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異世界の王様  作者: 池崎数也
最終章
168/191

第百六十五話:ノーレ その3

「お姫様、か……」


 ミレイの言葉を呟きながら、義人はノーレへ視線を向ける。喋り方といい、ドレスに似た衣装といい、あながち嘘とも思えない。


「……なんじゃ? 言いたいことがあれば言うがよい」

 義人の視線を受け、ノーレがどこか不機嫌そうに続きの言葉を促す。そんなノーレを見て、義人は首を横に振った。


「いや、言われてみれば納得だなって思っただけだよ。そっか、ノーレはお姫様だったのか……」

「ぬ……」


 きっとまた、何かよからぬことを言うと思っていたのだろう。義人の反応に、ノーレは押し黙る。義人としても驚きの感情があったが、ここ最近立て続けに驚愕する出来事が発生していたため、ある意味慣れがあった。

 傍にあった椅子に腰かけながら、義人はノーレとミレイに等分に視線を送る。


「で、なんでお姫様のノーレが剣に入っていたんだ? ……と、入っていたって表現で合ってるか? ローガスは剣精とか言っていたし、宿っていたって言った方が良いのか?」

「剣精?」


 今度は逆に、ミレイが不思議そうな顔をした。そして、ノーレに対して探るような視線を向ける。


「城下町にいるドワーフの見立てでな。“今の”妾は剣に宿る精霊になっているらしい」

「へぇ……長年剣に宿っていたからかしら」


 興味深いわ、と呟くミレイ。その呟きを聞いて、義人は首を傾げる。


「その言い方だと、元々は違うものみたいだよな……って、そうか、もとは人間なんだよな? 疑似人格ではなく、本当は人間で、今は剣の精?」


 どんな状態だと、義人は混乱しながら首を捻った。すると、そんな義人を見たミレイが苦笑する。


「ええ、ノーレ……彼女は元は人間よ。でも、仮にノーレが魔法で作られた疑似人格だったとして、何かおかしいとは思わなかったの?」

「おかしいって……そこまで聞けばノーレは疑似人格ではなく、一人の人間だったってことだろ? そりゃおかしな話だ」


 義人がそう言うと、ミレイは苦笑を続けながら『違う違う』と言って首を横に振った。


「ノーレが疑似人格だったとして―――それは、どの系統の魔法で作ったことになるのかしら?」


 その発言に、僅かにノーレが目を見開く。そしてミレイに視線を向けるが、ミレイは小さく頷くことでそれに応えた。


「系統っていうと、火炎とか氷とかの?」


 そんな二人のやり取りに首を傾げながら確認の意味を込めて義人が尋ねると、ミレイは苦笑を消して真顔で頷く。


「そうよ。疑似人格でないとしても、一体どうやれば剣に人間を……人間の“魂”を入れることができるのかしらね?」

「……あ」


 目の前の疑問が大きすぎて、見落とした。それを認めた義人は、真剣に思考する。ノーレは僅かに戸惑うような表情をしていたが、一つため息を吐くと口を開いた。


「魔法人形とてそうじゃろう? どの系統の魔法で作られたのか、お主にわかるか?」


 ノーレが問いを投げかけ、しかし、義人に答えはない。

 火炎でも氷でも風でも雷でも治癒でない。強いて言うならば補助魔法かと義人は考えるが、眼前の二人の表情からして違うのだろう。だが他に可能性がないため、義人は納得できないままで答えを口にする。


「補助魔法……か?」


 義人の口から出たのは、そんな自信の欠片もないような声だった。それを聞いたノーレは控えめに笑うと、小さく首を横に振る。


「妾には姉が一人おってのう……まあ、異腹の姉なんじゃが、年が近くてな。妾はお姉様と呼び、実の姉と思って慕っておった」


 どこか遠くを見ながら口を開いたノーレに、義人は押し黙る。何の話だと尋ねようとしたが、ノーレの表情を見る限り無関係ではないのだろう。そのため、義人は黙ってノーレの話に耳を傾けることにした。


「お姉様には優れた魔法の才があってな……いや、優れたというのは控えめな表現か。それこそ、天才と呼べたじゃろう。それすらも、お姉様には届かぬ賛辞やもしれんが」


 ぽつりぽつりと言葉を紡ぐノーレ。その声色は義人が今まで聞いたことのないもので、義人は思わず背筋を伸ばした。


「当時この地にあった国……ラバルという国なんじゃが、お姉様はその国の第一王女じゃった。お姉様の母は国王の正室で、妾の母は側室……とも言えんが、父が国王であったことは確かじゃ。その縁で、妾はお姉様を姉と慕っておったんじゃ」


 遠くを見るノーレは何を思っているのか、義人には読み取れない。ただ、言葉の内容とは裏腹に、ノーレの声にはどこか仄暗い響きがある。


「お姉様の魔法の腕は卓越しておった。妾も剣に“入れられる”前までは様々な魔法使いを見たが、お姉様に匹敵する魔法使いなどいなかったぐらいじゃ」


 ノーレがそう言うと、場の空気を和ませるようにミレイが口を開く。


「あら、あなただって優れた魔法の才を持っていたじゃない。まあ、風魔法に特化しているけど」

「仕方なかろう。母が母じゃ」


 そんなミレイの合いの手に、ノーレは小さく苦笑してみせる。


「ノーレの母親って?」

「……風の精霊じゃよ」


 ひとまず会話に乗ろうと疑問をぶつけた義人に、ノーレはどこか躊躇しながら答えた。

 片親が人間ではない。その告白に対して義人がどう思うかと内心で僅かに恐怖しつつも、ノーレは表面に出さずに反応を窺う。


「なるほど、道理でノーレは風魔法が得意だったんだな」


 しかし、義人が気にする点はそこではなかった。大きな謎が解けたと言わんばかりに手を打つその姿に、ノーレは安堵にも落胆にも似た気持ちを覚える。


「……他に言うことはないのか?」

「え? 他に言うこと?」


 どこか不満げなノーレの言葉を聞き、反応を誤ったかと義人は腕を組む。今の発言の中にノーレが気にする点があるのかと内心で首を捻り、義人は改めてノーレの姿形を確認した。

 優希よりも僅かに低い背丈に、全体的に華奢な体つき。目鼻立ちはやや幼いものの、その相貌は『お姫様』と言われて納得するだけの気品もある。背中まで真っ直ぐ伸びた髪は銀糸に似た輝きで目を引き、身に纏う純白のドレスもノーレ本人の雰囲気を高めることはあっても貶めることはないだろう。体が半透明でさえなければ、すれ違う人間の目を惹く容貌だ。

 そこまで考えたところで、義人は一つ手を叩いた。


「ああ、風の妖精が母親だから半透明なのか」

「そこではないわっ! 妾の母が人でないことに何か言うことはないのかと聞いておるんじゃ! あと、妾とて以前はきちんと肉体を持っておったわ!」


 的を外し続ける義人に焦れて、ノーレは自分が聞きたいことを口にする。だが義人はノーレの質問を想定していなかったのか、目を白黒させた。


「ノーレの母親が人じゃないからって……何か気にする必要があるのか? 俺だって魔法が使えるんだし、祖先に魔法を使える魔物……“元の世界”だから妖怪か何かがいたはずだろ?」


 それははたして魔物と呼べるのかという疑問はあったが、義人はノーレが気にしていた点を笑い飛ばす。


「人間かどうかを気にしていたら、アルフレッドやローガスに仕事を任せることもできないって。それに、話は通じるし、人間の感情も理解する。というか、その辺の人間よりもよっぽど頼りになるぐらいだけど?」

「む……それは、たしかにそうじゃが……」


 気楽に言ってのける義人に、ノーレは口ごもった。義人に何かしらの隔意を持ってほしかったわけではないが、人と風の精霊の半人半精……ノーレが“生前”に最も気にしていた点を笑い飛ばされるのはどうにも納得がいかない。

 ミレイは口を閉ざしたノーレを見て、からからと笑う。


「一本取られたわねぇ、ヨシトの言う通りよ。あなたが何を気にしていたか理解できるけど、この子は気にしていない。それでいいじゃない。そう言う意味では、本当に“あなた”の使い手に成り得る人間だったのね」


 そう言って、ミレイは再度笑った。


「剣は折れちゃったみたいだけど、良かったじゃない。ヨシトは気にしないみたいよ?」


 ノーレを励ますように言うと、続いて、ミレイは悪戯っぽく口元を吊り上げる。


「あ、でもそうなると、今度はノーレが気にするかしら?」

「……何をじゃ?」


 他に気にする点が思い浮かばなかったノーレは、ミレイの表情に嫌な予感を覚えながらも問い返す。ミレイはそんなノーレの疑問に、輝くような笑顔で答えた。


「生前みたいに体がないことよ。気にする……というか、困るでしょ? 色々と」

「色々?」


 不思議そうな顔でノーレが首を傾げる。それを見たミレイは笑顔のままでノーレの耳元に口を寄せると、小声で何事かを口にした。


「っ!? な、お、お主は何を言うておるんじゃ!?」


 すると、ノーレは顔を赤くしながら怒鳴り声を上げる。突然の怒鳴り声に義人は若干引いたが、それに構わずミレイは悪びれず笑い続けた。


「いや、だって……ねえ? ノーレだって、女の子だし……ねえ?」

「なんじゃその『ねえ?』は!?」


 何やら盛り上がる二人を見て、義人は何の話かと問いかけようとした。しかし、その話題をつついたら藪から蛇どころか龍種でも出てきそうなので、義人は口を閉ざす。そして、その代わりに話を元に戻すことにした。


「それで、ノーレのお姉さんがどうしたんだ?」

「う……む」


 義人がそう言うと、何故か頬を赤く染めていたノーレは一つ咳払いをする。


「お姉様は自身の魔法の才に気付いておってな。その才を伸ばすことに執心していたんじゃ。そして、その中で新たな魔法を生み出そうとしておった」

「新しい魔法?」


 ノーレの言葉に義人が反応すると、ミレイが口を開く。


「今ある魔法以外の魔法を作ることよ。魔法技術の発展に力を入れている国だと、割と盛んに行われているわね。氷じゃなくて水を扱う魔法だったり、土を操る魔法だったり……まあ、その辺は生み出す本人のこだわりだったり、土地柄が関係しているわ」


 その内のいくつかは見たことがあると付け足し、ミレイは口を閉ざす。


「へぇ……魔法技術が発展していないカーリア国には縁遠い話……」


 そこまで口にして、義人は何か引っかかる物を感じた。それが何なのかと思考し、まさかと思って口にする。


「もしかして、魔法人形って……」


 使用者の思い描いたものに姿を変える魔法人形。似たようなことならば、小雪も『変化』を使ってできる。しかし、小雪が行っているのは本当に外見の変化だけだ。だが、魔法人形は文字通り“思い描いたもの”に化けている。

 以前義人が『お姫様の殺人人形』に襲われたことがあったが、その際はサクラに化けた上で氷魔法を使っていた。これが義人に化けたのならば風魔法を使い、ミーファに化けたのなら火炎魔法を使うのだろう。そのことを、義人は疑問に思ったのである。


「聡いのう、その通りじゃよ。ただ化けるだけなら、使う魔法まで真似ることはできん。しかし、お姉様はそれを成し遂げたんじゃ」

「どうやって……というのは、聞いて良いのか?」


 ノーレの口ぶりを前に、義人は戸惑いながらも問いを投げた。だが、聞くことができないのならばノーレも最初から話はしないだろう。義人の問いに、真剣な顔で小さく頷く。


「魔力を持つ人間を“使用した”人体実験じゃよ」


 そして、どこか感情を見せない声でそう言った。


「……人体……実験?」


 思わずといった体で、義人は聞き返す。その言葉の指す意味はわかるが、それでも、今までの人生の中で実際に他人の口から聞いたことのない言葉だ。

 呆然とした表情を見せる義人に、ミレイが素っ気なく頷く。


「ええ。魔力を持つ人間から魂を抜き取って、人格とかそういったものを全て削り取って、『変化』用の人形に付与する実験よ。あ、実際の手順は教えないから。ヨシトが利用するとは思わないけど、利用したがる人間はいるだろうしね」


 口の端を吊り上げ、しかし、目は笑わずにミレイは義人へ視線を送る。義人はそんなミレイの視線に気づくと、眉を寄せながら頷いた。


「そんなおっかない魔法を知りたいとは思わないけど……魂を抜かれた人はどうなったんだ? ……死んだのか?」


 少しばかりの恐怖感を覚えながらも、義人は尋ねる。すると、ノーレは小さく頷き、ミレイはどこか遠くを見るように目を細めた。


「……そうね。“人間としては”死んだ、と言うべきでしょうね」

「うむ、お姉様の実験によって多くの魔力を持つ人間が犠牲になったんじゃ。それこそ、数は十や二十ではきかぬ。妾も全てを知っているわけではないが、おそらく百人前後の国民が犠牲になった」


 痛ましげに視線を伏せるノーレ。かつてあった国の姫である彼女からすれば、百人前後の国民が自身の姉によって命を落とした―――殺されたことは、悔やんでも悔やみきれないことなのだろう。ミレイが口を挟まないことから、ノーレの口にしたことに間違いはないらしい。

 そう思った義人だが、しかしと首を捻る。


「……で、なんでそれを俺に話したんだ? 話を聞いた限りじゃあ、その魔法は禁忌なんだろ?」


 話さなければ、義人が知ることはなかった。城の図書室を漁れば関連する文献があるかもしれないが、話の内容からその可能性は低い。禁忌だというぐらいなら、最初から話さなければ済む話なのだ。

 そうやって疑問を覚えた義人に、ミレイが口を開く。


「あなたを……いえ、歴代の国王たちを“巻き込んだ”側としては、話せるだけは話さないと筋が通らないでしょ」

「巻き込んだ?」

「そう。ここで問題だけど、この国ができる以前にはラバルという国があった。なら、そのラバルという国はどうなったのかしらね?」

「そりゃあ、滅んだんだろ? 原因はわからないけど……」


 今は存在しないのだから、それ以外の答えはない。ミレイは義人の回答に苦笑すると、その通りと頷いた。


「ええ、滅んだわ。正確には、滅ぼされたんだけどね」

「他国にか? いや、魔力を持つ自国民を実験台にしていたんなら、謀反が起きたか?」

「正解よ」


 短く答え、ミレイは再度遠くを見るように目を細める。


「とある村に一人の男がいてね、“そいつ”も魔力を持っていたんだけど、同じように魔力を持っていた幼馴染みの女の子をノーレの姉に連れ去られちゃったの。それで、その子を取り返すために国に対して喧嘩を売った」

「……そして、国家相手に勝ったのかよ。どんな化け物だ、そいつ」


 個人が国家に敵うことなど、到底あり得ることではない。魔法が飛び交い魔物が跋扈する“こちらの世界”ならば言葉通りの一騎当千の魔法使いがいるため、“元の世界”よりは可能性があるだろう。だが、それでも並大抵のことではないのだ。


「そりゃ勝つわよ―――わたしが加勢したんだから」


 サラリと、種を明かす手品師のようにミレイが答える。それを聞いた義人はそうなのかと一度納得し、その言葉の意味を考えて驚愕した。


「―――はぁっ!? あ、あんた何やってんだ!? 『強力な魔物が人間に強く干渉することは禁止されている』って、自分で言ってただろ!?」

「言ったわねぇ」


 義人の驚愕の声に対して、ミレイは事もなげに頷く。続いて、照れたように頬を染めると、伸びた髪を右手でいじった。


「いやね、最初はわたしも少しだけ手を貸すつもりだったんだけど、次第に“そいつ”に惹かれちゃってさ。本当は駄目なんだけど、最後まで手を貸しちゃったのよ」


 あはは、と誤魔化すように笑うミレイに、ノーレはじとっとした目を向ける。


「本当のことじゃよ。ミレイが手を貸し、“その男”はお姉様を打ち破った。お父様や他の親族はお姉様の手によって既に亡くなっておったからのう。妾もその頃には剣の中に封じられておったから、ラバル国を継げる者もなく、新たにカーリア国ができたわけじゃ」


 ミレイの説明をノーレが補足した。義人はそんなノーレの言葉を聞き、頭を抱える。


「笑いごとじゃないだろミレイ……ま、まあいい。いや、良くないけど……歴代の国王たちを“巻き込んだ”っていうのは、どういうことなんだ?」


 どこか疲れたような声で尋ねる義人に、ミレイは申し訳なさそうに頭を下げた。


「ヨシトが……いえ、歴代の国王達もだけど、『召喚』によってあの“亀裂”を通ってきたのは知っているわよね? あの“亀裂”を作ったのがノーレの姉とわたしなのよ」

「あの“亀裂”って人為的に作れるものだったのか?」

「いや、まあ、実は偶然できたというか……」


 そこで、何故か目を逸らしながら歯切れ悪くミレイが答える。何を隠しているのかと義人が視線でノーレに尋ねると、ノーレは苦笑しながら首を横に振った。


「お姉様が使った魔法を相殺するために、ミレイが同規模の魔法を使ったらあの“亀裂”ができてしまったんじゃよ。あまりに威力が強かったから、“世界”に穴が開いてしまったんじゃろう」

「……色々と言いたいことはあるけど、“世界”に穴が開く威力の魔法って何なんだよ。上級魔法か?」

「分類はそうなるかもしれんが、上級魔法よりもさらに一つ二つは上の威力じゃった。直撃すれば、カーリア城ぐらいの規模の建物なら木端微塵に吹き飛び、城下町にも大きな被害が及ぶかのう」


 そんな魔法を使ったのかと、義人はミレイに驚愕の視線を向ける。しかし、それを見咎めたのかノーレが口を開いた。


「ミレイを責めるでない、ヨシトよ。ミレイが防がなければ、城下に住んでおった民まで巻き込み、この辺り一帯を更地に変えておったかもしれんのじゃ……もっとも、それが原因で“亀裂”ができ、“こちらの世界”に『召喚』されてしまったお主には許せることではないのじゃろうが……」


 言い難そうに呟くノーレを見て、義人は椅子に背を預ける。そしてバツの悪そうな顔をしているミレイに視線を向け、ため息を吐く。


「そうしてなければ大勢の人間が死んだ。そう言われたら、ミレイの取った行動が最善だったんだろうさ。ちなみに、ミレイはあの“亀裂”を塞げるみたいだけど、『召喚の祭壇』の中にある“亀裂”は塞げなかったのか?」


 そう言いながら義人が思い出したのは、“元の世界”に戻る際に見た祭壇内の“亀裂”だ。最初は小さかったが、優希によって『召喚』が行われた時は天井一面に広がるほど大きくなっていた。

 そんな義人の疑問を聞いたミレイは、ああと頷く。


「たしかに魔法は“世界に干渉する力”だけど、限度があってね。小さい“亀裂”ならわたしでも塞げるんだけど、その時……今『召喚の祭壇』ある場所に開いた“亀裂”は大きすぎて塞げなかったのよ。だから、あの“亀裂”に(ふた)をかぶせることしかできなかったわ」

「蓋?」


 そんなものがあるのかと義人が首を傾げる。


「例えば、“こちらの世界”と“向こうの世界”は無数の筒でつながっていると思って。ヨシトは“向こうの世界”で“亀裂”をくぐり、筒の中を通って“こちらの世界”へと『召喚』された。簡単に言うとそんなところなの」

「……つまり、『召喚の祭壇』にある“亀裂”は普段通れないように塞いであるのか」


 ストローの片方を指なりテープなりで塞いでいる光景をイメージして、義人は納得するように頷いた。しかし、すぐに次の質問が浮かぶ。


「でも、蓋がしてあるんならわざわざ開ける必要はないだろ? なんで定期的に『召喚』をして蓋を開けているんだ?」

「“亀裂”に蓋をしているだけだから、ある程度の時間が経つと筒の中に“向こうの世界”の魔力が溜まるのよ。だから『召喚の儀』で蓋を開けて、魔力を“こちらの世界”に流しているわけ」

「魔力が溜まる?」


 再度疑問を挙げる義人。ノーレは説明をミレイに任せているのか、時折扉越しに人の気配を探るだけで口を挟まない。


「“こちらの世界”と“向こうの世界”……あなたがいた世界ではね、魔力の質が違うのよ。“向こうの世界”で魔法を使ったことがあるならわかっていると思うけど……“こちらの世界”で魔法を使うよりも魔力を消費したんじゃない?」

「ああ、“こちらの世界”で魔法を使う時よりも何倍も消費したな」


 “元の世界”で魔法を使った時のことを思い出し、義人はミレイの言葉を肯定する。


「やっぱり、数百年経ったぐらいじゃ変わらないのか……ちなみに、どれぐらい消費したかわかる?」

「んー……おおまかにだけど、十倍ぐらいだな」


 義人が言うと、それまで口を閉ざしていたノーレが口を開く。


「うむ。“向こうの世界”でも話したが、それぐらいじゃな。妾の感覚が狂っていなければ、だがの」

「ノーレがそう判断したのなら、誤差はほとんどないでしょ。ヨシトはともかく、あなたなら魔法の腕も確かだし」


 魔法の腕が確かではないと言われた形になった義人だが、事実なので文句も言えない。


「“こちらの世界”だと魔法は周知のもので使える人間もそれなりにいるけど、ヨシトの世界ではどう? 誰でも知っていて使えるものなの?」

「いやいや、御伽噺の世界の話だな。『俺は魔法が使えます』なんて言ったら、頭の医者に連れて行かれるよ」


 ゲームや小説などのサブカルチャーが発達した現代ならば、魔法という単語を聞いたことのある人間も多いだろう。しかし、実際に使えるかとなると話は別だ。


「でしょうね。魔法は“世界に干渉する力”なの。つまり、“こちらの世界”は魔法が使いやすい世界で、あなたの世界は魔法が使いにくい世界なのよ。それに準じて、魔法を使うための魔力も多くなるわ。魔法を使いにくい世界で魔法を使うんだから、いつも以上に多くの魔力を必要とするのよ」


 そう言うと、ミレイはどこか興味深そうな目を義人へと向ける。


「ねえヨシト、参考までに聞きたいんだけど、あなたが“こちらの世界”で魔力を消費したら、その回復は早いんじゃないかしら」

「よくわかったな。その通りだけど?」

「そして、徐々に魔力の上限も減ってきているわよね?」

「……なんでわかるんだ?」


 一度でもそのことをミレイに言ったことがあったかと義人は首を傾げた。

 義人は、以前から『魔計石』を使って魔力を計っていたことを思い出す。『召喚』された当初に計った際は一般的な魔法使いの十倍の魔力があった。しかし、魔法を使って魔力を回復するごとに、その上限が低くなっていた。無論の事ではあるが、そのことをミレイに言ったことはない。


「あなたの体が“こちらの世界”に慣れてきているから、“向こうの世界”に比べて魔力の総量が減っているのよ。“向こうの世界”では通常の魔法使い一人分の魔力があったとして、“こちらの世界”では約十倍。でも、“こちらの世界”でも“向こうの世界”と同様に一人分に合わせようとしているの。あと、ヨシトが魔力を回復する早さは“向こうの世界”が基準になっているんでしょうね。だから“こちらの世界”の人間よりも回復が早い。それこそ、カグラよりもね。ああ、でもあの子は違うわよ?」

「あの子?」

「シノブって言ったかしら。あの子はあなたと違い、“自分の内側”で“魔力のようなもの”を作り出しているわ。中々お目にかかれないわよ、あれは」

「…………はい?」


 志信の名前を出され、そして、言葉の内容を理解して義人は目を見開く。


「たしか、魔力って外部から取り込んで自分のものにするんだよな? そのために回復の施設もあるんだし、『吸収』なんて魔法もある……それが内側からってどういうことだ?」

「んー……なんて言ったらいいのかしらね。“こちらの世界”でもごく稀に見かけたんだけど、一定以上に鍛錬を積んだ人間はある意味魔物みたいなものなのよ。そのうち自分から魔力に似た力を帯びて、魔法の行使まで可能になるの。ジパング辺りに行けばそういった人間もいたんだけど……なんだったかな、向こうでは仙人とか言っていたわね。魔力じゃなくて、“気”がどうとか言っていたわ」

「仙人って……人間じゃなくなってるだろ」


 一応の突っ込みを入れて、義人は頭を抱えた。“元の世界”にいた時から浮世離れした友人だと思っていたが、正真正銘の人外から魔物扱いされるとは思わなかったのだ。だが、“こちらの世界”よりも魔力が“重い”と表現できる“元の世界”で心身を鍛えた状態で“こちらの世界”に来たのならば、それもあり得るのかと義人は考える。

 仮に、“こちらの世界”よりも十倍魔法の行使が難しい“元の世界”で通常の魔法使いの十分の一でも魔力を持っていたのなら、“こちらの世界”では魔法使い一人分と等しくなる。



 ―――そうなると、志信の爺さんはどうなるんだろうか……。



 ふとそんなことを考え、すぐに頭の中から打ち消した。“こちらの世界”では加齢と共に魔力が減少していくが、普段の源蔵を見る限りそれに当てはまるとは思えない。


「ふむ、そう言えば以前コユキが仏頂面や御老体を見て変だなんだと騒いでおったのう」

「……ああ。本当に“変”だったんだなぁ……」


 ノーレの言葉に、義人は投げやりに同意した。

 どこか遠くを見るような目をした義人に小さく首を傾げるものの、ミレイはずれた話を元に戻すべく口を開く。


「話を戻すわ。『召喚』で“亀裂”の蓋を開けて溜まった魔力を取り除く理由だけど、『召喚の祭壇』にあるものと同じような“亀裂”を増やさないようにするためよ」


 ミレイはそう言うと、氷魔法で空中に筒状の氷を生み出す。そして片方の穴を氷で蓋を作って塞ぐと、もう片方の穴に向けて風魔法で風を送り始めた。


「この穴を塞いだ方を『召喚の祭壇』、穴が開いている方をヨシトの世界だと思って」


 言いながら、ミレイは風の威力を大きくしていく。すると、数秒もしないうちに氷の筒にヒビが入り、砕け散った。それと同時に、塞いだはずの蓋も砕け散ってしまったらしく、床に落ちて澄んだ音を立てる。


「……つまり、“こちらの世界”と“元の世界”の間でつながっている筒が壊れるわけか。その上、塞いでいた蓋も壊れると」


 そこまで口にして、義人は床に落ちた氷の蓋を拾い上げる。


「蓋がないから、“元の世界”と“こちらの世界”がつながったままになる。そして、筒が壊れた影響で、他の筒があったところにも影響が出た……ってところか?」


 整理しながら、それでも多少の確信を持って尋ねる。すると、ミレイは迷うことなく頷いた。


「そうよ。まあ、感覚的に『召喚の祭壇』の蓋は壊れてないわねぇ……多少ガタがきているか、ヒビでも入っているみたいだけど、補強すればなんとかなりそうだわ。でも、問題は各地にできた“亀裂”のことよ。あれは早急に塞がないとね」

「そうだな、塞がないと魔物が“向こうの世界”に行ってしまうしな」


 実際に“元の世界”で魔物と戦った義人としては、それを危惧せざるを得ない。“こちらの世界”と違って、義人が知る範囲では魔物などいないのだ。対処法とて、最初の内はわからない。そして、魔物を倒せるのも近代兵器で武装した自衛隊ぐらいだろう。警察官の持つ拳銃程度では、余程上手く命中させないと倒すのは難しい。


「魔物の件もそうなんだけどね、あちこち“亀裂”でつながったままだと、それだけじゃすまないのよ」


 義人の言葉を肯定し、さらに他にも問題があると告げるミレイ。それを聞いた義人は、聞きたくないと思いながらも聞かざるを得ない。


「それだけじゃすまないって?」

「ええ。“亀裂”でつながっている間、少しずつだけど“向こうの世界”の魔力が“こちらの世界”に流れてくるわ」 

「二種類の液体を一つのコップに入れたら、比重の重い液体の方が下に集まるようなものか?」


 例えとしては間違っている気もした義人だが、真っ先に浮かんだのはそんな印象だった。義人としては“こちらの世界”の魔力が軽く、“元の世界”の魔力が重いという印象があったからである。

 そうやって納得している義人に、ミレイは言葉を続けた。


「まあ、そんな感じよ。でも、魔力が通ることで徐々に“亀裂”も大きくなっていくわ。そして大量の“亀裂”が大きくなったら、“向こうの世界”と“こちらの世界”がつながりかねないの」

「……えーっと、それは……え?」


 事もなげに言われた言葉が理解できず、義人の思考が僅かに固まる。しかし、それでもなんとか思考すると、恐る恐る答えを口にした。


「“向こうの世界”が“こちらの世界”みたいになる……のか?」

「推測だけど、そうなるでしょうね。魔法を使える人間がいて、魔物もいる。文化はそっちのほうが先進的でしょうから、大きく変わることはないと思うけど」


 “元の世界”と“こちらの世界”がつながればどうなるか。それを自身の目で見た義人には、事の重大さがわかる。義人達がいたため魔物に対する対応も採れたが、それがなければどうなっていたか。そう考え、義人は眉を寄せた。


「なるほど、だから定期的に『召喚』をして筒の中の魔力を抜いていたんだな……でも、それならわざわざ俺達の世界から人間を連れてくる必要もないんじゃないか?」


 ミレイの言うところの“筒の中”から魔力を抜きさえすれば良いのだから、『召喚』をする必要はない。そう考えた義人に、ミレイは再度バツの悪そうな顔をした。


「あー……それなんだけどね、筒に溜まった魔力が暴走して他の筒に影響しないように、指向性を持たせる役割もあるのよ。それに、溜まった魔力を素早く“こちらの世界”に流して蓋を再度塞ぐ必要もある。だから、“向こうの世界”から『召喚』する際には条件があってね」

「条件?」


 そう言われて、義人は筒の中に溜まった魔力に指向性を移動させるため、そして魔力を素早く流すための条件を考え込んだ。そして、口をつぐんだままのノーレに視線を向けて答えを閃かせる。


「魔力を持っていることと……風魔法の才能があること、か?」


 溜まった魔力に指向性を持たせるのなら、同じように魔力を持つ存在であること。そして、ノーレは“風と知識の王剣”だ。彼女の使い手になるならば、風魔法の使い手が最も相応しいだろう。


「正解」


 出来の良い生徒を褒めるように、ミレイは小さく笑った。しかし、そうなると義人としては言いたいことが出てくる。


「ということは、『召喚』の基準になるのは“国王に相応しい人物”じゃなかったんだな?」


 それは、以前から義人が抱えていた疑問の一つだった。先代や先々代の国王のことを考えれば、本当に国王に相応しい人物が召喚されたのか疑問符がつく。


「そうね。たしかに、そうなるわ」

「そうか……」


 ミレイが肯定する。それを聞いた義人は頭を掻くと、背を預けた椅子から身を起こす。


「なんで、“国王に相応しい”人物が召喚されるなんて言ったんだ? 聞いた話だと、ミレイが召喚国主制にしたんだろ?」


 召喚された際にカグラから聞いた話を思い出しながら義人は尋ねた。

 “こちらの世界”と“向こうの世界”の間にある筒に溜まった魔力を取り除くだけなら、『召喚』した人間は不要となる。しかし、ミレイはそうしなかったのだ。それが何故かと尋ねると、ミレイは不思議そうな顔をする。


「そりゃあ、こっちの都合で元の生活……元の世界からすら引き離すんだからね。多少は役得がないとやってられないでしょ?」


 本当に不思議そうに、ミレイはそう言った。“元の世界”から引き離すのだから、それに見合った地位は与えるべきだと。


「まあ、当時は国土も荒れていたしね。これからは他国とは違う、異なる世界の文化を取り組んで発展していけるって希望を国民に与える意味合いもあったのよ」

「……それなら、ミレイがずっとこの国を守っていけば良かったじゃないか。外敵を物ともしないような奴がいるんなら、この国も違う形で発展できただろうに」

「ええ、本当はこの国の行く末を見守りたかったんだけど、手を貸して人間の世界に大きく干渉したのが原因でうちの母親が怒ってね。二十年ほど、国が安定するまでって名目で初代カグラとして勤めたら出ていかないといけなかったのよ」

「そっか……」


 ミレイの言葉に一応の納得を返し、義人は肩の力を抜く。

 カーリア国の生い立ちや、それにまつわる魔法人形などの禁忌。そして『召喚』に関する情報と、現状の危険性。様々な情報を噛み砕き、義人は内心で一つ頷く。



 ―――とりあえず、魔法人形の作り方の情報については墓まで持って行くか。



 中でも、人道的に危険な情報については黙秘することを決める。その他の情報についても、必要なら伝え、不必要なものは心の内にしまっておこうと思った。


「ま、俺としては『召喚』について聞けただけでも大きいよ。『召喚の祭壇』にある“亀裂”さえどうにかできれば、“向こうの世界”から『召喚』する必要もないんだろ?」

「“亀裂”が塞げればそうなるわ。わたしも、今回のことを機にどうにかしようと思ったんだけどね。もっとも、まずはあちこちにできた小さい“亀裂”を塞がないといけないんだけど」

「それなら、そのあたりの相談は“亀裂”を塞いでからするか」


 ミレイに何かしらの案があることを見て取った義人は、そう言うだけに留める。ミレイはそんな義人を見て小さく微笑むと、どこか楽しげに口を開いた。


「それじゃあ、最後に一つだけ。ヨシト、迷惑をかけたお詫びにあなたの願いを一つだけ叶えてあげるわ」

「願い?」

「ええ。あなたは国王だから、お金もそこまで必要じゃないわよね? 女性も抱こうと思えば好きなだけ抱ける。邪魔な国を滅ぼせとか、そういった大勢の人死に関わることでなければ何でも叶えてあげる―――それこそ、不老だろうと、ね」

「ミレイ、お主……」


 ミレイの言葉に、ノーレが僅かに強い語調で声を上げた。それを感じ取ったのか、ミレイは苦笑を浮かべる。


「わたしの血を飲ませれば、不死は無理だけど限りなく不老に近くなれるわ。もっとも、それを義人が望むのならだけど」


 そこまで言い、ミレイは何かに気付いたように両手を合わせた。


「あ、“亀裂”をどうにかするっていう件は別だからね。あれはわたしのやりたいことでもあるし」


 だから、他の願いを。


 そう言って、ミレイは義人に回答を促すのだった。


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