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異世界の王様  作者: 池崎数也
最終章
162/191

第百五十九話:カスミ

 夜が明け、短いながらも睡眠を取った義人は右手に水差しを持ちながらカグラの部屋へと向かっていた。

 その後ろには護衛の兵士が付き従っているが、何人かが首を傾げている。


「昨日、気付いたら立ったまま寝ていたんだが……」

「あ、お前もか? 俺も、気付いたら立ったまま寝ていたんだよな」

「あなたたち、疲れてるんじゃないの?」

「そうなのかな……そう言えば、昨夜遅くにシノブ様がヨシト様の寝室から出てきたって他の奴が言ってたな……」

「それならシノブ様が気絶させたとか? シノブ様ならそれぐらい簡単にできそうだし」

「そんなことをしてどうするんだよ?」

「わたし達に見られたらまずいことでもあったとか? ヨシト王の寝室からシノブ様が出てきたってところに理由が……はっ!?」


 何やら背後から声が聞こえてくるが、手に持った水差しを真剣な表情で見ている義人はそれを気に留めない。


「おい、どうしたんだ? 何かわかったのか?」

「よく考えなさい。シノブ様がヨシト様の“寝室から”出てきたのよ? そして、護衛に気付かれないよう気絶させた……その事実が指すのは一つだけよ」

「おい……まさか……」


 背後から義人に向かって疑惑の視線が突き刺さる。


「ヨシト様って、シノブ様と仲が良いとは思ってたけどまさかだん―――」

「って待て待て待て! 何を言おうとしてますかね!?」


 さすがに聞き逃すことができず、義人は思わず突っ込みを入れた。しかし、背後で陽気に言葉を交わしていた兵士達の中に一人だけいた女性兵士は、そんな義人の突っ込みを気にせず力強く拳を握る。


「大丈夫ですヨシト様! わたし、愛があればそういうのもアリだと思いますから!」

「待てや! いや、本当に待ってください! 何を言いたいかわかったけど、そんなわけあるか! 俺は普通に女の子が好きですから!」


 誤解を解くべく義人が叫ぶ。その光景は、傍から見れば国王とその臣下のものとは見えなかっただろう。しかし義人は“そんなこと”は気にしない。無駄に畏まられるよりも、こうやって馬鹿な話に付き合ってくれる方が嬉しいのだ。


 ――義人本人にとっては、男として割と死活問題になる話だったが。


「え? それじゃあヨシト様は女好きなんですか?」

「そうだよ! って、それも意地の悪い聞き方だなぁおい! ―――っ!?」


 誰が女好きだと義人は護衛の兵士に裏手で突っ込みを入れ――その後ろに、優希の姿が見えて動きを凍らせた。すると、急に動きを止めた義人を不思議に思ったのだろう。護衛の兵士達も背後に視線を向け、そこに優希の姿を見つけた。


「―――ヨシト様、そう言えば私、今日は訓練がある日でした」


 さらりと逃げ口上を述べ、逃走しようとする女性兵士。

 他の男性兵士も無言でそれに従ってこの場を離れようとしたが、それを逃がすまいと義人は傍にいた女性兵士の腕をつかむ。


「待てぇい! さらっと国王を置いて逃げようとしてんじゃねぇ!」

「ちょ、ヨシト様!? 女好きって肯定した後にそんな大胆なっ! 見てます、ユキ様が見てます!」

「なら誤解を招くようなことを口走ってんじゃねぇ!?」


 ぎゃいぎゃいと馬鹿騒ぎする義人達を見て、優希は苦笑しながら歩み寄ってくる。さすがに逃げられないと判断した兵士達は一様に背筋を正すと、一糸乱れぬ動きで義人への道を空けた。


「義人ちゃん、おはよう」


 それまでの騒ぎを気にしていないのか、それとも何かしらの考えがあるのか。優希は笑顔で挨拶をする。


「お、おう。おはよう優希。あー、その、さっきこいつらが言ったことは全くの出鱈目でだな、俺は、優希のことだけが……」


 弁明するように言い募る義人。その発言の内容を聞いた兵士達は互いに顔を見合わせると、手を打ち鳴らした。


「まさか、ヨシト様とユキ様が……」

「いや、これはめでたい」

「えー……でも、ヨシト様とシノブ様だってお似合いで」

「さすがにそろそろ黙ろうな? あと、このことは内緒にしておいてくれ……今はまだ、な」


 追加で良からぬことを口走ろうとした女性兵士に、義人は笑顔で釘を刺す。そして同時に口止めを行うと、再度優希へと視線を向けた。


「優希、俺はちょっと今からカグラのところに用があってだな……」


 疾しいところはないはずなのに、何故か視線を逸らしてしまう。優希はそんな義人を真っ直ぐに見つめると、すぐに笑顔で頷いた。


「うん、わかったよ。わたしも小雪に着せる服を作りに行くところだから……それじゃあ、またあとでね?」


 詳しく説明せずとも、義人の雰囲気に真剣な物を感じ取ったのだろう。優希は小さく手を振ると、義人達に背を向けて歩き出す。

 義人はそんな優希の後姿を見送ると、大きく息を吐いた。


「いやぁ、焦りましたねー」


 そんな義人を見て、兵士達も額に浮かんだ冷や汗を拭う。


「誰のせいだ、誰の」


 思わず義人がジト目で兵士達を見ると、兵士達は互いに苦笑し、続いて真剣な顔になって頭を下げる。


「申し訳ありません、ヨシト様。“こちらの世界”に戻って以来、ずっと険しい顔をしていらっしゃるようだったので……無礼はお詫びいたします」


 真摯に頭を下げる兵士達。その言葉を聞いた義人は虚を突かれたように目を瞬かせ、そして、温かみのある苦笑を浮かべる。


「……そっか、悪いな。心配をかけた」


 こうして馬鹿騒ぎをしたのも、義人の気分を少しでも軽くするためだった。そんな兵士達の気遣いに義人が感謝すると、一番馬鹿騒ぎをしていた女性兵士が義人の傍へと寄ってくる。そして、笑顔で尋ねた。


「それで、ヨシト様。シノブ様とは本当のところはどうなんです? 誰にも言いませんから、わたしだけにも教えてくださいませんか?」


 先ほどと同じように、否、先ほど以上に生き生きとした笑顔で聞いてくる女性兵士。そんな女性兵士に義人も笑顔を浮かべ、何の躊躇もなくその額に手刀を叩きつけた。


「台無しだよ」


 完全に不意を突いた突っ込みをくらい、痛みに悶える女性兵士。そして、他の兵士達はそんな光景を見て笑顔を浮かべている。

 そんな中で、義人はふと思った。



 ――俺、こんな大変な時に何を馬鹿なことをやってるんだろうなぁ、と。








 兵士達との馬鹿騒ぎで多少なり気分が軽くなったのを感じた義人は、そのままカグラの部屋の扉をノックする。


「どちら様ですか?」


 中から聞こえてきたのは、サクラの声だった。その声を聞いた義人は、平静を心がけながら口を開く。


「俺だよサクラ。義人だ」

「ヨシト様ですか……どうぞ」


 僅かに言葉が止まったものの、カグラが許可を出したのか扉が開く。義人は護衛の兵士達を待機させると、水差しを持ったままでカグラの部屋へと足を踏み入れた。

 昨日とは違い、カグラはベッドに腰をかけている。顔色も悪くなく、目が見えないことを除けば健康そのものに見えた。

 義人は心配そうに見つめてくるサクラに苦笑を向けると、扉へ目を向ける。


「悪いけど、少し席を外してくれるかな?」

「しかし……」

「頼むよ」


 真剣な表情で義人が頼むと、サクラは僅かに迷ったものの小さく頷いて部屋から退室した。しかし、何かあった場合にすぐ対応できるよう、扉の傍で待機をする。足音でそれを察した義人ではあるが、そこまで気にせずカグラへと向き直った。


「よう、カグラ。元気か?」


 昨日の凶行に対する悪感情を表に出さないよう注意しながら、義人は気さくに声をかける。すると、カグラはゆっくりと立ち上がり、義人の方へと歩を進めていく。


「ヨシト様、わたしの“名前”を……“いつものように”呼んでいただけますか?」


 それは、昨日の焼き直しだった。期待を声に込め、カグラが哀願する。そんなカグラの頼みに、義人は努めて自然にその名を呼んだ。


「ああ……カスミ」


 カスミ、と義人が口にした瞬間、カグラ―――カスミの表情に笑みが浮かぶ。そしてそれまでゆっくりだった足取りを速めると、義人に正面から抱き着いた。


「はい、ヨシト様。ずっと、お待ちしていました」


 思わぬカスミの行動に、義人は水差しを落とさないよう気をつけながら表情を固まらせる。しかし、目が見えないカスミはそんな義人の様子に気づかず、それまでの固い雰囲気を振り払うように口を開いた。


「そうだ、聞いてくださいよヨシト様。昨日、ヨシト様の偽者が部屋に来たんですよ」


 そう言いつつ、カスミは甘えるように義人の腕をつかむ。そこにいる義人が本物で、離れたくないと言わんばかりに。


「へ、へぇ……そうなんだ。カスミが無事で良かったよ、はは……」


 反対に、偽者扱いされて攻撃された義人(ほんもの)は頬を引きつらせた。正面から抱き着かれたため密着した形になるが、思考は冷静に次の行動を指示する。


「それでさ、カグ……カスミ。今日はカスミに贈り物があってきたんだ」

「贈り物、ですか?」

「ああ、これだよ」


 そう言って、義人はカスミの手を取って水差しを握らせた。


「……これは?」


 義人から手渡された水差しの形を指でなぞりながら、カスミが尋ねる。手に持った“何か”に液体が入っていることに気付いたのか、大きく動かさないように注意をしながら。

 そんなカスミに、義人は上手い言い訳を考えてきていなかったことにこの場で気付く。しかしすぐに口を開くと、水差しを持つカスミの手に自身の手を重ね合わせた。


「カスミの視力が一向に戻らないから、目に良く効く水薬を手に入れてきたんだ」


 義人が苦し紛れにそう言うと、カスミは手に持った水差しへ視線を落とす。無論、見えているわけではないだろう。それでも義人が自分のために薬を手に入れてきてくれたという点が琴線に触れたのか、その頬にゆっくりと涙が伝っていく。

 そしてカスミは綺麗な笑みを浮かべると、義人に対して小さく頭を下げる。


「ありがとう、ございます……ヨシト様、カスミは幸せです」


 心底嬉しそうに礼を述べるカスミに、義人は非常に良心が痛むのを感じた。しかし、それは甘えであると自分を鼓舞し、無理矢理に笑顔を浮かべる。


「さ、飲んでみてくれよ」

「はい」


 義人の言葉を疑うことなく、カスミは水差しに入っている水を一息に飲み干す。そこまで量が入っていたわけではないが、義人からの薬ということで嬉しさが大きかったらしい。

 毒が入っていたらどうする気だと場違いな心配をする義人だが、水差しに入った水を飲み干したカスミは小さく息を吐くと、義人へ無邪気な笑みを見せる。


「あまり味がしないお薬ですね。少し、鉄の味に近いような……でも、これですぐに目が見えるようになりますね」


 一体どれほど義人を信頼しているのか、カスミが割と無茶なことを言う。それを聞いた義人は、さすがに断言することができず曖昧に頷いた。


「えっと……そうだと良いけど」

「きっと見えるようになりますよ。だって、ヨシト様がわたしのために手に入れてくれたお薬ですもの」


 理由にならない理由を口にするカスミ。しかし、嬉しそうに、そして楽しそうに笑うカスミを前にして、義人は曖昧に笑うことしかできない。

 そうやって、義人がカスミと笑い合うことしばし。不意に、カスミが不思議そうな声を上げた。


「……あれ?」

「ん? どうしたんだ?」

「いえ、目が……」


 何か異常でもあったのか、カスミが自分の両目を軽くこする。そして何度か瞬きをすると、ゆっくりと、“義人へ”視線を向けた。


「ヨシト、様?」

「あ、ああ」


 名前を呼ばれ、義人は反射的に返事を返す。すると、カスミは目に涙を溜め始め―――零れると同時に義人へと再度抱き着いた。


「ヨシト様っ!」

「なっ、ちょっ!? か、カグラ……じゃない、カスミ!? なんだよ、どうしたんだ?」


 首に手を回すようにして抱き着いてきたカスミに、さすがの義人も動揺する。

 一体何があったのだと、落ち着かせるように尋ねるが、カスミはしゃくりを上げるだけで中々答えられなかった。だが、さすがにカスミの様子から薄々予想がついた義人は、さり気なくカスミの両肩を押して身を離しつつ、尋ねる。


「カスミ、目が見えるのか?」


 半信半疑で義人が尋ねると、カスミは二度、三度と頷く。


「はい……はいっ! 目が見えます……ヨシト様のお顔も、ちゃんと見えます」


 本当に嬉しいのだろう。カスミは泣きながら笑うと、もう一度義人へと抱き着く。


「そっか……良かったな、カスミ。薬が効いて良かったよ」


 そんなカスミをあやすように、義人は優しい声色でそう言った。

 義人とて、カスミの視力が戻って嬉しくないわけがない。視力が戻れば政務も行うことができ、魔力が戻れば戦うこともできるだろう。それらを考えれば、カグラの視力が戻ったことは喜ぶべきことなのだ。

 しかし、これまでにカスミが行ったこと、そしてこれからのことを考えれば、無心で笑顔になることは難しい。それでも、こうまで無邪気に喜ぶカグラに、今この場で余計なことを言って水を差す必要もない。そう考える義人だった。




 ただ―――カスミを抱き留める義人の瞳が、どこか温度のない無機質なものだったことに、義人本人も含めて気付けなかったが。


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