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異世界の王様  作者: 池崎数也
最終章
157/191

第百五十四話:帰還 その4

 “こちらの世界”へと戻って一夜明けて、義人は国王用に作られた寝室で目を覚ました。最初に意識が覚醒したことを確認すると、数度瞬きをしてから首を捻る。


「はて……なんで俺こんなところで寝てるんだっけ?」


 そう呟き、体を起こす。そして、すぐ傍で布団が奇妙に膨らんでいることに気づき、ゆっくりと布団を剥いでいく。すると、義人の服の裾を握りながら体を丸め、幸せそうに眠る小雪の姿がそこにあった。

 小雪が布団に潜り込んでくるのは珍しいことではないが、義人は顎に手を当てて寝る前の状況を思い出していく。


「……あ、そうか。昨日、志信と喧嘩したんだった」


 ぽん、と手を打ち、義人は昨晩の出来事を思い出した。その上で小雪が傍で寝ているということは、呼びにいったノーレが小雪に頼んで治療を行ったのだろう。

 続いて義人は自身の体調を確認し、体に怪我がないことを確かめる。志信の殴り方が良かったのか、それとも気を失ってからの治療が良かったのか、打撲などもない。ただ、“こちらの世界”に戻る際に戦い続けたため筋肉痛はあったが。

 義人は一度肩を回してみると、窓の外に視線を向けて日が昇っていることを確認する。さすがに分単位では判断できないが、太陽の位置からおおよその時間を割り出して八時前後と判断した。

 そうやって義人が現在の時刻を確認していると、隣に寝ていた小雪が身じろぎをする。そしてゆっくりと目を開き、義人の姿を視界に捉えるなり跳ねるようにして飛び起きた。


「おとーさんっ!」

「うおわっ!?」


 飛び起きるついでに飛びつかれ、義人は僅かに体勢を崩す。しかし、すぐに体勢を立て直すと、飛びついてきた小雪へと視線を向けた。


「小雪? どうした、怖い夢でも見たのか?」


 小雪の行動を不思議に思いながらそう尋ねると、小雪は顔を義人に押し付けながら首を横に振る。


「おとーさん、けがしてた」


 僅かに涙声で呟く小雪に、義人は困ったように頬を掻く。


「あー……ごめんな。心配させちゃったか」


 ノーレに呼ばれて義人の元へ行ってみれば、あちこちから血を流しながら地面に倒れる義人の姿があったのだ。その時の驚きは、幼い小雪にとって大きなものだった。


「なんでしのぶさんとけんかしたの?」


 涙声で尋ねてくる小雪に、義人は困ったように笑う。


「俺も志信も、お互いに負い目があったんだよ。でも、もう仲直りしたから、大丈夫。心配してくれてありがとうな」


 そう言いつつ、義人は小雪の頭を優しい手つきで撫でる。小雪は心地良さげに目を閉じ、黙って頭を撫でられると、そんな小雪の顔を見て義人は苦笑した。


「でもな、今回のことは俺にとっては必要なことだったんだよ」

「ひつようなこと?」

「ああ。志信もそうだと良いんだけど、今回は俺に付き合わせた形になったんだ」


 この埋め合わせはいつかしないとな、と心中で呟き、義人は小雪の頭から手を離す。すると、そのタイミングを見計らったかのように寝室の扉がノックされた。


「ヨシト様、起きていらっしゃいますか?」

「ん? ああ、サクラか。起きてるよ」

「それでは、失礼いたします」


 そう言って、サクラは扉を開けて寝室へと入ってくる。手には畳まれた義人と小雪の着替えを持っており、それを見た義人は小さく笑った。


「ありがとうな、サクラ」

「いえ、これがわたしのお役目ですから……でも」


 そこで一度、サクラは不自然に言葉を切る。義人は言葉が途切れたことに首を傾げ―――サクラが目に涙を溜めているのを見て、驚愕した。


「ちょ、え、あの? サクラさん? 何故に泣いていらっしゃるんでしょうか?」


 驚愕からか、思わず敬語で尋ねる義人。サクラはそんな義人の言葉に驚き、次いで、自分が涙を流していることにようやく気付いた。


「あ、こ、これは……また、こうやってヨシト様にお召し物を手渡すことができて、気付いたら、その……」


 言い募りながら、サクラは身を縮こまらせて顔を赤くする。義人はそんなサクラの言葉を聞き、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんな、サクラ。サクラにも心配をかけちゃったな」


 義人がそう言うと、サクラは慌てて首を横に振る。


「い、いえ! ヨシト様が戻ってこられただけで、わたしは嬉しいですから!」


 サクラはそんな答えになっていない答えを口にすると、手に持った服を義人へ手渡した。そして、両手を体の前で揃えると、真剣な表情を浮かべて義人へ向かって頭を下げる。


「本当に、嬉しいですヨシト様。そして、昨日は申し訳ありませんでした」


 その謝罪が再会するなり気を失ったことを指しているのだと気付いた義人は、首を横に振った。


「いや、志信から聞いたけど、最近疲れていたんだろ? 仕方ないって」


 肉体的な疲労と、精神的な心労。その両方が溜まっていたのだと、義人は聞いている。そして、その原因がカグラでもあると。


「サクラおねえちゃん、つかれてるの?」


 義人とサクラの会話を聞いていた小雪が、不思議そうに首を傾げた。


「少しだけ、ですけどね。でも、小雪様の『おとーさん』が戻ってきてくれたから、元気になっちゃいました」

「そうなんだー……またつかれたら、こゆきがなおしてあげるね」


 笑顔でそう告げる小雪に、サクラも笑顔を浮かべる。義人もそんな二人のやり取りを笑って見ていたが、すぐに表情を引き締めた。


「それでサクラ、カグラのことなんだけど……」


 真剣な表情で口を開いた義人に、サクラも頷いてみせる。しかし、その口から出たのはカグラの現状に対する説明ではなかった。


「わたしも報告をしたいと思っているのですが……まずはお着替えと朝食、その後に謁見の間で文官や武官の方々との朝礼もありますので、その後に報告という形でよろしいでしょうか?」

「ん、そうだな。今の時間は?」

「八時を少し過ぎたところです。朝食を食べられたら丁度良い時間になるかと」

「よし、それじゃあ着替えるかね」


 そう言って、義人はサクラが持ってきた服を手に取る。小雪の分もあるが、何度か着替えを手伝ったことがあるため問題はない。そうやって義人が着替えを始めようとすると、サクラはそれを邪魔することがないよう退室しようとする。本来ならば義人が着替えるのを手伝っても良いのだが、それは義人本人から拒否されているためだ。しかし、サクラは扉の前で一度足を止めると迷ったように、しかし、これ以上ないほど真剣な目で義人を見つめた。


「ヨシト様」

「なんだ?」


 さすがにサクラがいては着替えることができず、義人は服を持ったままでサクラの声に反応する。すると、サクラは万感の想いを乗せながら頭を下げた。



「おかえりなさいませ」


「……ああ、ただいま」



 サクラの言葉に穏やかな表情で義人は応える。すると、サクラも義人と同じように微笑んだ。


「もう、いきなり姿を消したりしないでくださいね? 今度は、追いかけていっちゃいますよ?」

「うーん、追いかけてこられたらさすがに困るな。でも、二度と何も言わずに消えたりはしないよ」


 義人の返答に満足したのか、サクラは小さく笑うともう一度頭を下げて退室する。その後ろ姿を見送った義人は、サクラと同じように小さく笑い、続いてため息を吐いた。


「こりゃ、本当に色々とあったみたいだなぁ……」


 その呟きを聞いたのは、洋服を着るのに悪戦苦闘していた小雪を含めて誰もいなかった。








 着替えが終わり、朝食を食べ終えた義人は朝礼のために謁見の間へと向かう。その傍には護衛の兵士が控えているだけで、小雪の姿はない。小雪は優希の様子を見るために優希の寝室へと向かっているのだ。

謁見の間へと向かう道筋の途中、義人は廊下を歩くノーレを見つけ、早足で追いつく。そして隣に並び、朝の挨拶を口にした。


「おはよう、ノーレ」

「……ヨシトか。うむ、おはよう。昨日の傷は後を引いておらんか?」

「いや、大丈夫だよ」


 ノーレの言葉に笑って答えると、ノーレもそれに頷き返す。しかし、義人はそんなノーレの顔に暗い色を見つけて首を傾げた。


「顔が暗いけど、何かあったのか?」

「う、む……」


 義人が尋ねると、ノーレは言い難そうに視線を彷徨わせる。そんなノーレの様子が珍しく、義人は再度首を傾げた。


「いや、朝から城の中を見回っておったんじゃが……人に会う度『幽霊だ』なんだと腰を抜かされて、の……」


 常にない様子で肩を落とすノーレに、義人は苦笑に似た笑みを向けた。


「ま、まあ、体が半透明だしな……って、こらこら、お前らも身構えるんじゃない」


 目の端で護衛の兵士が警戒しているのに気づき、義人はすぐに動きを制する。義人はノーレが剣から人の姿へ変わるところを見ているため抵抗がないが、さすがに初めてノーレの姿を見た者は抵抗を覚えるらしい。


「ヨシト、すまぬが今日の朝礼の時にでも妾のことを話しておいてくれんか?」

「別に良いけど。俺も、ノーレを見た兵士が攻撃でも仕掛けたらと思うとゾッとしないし」


 主に、その兵士の命のために。そんなことを心の中で付け足す義人。

 ノーレは上級に近い魔物を、風魔法だけで仕留めるほどの強さを持つのである。そんなノーレに挑みかかるようなことがあれば、挑んだ側の方が危険だと言えるだろう。


「お主が何を考えているかわからんが……妾のことを何か勘違いしておるじゃろう?」

「ははは、まっさかー」


 乾いた笑いで誤魔化し、義人は謁見の間へ向かう足を僅かに早める。そんな義人の姿を見て、ノーレはため息を吐くのだった。








 義人が謁見の間へ足を踏み入れた時、既に文武百官が揃っていたのだろう。全員が同時に頭を下げ、義人は小さく頷きながら玉座へと座る。

 玉座に座る義人から見て右手に武官、左手に文官が並んでおり、玉座に義人が座ると同時に頭を上げた。そんな義人の傍には宰相であるアルフレッド、近衛隊の隊長である志信の姿もある。しかし、宰相と同等の地位であり、『召喚の巫女』であるカグラの姿はない。さすがに、目が見えない状態では出仕できないからだ。

 居並ぶ文武百官の顔を見ると、大部分の人間が安堵や喜びの表情を浮かべていた。だが、中には安堵の表情を浮かべつつも、どこか不穏な気配が感じられる者もいる。

 それは、“こちらの世界”に召喚された当初の時のような不穏な雰囲気だ。そして、それとは別に、奇妙な緊張感が場を満たしている。義人はそれを感じ取りつつも、表面上は何事もないかのように口を開く。


「久しぶり、と言うべきなのかな。俺が不在の間、迷惑をかけた」

「そんな、迷惑など……とんでもありません」


 義人の言葉にいち早く反応したのは、財務大臣のロッサだった。義人を見る目には、他の臣下と比べてもなお深い安堵が見て取れる。義人はそれを不思議に思いつつも、ロッサの言葉に首を振って見せた。


「いや、ここは謝らせてほしい。すまなかったな」


 義人がそう言うと、臣下達は畏まったように頭を下げる。しかし、臣下達が頭を上げるなり、文官の一人から質問の声が飛んだ。


「ご質問をよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「ヨシト様はどうやって“元の世界”に戻り、また、“こちらの世界”へ戻られたでしょうか?」


 召喚は五十年に一度だけ。そう教えられてきた臣下達から、その質問に追従するような雰囲気が漏れる。義人はその質問に答える―――前に、武官の中で最前列に並ぶミーファへ視線を向けた。


「いや、『召喚の祭壇』を調べていたらいつの間にかな……俺にも詳しいことはわからないんだ。そして“こっちの世界”へ戻ってこられたのは、国のあちこちに開いている妙な亀裂を通ってきたからだよ」


 その説明に、ミーファが僅かに表情を変える。ミーファは義人が“こちらの世界”に戻ってきた際に、優希の手によって戻ってきたことを聞かされていた。しかし、義人は嘘をついて方法を誤魔化している。そのことをミーファが疑問に思うが、義人はそんなミーファを真剣な目で見つめ、それを受けたミーファは心得たように小さく頷く。

 カグラと同様に、『召喚』が可能な優希を害して義人が“元の世界”に戻れなくする者が出てくるかもしれない、とは義人も思いたくない。だが、可能性が少しでもある限り、その事実を知る者は減らして置いた方が無難だろう。ミーファや傍にいた兵士には後程口止めをするとして、この場は誤魔化すことにした義人だった。

 臣下達は義人の説明に半信半疑ながらも頷くが、その中から不安そうな声が上がる。


「ということは、『召喚の祭壇』に行けばヨシト王は再び“元の世界”に戻れるということですか?」


 恐る恐ると尋ねたのは、武官の一人だった。それを聞いた義人は、首を横に振る。


「そうかもしれない……でも、俺は“こちらの世界”に戻ってきた。初めて『召喚』された時とは違い、自分の意思で“こちらの世界”に戻ってきたんだ。そのことは、理解してくれるな?」


 “こちらの世界”に戻らず、“元の世界”で過ごすこともできた。言外にそう告げる義人に、質問をした武官の表情が和らぐ。


「そういうことだ。というわけで、まずは俺がいなかった間に溜まった政務を片付ける。緊急性がある話はこの場で報告、なければあとで執務室に来てくれ。何かこの場での報告がある者はいるか?」


 義人が尋ねると、文官武官達は互いに視線を交わし合う。そして、その中からひどく言い難そうにロッサが口を開いた。


「その……昨日から、城の中で半透明の女の子を見かけたという報告が多発しておりまして……侍女や兵士が怯えているのですが」


 こういうことを報告して良いものか、という表情で告げるロッサに、義人は冷や汗を一筋流す。まさか、そこまでの大事になっているとは、と内心焦りながら口を開いた。


「あー、あいつはノーレだよ。ほら、俺が持っていた王剣。いや、あれが折れたらなんか半透明の女の子が出てきてさー。幽霊みたいなもんだよ。ほら、エルフのアルフレッドがいるなら多分幽霊のノーレがいてもいいだろ?」


 あっはっは、と乾いた笑い声が謁見の間に吸い込まれていく。しかし、義人以外に誰も笑う者はいない。義人の背後ではアルフレッドと志信がため息を吐いており、義人は困ったように首を傾げた。


「……え、駄目? でも、城内でノーレを見かけても攻撃しないでくれよ? 多分、攻撃した方が危ないから」


 言い含めるように義人が言うと、文官や武官達は互いに顔を見合わせ、不承不承ながらも頷く。

 “こちらの世界”に戻って最初に行われた朝礼は、そんな微妙な空気の中で終わりを迎えた。








「いや、なんで魔物は良くて幽霊は駄目なんだろうな」

「幽霊ではなく、精霊とでも言っておけば良かったんじゃないかのう」


 朝礼のあと、義人はアルフレッドと共に政務を片付けていく。その眼前では机に積まれた紙や羊皮紙、木簡が山を作っており、押せば崩れて大惨事を引き起こしそうだった。


「はぁ……それはやはり、普段目にしないからではないでしょうか?」


 そんな義人の傍で冷や汗を流すのは、財務大臣のロッサだ。朝礼が終わって執務室に戻るなり訪ねてきたのだが、朝礼の場では報告できないことがあったらしい。


「そんなもんかねぇ……で、報告は?」


 ロッサの言葉に頷きつつ、義人は報告を促す。それでも政務を片付ける手は止めず、目は書類の文章を追っていく。ロッサはそんな義人の仕事振りを見て、国王が戻ってきた安堵を内心に覚えた。しかし、これから報告する内容は、その安堵を押し潰すものである。


「は……実は、少々不透明な金の流れがあるようでして」

「不透明な金の流れ? ロッサよ、そういった金の流れも含めて管理するのがお主の役割じゃろう?」


 アルフレッドが指摘を入れると、ロッサは申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ありません。私も、気付いたのがつい最近でして」

国王(おれ)が不在だったしな……よし、それじゃあロッサは継続して使途不明金の洗い出しをしてくれ。今回のことは不在の俺にも責任はある」

「了解いたしました」


 義人の言葉に頭を下げ、ロッサが退室する。すると、今度は入れ違うようにしてミーファが入室してきた。義人はミーファの姿を見ると、相好を崩す。


「おう、ミーファか。さっきはありがとうな」

「いえ……しかし、何故あの場ではあのように言われたのですか?」


 ミーファが不思議そうに尋ねると、義人は僅かに迷ってから口を開く。この場にいるのはアルフレッドとミーファのみ。両者とも信用できる。


「『召喚』……というか、“こちらの世界”と“元の世界”を行き来する手段を持っている優希を、危険に晒さないためだよ」


 義人がそう言うと、アルフレッドはその説明だけで納得したのか頷きながら顎鬚を手で撫でた。


「なるほどのう……今回の一件で、国王がいなくなることの不安を覚えた者もおる。ユキ殿がそんな手段を持っていることは初耳じゃが、そういった者が知れば害する可能性もあるか」

「そういうこと。だからミーファも、あの時近くで話を聞いていた兵士には口止めをお願いしたいんだけど」


 頼む、と言いながら、義人は頭を下げる。ミーファはそんな義人に慌てて手を振り、頭を上げさせた。


「そんな、わたしとてユキ様が危険な目に遭うのは本意ではありません。今からでも口止めをしておきます」

「そうか……ありがとう。よろしく頼むよ」


 もう一度だけ義人が頭を下げると、ミーファは恐縮しながら退室する。義人はそんなミーファを見送ると、政務を再開しようと筆を手に取った。


「ヨシト王、よろしいでしょうか?」


 しかし、それを遮るように扉越しに声が聞こえ、義人は苦笑を浮かべる。その声が騎馬隊隊長のグエンのものだと判断した義人は『千客万来だなぁ』などと思いつつ、入室の許可を出す。

 執務室に入ってきたグエンは、書類の山に埋もれる義人を見ると相好を崩した。


「書類が山のようですなぁ」

「まったくだよ。まあ、『召喚』された当時よりは全然マシだけどさ」


 このくらいならば、徹夜などの無理をせずに日中に片づけるだけでも一週間もかからないだろう。そう判断した義人は、緊急性の高い案件から片づけている。

 そう言って笑う義人だが、グエンの隣に第二魔法剣士隊隊長の姿を捉えて僅かに目を細めた。騎馬隊隊長と第二魔法剣士隊隊長。この組み合わせは今まで見たことがない。


「……それで、用件は?」


 そう尋ねると、それまで穏やかな表情をしていたグエンが表情を真剣なものへと変える。


「それでは一つ報告を」

「なんだ?」


 義人が促すと、グエンは一つ間を置いてから口を開く。


「ヨシト王が通ってきたと仰られた亀裂についてですが、確認されていた亀裂の内、3つが塞がっておりました」


 グエンがそう言うと、第二魔法剣士隊の隊長が追従するように口を開く。


「グエン殿と同じく、2つの亀裂が塞がっているのを我が隊でも確認しております。それと、部下から奇妙な人影を見たという報告が」

「奇妙な人影?」

「はい……その、カグラ様に似た姿を見た、と」


 その一言で、執務室が静まり返る。さすがに政務をしながら聞く話ではないと判断した義人は、それまで握っていた筆を置くと椅子に背を預けた。


「カグラに、ねぇ……」

「はい。カグラ様に似たその者は、部下を気絶させて立ち去っています。そして、その部下が目を覚ました時、亀裂もなくなっていた、と」

「ふむ……ということは、その謎の人物が亀裂を塞いでいると?」


 報告に、アルフレッドは首を傾げる。そんなことが可能なのは、この国ではカグラぐらいしかいない。あるいは本当にカグラが外に出ているのかもしれないが、カグラにはサクラがついている。その上、カグラは魔力と視力が回復していないのだ。今の状態では不可能だろう。

 アルフレッドと同じように義人も思案するが、現状では情報が少ないため判断ができない。そのため、ひとまず現状を確認するための指示を出すことにした。


「まず、もう一度国内にある亀裂の数を洗い出してくれ。それと、どこで、何個の亀裂が塞がっているのかも」

「了解しました」


 義人の言葉に頷き、グエン達は退室していく。


「何が起こっているんだろうな」

「“何か”が起きているんじゃろうが……今は、できることを片付けていかんとな」


 そのアルフレッドの言葉に、義人はそれもそうだと頷く。そして、再び書類の山に立ち向かおうとすると、再度それを遮るように執務室の扉がノックされた。


「……どうぞー」


 相手が誰かも確かめず、義人は入室の許可を出す。きっと、今は書類よりも報告の方を片付けた方が良いのだろうと自分を納得させた。しかし、部屋に入室してきたのは文官や武官ではなく、サクラだった。その手にはお盆を持っており、急須や湯呑が乗っている。


「サクラか。お茶を持ってきてくれたのか?」

「はい。あと、それもありますけど、カグラ様のことについてご報告をしようと思いまして」

「ああ……朝に言ってた件か」


 カグラについては志信から話を聞いているが、サクラはそのカグラの看病を続けているのだ。志信よりも詳しい容態が聞けると思い、背筋を伸ばす。


「まず、現在のカグラ様の体調は視力を除いて回復しています。しかし、視力と魔力が戻っていないため、文官としても武官としても働くことはできないと思います」

「うん、それは志信にも聞いたよ。戦うこともだけど、政務にしても意見を求めるぐらいはできそうだけど、書類仕事は無理だよな」


 それでもカグラの知恵を借りられるだけで助かるが、と義人は内心で呟く。だが、人間は視覚から得る情報量が非常に大きい。純粋に知識を問うだけならば問題はないが、それ以外となると難しいだろう。


「そして、精神的な部分についてですが……」


 そう言って、サクラは言いよどむ。体調はほぼ完治しているが、それと同様に精神も健全に回復しているかと聞かれれば答えは否だった。

 そのため、サクラは義人がいない間のカグラの様子を伝えていく。特に、魔法人形がカグラと共にいた時のことを念入りに報告した。さすがに、サクラが席を外している時のことまではわからなかったが。


「……志信が俺に対して負い目を覚えていた理由がわかったよ」


 サクラの説明が終わるなり、義人は第一声で疲れた声を吐き出す。サクラはそんな義人の姿を見て心が痛んだが、カグラの状態を踏まえて頭を下げた。


「今のカグラ様は、ヨシト様が見舞われることを心底から楽しみにしています。ですので、その……これまでと同じようにとは申しません。日に一度でも、いえ、三日に一度だけでも……」


 懇願するように頭を下げるサクラに、義人は表情に苦いものを混ぜながらも頷く。


「ああ、わかってるよ。とりあえず今日は……まだまだ報告するやつがたくさんきそうだな。明日、明後日には顔を出すさ」

「お願いいたします」


 そう言って、サクラはカグラの世話のために退室していく。義人はそんなサクラを見送ると、頭を抱えながら机に突っ伏した。

 本当のことを言えば、三日に一度と言わず毎日カグラのもとへ行くことは可能だ。カグラの部屋までは距離が近く、歩いて一分もかからない。しかし、優希という存在が義人の行動に重りのような束縛を与えていた。


「こんなことなら、政務で頭を抱えている方が楽だ……」


 アルフレッドから注がれる気遣わしげな視線に気づかず、義人はそんなことを呻くように呟くのだった。


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