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異世界の王様  作者: 池崎数也
第五章
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第百四十六話:忍び寄る影 その7

 昼前になると起き出してきた小雪を連れ、義人と優希は外へと出てきていた。目的は“向こうの世界”に戻るための準備と、街の様子の確認である。

 義人としては、本当ならばもう少し養生していたかった。体調は万全ではなく、前日の戦いの疲れも残っている。しかし、今は時間を追うごとに街の住人が危険に晒される可能性が高くなるのだ。そのため、不調を無視してでも準備に取り掛かったのである。

 多少の変装をした義人は、背中に重みが感じないことに不安を覚えながら道を歩いていく。あいにくと、ノーレは家で留守番だった。

 この状況で武器を手放したくなかったが、ニュースの影響かあちこちで警察の姿を見かける。もしもノーレを見咎められれば、非常に面倒なことになるだろう。体調的に、逃げ切れる保証もない。もっとも、今日は小雪が傍にいるため、余程の事態に陥らなければ問題はないと思われたが。

 魔物に遭遇することがないよう祈りつつ、義人は周囲に視線を向ける。平日の昼間とはいえ、人通りはいつもよりも少ない。おそらくはニュースを見て外出を自粛しているのだろう。興味本位からか、ビデオカメラを片手に歩いている通行人もいたが。


「……ある意味、平和だよな」


 そんな通行人の姿を見て、義人は僅かな落胆を込めて呟く。魔物の危険性を知る義人としては、大人しく家にいてほしいところだ。しかし、それを伝えるわけにもいかない。

 例え教えたとしても信じてもらえる可能性は低く、頭がおかしいと思われておしまいだろう。そして、もしも信じてもらえたとしても、今度は何故知っているのかと問い詰められる羽目になる。



 ―――“こっちの世界”の人間に認知されるまでに、事態を好転させないとな……。



 魔物の存在が知れ渡るよりも早く、現状を打破するしか手はない。

 道行く人々を眺めながら、義人は内心でそう呟くのだった。








 人の流れに沿うように歩き、義人達が足を向けたのはこの付近では一番大きなディスカウントストアだった。食料品や衣料品、玩具や家電、果ては家庭菜園の道具まで扱っている店である。


「おー……」


 小雪が目を輝かせてあちらこちらへと視線を向けるのを見て、義人は苦笑した。


「小雪、迷子になるなよ?」


 義人がそう言うと、小雪は数度瞬きをしてから義人を見上げる。そして何事かを考え込むと、義人に向かって右手を差し出した。


「おとーさん、て」

「手? ……ああ、手をつなぎたいのか?」


 小雪の行動にも首を傾げるものの、すぐにその意図を理解して義人が左手を差し出す。小雪は差し出された義人の左手を右手で握ると、すぐさま優希へと笑顔と共に左手を向けた。


「おかーさんも」

「わたしも?」


 言われるがままに、優希も小雪の手を取る。すると、小雪は満足したのかそれまで以上の笑顔を浮かべた。


「おとーさん」

「ん?」

「おかーさん」

「なに?」

「ううん。なんでもない。えへへ……」


 そして小さく笑うと、何が楽しいのか義人と優希の二人を交互に見ながら歩き出す。それに釣られるようにして歩き出し、義人は得心がいったように笑った。

 義人(おとーさん)優希(おかーさん)の手を引き、歩く小雪(こども)。その姿は、傍から見れば仲の良い親子に見えるだろう。そう考え、それと同時に義人は言いようのない気恥ずかしさを感じた。



 ―――いや、まあ、小雪は“娘”だけどさ……これは、なんというか……。



 気のせいか、周囲からの温かい視線を向けられている気がする。具体的には、すれ違う年配の女性から微笑ましいものを見るかのような視線を感じた。


「さ、さて、俺は食料品を買ってくるけど、優希はどうする?」


 少々苦しい話題転換をしつつ、義人は小雪の手を優しく解く。“向こうの世界”で様々な経験を積んでも、義人はまだ高校生。衆人環視の中で“娘”に甘えられるのは、どうにも気恥ずかしい。


「わたしは……」


 一緒に買いに行くか、という義人の意図を汲み取り、優希は小雪へと視線を落とした。義人に手を解かれてむくれているかと思ったが、そんな様子もない。それに釣られて義人も視線を向けてみると、小雪の視線はある一点へと注がれていた。


「……おもちゃ売り場か」


 何か興味を引かれたものでもあるのか、小雪は玩具売り場に視線を固定したままだ。そんな小雪の様子に苦笑を零し、優希は小雪の頭に手を乗せる。


「おもちゃ売り場を見てから、必要そうなものを買ってくるよ。とりあえず懐中電灯とかでいいかな?」

「そうだな。食べ物とか飲み物とかは俺が買っておくから、他に必要そうなものがあったら頼むよ」


 そう言いつつ、義人はポケットから財布を取り出す。しかし、それを見た優希は首を横に振った。


「大丈夫だよ義人ちゃん。わたしもお金持ってきているから」


 そんな優希の言葉に、義人は苦笑しながら頬を掻く。

 義人も優希も、両親からもらった小遣いもあるが、去年もらったお年玉がだいぶ残っていた。お年玉が残っていた理由としては、使い切るよりも先に“向こうの世界”に召喚されてしまったからだ。だが、その金で“向こうの世界”に戻るための食料などを買うというのも皮肉な話である。



 ―――もう一度、こっちの世界に戻れるかもわからないし、な。



 心中だけで呟き、義人は浮かびかけた弱気に蓋をする。

 自身の両親や優希の両親にはまだ“向こう世界”へ戻ることを告げていないが、このまま何も対策を取らずに“こちらの世界”に居続ける危険性を説明しないわけにもいかない。“向こうの世界”にいるカグラが何かしらの対策を取る可能性もあるが、他人任せにしておくのは危険だろう。故に、“今回”は自分の意思で“向こうの世界”へ渡るのだ。


「……と、今は買い物を済ませるべきか」


 優希と小雪が離れていくのを見送り、義人は食料品売り場へと足を踏み入れる。平日のためか人が少なく、レジには暇そうな店員の姿が見えた。なんとはなしに周囲の様子を窺いつつ、義人は売り場の一角へと向かう。そして、目当ての商品を見つけて口元を小さく笑みの形に変えた。 


「まあ、この辺は鉄板か」


 そう言いつつ、義人はブロックタイプの携帯食糧を買い物かごに放り込む。続いて缶詰のコーナーに足を向けると、缶切りなしでも開けられるタイプの缶詰を手に取った。そして僅かに考え込み、目についたサバの缶詰を六つほど買い物かごへ入れる。

 義人は手に持つ買い物かごの重さを確かめると、一つ頷いて缶詰のコーナーを離れていく。準備と言っても、持っていく物は食料だけではない。飲み水や衣服も必要になるだろう。義人と優希、そして小雪の三人分となるとそれなりの量と重さになるため、バランスを取る必要がある。


「無事にカーリア国に戻れるならそんな心配も必要ないんだけど、な……」


 なにせ、“向こうの世界”に戻る方法は魔法だ。義人自身も魔法を扱うことができるが、そのすべてを理解できたなどとは口が裂けても言えない。そんな代物を使用して“向こうの世界”に戻るというのは少しばかり不安があるが、その他に手があるわけでもない。


「ま、そのあたりは優希を信じるだけか」

 

 ――自分(よしと)自身が望んだために、“こちらの世界”へと移動した。


 そう聞いた義人としては、優希を信じるしかない。失敗することを考え始めたら、キリがない。

 その信じるべき相手は、魔法のまの字も知らない優希。自分の意思では魔法を使えないものの、義人が関わる場合のみ魔法が使えるという、おそらくは異端と呼べるであろう“魔法”の使い手。

 そんな存在を信じられるかと問われれば、義人は迷わず答えることができる。



 ――信じるか信じないかなど、迷う必要すらない、と。



 優希は幼馴染みであり、恋人である。信用し、信頼することに疑念を挟む余地もない。仮に“向こうの世界”へ渡ることに失敗しても、それが優希の手によって失敗するのなら義人としてもまだ諦めがつく。もっとも、義人には優希が失敗することを想像することもできなかったが。


「……まあ、まずは親父たちを説得しないとな」


 例え止められても“向こうの世界”へ戻るつもりだったが、それでも通すべき筋がある。まして、優希の両親には優希を連れて行くことを伝えなければならないのだ。そうなれば、通す筋は相応のものになる。

 話すべき事柄を想像し、義人は眉を寄せながら頭を掻く。しかし、それでもやらなければならない。


「とりあえず、買うか……」


 小さく呟き、義人は買い物かごを片手にレジに向かうのだった。








 ディスカウントストアをあとにした義人達は、すぐに自宅へと戻る。そして義人の部屋に集まると、顔を突き合わせながら購入したものを机の上に並べた。

 食べ物に飲み物、懐中電灯に替えの電池、タオルに寝袋、簡易な医薬品。そして、それぞれ自宅に置いていた衣服を替えの服として並べている。


「本とかも持って行くか?」


 他に“向こうの世界”へと持って行く物がないかと思考し、義人は自身の部屋にある本棚へと視線を向けた。そこには様々な分野の本が置かれており、持って行けば後々役に立つだろう。


「でも、日本語が読める人なら悪用できるんじゃないかな?」

「それもそうか。持って行っても、向こうの技術じゃ何十年と研究しても実現できないものが多いだろうし、無駄になるか」


 優希の言葉に納得を示し、義人は本を持って行くことを止める。魔法技術が発展したために科学技術が発展していない“向こうの世界”では、無駄になる可能性が高い。それに加えて、利用できるとしても本という媒体である以上、盗まれれば他者が利用することも可能だ。


「そうなると、あとは何を……ん?」


 そこまで言ったとき、義人の目に留まる物があった。その視線の先にあったのは、携帯ゲーム機である。大手のゲーム会社が作ったゲーム機で、カセットを挿して遊ぶポピュラーなゲーム機だ。“向こうの世界”に召喚されて以来使う人間がおらず、義人が“こちらの世界”に戻っても使っていなかったため、棚の上で埃を被ったままになっている。

 義人はゲーム機に視線を向けたまま黙考すると、無言でゲーム機を手に取った。


『む? なんじゃそれは?』


 そんな義人の行動をどう思ったのか、ノーレが声を上げる。


「これはゲームをするための機械だよ。ある意味、技術を平和に利用して作った代物さ」


 本来、コンピューターなどは戦争に使用するミサイル等の複雑な弾道を計算するために生まれたものだ。それに比べれば、テレビゲーム等は科学技術を安全な方向に利用したものになる。


「……これも持って行くか」


 そう言って、義人は携帯ゲーム機を机に並べる。多少型が古いため、乾電池で動かせるのが利点だ。


『なんじゃ、“向こうの世界”で『げぇむ』をするのか?』

「いや、違うよ。これは、“別のこと”に使えるかと思ってね」


 ノーレの言葉に答えて、義人はクローゼットへと歩み寄る。そして扉を開けると、中からリュックを取り出した。


「荷物は一つにまとめよう……って、優希、それはなんだ?」


 机に並べた荷物をリュックに詰めようとした義人だったが、不意に優希が持っている物が目に入って動きを止める。先ほど机に並べた物以外に、優希がビニール袋を持っていたからだ。

 しかし、義人の質問を受けた優希は僅かに頬を赤くして視線を逸らす。


「……女の子には、色々とあるんだよ?」


 その反応に、何かしらの地雷を踏んでしまったと判断した義人は同じように視線を逸らす。


「あ、でも、義人ちゃんの役に立つ物も入ってるんだからね?」

 


 ―――なんだろう……何が入っているんだろう……。



 気にはなるが、それを聞く勇気もない。


「じゃ、じゃあ、優希もリュックを持ってきてくれるか? 何かあったときのために、食糧とかは分けて入れておこう」

「う、うん」


 義人の言葉に、頷き返す優希。場の雰囲気が微妙なものへと変わっているが、いつまでも固まっている場合でもない。義人の両親や優希の両親が帰ってくれば、“向こうの世界”へ戻るつもりだと説明しなければならないのだ。

 それを考えれば気が滅入るが、避けて通れる問題ではない。


「とりあえず、準備はしておこう」


 そう言って、義人は場の雰囲気を振り払うように荷造りを始めるのだった。


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