第百二十七話:迷い
人間とは慣れる生き物である。
“向こうの世界”という異世界に召喚されたものの、日々を過ごす内に生活に慣れたように。“こちらの世界”に戻り、日々を過ごす内に義人は現在の生活に慣れつつあった。
もっとも、慣れると言っても元は十七年近く過ごした世界である。元の生活に戻りつつあるというのが正しい表現だろう。
「……さて、今日は何をするかな?」
朝起きるなり、ベッドの上で胡坐をかいた義人は首を傾げた。
“こちらの世界”に戻り、早一ヶ月近く。まだまだ寒さが残るものの徐々に春の気配が近づいており、世間では花粉の情報などがニュースで流れる頃。
学生である義人は短い三学期のあとにやってくる春休みを心待ちにし、そして来年訪れる就職や進学などの進路について頭を悩ませる時期である。
本来ならば。
「結局、何もないまま一ヶ月か……」
宙に視線を投じて、義人は無感動に呟く。
“こちらの世界”に戻って以来、義人は“向こうの世界”とどうにか接触を持てないかと苦心していた。
“こちらの世界”に戻った際の最初の地点……山の中に小雪やノーレを連れて行き、異常がないかを調べ、義人自身も拙いながら魔法の痕跡を見つけようと歩き回る。そんな生活を送っている内に一ヶ月もの時が経っていた。
毎日のように山の中に足を運び、街中を歩き回る。もちろん、人目についても大丈夫なようにある程度服装に気をつけ、帽子を被り、一見しただけでは以前失踪した人物であることを気づかせないように多少の変装をしていた。しかし、それにも限界がある。どうやっても近所の目まで誤魔化すのは難しく、最近は義人や優希が戻ってきたのではないかと人が尋ねてくることもあった。
義人は両親に頼み込んでなんとか誤魔化してもらっているが、それもあと一カ月もてば良い方だろう。運が悪ければ、今日にも気づかれるに違いない。
「自分の部屋で明かりを点けないっていうのは意外ときついしな……」
ここ一ヶ月の生活を思い出すように、義人は目を細める。周囲の人間に気づかれないように過ごすというのは、非常に難しい。もしも近所の人に見られたら、根本的な解決にはならないがすぐさま『強化』や『加速』などの魔法を使ってその場から離れるしか義人には誤魔化す方法がないのだ。かといって、家から出ないのでは“向こうの世界”の痕跡を探すことができない。
『ヨシト、わざわざベッドの上で考え事をしなくても良いじゃろ』
そうやって義人が考え事をしていると、壁に立てかけたノーレが義人へと声をかける。その声を聞いた義人は、一度思考を打ち切ってノーレに目を向けた。
「いや、つい……」
苦笑しながら頬を掻く義人。そして、鞘に納まったノーレを見ながらここ最近の記憶を掘り返す。
“こちらの世界”で生活を送る内に、小雪やノーレも“こちらの世界”の生活に慣れてきたのだろう。余程のことがない限りは驚いたり、義人や優希に質問をしたりすることもなくなった。
慣れるまでは色々とあったものの、それも一つの思い出だろう。
例えばテレビで流れていたアクション映画を見ている際、テレビから響いた爆発音に本気で驚いた小雪が泣き出したり、ノーレが『なんじゃ!? 敵襲か!?』と本気で慌てたりすることも最早ない。
ゾンビが出てくるホラー映画を見た小雪が本気で泣いて怯え、ノーレが無言で義人にチャンネルを変えるように促してくることもない。
それ以外にも、エアコンで部屋の温度調節をすることに驚いたり、コタツに入って暖を取ることで安穏とした表情を見せたり、義人が持っていたゲームを見て感嘆したり、車や電車、飛行機の存在を教えたり……等々、他にも挙げればキリがないが、義人としても密度の濃い一カ月だった。
ホラー映画を見た小雪が、丸一日コアラの赤ちゃんのようにしがみ付いて離れなくなった時は義人も本気で困ったが。
『それで、今日はどうするんじゃ?』
「ん……どう、するかな……」
どうするかと問われ、義人は再び思考に耽る。
この一カ月、ほぼ毎日“向こうの世界”とのつながりを探したのは志信の存在があるからである。志信の祖父である源蔵が家に帰っていないため説明もできていないが、“こちらの世界”に志信がいないという事実は義人にとっても非常に頭と心を痛める話だ。しかし、それだというのに志信を“こちらの世界”に連れ戻す方法もなければ、こちらから“向こうの世界”に行く方法もない。
『“こちらの世界”に戻れたというのに、お主はよくそんな顔をしておるな』
義人の表情と口調から心境を悟ったのか、ノーレは労るような声を出した。
「……ノーレ?」
『あの仏頂面が大事な存在だというのは、妾も知っておる。お主とはまだ一年にも満たん付き合いじゃが、それでもあの仏頂面……シノブがお主の親友であり、ユキとは違った意味で大事な存在だというのは理解しておる』
そこで言葉を切ると、ノーレは僅かに雰囲気を厳しいものに変える。
『しかし、じゃ。残念ながら、こちらから“向こうの世界”に戻る術はない。お主やコユキでも、妾でも無理じゃ。ユキも……アレは妾にもよくわからんが、無理じゃろう。それでもこの一カ月、妾はお主を止めはせなんだ。この世界のことは妾もよくわからぬし、もしかしたら妾の知らない手段があるかもしれんが……』
「…………」
ノーレの言葉を、義人は無言で聞く。ノーレがこれから言うであろうことは、半ば予想はできたが。
『無理だと見切りをつけることも、必要ではないか?』
そして、ノーレの言葉は義人の予想通りのものだった。
『この世界では魔法という存在が世間に認知されていない以上、誰かに“向こうの世界”に戻る方法を聞くこともできんじゃろう』
「それは……そうだけど」
“こちらの世界”にも魔法が存在していたとして、その魔法を扱うことができる人間をどうやって見つけ、協力を得るのか。もしいたとしても、“こちらの世界”と義人の知る“向こうの世界”をつなぐ魔法を知っているのか。
それら義人の願いをすべて叶える人物に出会える可能性は、限りなく低い。あるいは、ゼロと呼べるほどに。
『それにこの世界、この国ではお主は両親に養われる存在じゃ。国王ではない、ただの国民じゃ。この一ヶ月で“こちらの世界”の常識を多少学んだが、お主は世間的に独り立ちできるわけではないしのう』
当然ではあるが、人間が生きるためには食事を取り、睡眠を取る必要がある。そのための食料や寝床となる場所を得るためには金がかかり、“向こうの世界”ならばともかく“こちらの世界”で義人自身が金を得る方法はアルバイトか他人から強奪するしかない。そのため、今の生活は完全に両親の経済力に依存しているのだ。
ノーレの言葉に、義人は苦悩する。
ノーレの言いたいことは、“こちらの世界”で生活するために志信を切り捨てて見捨てることに他ならない。そこに悪意があるわけではなく、義人のことを思っての言葉だが、簡単に決断できることでもなかった。そして、そんな義人に言い聞かせるようにノーレは言葉を続ける。
『お主は“こちらの世界”に戻ることを望んでいたじゃろう?』
それは、“向こうの世界”に召喚された時から常に望んでいたことだ。“元の世界”に戻り、家族に自分は無事だと伝える。そう、望んでいた。
――しかし、しかしである。
「“こちらの世界”に戻ることを望んでいたけど、それは志信も含めてみんなで一緒に戻ってくるって話だよ。志信がいないんじゃ、意味がない」
口に出したことで、僅かに意志が固まる。しかし、目の前の現実を考えればそれもすぐに霧散してしまう。
義人は小さくため息を吐くと、脳裏に志信の姿を思い描いた。
志信だけを置き去りにして“こちらの世界”に戻ることができたが、それを志信は怒るだろうか。
そんな自問が浮かび、すぐさま『それはない』と自答する。志信のことだから、無事に帰れたのならばそれを素直に喜んでくれるだろう、と。そんな予想を超えた確信に近い回答と、ノーレが口にした『見切りをつける』という言葉が交互に義人の頭に浮かんだ。
見切りをつければ、ただでさえ低い志信と再会する可能性がゼロになる。志信がいない“こちらの世界”を許容し、生きていくことになる。
「ったく、どうしたもんかねぇ……」
今後の生活や将来を含めて“こちらの世界”で生きていくことが可能かと聞かれれば、義人は可能だと答えることができる。反則も良いところだが、『強化』が使える以上スポーツ選手になれば生活に困らないだけの金銭は手に入れることができるだろう。
スポーツも野球だろうとサッカーだろうと、バスケットだろうと関係はない。例え変化球を百六十キロで投げられようがホームランにすることは可能で、サッカーもドリブル一本でゴールまで突破でき、バスケットでもスリーポイントのラインから飛んでダンクシュートもできる。陸上競技とて、短距離走でも長距離走でも世界記録を塗り替えることが可能だ。良心の呵責があるとしても、『強化』を使えばそれぐらいは可能だと義人は判断している。
“こちらの世界”から消えていた期間のことを問われると閉口せざるを得ないが、学校に復学して卒業してしまえば、就職することはできるのだ。体を動かす仕事であることが前提だが。
しかし、“向こうの世界”に戻る手段があったとしても懸念すべきことがあった。
―――その場合、優希はどうなる?
内心で独白し、義人は幼い頃から共に過ごしてきた少女の顔を脳裏に思い浮かべる。
“こちらの世界”に戻ることができ、両親とも再会できた。だが、もし“向こうの世界”に戻る手段があったとしても優希をどうするか。
小雪やノーレならば良い。元々は“向こうの世界”で生まれた存在のため、義人としても一緒に戻ると決断できる。
「うー……あー……」
義人はグルグルと思考を回転させるが、中々良い案が出ない。そもそもすべてがただの仮定のため、考えるのは無駄でもある。
義人がそうやって一人で唸っていると、不意に部屋の外から足音が聞こえた。二階にある義人の部屋を目指しているのか、軽快な音を立てて階段を上る音。そして、階段を上りきったのか廊下を歩く音が義人の耳に届く。
“向こうの世界”にいた経験がそうさせたのか、一瞬ノーレに手が伸びかける。しかし、その手をすぐに止めて義人は苦笑した。
現在両親は仕事に出ているため不在であり、義人の部屋に訪ねてくる……正確に言えば、義人が住む家に上がることができる人物は限られている。泥棒の可能性もあるが、ここまで無警戒に軽快な足音を立てはしないだろう。
『これはコユキかの?』
「あと優希も一緒だと思うけど……っと、もうこんな時間か。考えすぎたな」
壁掛け時計へと視線を向けた義人は、僅かな驚きを込めて呟く。
考え事をしているうちに時間が過ぎたのか、起きてからすでに一時間以上が経過していた。そうやって義人が時間の経つ早さに驚いていると、無遠慮に部屋の扉が開かれる。
「おとーさん、おはよー!」
そして、そんな叫び声に近い挨拶を口にしながら小雪が飛び込んできた。小雪はタックルさながらの勢いで義人に突撃すると、子犬が飼い主にじゃれ付くかのように飛びつく。
「おっとっと……おはよう小雪。今日も元気だなー」
一応『強化』を使いながら小雪を受け止める義人。それでも勢いで後ろに倒れそうになるが、そこは見栄を張って何事もないかのように振る舞う。
「おはよう義人ちゃん」
続いて、小雪の後を追うようにして部屋に入ってきた優希が笑みを浮かべながら挨拶の言葉を口にした。義人はそんな優希に対して、同じように笑みを浮かべて答える。
「おはよう優希」
ここ最近、毎日のように繰り返しているやり取り。そのことを自覚した義人は再び思考の海に沈もうとしたが、それよりも早く小雪が首を傾げながら口を開く。
「おとーさん、きょうはどこにいくの?」
不思議そうに、それでいて期待を込めた目で小雪が義人を見る。義人はそんな小雪の様子に苦笑すると、頭を掻きながら答えた。
「今日は家でゆっくりとするかな。少し考えたいこともあるし」
「かんがえたいこと?」
「そう。考えたいこと」
オウム返しに復唱する小雪の頭を撫で、考えることぐらいしかできない現状に僅かな落胆を抱きつつ、義人は乾いた笑みを浮かべるのだった。
考え事をすると言っても、優希や小雪の相手をしながらならば時間が経つのも早い。遊んでほしいとせがむ小雪に応対していた義人は、あっと言う間に過ぎてしまった時間についてそう解釈した。
考え事をしながら優希と話し、それでいながら小雪とも遊ぶという地味な離れ業を行っていた義人は、夕焼けに染まりつつある部屋の中で本日何度目かになるため息を吐く。
「くー……すぅー……」
小雪は遊び疲れたのか、義人のベッドに潜り込んで寝息を立てている。昼寝というにはやや遅い時間だが、遊ぶだけ遊んで疲れたら眠るその姿は非常に子供らしかった。
「小雪寝ちゃったね」
そう言って、優希は優しげな眼差しをしながら小雪の頭を撫でる。
「そうだな」
優希の言葉を聞いた義人は、小雪を見ながら頷く。優希に撫でられることが心地良いのか、寝ながらも満足そうな笑みを浮かべていた。そんな小雪や義人達を照らすように窓から斜陽が差し込むが、小雪の眠りを妨げるほど明るいものでもない。
「…………」
「…………」
気まずさのない沈黙が場を満たす。義人は小雪の頭を優しい手つきで撫でる優希を見ながら、今の生活について思いを馳せた。
優希がいて、小雪がいて、ノーレがいて、そして両親がいる。学校には通っていないが、およそ“幸せな生活”と言えるだろう。
そう考えた時、義人の思考に黒い染みのようなものが浮かび上がる。じわりと、布に墨汁でも染み込むように義人の思考を黒く染めたのは、普段ならば決して考えないようなことだ。
――それは、『このままで良いのではないか』という考え。
志信のことを諦め、“こちらの世界”で平和な日常に浸りながら生きる。
“向こうの世界”に比べれば退屈で、しかし、安穏とした“こちらの世界”。魔物もいなければ、義人自身も国王などという身分ではない。多少の魔法を使えるものの、それ以外の点では他の人間とも変わらない。
そんな世界で生きていくのも、悪くない。否、むしろ良いのではないか―――。
「義人ちゃん、少し、外に散歩に行かない?」
考えることに割いていた意識は、そんな優希の声で正常に戻る。声につられた義人が視線を向けると、そこには小雪の傍から離れた優希の姿があった。
「散歩? ……まあ、いいけど」
突然の申し出に戸惑うものの、断るような内容でもない。義人は多少不思議そうな表情を浮かべたものの、それをすぐさま打ち消す。
『む……妾も連れて行けと言いたいところじゃが、外ならば無理か』
「ああ。悪いけど、小雪と留守番を頼むよ」
銃刀法を理解したのか、ノーレが不満そうながらも自重するように呟く。小雪もしっかりと寝入っているのか、起きる気配はない。これならば小雪が起きるよりも早く帰ってこられるだろうと義人は判断し、優希と共に家を後にするのだった。
家を出た義人と優希は、人気の少ない夕暮れの住宅街を歩く。
極力人目の少ない道を選んで歩きながら、義人は僅かに首を傾げた。現在、先頭を歩くのは優希である。普段ならば義人の隣か、僅かに後ろの位置を好んで歩くのだが、何か思うところがあるのか義人を先導するように歩いていた。
そうやって歩くこと五分。義人達は小さな児童公園へと足を踏み入れていた。住宅街の一角に造られたその公園は、人気がないのか子供の姿も見えない。小さな砂場に滑り台とベンチが一つという、面積自体も狭い公園だった。
義人自身も幼い頃に何度かこの場所で遊んだことがあったのだが、ある程度年を取って来てみると手狭に感じる。
「行き先は……ここで良いのか?」
公園に入るなり足を止めた優希に、義人が話しかけた。その言葉が聞こえたのか、それまで先導するために背を向けていた優希が振り返る。
「特に行き先を決めていたわけじゃないんだけどね。足が向くままに歩いていたら、ここに着いたの」
「……まあ、散歩だしな。適当に歩くのも散歩らしいか」
優希の言葉に小さく苦笑し、義人は傍にあったベンチに目を向けた。
「座るか?」
「うん」
短い言葉を交わし、義人と優希は隣り合ってベンチに座る。肩が触れるか触れないかという、近くて、親しさを感じさせる距離。義人と優希が子供の頃から築いてきた距離感を表すように、二人は自然と寄り添うように座っていた。
「それで、何か話があるんだろ?」
地面に伸びる影法師を見ながら、義人が口を開く。そんな義人に倣うように、優希も自分の影法師を見ながら口を開いた。
「話ってほどのことじゃないんけどね。最近、義人ちゃんが悩んでるみたいだったから」
そう言うと、優希は義人へと視線を向ける。
「今の生活のこと?」
「まあ、な……っ」
優希相手に隠すこともないか、と内心で呟き、義人は頭を掻く。そして優希の方へと視線を向け、義人は思わず息を呑んだ。
「どうしたの?」
夕日に照らされた優希が、不思議そうに尋ねる。
「い、いや、なんでもない」
僅かにどもりながら答える義人。続いて視線を優希から外し、内心の動揺を静めるように深呼吸をする。
―――な、なんだ? どうした、俺?
隣に座った優希を見た瞬間、僅かに、しかし確かに胸が高鳴った。優希との距離はいつも通りだが、何故か距離が近く感じる。
「義人ちゃん?」
その行動を疑問に思ったのか、優希が疑問符を浮かべながら義人の顔を覗き込む。
「その、なんだ、ちょっと近いんじゃないですかね優希さん」
「近い?」
ある意味普段通りな優希の反応に、義人は動揺を抑え込む。そして一度咳払いをすると、優希の方へと視線を向けた。
「いやいや、やっぱり気にしないでくれ」
義人は必死に誤魔化してから小さく笑うと、会話の内容を少し前まで戻すことにした。視線を優希から外し、再び自身の影法師へと落とす。
「優希はさ、今の生活を思う?」
「今の生活?」
「そう。楽しいか?」
とりあえずといった顔で質問する義人。その質問に対し、優希は迷うことなく頷いた。
「うん、楽しいよ」
「……そうか」
優希の返答を聞いて、義人の中で不明確にまとまっていた考えが徐々に形作っていく。
優希は今の生活が楽しいと言う。そして、義人にとっても今の生活は楽しい。
―――それなら良いんじゃないのか?
義人の中の何かが囁く。
―――今の生活を続けて良いんじゃないのか?
まるで、底なし沼にでも引きずり込むように、優しく声が囁く。
―――優希達と、“こちらの世界”で生きた方が良いんじゃないのか?
いやいや、と。嘲るように声が囁く。
―――“優希と一緒に”生きていければ、それで良いだろう?
「なあ、優希」
見えない“何か”に背を押されるように、義人は声を出す。視線を再び優希へと向け、真っ直ぐに見つめる。優希は義人の雰囲気から何かを悟ったのか、僅かに背筋を伸ばした。
優希とは、幼い頃から長い時を共に過ごしてきた。義人にとっては見慣れたのに見飽きない、“これからも”見続けていたい少女。
そんな優希と、“こちらの世界”で共に生きていく。
―――それで良い。
一瞬、志信の顔が義人の脳裏を掠め―――すぐに消える。
「“こちらの世界”で―――」
それでも、義人は真っ直ぐに優希を見つめ、
「ずっと、一緒に生きていかないか?」
そう、口にした。
「――――――」
義人の言葉が聞こえたのか、それとも聞こえなかったのか。斜陽に照らされた優希は何も答えない。ただ、いつもと変わらない様子で義人を見る。
そして、どれだけの時間が過ぎたのか。義人としては十秒にも一分にも、一時間にも感じる時間が経過してから優希は口を開いた。そして小さく、しかしはっきりと聞こえる声で、義人の言葉へ答えを返す。
―――嫌だ、と。