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異世界の王様  作者: 池崎数也
第五章
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第百三十一話:『おとーさん』と『おかーさん』

 小雪にとって滝峰義人という少年は父であり、北城優希という少女は母である。

 産みの親ではないものの小雪はそれを知らず、また、知っていても変わらず義人と優希を親と慕っただろう。そんな小雪ではあるが、日々の生活の中で不満な点もあった。

 それは、義人の小雪に対する扱いについてである。

 小雪が今の人型に化けられるようになってからはそうでもないが、扱いや接し方にどこかぎこちなさが残る。小雪が自分の大好きな母であり、義人とも仲の良い優希と似た姿に化けたのもその辺りが原因だった。もっとも、似た姿と言っても大好きな父である義人の外見も多少取り入れていたが。

 人の姿に化けられるようになってからというものの、それまでとは扱いが異なっていることを小雪も理解している。人語を喋るようになったのも一因だろうが、やはり見た目が大きな要因だった。それでも、優希はともかく義人は小雪に対してどこか一線を引いた態度を取っており、それが小雪にとっての不満だったのである。しかし、ここ最近は“その不満”が解消されつつあった。

 生まれ育って一年にも満たなかったが、故郷と呼べる “向こうの世界”とは異なる世界に移動してきて早二ヶ月。義人(おとーさん)(おかー)(さん)の両親である『おじーちゃん』と『おばーちゃん』にも慣れ、小雪は“こちらの世界”での生活を満喫していた。

 義人に政務がない“こちらの世界”では、ほぼ一日中義人や優希と一緒にいることができる。そのため小雪は義人や優希とずっと一緒に過ごしていたのだが、徐々に義人の態度が変化していることを幼心に感じ取っていた。特に、“ある日”を境に義人の態度が変わっており、小雪としては疑問一割嬉しさ九割で首を傾げることになる。

 いつも通り義人や優希に遊んでもらい、疲れたから昼寝をする。そして目が覚めてみれば、義人の小雪に接する態度が変わっていたのだ。それも、良い方向に。

 それまでは小雪の方から言わなければ一緒に布団で寝てくれなかったが、今では義人の方から『よし、一緒に寝るか』と言ってくれる。膝の上に座れば、笑顔で頭を撫でてくれる。悪戯をしたら怒って“くれる”ようにもなった。

 そんな義人の変化が嬉しくて、小雪は母親である優希へと尋ねたことがある。


「さいきんねー、おとーさんがやさしいの。なんで?」


 その問いに、優希は柔らかく微笑みながら答えた。


「んー……それはね、小雪が義人ちゃんの“娘”だからだよ」


 優希の答えに、小雪は頭を悩ませる。小雪にとって、自分が義人の娘であることは文字通り生まれたその瞬間から知っていた。そのため、優希の返答は自分の求めていたものとは異なっていたのである。


「えーと、えーと……」


 義人の真似をしてか、腕組みをしながら首を捻る小雪。そんな小雪を見て、優希は笑いながら小雪の頭に手を置いて優しく撫でる。


「じゃあ、おとーさんが小雪に優しくしてくれるのは嫌?」

「ううん! うれしい!」


 即答する小雪。それを聞いた優希は、小雪を撫で続けながら笑みを深くする。


「それなら悩まなくても良いでしょ?」

「んと……うん」


 いまいち納得はできなかったものの、義人が優しい分には問題もない。優希は元々優しく接していたため、義人も同じように優しく接してくれるのなら小雪としては嬉しい限りだ。

 ニコニコと笑顔を浮かべる小雪を見て、優希は苦笑しながら頭を撫で続ける。


「小雪は『おとーさん』のこと好き?」

「うん! おとーさんも、おかーさんもだいすき!」

「そう……おかーさんもね、義人ちゃんのことも小雪のことも好きだよ。でも、義人ちゃんと小雪に対する『好き』はけっこう違うんだけどね?」

「ちがうの?」


 優希の言葉に小雪は首を傾げる。


「うん、違うの。小雪にはまだわからないと思うけど、『好き』にもいくつか種類があるんだ」

「ふーん……」


 わかっているのか、それとも返事をしているだけなのか。小雪は不明瞭な声を漏らす。そしてしばらく経ってから、小雪はお手上げと言わんばかりに頬を膨らませた。


「こゆき、わかんない」

「わかんないかー。ふふ、まだ小雪には早かったね。でも、小雪もいつかわかる日がくるよ」

「そうなの?」

「そうなの。それがどれくらい先のことかわからないけど、ね。傍にいるだけで幸せって思えるような人が、いつか見つかるよ」


 そう言って、優希は小雪に微笑みかける。その二人の姿は、十分に母娘として映っただろう。

 優希は小雪の頭から手を放すと、時計に視線を向ける。時刻は午後十時を過ぎており、小雪(こども)はそろそろ眠る時間だった。


「それじゃあ、お風呂に入ったら寝ようか?」

「うん!」


 笑顔で頷く小雪に、優希もまた笑顔を返す。

 今日もまた、非常に平和な一日だった。








 義人が優希へと告白して一ヶ月。それだけの時間が流れ、義人は感慨深げに口を開いた。


「早いなぁ……」


 ここ最近、あっという間に流れて行った時の早さを実感する義人である。

 優希に告白し、それを受け入れられてから二人の関係は劇的に変わった―――というわけもなく、義人と優希は以前と同じような関係を続けていた。

 元々互いに支え合い、距離が近かったこともある。そのため、恋人同士になったからといって急に付き合い方が変わることもない。ただ、以前よりも半歩分だけ互いに近づいたことが変化だろう。

義人としては、むしろ優希よりも小雪に対する態度が変化していた。

 それまでは娘というよりも別の、例えるなら親戚の女の子に対するような感覚だった。しかし、最近ではその感覚もなくなり、小雪は自分の娘だと義人も思えるようになっている。正確には、義人と優希の娘だが。

 小雪の外見が義人と優希の容姿を引き継いでいるため、一度でも完全に“娘”だと思ってしまえばあとは楽だった。開き直ったわけではないが、小雪は自分の娘なんだと思えば義人も行動が変わる。

この一ヶ月で、義人は世間一般の父親と同じような接し方ができるようになっていた。


『いや、お主はかなりの親馬鹿だと妾は思うんじゃがな……』


 ポツリとノーレが呟く。それを聞いた義人は不思議そうな顔でノーレへと視線を向ける。


「何か言ったか?」

『……なんでもないわい』


 親馬鹿と口にしてみたものの、ノーレには“普通の父親”というものがわからない。そのため、義人の態度の急変振りに対して『親馬鹿』と言ってみただけだった。

 ノーレは声に出さずにもう一度だけ『親馬鹿め』と毒づくと、話題を切り替える。


『それで、明日は何をするつもりなんじゃ?』

「そうだな……」


 ノーレの言葉に対して、義人は窓に視線を向けた。窓の外からは静かな雨音が聞こえており、空を覆う分厚い雨雲が夜の闇をいつもより深いものへと変えている。


「天気予報だと明日も雨が降るみたいだしな。雨が降ったら、山の中で魔法の練習をするわけにもいかないし」


 そう言って、義人は壁に立てかけたノーレを手に取った。そして柄を握ると、ゆっくりと鞘から引き抜いていく。両刃の剣が電灯の明かりに照らされて光を放つが、その輝きは以前に比べると濁って見えた。


「“こちらの世界”だとノーレの手入れも難しいのがなぁ。志信のとこの爺さんが帰ってきたらどうにかなりそうだけど、いつになったら帰ってくるのやら」


 やれやれと首を振り、ノーレを鞘に納める。『強化』の術式が刻んであるため今のところは刃毀れもないが、たまには手入れぐらいしてやりたいと義人は思っていた。


「召喚の魔法もどうやれば実現できるのかわからないし……いや、困った困った」


 困ったと口にするものの、義人の表情は穏やかな笑顔である。その義人の表情を見たノーレは、戸惑いながら言葉をかけた。


『“こちらの世界”で過ごす方が無難じゃろうに……本当に、“向こうの世界”に戻ろうというのか?』

「そうだよ。“向こうの世界”に戻りたいというか志信を連れ戻したいというか……まあ、“向こうの世界”に戻るって意味で言えば合ってるか」

『しかし、戻る手段がないじゃろう?』

「だからこの前からノーレにも魔法を習っているんじゃないか」


 そう言って、義人はここ一ヶ月のことを思い返す。

 優希と結ばれてから、義人は前言通り“向こうの世界”に戻る手段を探し続けていた。そして、その手段として選択したのは魔法によって“向こうの世界”へ戻ることである。

 魔法の知識ならばノーレが持っており、魔力の量で言えば小雪や優希は巨大なものを持っている。義人自身もそれなりに魔力を持っており、自分の意思で魔法を使うこともできた。そのため、いっそのこと自分達で“向こうの世界”に渡る魔法を習得しようと思ったのが一ヶ月前のことである。

 “向こうの世界”から再度召喚されるとは限らず、“こちらの世界”に移動してきた際のスタート地点である山の中には何もない。そうなれば、あとは自力で“向こうの世界”に行くしか手段がなかった。

 さすがに家の中で魔法の練習をするわけにもいかず、最近は山へと出向いて人目につかない場所で魔法の練習をする日々である。

 もしかしたら、魔法の練習をしていれば“こちらの世界”の魔法使いも気づくかもしれない。そんな希望的観測もあり、義人達は毎日のように山へと出向いていた。もっとも、“こちらの世界”に魔法を使える人間がいるかどうかもわかっていない状態のため、大きな期待はしていない。


「それに、魔力って“世界に干渉する力”なんだろ? それなら、大きな魔力を持っている小雪と優希がいればなんとかなりそうじゃないか?」


 他力本願になってしまうが、義人よりも優希や小雪の方が大きな魔力を持っているのは事実である。それに加えて、“こちらの世界”では何故か魔力の消費が大きい。


『魔力量に物を言わせた力押しか……しかし、コユキは魔力の操作が苦手で、ユキは魔法を発動すらできん。そしてお主はそこそこに魔法を使えるが魔力が足りん』

「……やっぱりそこが問題か」


 義人は自分の意思で魔法を制御できるが、魔力が足りない。

 小雪は自分の意思で魔法を制御するのが苦手だが、大きな魔力はある。

 優希は大きな魔力を持っているが、魔法を使えない。


「俺が優希や小雪と同じぐらい魔力を持っているか、小雪が俺と同じぐらい魔力を操作できれば話は別なんだけどなー」

『その話でいけば、コユキに魔力の制御を覚えさせるのが一番の近道じゃな。あとは、そうじゃな……』

 そこで一度言葉を切ると、ノーレはからかうような声を上げる。

『お主とユキの子供なら召喚の魔法を使えるようになる可能性があるじゃろ?』

「……ん? 小雪なら可能性があるって話か?」


 ノーレの言いたいことを半ば理解しつつ、義人は敢えてとぼけた。すると、ノーレはからかいの感情を強めながら言葉を続けていく。


『いやいや……そのままの意味じゃよ。お主とユキの間に子を成せば、その子が魔法を使える可能性が高い。それこそ、お主と同程度の才能を持っており、ユキと同程度の魔力量を持っている可能性があるじゃろう?』

「あー、まぁ、そうだよなぁ……」


 大げさに慌てようかとも思ったが、その元気もない。義人は頭を掻くと、最近からかい癖がつき始めたノーレを軽く叩いた。


「でもそれだと何年先になるんだって話だよ」

『……むぅ、つまらん反応じゃのう。もっと慌ててみせよ』

「その手の話題は親父やお袋、それに優希のおじさんやおばさんだけで十分なんだよ」


 優希と付き合い初めて一ヶ月になるが、それまでに義人が自身の両親や優希の両親から受けた冷やかしやからかいの言葉は数多い。付き合い出したことを言った覚えもないのに、翌日の夕飯に赤飯が出てきた時は思わず義人も噴出してしまった。


「な、なんで晩飯が赤飯?」


 そんな問いを口にした義人に、義人の母は楽しそうに笑って答える。


「あら、だって義人と優希ちゃんが付き合い始めたんでしょ? おめでたいじゃない」

「いや、なんでそれを知ってるんだよ!?」


 明らかに確信している様子の母に詰め寄ると、義人の母は口元に手を当てながら笑う。


「そんなの、見ていればわかるわよ。優希ちゃんもだけど、何年あなた達を見てきたと思ってるのかしら?」


 ふふふ、と笑う自身の母を前に、義人は力なく椅子に着席した。そして、そのあとは様々な質問(ひやかし)が飛んできたのである。『どっちから先に言ったのか』、『優希のどこに惚れたのか』等々、両親からそんな質問を浴びせられて義人は精神的に疲弊した。

 特に、優希の母親から『若いからっていっても、ほどほどにね? あ、でも小雪ちゃん以外の孫の顔が早く見たいわ』と言われた時は義人も軽く死にたい気分になった。もちろん、現在がそんな状況でもないため、それが冗談であると理解した上でである。

 さすがに、優希の父親から再度『ちょっと表に出ようか』と言われた時は義人も無言で逃げたが。

 思い出すだけで羞恥心と疲れが蘇ってくるようである。義人は意識して思考を打ち切る。


「…………ん?」


 

 ――そこでふと、不意に誰かに呼ばれた気がして義人は顔を上げた。



『どうしたんじゃ?』

「いや、誰かの声が聞こえたような……」


 遠くから誰かの声が聞こえたように思えて、首を傾げる義人。しかし、ノーレは何も聞こえなかったのか賛同する声は上がらない。


『妾には何も聞こえなかったぞ? 空耳ではないのか?』

「空耳か……疲れてるのかな」


 魔法の練習をしていたため、精神的にも疲れているのかもしれない。そう思った義人ではあるが、それを遮るように再度声が聞こえた。



 ―――ヨシト様ぁ!



 叫ぶような、慟哭染みた声。“その声”は、たしかに義人の耳に届いた。


「……カグラ?」

『ん?』

「いや、今カグラの声が聞こえた気がしたんだけど」


 思わず周囲を見回す義人。しかし、しっかりと声が聞こえたのは一度だけ。義人はしばらく黙っていたものの、やがて苦笑しながら首を振る。

 “こちらの世界”に戻ってくる前の、カグラに対して怒りをぶつけた時の罪悪感がそうさせたのか。そんなことを考え、義人は苦笑を深める。


「疲れて空耳が聞こえただけ、かな?」

『ならば早めに眠って疲れを取るんじゃな』

「そうするか。よし、それじゃあ風呂に入って寝るよ」


 そう言って、義人は立ち上がる。そして風呂に向かうべく歩き出し、僅かに首を傾げた。


「気のせいだったか……カグラが泣いてるような声が聞こえたんだけどな……」


 不思議そうな声で義人は呟く。

 やけに耳に残った“その声”には、一言で相手に伝えたいことのすべてを伝えるほどの感情がこもっていた。しかし、しっかりと声が聞こえたのは一度だけ。

 義人は僅かに疑問を持ったものの、空耳であると判断して風呂場に向かうのだった。








 カーリア国から遥か南。

 魔法国家ウォーレンを通り過ぎ、レンシア国へと続く街道を歩いていた一人の女性が、不意に夜空を見上げた。他国へ赴く商人達も利用する街道だが、深夜ともなれば人の気配はない。レンシア国の国境まであと徒歩で十日という距離で足を止め、女性は注意深く北の方角―――すなわち、カーリア国へと視線を投じる。


「……また何かあったみたいね」


 北の方角の夜空を見ながら、女性は眉を寄せた。


「もう少し急いだ方がいいかしら」


 そう呟きながら、女性は歩き出す。


 応える声は、どこにもなかった。


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