表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の王様  作者: 池崎数也
第五章
135/191

第百三十二話:亀裂

 志信達とカグラの戦いから一夜明け、カーリア城は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 城の裏手で意識を失っている志信とサクラを見回りの兵士が見つけた上に、召喚の祭壇で巫女服を血塗れにしたカグラが倒れていたのである。他国から暗殺者でも潜り込んだのかと、義人達が姿を消したとき同様に大騒ぎになっていた。

 カグラは治療を施され、城の医務室で眠っている。志信とサクラは気を失っているだけだが、用心のためにカグラ同様医務室で寝かされていた。

 寝台で眠る三人の姿を見て、アルフレッドはため息を吐く。


「結果は最悪の方へと転んでしもうたか……」


 志信とサクラは怪我もないが、カグラは魔力が底をついた状態で見つかり、召喚を行ったはずの義人の姿もない。

 状況から考えれば、召喚を行おうとしたカグラを止めるために志信とサクラが戦い、多少の傷を負わせたものの敗れてしまったのだろう。そう判断したアルフレッドは、気を失ったまま目を覚まさないカグラに目を向ける。

 魔力を完全に使い果たしたのが原因か、それとも別の理由があるのか、カグラは死んだように眠っている。以前『召喚の儀』を行った時は倒れることもなかったが、今回は違う。揺さぶっても目を覚まさない以上、自然に起きるのを待つしかない。

 続いて、アルフレッドは志信とサクラに目を向けた。二人は単純に気を失っただけなのか、そろそろ目覚めそうな気配がある。志信やサクラが倒れて見つかったと聞いて心配したミーファやシアラが傍にいるが、志信とサクラは眠っているため見守ることしかできない。

 もっとも、シアラは心配のし過ぎで気疲れしたのか、志信とサクラが眠るベッドの間に置かれた椅子に座り、二人の服の袖を小さく握りながら舟を漕いでいる。ミーファは壁に背を預け、時折カグラの方に視線を向けて溜息を吐いていた。



 ―――ここまで思い詰めていたなんてね……。



 内心でそう呟き、ミーファはもう一度ため息を吐く。ミーファもアルフレッドと同様に、現状から何が起きたのかを正確に推測していた。

 しかし、である。まさか誰にも断ることなく『召喚の儀』を行い、それを止めようとした志信とサクラを打ち倒すとは思いもしなかった。それほど義人に再会したいと思っていたことも、ミーファにとっては予想外である。カグラが義人に対して思慕の情を抱いていたのは知っていたが、まさか強硬な手段に打って出るほど深く想っていたとは思わなかった。

 志信とサクラは気絶しているだけだが、カグラは体のあちこちに魔法による攻撃を受けた痕がある。『強化』のみで志信とサクラを相手取り、その上倒したのかと思えばミーファとしても別の意味でため息を吐きたかった。

 最終的に『治癒』を使ったようだが、それでも魔力の消費は限りなく抑えたのだろう。志信達が倒れていた場所の近くにはカグラのものと思わしき血だまりが地面に残っており、身の危険を感じるまで魔法を使わなかったことがうかがえる。


「まったく……」


 ミーファにとって、カグラは親友である。そして、志信は“やけに気になる”友人だ。その二人が戦ったというのはミーファにも大きな衝撃をもたらしたが、二人とも死んでいない以上どうにでもなる。

 カグラが目を覚ましたら説教を、志信が目を覚ましたら心配させたことを引き合いにして怒る。ひとまずそう心の中で決め、ミーファは寝台で眠る志信へ目を向けた。すると、その視線に気づいたかのように志信が目を開く。


「……ここは?」


 自分が寝台に寝かされていることを即座に把握し、志信はそんな声を漏らした。


「起きたか、シノブ殿。どこか痛むところはないかの?」


 ミーファと同じく志信が起きたことに即座に気づいたアルフレッドが声をかける。ミーファも声をかけようとしたが、アルフレッドに先を越されてしまったので大人しく口を閉ざした。

 アルフレッドからの問いを受けた志信は目をつぶると、自身の体調を確認しながらゆっくりと上体を起こし、昨夜の記憶を辿っていく。そして体調に問題がないことと、昨夜何があったかを思い出し、重いため息を吐いた。


「体調に問題はありませんが……そうか。不覚を取ったな」


 カグラが気を失ったと油断した結果、己が逆に気絶することになったのである。己の未熟を嘆く志信ではあるが、今はそれよりも気になることがあった。


「義人は……『召喚の儀』はどうなりましたか?」


 カグラを止められなかったことを悔やみながら志信が尋ねる。その問いに対して、アルフレッドは静かに首を横に振った。


「わからぬ。ヨシト王の姿がなかった以上は失敗したと思うんじゃが、最初の時と同じく違う場所に召喚された可能性もある」

「捜索は?」

「すでに出しておる……が、おそらく召喚は失敗したんじゃろう」


 苦虫を噛み潰したような顔で『失敗』と口にするアルフレッドに、志信が尋ねる。


「……理由を聞いても?」

「前回『召喚の儀』を行った際は、カグラ自身召喚が成功していることを“認識”できておった。それに加えて、魔力をすべて消費しても気絶はしておらん。そうなると、何故カグラが今回気絶したかじゃが……」


 そこで一度言葉を切ると、アルフレッドは哀しげな視線をカグラに向けた。


「ヨシト王の召喚に“失敗したこと”に気づいてしまい、それが原因で気を失ったのではないのか、とな」


 そうやって自分の予測を口にしたアルフレッドではあるが、実際のところその予測は当たっていない。結果として『召喚の儀』が失敗したことを当ててはいるが、そこに至るまでの過程が間違っていた。無論、カグラが召喚をする現場を見たわけではないので予測するのも難しい問題ではあるのだが。


「そうですか……」


 アルフレッドの言葉に小さく安堵の息を吐き、志信は隣の寝台で眠るカグラへ視線を向けた。

 魔法を使う人間と戦ったことは何度かあったが、カグラほど規格外な存在と戦ったことはない。『無効化』の棍を素手で握り潰すなど、予想外にもほどがあった。そして、そこでふと志信は気づく。


「……シアラに『無効化』の棍を作ってもらわねばならないか」


 持っていた棍は粉々に砕かれたしまったため、使える武器がなくなってしまった。訓練用の棍もあるが、『無効化』の術式がないため本格的な戦闘には使えないだろう。魔法が存在しないのならば問題はないが、相手が魔法という反則技を使ってくる以上『無効化』があった方が良い。今度は一から作ることになるが、そこは頼み込むしかない。

 志信がそんなことを考えていると、それまで志信の傍で舟を漕いでいたシアラが不意に顔を上げる。そして、上体を起こした志信を見て目を瞬かせる。


「……シノブ?」

「如何にも俺は志信だが……どうした?」


 シアラの声にズレた答えを返しつつ、志信は首を傾げた。すると、シアラは僅かに顔を伏せる。


「……シノブが、城の裏手で気絶した状態で見つかったって聞いた」


 そう答えたシアラの肩は、かすかに震えていた。それは志信の容態が心配だったからか、それとも別の理由か。シアラは志信の服の袖を強く握り締めると、伏せていた顔を上げる。


「……心配した」


 余程心配したのか、涙ぐみながらシアラが呟く。今まで見たこともないシアラの反応に志信は驚くものの、心配かけて泣かせたのが自分のせいだとわかっているため素直に頭を下げた。


「すまないシアラ。心配をかけた」


 頭を下げながら謝罪する志信。そして顔を上げると、謝意を伝えるようにまっすぐにシアラを見つめる。


「……いい」


 その視線を受けたシアラは僅かに頬を赤く染め、視線から逃げるように帽子を深く被り直した。


「あ、あの、シノブ? わたしも心配したんだけど……」


 シアラの様子を見たせいか、壁に背を預けていたミーファがおずおずと声をかける。空気を読むべきだとは思ったが、そうするとミーファとしては大変面白くない。志信はミーファの方を向くと、同じように頭を下げた。


「すまないミーファ」

「あ、うん。いいのよ。シノブが無事だったんだから」


 志信の言葉に機嫌を直し、ミーファは再度壁に背を預ける。そして志信の視線から逃げるようにカグラの方へ眼を向けた。

 そんなミーファの態度に首を傾げたものの、志信としてはそれよりも気になることがある。志信は自分と同じように寝台に寝かされているサクラに視線を向けると、案じるように口を開いた。


「サクラの容態は?」

「……シノブと同じ。気を失っているだけ」

「そうか……」


 気を失っているだけという答えに、志信は安堵の息を吐く。サクラは呼吸も安定しており、怪我をしているようにも見えない。

 これならば自分と同じようにもうじき目が覚めるだろうと判断し、今度はカグラの方へと視線を向けた。

 カグラは眠っている。しかし、その寝息は聞こえないほどに小さく、か細い。一見しただけでは死んでいるようにも見えて、志信はその考えを否定するように頭を振った。そして意識を切り替えると、必要なことを確認していく。


「今回の件で、周囲への影響は?」

「文官武官、兵士を問わず動揺が広がっておる。カグラは召喚の祭壇に向かう際に兵士を気絶させておってな。それも動揺を広げる一因になっておる」

「……他国の間諜への対策は?」

「できる限りは情報を抑えておるが……無駄じゃろうな」


 義人達の失踪に加え、対外的に見れば『召喚の巫女』による暴行事件の発生。ここまでくれば隠せるものでもなく、アルフレッドはある種の諦観を持って答えた。

 どこの国がどう動くか。それによってどんな影響が出るか。それをどう乗り切るか。アルフレッドはいくつものパターンを想像し、ため息を吐く。

 十年前の国王暗殺事件並に骨の折れる、厄介な事態だと。だが、この件に関してカグラを責めるつもりも“アルフレッド個人には”ない。

 傍観すると決め、現状がその決断の結果である。本気で国のこと“だけ”を思うなら、志信達よりも先にカグラを止めれば良かったのだ。しかし、アルフレッドもカグラと同じように私心に従った。カグラという名を背負った“少女”を止めないと、そう思い、その心に従ったのである。そのため、アルフレッド個人としてはカグラを責めるつもりはなかった。

 勿論、公人の立場としてはカグラに何かしらの罰を負わせる必要がある。カグラが宰相と同格の役職に就いているとはいえ、それだけは免れない。しかし、他の者ならば下手すれば処刑せざるを得ないほどの事態だが、カグラはカーリア国随一の魔法使いでもある。体の傷を癒し、魔力を回復する意味でも謹慎か軟禁が精々だろう。

 甘い―――甘すぎると言っても過言ではないが、『召喚の巫女』あってのカーリア国でもある。現状のように国王がいなくても政治を回すことは可能だが、『召喚の巫女』がいなくては国王自体召喚することができない。今回は失敗に終わったが、次回以降のことを考えれば処刑できるはずもなかった。

 義人が召喚できなかった以上、次代の『カグラ』を産むための相手は別の男になるだろう。ある意味、それこそがカグラにとっては最大の罰になる。カグラがその結末を許容できるかどうかは無理である可能性が非常に高いが、アルフレッドも本心は別として、カーリア国の宰相としてカグラに許容させなければならない。

 魔力が回復すればカグラは再度召喚に挑む可能性があるが、さすがのアルフレッドも再度の“暴走”を許すわけにはいかない。



 ―――ヨシト王が再びどこぞの森の中に召喚されておれば話は別じゃが、な……。



 限りなく可能性が低いが、捜索に向かった兵士が召喚された義人を見つけたという報告を持って帰ってくる可能性もある。


「まずは、カグラが目を覚ますのを待つか……」


 アルフレッドは眠り続けるカグラへと視線を向け、そう呟くのだった。








 カーリア国王都フォレスより馬で駆けておよそ五時間。朝方にフォレスを出たものの、すでに中天を超えた太陽を見ながら騎馬隊の隊長であるグエンはため息を吐いていた。


「ふぅ……」

「隊長? どうかされましたか?」

「いや、なんでもない」


 不思議そうな視線を向けてくる部下に首を振ってみせ、グエンは己を戒めるように深呼吸をする。そして精悍な顔つきで前方を見ると、遠くに見える森へと馬首を巡らせた。

 カーリア国は魔物が多く出没する国である。王都フォレスから東に進めば鉱山地帯、西に進めば魔物の森に行きつき、どちらに向かおうと魔物が多く生息している。特に、鉱山地帯をさらに奥へと進むと上級に区分される魔物すら生息していると言われていた。反対に、魔物の森はよほど奥までいかなければ中級以上の魔物に遭遇する可能性は低い。

 北の方に進めばいずれ海にたどりつき、南に進めばレンシア国との国境へとたどり着く。その途中にも魔物が生息する森が散在しているが、魔物の森や鉱山地帯に比べれば数や脅威は格段に低い。

 そして、現在グエンが向かっているのは王都フォレスから北へ進んだところにある、クラシエという町の傍にある森へ向かっていた。その理由は、アルフレッドから義人の捜索を命じられたからである。

 二ヶ月近く前に義人が姿を消したことは、騎馬隊の隊長であるグエンでなくとも捜索に加わった兵士ならば知っている。しかし、今回グエンが受けた命令は『カグラが召喚した“かもしれない”ヨシト王』を探すというものだった。

 あまりにもあやふやな命令ではあるが、命令は命令。グエンは自身の率いる騎馬隊と共に、魔物が住む森の中を探すつもりだった。森の中に入る際は馬から降りて探すことになるが、それでもグエンが育ててきた騎馬隊の面々は魔物相手に白兵戦でも戦える。

 危険度の高い魔物の森や鉱山地帯は魔法剣士隊や魔法隊が探すことになっているため、グエンが担当するのはそこまで魔物が多く生息しない地域が主だった。

 グエンは森の近くまでたどり着くと、森の中へ行く係で半分、馬の管理と野営地の設営を行う係で騎馬隊を半分に分ける。そしてグエン自身は馬を下り、兵士をまとめて森の中へと進むのだった。

 そして森の中を警戒しながら進むこと五分。言いようない違和感を覚えたグエンは隊を停止させる。


「……妙だな」

「妙、ですか?」


 周囲を見回しながら呟いたグエンに、兵士が相槌を打つ。グエンは兵士の方へと視線を向けると、周囲を見回すように促した。


「普段ならば、すでに複数の魔物と遭遇しているだろう。だが、魔物の姿が見えない」

「まだ寒いですし、冬眠している魔物も多いのでは?」

「冬眠、か……その可能性もあるか」


 やや腑に落ちないものの、グエンは自分を納得させてさらに先へと進む。しかし、視界の隅に妙なものを見つけて再び足を止めた。


「……ん?」


 グエンは周囲を注意深く見る。視界の隅に映ったものを確認するべく、鬱蒼と木が生い茂る視界の中を見回す。

 そして、宙に浮かぶやけに真っ黒な物体を見つけたのだ。


「……なんだ……これは……」


 近づいて、グエンは思わずそんな声を漏らす。

 “ソレ”は、地面から一メートルほどの高さに浮かんでいた。だが、浮かんでいたという表現がおかしいだろう。何故なら、“ソレ”は物体ですらない。


「……亀裂(きれつ)?」


 兵士の誰かが呟いた。その呟きを聞いて、グエンは『そんな馬鹿な』と思う。しかし、それは亀裂という以外表現のしようもない。


「馬鹿な……」


 心中で思った言葉を口にして、グエンは眼前の光景を理解するべく頭を働かせる。

 もしもそれが、岩に亀裂が入っていたのならグエンもそこまで疑問には思わなかっただろう。


 だがしかし―――亀裂が入っているのは、空中だった。


 窓硝子でもなく、岩や鉱石でもなく、城塞などの壁でもなく。空中に亀裂が走っていた。より正確にいうなら“空間”にヒビが入っていた。

 思わず、グエンは自身の視界がおかしくなったのかと目を擦る。亀裂の後ろに見えるはずの木々が見えず、見えるのは真っ黒な亀裂のみ。それもところどころが亀裂では済まず、空中を不格好な多角形の形に切り取ったようになっている。


「なんだ……一体……何が起きた?」


 疑問を口にするグエンだが、その声に答える者はいない。


「っ! 急ぎアルフレッド様に伝令! 魔法剣士隊か魔法隊の人間を派遣されたし、とな!」


 グエンは眼前の現象が己では解決できる類のものでないと判断すると、部下にアルフレッドへの伝令を命令する。そしてグエンはもう一度空中に走った亀裂を視界に納め、小さく呟く。


「何事も起きなければ良いが……」


 それが叶うとは、呟いた本人も思ってはいなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ