度は後継者問題などが発生する危険性がある。

 国王の後継者がいれば、先代や先々代のような国王を排除することも可能な点―――ただし、これも後継者問題に絡んでしまう。

 “向こうの世界”の技術ではなく、“こちらの世界”に相応しい技術が発達する点―――ただし、これには時間がかかる。

 それらの話をまとめると、『召喚国主制に比べて安定した国の運営ができる』という一点になる。

 義人がある程度話し終えると、臣下達も義人の提案を理解したのかそれぞれ検討に入る。実現した場合の利点と欠点を確かめ、現状の召喚国主制と比較してどちらが良いか。意見を交わし合い、それぞれが思うところを述べていく。

 そんな中で、カグラは沈黙を守っていた。

 義人が提案した召喚国主制の廃止が実現した場合、己の立場はどうなるか。『召喚の巫女』は、カーリア国においては宰相と並ぶ立場である。

 それが失われることは、カーリア国での権威の失墜を意味する―――が、“そんなこと”は今のカグラにとってはどうでも良い。

 周囲の声を聞き、自身の考えをまとめ、今後の展望を予想する。

カグラは目を閉じると、何かを振り払うように口を開く。


「――わたしは反対です」


 静かに、カグラが反対の声を上げた。それまで言葉を交わし合っていた臣下達は、カグラが声を上げたことで押し黙る。

 カグラはそんな周囲の視線を気に留めず、目を開いて義人を見つめた。


「異世界から召喚した者が頂点に立ち、民を導いたからこそカーリア国はここまで維持、発展してこられたのです。たしかに“向こうの世界”と“こちらの世界”の技術力の差は大きいでしょう。しかし、召喚国主制を廃止したからといって、今後カーリア国が安定して運営できるという保証はないはずです」


 そのカグラの言葉を聞いて、義人はやはりカグラが反対するかと気を入れ直す。


「発展ねぇ……俺から見たら、カーリア国は停滞しているように見えるよ。まあ、それは置いておこう。今後カーリア国が安定して運営ができるかどうかだが、それは新しい国王次第だな」

「新しい国王? ヨシト様が務めるのではないのですか?」


 カグラが反対するのは、義人としては予想通りだった。故に、義人は次の手を打つ。


「いや、今のところそれは考えていないんだ。召喚国主制を廃止して通常の王政にするというのは、別の面から見れば俺が権力を掌握するためにも見える。今のままでも国王の権力は大きいが……」


 そこまで言うと、義人はカグラの瞳を見返す。


「『召喚の巫女』という“役職”が必要なくなれば、その分の権力が浮く。そうなれば、今まで以上の権力を国王が握ることになるだろうからな。召喚国主制の廃止を言い出した俺がこのまま国王の座に就けば、そういった見方をする者も出るだろう」


 『召喚の巫女』という役職の廃止。その言葉を聞いた臣下達から、動揺したような声が漏れる。しかし、それ以上に義人が召喚国主制を廃止した後に国王の座に就く気がないように見え、臣下達は顔を見合わせた。

 動揺する臣下達を見て、義人は内心でため息を吐く。

 この国で民主制や合議制が成立するには、まだ早い。通常の王政すら経ていないのだ。日本のような政治形態にするには、習熟する必要がある。そうなると、まずは王政として国をまとめ、その後に別の形に変えるべきだろう。もっとも、それが実現するまでにどれだけの時間がかかるかは義人にもわからない。少なくとも数十年、長い目で見て百年単位で時間がかかる。


「……何故、ヨシト様は権力を、国王という職を手放すのですか?」


 感情の見えない声で、カグラが尋ねる。


「何故って……カグラ、俺はこの世界の人間じゃないんだぞ? この国の国王は、この国の人間がなるべきだろう」


 それに対して、義人は以前から思っていたことを口にした。

 当然のことではあるが、義人はカーリア国に生まれたわけではない。それどころか、生まれた世界すら違う。それならば、“こちらの世界”に、カーリア国に生まれた人間が国王になるのが相応しい。


「例えばカグラ、お前が国王になれば良いんじゃないか? アルフレッドは魔物だからこれ以上の権力を持って人間の世界に干渉できないし、『召喚の巫女』なら適任だと思うんだけど」


 その言葉が、引き金だった。僅かにカグラの雰囲気が変わり、義人を見る目に力が籠る。


「仮にそうなったとして、ヨシト様はどうされるつもりですか?」

「俺か? そうだな……“向こうの世界”に戻る方法を探すか、この国で職を探すか。それとも、この世界を見て回るか」


 本当は、“元の世界”に戻る方法は見つけてあった。優希の手を借りれば戻れる可能性は高く、ミレイに頼んでも良い。しかし、義人はそれを隠して今後の展望を告げる。


「この国を見捨てると?」

「人聞きの悪いことを言うなよ。然るべき人間が、然るべき方法で治める。その手伝いはする。見捨てるつもりなら、“こちらの世界”に召喚されたその日に逃げ出していたよ」


 義人としては、カーリア国のことを見捨てるつもりなど微塵もない。紛いなりにも一年近く国王として生活してきたのだ。愛着もある。

 それでもカグラを煽るように言ったのは、現状と今後を参加者に考えさせるためだった。唯々諾々と国王の言うことに従うだけでは、国は回らない。いや、回すことは可能だろうが、様々な異見がなければ発展はできないのだから。

 場の空気が、徐々に張り詰めていく。


「ヨシト様が継続して国王になったとしても、文句は出ないと思いますが」

「表面上は、だろ。エンブズのような人間も出てくる」

「国王の業務を遂行できるような人間は少ないです。その遂行が可能な者達が、ヨシト様が国王になることを望んだ場合は?」

「受けるか、人を育てるか。どちらかと言えば後者を推したいね」


 義人とカグラの視線が交差する。

 カグラは義人の続投を望み、義人はそれ以外の方法を模索したい。権力の集中は一つの政治の形だろうが、それを担うのはやはりこの国の人間であるべきだと義人は思う。


「わたしは、反対です」

「わからないな。この国の利益になるはずだが?」

「…………」


 納得ではなく、否定の形でカグラが沈黙する。義人はそんなカグラを見て、苦笑を浮かべた。


「……まあ、俺もこの場ですぐに答えを出すつもりはないよ。まずは皆に俺の提案を聞いてもらいたかった。提案して、すぐに実行できるとは思えないしな。今回の件は部下達には伏せておくとして、皆は次回の会議までにそれぞれよく検討してほしい」


 矛先を収め、義人は他の参加者を見回してそう言う。今回は、あくまで布石を打っただけだ。何かしらの形にするためには、今後も会議を重ねる必要がある。

 カグラはまだ言い足りないようだったが、義人が会議の終了を示したため口を閉ざす。しかしそれでも何かを考えるように俯き、口元に手を当てた。

 義人はそんなカグラの様子を一度だけ見て、会議の終了を告げる。

 義人が見たところ、義人の提案に賛同する気配を見せているのは志信達を除いて約三割。それ以外は困惑と、様子見が多い。末端の文官や兵士に聞けばどうなるかわからないが、現状ではこんなものだろうと義人は納得する。

 そうやって、この日の会議は終了するのだった。


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