第百四十一話:忍び寄る影 その4
目を覚まし、最初に飛び込んできたのは木造りの天井だった。石膏ボードに木目の化粧紙を貼り付けたような紛い物ではなく、本物の木を使用した天井。年季の入った、温かみのある色である。それと同時に畳の匂いが鼻につき、義人は天井を数十秒眺めると、そこでようやく自分が意識を取り戻したことを自覚した。そして意識して深呼吸すると、僅かな気怠さを感じながら口を開く。
「やばいな……俺、どれぐらい寝てたんだ?」
呟き、身を起こす。感覚としては、半日以上眠っていたのだろう。眠り過ぎたのか、それとも違う理由があるのか、頭の働きが多少鈍く感じられる。
義人が意識をはっきりさせるために軽く頭を振ると、それと同時に全身に僅かな痛みが走って眉を寄せた。
「いたた……そういえば、魔物と戦ったんだった」
眠りにつくその直前に何があったかを思い出し、義人は自分の体を見下ろす。僅かに引きつるような痛みがあるものの、予想したよりは痛みがない。
血まみれだった服も、今は紺色の寝間着に変わっている。一体誰が脱がしたのかと気になるところだったが、今はそれどころではない。
義人は深呼吸をすると、恐る恐る寝間着の右腕部分をめくり、じっくりと腕の様子を確認してからため息を吐く。
化け熊の口に突っ込んだ右腕は、元通りになっていた。多少力が入りにくいが、自分の意思通りに動いてくれる。傷跡も残っておらず、他人が見れば怪我をしたようにすら見えないだろう。しかし、食い千切られはしなかったものの、それでも鋭い牙が腕に穴を開けていたはずである。
戦っている最中は気が昂っていたため平気だったが、平常時には絶対に見たくないほどの重傷だった。“こちらの世界”の最新医療技術でも完治には数ヶ月、下手をすれば年単位で時間がかかりそうなほどの傷だったが、傷口はふさがり、多少違和感を覚える程度までに回復しているのだ。
「小雪かな……」
おそらくは小雪が治癒魔法を使ったのだろうとアタリをつけ、義人はゆっくりと立ち上がる。すると、急激に目の前が真っ暗になって再び布団へと倒れ込んだ。
「う……ぉ……なんだこりゃ……貧血、か?」
意識が消えかけるのをかろうじて繋ぎ止め、そんな呟きを漏らす。思い返してみれば、戦っている最中にもだいぶ血を流してしまった。それが原因だろうと判断し、義人は苦笑を浮かべる。
「傷は治っても、さすがに失った血は元に戻らないか……」
さすがに、魔法はそこまで万能ではない。傷がふさがっているだけでも十分に喜ぶべきだな、と義人は呟く。
『……無茶をするでない、血が足りんじゃろう』
すると、そんな義人を案じるような声が響く。その声を聞いた義人は声のした方へ視線を向け、相好を崩した。
「無茶をしたつもりはなかったんだけどな」
『どう考えても無茶じゃろう、この戯けめ。お主が素手で立ち向かうえるような相手ではなかったはずじゃぞ?』
義人の言葉に不機嫌そうに答えたのは、畳に敷かれた座布団の上に鎮座するノーレである。しかし、その声色には義人を労わる色が見え、本気で咎めているようには聞こえなかった。
「いや、うん。そこはほら、男の強がりってことで聞き流してくれ」
布団に寝転がりながら、義人は苦笑する。
戦った相手は二メートルを超し、四本の腕を持ち、口から火を吐くような化け熊だ。そんな化け熊と戦うのは無茶であり、無謀。落ち着いた今だからこそ冷静にそう思えるが、あの場ではそんな弱音を吐く余裕もなかった。
「……まあ、俺のことは横に置いておこう。現状はどうなってる?」
『横に置くでない……が、説明をする必要もある、か』
「ああ、頼むよ。というか、ここって……」
倒れたままで周囲に視線を送り、義人は自身の頭から記憶を引き出していく。そして、記憶の中から正解を引っ張り出して口にした。
「志信の家じゃないか」
そこは、志信の家にある客間の一室だった。中学生の頃から何度も訪れたことのある場所である。落ち着いて観察すれば、すぐに気付くことができた。
「というか、どうやって入ったんだ?」
思わず、首を傾げる。玄関前の門は閂を外したが、家の鍵は閉まっていたはずだ。まさか小雪が腕力に物を言わせてこじ開けたのだろうか、と義人が不思議がっていると、それに答えるように襖が開く。
「儂が入れた」
その声に、義人は思わず身を起こす。そして開いた襖へと目を向ければ、そこには一人の老人が手にお盆を持った状態で立っていた。
「……って、爺さん!?」
「うむ、久しぶりじゃな」
義人の驚きに老人―――志信の祖父である源蔵は、そう言って呵々と笑う。
顔立ちこそ志信が歳を重ねればこうなるのだろうと思わせるほどに似ているが、何分性格が違いすぎた。芯は似ているのかもしれないが、一見すると孫とは似ても似つかぬ豪快な性格。歳は既に七十間近だというのに、まっすぐに伸びた背筋と日々の稽古で鍛えた肉体、精気に溢れた眼差しが年齢よりも若く見せる。体格も六十を過ぎて七十を間近に控えるようには見えず、四十代、下手をすれば三十代に見えた。
「それにしても驚いたぞ。久しぶりに我が家へ帰ってみたら、庭先に人が倒れているんじゃからな。しかも、それが孫の友人……と、そういえば、志信を知らんか? 姿が見えんのじゃが。旅にでも出たのかの?」
「いや、爺さんじゃないんだから……」
ないない、と手を振り、義人は否定する。そもそも、志信は高校生だ。それに加えて、学校を放り出して旅に出るような性格でもない。
義人がそうやって否定していると、源蔵は手に持ったお盆を傍にあった机の上へと置く。お盆の上には深皿と急須、湯呑みが乗っており、深皿の中には料理らしきものが入っているようだった。味噌らしき匂いが義人の鼻に届き、それに釣られて義人の腹の虫が鳴く。すると、それを聞いた源蔵が小さく笑いだす。
「ほれ、まずはこれを食うと良い。腹が減っては体の治りも遅いじゃろう」
そう言って、源蔵が深皿と箸を義人へと手渡す。義人は反射的にそれらを受け取ると、苦笑を浮かべた。
「あー……体の怪我は問題ないんだけど、貧血が酷くて。ありがたくいただきます」
合掌し、源蔵に対して頭を下げる。そして深皿へと視線を移すと、義人はもう一度だけ『いただきます』と呟いた。
白菜に牛蒡、人参に“何かの肉”。深皿に入っていたのはそれらを味噌で煮込んだ料理らしく、どことなく豚汁に似ているなと思いながら義人は箸をつける。貧血であることが影響したのだろう、最初に肉へと箸を伸ばして口へ放り込むと、思わず感嘆の息を漏らした。
「お、美味い……けど、なんだこの肉。食べたことない味だな……」
少し生臭い気もするが、野性味溢れる味と言うのはこういうものを指すのだろう。減った血を増やすには丁度良い。そう思いながら、義人は空腹を満たすべく食事を進めていく。
「ああ、それは庭先に落ちとった熊の肉じゃ」
「ぶふぉっ!?」
だが、さすがにその返答は予想外だった。何故か笑顔で告げられた源蔵の言葉に、義人は思わず咳き込む。何度か咳き込み、それでも呼吸を整えると義人は源蔵へと食って掛かった。“庭先に落ちていた熊”に、心当たりがあり過ぎたのだ。
「ちょ、どこの世界に庭先に熊が落ちてるんだよ!? というか、なんでその“落ちてた”熊の肉を調理しようと思ったんですかね!?」
「どこの世界も何も、実際にうちの家の庭先に落ちていたし、熊の肉も中々イケるじゃろ? それに、死にたてだから新鮮で美味いと思うが?」
「美味けりゃ良いって問題じゃねぇ!? いや、美味いけどさ!?」
これで不味かったら本気で抗議するところだが、源蔵の作った熊汁はやけに美味かった。そのため義人としてもある程度の抗議しかできず、最後には黙って箸を伸ばす。すると源蔵が急須を手に取り、湯呑に中身を注いで差し出した。
「まあ、熊の肉も大半は龍のお嬢ちゃんが食べたんじゃがな」
「……え? 龍のお嬢ちゃんって……」
思わぬ言葉に、湯呑を受けりながらも義人は冷や汗が流れるのを自覚する。しかし、源蔵はそんな義人の様子に構わず、顎に手を当てて遠くに視線を向けた。
「小雪、と言うたか。お主の治療をした子じゃよ。しかし、儂もそれなりに長い間生きてきたが、まさか龍なんてものが本当におるとはのう……いや、腰が抜けるかと思ったわい」
「あー……えっと、小雪は爺さんの前で龍の姿になったのか?」
「うむ、白い龍の姿になったぞ?」
何故『変化』を解いたのかと頭を抱える義人だが、それを見たノーレが助け舟を出す。
『この御老体を説得するために、ユキが命じたんじゃよ。しかし、さすがは仏頂面の祖父じゃな。小雪が元の姿に戻っても、驚かんかったぞ?』
「なんだそれ。ちょっとその場面を見たかった……って、今はそんなことを言っている場合でもないか」
義人としては源蔵が言った『熊の肉も大半は龍のお嬢ちゃんが食べた』という部分の方が気になったが、そこは敢えて流すことにした。どうやって食べたのかと、その光景を想像しようとして頭を振る。
ため息を一つ吐き、義人は止めていた食事を進めていく。そして最後に源蔵から受け取ったお茶を飲み干すと、両手を合わせて『ごちそうさま』と口にした。
「ところで、優希と小雪は?」
ようやく人心地つくことができ、義人はノーレへと目を向けてそう尋ねる。
『ユキとコユキは隣の部屋じゃ。家に荷物を取りに行ってそのあとはお主の看病をしておったが、時間が時間じゃから寝かせた』
「時間が時間って、今何時だ?」
そう言いながら、義人は客間の壁にかけられた時計へと目を向けた。そして、大きく肩を落とす。
「日付変わってるし……親父とお袋にどう説明すればいいんだよ……」
魔物と遭遇したのは昼前だったが、壁掛けの時計は午前三時を指している。優希が何かしらの説明をしたのか、それとも何も言っていないのかはわからないが、家に帰ったら説教を受けることは間違いないだろう。
それでも半日以上気を失っていた事実を認識すると、義人は源蔵に視線を向けた。
「看病してもらってありがたいけど、爺さんは寝なくても平気なのか?」
「儂は三日程度なら寝なくても平気じゃぞ?」
「……いや、色々と突っ込みどころがあることをさらっと言わないでほしいんだけど。元気過ぎるだろ……」
義人は源蔵の年齢に見合わぬ体力に呆れるが、これはある意味良い機会だと判断する。これまでに何度も源蔵の家に電話をかけたが、一度も取られなかったのだ。魔物を倒して気絶し、その起き抜けという状況ではあるが、“こちらの世界”に戻ってきてからずっと話をしたいと思っていた。
義人は布団から身を起こすと、礼儀として正座する。そして源蔵を真っ直ぐに見据え、貧血で視界が揺れるのを堪えながら口を開いた。
「爺さん……いや、源蔵さん。あなたに、話しておかないといけないことがあるんです」
居住まいを正した義人を見て、源蔵は僅かに首を捻る。しかし、義人の様子に思うところがあったのだろう。疑問を示すことなく頷く。
「ふむ……聞こう」
頷いた源蔵に、義人はゆっくりと語り出す。
“向こうの世界”へ召喚され、“こちらの世界”へと戻ってくるまでの出来事を。
「……以上です。志信を巻き込み、その上俺達だけで“こちらの世界”に戻ってくることになりました……申し訳ありません」
“向こうの世界”でのことを一通り話し終え、義人は頭を下げる。源蔵に何を言われるかと、そう考えるだけで心臓が早まるが、話さずにいるわけにもいかなかった。
「異世界、のう……龍のお嬢ちゃんがいる以上、妄言とは言えんか」
義人の言葉を信じているのか、それとも信じていないのか。源蔵はしきりに首を捻っている。その様子を見た義人は僅かに緊張しながら尋ねた。
「何か疑問でも?」
「気になる点はある……が、とりあえずその畏まった口調は止めんか。いつも通りにせい」
「……わかった」
『お主くらい若いなら、多少生意気であるべき』というのは以前源蔵が義人に対して口にしたことである。
孫の志信は非常に真面目に育ってしまい、源蔵に対して礼儀を忘れない。祖父と孫というよりも、師匠と弟子といった面が強いため、源蔵としても思うところがある。厳しく鍛えはしたものの、そこに愛情がないわけではない。源蔵としては志信にも義人と同じような接し方をしてほしいのだろう。もっとも、それを表に出すこともあまりないのだが。
源蔵は正座を崩したものの、それでも座ったままの義人を真っ直ぐに見る。傷を負って大量の血が抜けたため、辛いのだろう。義人の顔色はあまり良くない。それでも源蔵の言葉を待つその姿は、源蔵が最後に見た時よりもだいぶ大人びて見えた。
源蔵も、義人のことは孫の友人としてそれなりに見知っている。“あの”志信と友人になってくれたことも、その気性も好ましい。義人の言葉を信じるのならば、“向こうの世界”で様々な経験を積んできたのだろう。子供が成長する姿は微笑ましくあるが、召喚による騒動に関しては源蔵も首を傾げる点があった。
「義人、お主は申し訳ないと言うが、自分の意思で志信を巻き込んだのか?」
源蔵が最初に気になったのは、その点である。
カグラ達は国王になる人物を召喚するつもりだったが、それに選ばれたのが義人であり、傍にいた志信や優希も召喚に巻き込まれた。そして、“こちらの世界”に戻ってきたのは義人と優希、それに“向こうの世界”の存在であるノーレや小雪だけである。志信も一緒に戻ってこれなかったことを義人が悔やむ気持ちは源蔵にも理解できるが、その“原因”を考えると義人を責める気も起きない。
「いや、自分の意思というか……偶然?」
源蔵の言葉に、義人は疑問形で答える。
もしも召喚された日に志信や優希と共に下校していなければ、召喚されたのは自分一人だったはずだ。志信は近くにいたから巻き込まれたのであり、義人としては偶然としか言い様がない。もしも前もって“向こうの世界”に召喚されるとわかっていれば、わざわざ志信や優希を巻き込んだりはしなかった。いや、それどころかその日に学校を休み、この町から離れていただろう。召喚されたのは、言わば突発的に遭遇した事故のようなものである。
そんな義人の様子を見ると、源蔵は小さく息を吐く。
「つまりお主や志信が召喚とやらの現象に巻き込まれたのも向こう側の……お主が国王を務めていたという国の都合じゃろ? お主はただ巻き込まれ、志信もまた同じように巻き込まれた。それだけのことじゃ」
「それだけのことって……」
確かに、元を辿ればその通りではある。
カーリア国の風習や環境をすべて無視し、『カグラ』の務めも無視すれば、あとに残るのは『義人も巻き込まれた側に過ぎない』ということだ。源蔵からすれば、誘拐犯に誘拐された人間が元の場所に戻ってきた程度にしか思えない。
そんな源蔵の言葉に納得できないのだろう。義人は困惑したような表情を浮かべる。
「でも……」
「でもも何もない。儂から言えることは、よく帰ってきた……それだけじゃ。それに、志信も無事なら問題もない。元気にやっとるんじゃろ?」
そう言われて、義人は“向こうの世界”での志信の様子を思い出す。
「まあ、ある意味“こっちの世界”にいた時よりも生き生きとしてるかな?」
“こちらの世界”で学生として毎日勉強していた日々と、“向こうの世界”で国王の友人として兵達と共に鍛錬に励む日々。その二つを比べてみれば、後者の方が志信は楽しんでいるようだった。
義人の言葉を聞くと、源蔵は顎に手を当てて視線を遠くへと向ける。
「そうか……なら、良い」
『御老体、それで良いのか?』
「うむ」
ノーレの言葉に頷き、源蔵は僅かに相好を崩す。
「しかし、異世界か……魔物に魔法に喋る剣。まるで御伽噺じゃな。叶うなら、儂もそんな世界を旅してみたいもんじゃよ」
「……爺さんなら何事もなかったかのように“向こうの世界”に適応しそうで怖いよ」
『たしかに』
義人が呆れるように呟くと、ノーレもそれに追従した。義人としては否定してほしかったところだが、ノーレとしても義人の言葉に納得する部分があったのだろう。
そんなノーレの嫌な追従に義人が眉を寄せていると、不意に隣の部屋から襖を開ける音が響いた。次いで、軽い音が廊下を駆け、義人達がいる客間へと近づいてくる。
「おとーさん!」
そんな声を上げながら客間へと入ってきたのは、小雪だった。今まで寝ていたのだろう、寝間着姿で客間へ入ってくると、一足飛びに義人へと飛びつく。
「ちょ、小雪、今はちょっと体調がっ!?」
義人は正面から飛びついてきた小雪を受け止めるものの、その勢いに押されて再び布団へと倒れ込む。すると、そんな小雪を追うようにして優希が苦笑しながら客間へと入ってきた。
「義人ちゃん、大丈夫? 義人ちゃんの声がするって言って、小雪が部屋を飛び出していったんだけど」
「……大丈夫だけど、大丈夫じゃない」
小雪が飛びついた際の衝撃はそれほどでもなかったが、体調が悪い時に受けるのは中々堪える。さすがに叱るべきかと義人が小雪へ視線を向けると、丁度顔を上げた小雪と視線が合った。
「こゆき、しんぱいした」
そう言いながら小雪が義人に向ける瞳の端には、僅かに涙が溜まっている。よほど心配したのだろう、小雪の声は震えており、それを見た義人は叱る気が霧散した。
「ああ、そっか……心配かけてゴメンな、小雪。それと、怪我を直してくれてありがとうな?」
「……ん」
義人が身を起こして小雪の頭を撫でると、小雪はようやく安心したかのように小さく笑う。すると、その光景を見ていた源蔵が口を開いた。
「まるで本当に親子のようじゃな」
「っ!?」
源蔵の言葉に、小雪が機敏な動きで反応する。それまで抱き着いていた義人から身を離すと、すぐさま義人の背中に隠れてしまった。
「うー……」
そして小雪は義人の背に隠れると、少しだけ顔を出して源蔵の様子を窺う。まるで警戒心の強いリスのようだと思いながら、義人は口を開いた。
「小雪? どうしたんだ?」
義人は小雪と接して一年にも満たないが、それでも小雪が人見知りをする性質ではないことを知っている。そんな義人の疑問に答えるためか、小雪は眉を寄せながら源蔵に人差し指を向けた。
「おとーさん、このひとへん! しのぶさんよりへん!」
どこかで聞いたような会話である。
指をさしながら変だと連呼する小雪。それを見た優希が、小雪の手に自分の手を重ねながら諭すように口を開く。
「人を指差したら駄目だよ?」
「でもおかーさん! あのひとしのぶさんよりへん!」
変だと連呼する小雪を見て、源蔵は首を傾げた。
「何かおかしなところでもあるかの?」
「いや、ないと思うけど……外見は」
最後に一言付け足し、義人も源蔵のように首を傾げる。少なくとも、外見上は妙なところもない。そうやって義人達が首を傾げていると、そんな騒ぎを気にも留めずノーレが声を発した。
『ユキ達も起きてきたし、妾としては他にも話したい……いや、聞きたいことがあるんじゃが』
そんなノーレの言葉に、義人はひとまず小雪が源蔵に対して何を変だと思ったのか聞くのを止める。そして座布団の上に置かれたノーレへ視線を向けると、ノーレの言葉に疑問を向けた。
「聞きたいこと?」
何か気になることがあったのかと、義人は内心で首を捻る。すると、ノーレはどこか言い難そうな、しかし、確信を込めた声色で、
『―――ユキ、お主、魔法を使えるな?』
そんな疑問を優希に向けて投げかけるのだった。