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異世界の王様  作者: 池崎数也
第五章
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第百三十三話:幸福な日々

 その“異変”に最初に気づいたのは、ノーレだった。

 “向こうの世界”にいた時も、“こちらの世界”に移動してきてからも感じたことのない奇妙な気配。それを感じ取り、己の使い手である義人へと声をかける。


『ヨシト』

「ん? どうした?」

『何か、妙な気配を感じぬか?』

「妙な気配?」


 そう言われて、義人は周囲を見回す。

 時刻は正午前。場所は義人の住む家から離れた山の中で、現在は魔法の訓練中だった。

 中天に差し掛かろうとしている太陽が照らすのは、生い茂る木々と地面に敷き詰められた落ち葉のみ。冬の間に丸裸になった木々の中には新しい葉が芽吹きそうになっているものもあったが、ノーレの言葉が指す“妙な気配”ではないだろう。

 少し離れたところでは、ビニールシートを地面に敷いた優希が突然周囲を見回した義人を不思議そうな瞳で見ており、その膝には笑顔の小雪が座っている。義人は一通り周囲の様子を確認すると、右手に握ったノーレに視線を落とした。


「何もおかしなところはないぞ?」

『う、む……そうか。妾の気のせいかのう……』

「疲れてるんじゃないか?」


 剣が疲れるのかという疑問が僅かに浮かんだが、義人はそれを無視しながらノーレを鞘に納める。


「ノーレも疲れているみたいだし、今日のところはこれぐらいにしとくか」


 疲れているという言葉に、ノーレは腑に落ちないものを感じつつも自分を納得させた。“こちらの世界”に移動して早二ヶ月と少し。何百年も過ごした“向こうの世界”とは異なる世界だ。体は剣だが、知らず知らずの内に精神的な疲れが溜まっていたのかもしれない。


『そうじゃな……ヨシトもだいぶ魔法の使い方が様になっておるし、今日はこれぐらいにしておくかのう』


 そのため、ノーレは義人の言葉に同意する。すると、義人は口元を笑みの形に変えた。


「ノーレ先生としては、合格点は取れてますかね?」

『調子に乗るでない戯けめ……と、言いたいところじゃが、この一ヶ月で魔法の腕が上がったのも事実。合格かと聞かれれば……うん、そうじゃな。合格じゃ』


 そう言って、ノーレはここ一ヶ月のことを振り返る。

 義人がカーリア国の国王に就いて以来、丸一日魔法の練習に費やせた日などなかった。そのため、今の環境ならば魔法の腕が伸びるのも道理だろう。“向こうの世界”に戻るという目的があるため義人自身もやる気が高く、それに見合っただけの成果が出ていた。


『風魔法に限っては、じゃが』


 喜びの声を上げようとした義人を制してノーレが告げる。その言葉を聞いて、義人は喜びの表情を苦笑へと変えた。


「あ、やっぱりか……」

『うむ。しかし、風魔法についてなら褒めようぞ。大した才じゃ……それと同じぐらい補助魔法が使えれば良かったのじゃが』

「俺としては、『強化』よりも風魔法の方がよっぽど使いやすいんだよなぁ」


 義人としては、魔力を操作して効力を発揮する補助魔法よりも、魔力を風に変換して撃ち出す風魔法の方が使いやすい。それが才能かと聞かれれば首を傾げるが、義人としては補助魔法に比べれば風魔法は難易度が低かった。


『普通は逆なんじゃがな……まあ良い。小雪に比べれば、進歩が伺える』

「ああ、小雪はな……」


 二人で僅かにげんなりとした声を出し合うと、当の小雪が首を傾げる。


「おとーさん、なに?」

「いや、小雪はもう少し頑張りましょうって話だよ」


 義人がそう言うと、小雪は不思議そうな顔をしながらも頷く。


「うん。がんばる」


 何を、とは義人も言わなかった。しかし、少し離れた場所にある、隕石が落下したかのように陥没している地面や、一抱えほどの太さがあるのに半ばから圧し折れている木などを見れば、小雪が頑張るべきものがわかるだろう。

 今は山に足を踏み入れて二十分ほどの場所で訓練をしているが、次からはもう少し山の奥で訓練をした方が良いかもしれないと義人は思った。何も知らない人が見れば、一体この場所で何があったのかと不思議に思うはずである。


『“向こうの世界”では上手くできていたことも、“こちらの世界”では難しくなる、か』

「魔法を使うのに必要な魔力が全然違うからな。小雪の場合、俺の十倍以上の魔力があるから操作が難しいんじゃないか?」


 そう言いつつ、義人は自力で『強化』を発動させた。全身に魔力を行き渡らせるだけで使えるという基本中の基本である補助魔法だが、魔力の操作が苦手だと『強化』を行うのも難しくなる。特に、義人は“向こうの世界”だと常に『強化』を使った時と同様の身体能力があったのであまり『強化』の練習をしておらず、“こちらの世界”に戻ってからは『強化』を使うのも一苦労だった。


『魔力が大きいというのもあるんじゃろうが……小雪が生まれる時、お主はまだ魔法の扱いにそこまで慣れておらんかった。ユキにいたっては、魔法の使い方もわからん。お主ら二人……特に、一日中卵を抱えておったユキの特性を受け継いだのなら、魔力の操作が苦手というのも頷けるがのう』

「そこは似なくても良かったのにな」


 ノーレの言葉に苦笑する義人。小雪は再生を司る白龍らしく『治癒』を得意とするが、義人が得意な風魔法も同様に得意としている。しかし、魔力の操作が苦手なため必要最低限の魔力で魔法を発動させることができず、無駄に多くの魔力を使ってしまう。そのため、予定よりも威力の大きい魔法になることが多く、時折失敗することもあった。


「まあ、“こちらの世界”でもいずれ魔力の制御が身に付くだろうさ。極力避けたいところだけど、もしかすると、小雪には召喚の魔法を身に付けてもらう……いや、作ってもらう可能性もあるんだし」


 義人自身で“向こうの世界”に戻る手段を得られなかった場合、小雪に頼ることになる。優希は魔法の使い方を教えても首を傾げるだけなので、小雪に魔法の使い方を熟知してもらうしかない。もっとも、義人としてはまだまだ限界は遠いように感じているので、当面は小雪ではなく自力で召喚の魔法を覚えるつもりだ。


『正直なところ、お主では難しいどころの話ではないと思うが……』


 そんな義人の考えを読み取り、ノーレが気遣わしげに呟く。それを聞いた義人は、小さく苦笑した。


「だろうね。でも、娘に頼りっきり父親ってのは情けないだろ?」


 小雪はあくまで最後の手段だ。義人が頼めば断ることはないだろうが、それでも“父親”としての意地もある。

 それに、まだ小雪は一歳にもならない子供。人間で言えば赤ん坊である。人語を話すことができ、外見が五歳児程度だからといって、その点を忘れることはできない。


「小雪には日常生活を問題なく送れるだけの魔力操作を覚えたら、あとはなるべく普通の子供みたいに過ごしてほしいしな」

『親馬鹿め』

「はっ、褒め言葉だね」


 開き直って笑い、義人は優希と小雪の元へを歩いていく。そんな義人の姿に、ノーレもまた笑った。


 “この時”は、ノーレも己が感じた違和感を気のせいだと見逃した。

 “こちらの世界”についてはまだまだノーレも知らないことが多い。そのため、自身が覚えている違和感は気のせいだろう、と。

 そう思い、見逃してしまったのである。







 山を下り、義人達は自宅に帰るべくアスファルトで舗装された道路を歩いていく。

 以前の経験から、ノーレは外見で武器だとわからないように布で包み、義人がたすき掛けに背負っている。背中に優希を背負うこともないので、職務質問を受けることはないだろう。春休みと言うには早い時期のため、その点を問われる可能性があるが、誤魔化せないときは逃げるしかない。


「―――――♪」


 そうやって義人が警察の影を警戒していると、不意に小雪から鼻歌が聞こえた。

 小雪は右手で義人の左手を、左手で優希の右手を握り、義人と優希を引っ張るようにして歩いている。両親と手をつないで歩くことで機嫌が良いのか、時折義人や優希の方を振り返る際の顔は満面の笑顔だった。そしてテレビを見て覚えたのか、どこか聞き覚えのあるフレーズの鼻歌を歌っている。


「小雪、ご機嫌だね」

「そうだな」


 こっそりと笑顔で呟く優希に、義人も笑顔で答えた。時折すれ違う通行人も、小雪の様子を見て頬を緩めている。そして特に問題なく自宅の近くまで到着した義人は、優希の家へと足を向けた。

 義人の両親は共働きだが、優希の両親はそうではない。優希の母は専業主婦であり、今は家で家事をやっているだろう。

 自宅にいるよりも優希の家にいた方が退屈しない。そう判断した義人だが、優希の母は義人と優希が付き合い始めて以来からかい癖がついたのか、優希とのことでよく義人をからかってくる。その点に目を瞑れば、自宅にいるよりも楽しいだろう。

 義人達は優希の家に到着すると、玄関の鍵を開けて中へと入っていく。義人としても、幼い頃から何度も通い、何度か泊まったこともある家である。今更家の間取り等に戸惑うこともなく、まっすぐにリビングへと向かった。


「あら、お帰りなさい。今日は早かったのね」


 そんな台詞と共に出迎えた優希の母は、ちょうど昼食の準備をしていたのかキッチンから顔を覗かせる。


「お昼は?」

「まだだよ。お母さん、義人ちゃんの分もお願いして良いかな?」

「はいはい。でも優希、あなたも手伝いなさいね」

「うん。それじゃあ、義人ちゃんは小雪と一緒にリビングでくつろいでてね」


 笑顔で料理の準備に取り掛かる優希を見ながら、義人は頷く。ノーレを傍の壁に立てかけると、続いて小雪に視線を向けた。


「それじゃあ、お言葉に甘えるか。小雪、外から帰ったら何をするのかな?」

「おてあらいとうがい?」

「正解。風邪を引いたら困るしな」


 白龍が風邪を引くかは義人も知らないが、食事前でもあるのだから手洗いうがいをするのは間違っていないだろう。そうやって小雪を洗面所に連れて行く姿は、新米の父親らしくて優希の母は微笑ましげに笑った。


「ふふ、義人ちゃんもすっかりお父さんね」

「そうだね。わたしとしては嬉しいけど」

「あら? 義人ちゃんが優希よりも小雪ちゃんを構っていても良いの?」


 昼食の準備をしつつ、優希の母が尋ねる。すると、優希は楽しげに笑った。


「うん。だって、今の義人ちゃんってすごく楽しそうなんだもん。だったらわたしも楽しいし、嬉しいよ」


 その言葉に嘘偽りがないことを、長年母親をやっていた優希の母はすぐに気づく。そして、『あらあら』と言いながら頬に手を当てた。


「小さい時からそうだとは思っていたけど、あなた本当に義人ちゃんのことが好きなのねぇ……」


 優希の母はそう言って自身の娘を真っ直ぐに見た。その声に込められたのは、驚きか、それとも喜びか。少なくとも負の感情を感じさせない声である。しかし、すぐに笑みを浮かべると、義人と小雪が戻ってこないことを確認してから優希を肘でつついた。


「それで、義人ちゃんとはどこまでいったの? お父さんには言わないから、お母さんには教えてちょうだいな」

「えー……もう、お母さんったら、それを聞いて義人ちゃんをからかうつもりでしょ?」

「大丈夫大丈夫。からかわないわよ、多分。だからほら、教えてちょうだい」


 からかわないことを確約せず、優希を急かす。もうじき四十路とはいえ、優希の母も女性だった。恋愛話……それも、娘の恋愛話となれば否が応でも聞きたくなる。


「うーん……お父さんが聞いたら怒りそうなことはしてないよ?」

「あら、そうなの?」


 驚いたと言わんばかりに目を見開く優希の母。一体どんな回答を期待していたのかと優希は尋ねたくなったが、藪蛇になりそうなので止めた。優希の母は再度頬に手を当てると、困ったように眉を寄せる。


「あなた達って付き合い始めてからはまだ一ヶ月だけど、それまでは十年以上一緒にいたでしょう? だから、付き合いが始めればトントン拍子で進むと思ったのに……」

「……お母さんがわたしと義人ちゃんに何を期待しているのか、よくわからないよ」


 そう言って、優希は料理を作るべく視線を落とす。優希の母は視線を落とした優希を見ると、何を勘違いしたのか気遣わしげに尋ねる。


「もしかして、義人ちゃんってふの」

「わーわーわー! 何言ってるのお母さん!」


 まだお昼だよ、と声を荒げる優希。さすがに親が相手ならば遠慮もないのか、普段は出さないような声が出た。さすがに、親と“そういった話”をするのは恥ずかしい。しかし、優希の母はこの機会を逃すつもりがなかった。


「案外、義人ちゃんも奥手なのかしら……あ、それとも小雪ちゃんがいつも一緒にいるからかしら?」


 優希の言葉を特に気にせず、優希の母はそんなことを口にする。そして、名案が浮かんだとばかりに両手を合わせた。


「それなら、お母さんはお昼ご飯を食べたら小雪ちゃんと出かけるわね。良い機会だし、小雪ちゃんのお洋服を買いに行ってくるわ。その間、優希は義人ちゃんに甘えなさいな」

「お母さん……」


 思わず、優希は呆れたような声を出す。しかし、『義人に甘える』という部分に心魅かれたのか、僅かに逡巡した後頷くのだった。






「小雪ちゃん、『おばーちゃん』と買い物に行きましょ?」


 昼食を食べ終えて食休みをしていると、不意に優希の母がそんなことを言い出した。それを聞いた義人は不思議そうな視線を向ける。


「買い物ですか? 荷物持ちぐらいしかできませんけど、手伝いますよ」


 昼ご飯のお礼にと義人が言うと、優希の母は苦笑しながら首を横に振った。


「違うのよ。小雪ちゃんに新しい服を買ってあげたくてね」

「新しい服を、ですか?」

「ええ。それで、どうかしら? 小雪ちゃんもたまには違う服が着てみたくない?」


 優希の母が笑顔で尋ねると、小雪は僅かに迷いの表情を浮かべる。


「およーふく?」

「そう、お洋服。いつもと違う格好になったら、きっと『おとーさん』も『おかーさん』も可愛いって褒めてくれるわよ?」

「ほんと?」


 義人と優希が褒めると聞き、目を輝かせる小雪。どうやら一気に乗り気になったようで、その様子を見た義人は苦笑を浮かべて頭を下げた。


「ありがとうございます。それじゃあ、俺と優希は……」

「あ、義人ちゃんと優希は家でのんびりしててね。うん、三時間は戻らないようにするから」


 戻らないように“する”とはどんな意味か。そう聞きたかった義人だが、優希の母の笑顔に押されて頷いてしまう。


「うふふ……それじゃあ、準備をして出ましょうか」

「はーい!」


 優希の母の言葉に満面の笑みで答える小雪を見て、義人は『まあいいか』と納得することにした。

 元々、休養を取るために帰宅したのである。

 そのため特に問題はないと、小雪達を見送りながらそう思う義人だった。






 そんな義人の考えが覆されたのは、小雪と優希の母が家を出て一分後のことだった。玄関まで出て二人を見送った義人ではあるが、リビングに戻るとやけに顔を赤くした優希の姿が見えたのである。

 ソファーに座り、所在なさげに指を絡めているその様は、見ていて首を傾げざるを得なかった。


「優希、どうした?」


 何かあったのかと尋ねると、優希は困ったように、それでいて僅かに慌てたように両手を振る。


「う、ううん。なんでもないよ」


 何でもないと言うが、そうは見えない。そのため義人は壁に立てかけてあるノーレに目を向けたが、彼女は黙して何も語らなかった。

 首を傾げつつも、義人は優希の隣へと腰を下ろす。特に意識しない行動だったが、義人が座ると同時にソファーが沈み込み、傍に座っていた優希は義人の方へともたれかかった。


「……おぉぅ」


 肩にもたれかかってきた優希を見て、義人は思わず奇妙な声を漏らす。神に誓って言えることだが、義人としては本当に無意識だった。優希の傍に座ることも無意識ならば、現状に対して深く考えなかったのも無意識の産物。そこまできて、義人はようやく無意識の内に止めていた思考を回転させていく。



 ―――これは、アレですかね? 優希のおばちゃんの笑顔的に、優希にもっと構ってやれっていうサイン?



 半ば当たっており、半ば外れている考えが義人の頭に浮かんだ。

 小雪のいない、優希と二人っきりの時間である。思い返してみると、優希と付き合い始めてから二人っきりになった時間はほとんどない。もしかすると遠回しにそれを責められたのかと義人は後悔した。


「ごめんな、優希」

「……え?」


 いきなりの謝罪に、優希は目を瞬かせる。


「最近、二人っきりでいられる時間がなかったもんな。でも、俺も嫌で優希と二人っきりになることを避けていたわけじゃないんだ」


 そう言って、義人は優希の肩に手を回した。恥ずかしさもあるが、それよりも今は優先することがある。義人は優希の肩を抱き寄せると、照れ隠しに頬を掻いた。

 そんな二人を見たノーレは、この場に自分もいることを告げようとしたが、それはあまりにも野暮だったので口を閉ざす。しかし、その点には優希が気づいたのか気まずそうな視線をノーレへと向けた。


「えっと、でも、ノーレさんが……」

「…………いや、忘れてたわけじゃないんだ、うん」


 つい先ほど視線を向けたはずなのに、優希の様子を見て頭からノーレの存在が吹き飛んでいた義人である。平静を装っているが、冷や汗が一筋流れていた。

 この場をどう切り抜けたものかと悩む義人だが、案が浮かぶよりも先に優希が決意のこもった視線を向ける。


「義人ちゃん……その、良かったらわたしの部屋に行かない?」

「優希の部屋に?」


 そこまで言って、義人は思考を停止させた。優希の部屋に行けば、今度は完全に二人っきりである。

思わず、義人は優希をじっと見てしまった。優希はその視線を受けて、居心地が悪そうに身をよじる。 

 義人も男である。恋人(ゆき)から部屋で二人っきりになりたいと言われれば、迷わず頷きたくなる。しかし、二人っきりという状況はまずい。



 ―――理性がもつかなぁ……。



 遠くに視線を向けながら、義人はそんなことを思った。そして、それが無理だと言うこともすぐに理解できた。そのため、真剣な表情を優希へと向ける。


「優希……その、良いのか?」


 何が、とは言わない。優希は義人の言葉を聞くと、頬を染めた。


「義人ちゃんが、望んでくれるのなら……」


 蚊の鳴くような声で答える優希。


 ――その答えだけで、義人には十分だった。


 優希のことを大事だと思う気持ちが、義人の中でさらに強くなる。

 義人と優希は互いに真っ赤な顔で微笑み合うと、示し合わせたようにソファーから立ち上がるのだった。








『やれやれ……』


 義人と優希の姿が消えたリビングで、ノーレは一人呟く。


『“向こうの世界”に戻れたとしても、問題は山積みになりそうじゃな……』


 からかうような声。しかし、その声にたしかな哀しみが込められていたのを聞いたのは、誰もいなかった。


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