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異世界の王様  作者: 池崎数也
第五章
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第百二十六話:ズレ その3

 『召喚の巫女』であるカグラの主な仕事は、国王の補佐である。文官や武官に対する指揮権も持ち合わせてはいるものの、最も優先すべき仕事は国王の行動に対する補佐だ。そのため、国王である義人が姿を消してからも、代理で国王を務めている志信の補佐を行っていた。しかし、その働きぶりは義人が国王だった頃に比べれば遥かに見劣りするだろう。

 国を正常に動かすために働かなければならないとはいえ、カグラも人間である。やる気が出なければ仕事の能率も上がらない。特に、義人が姿を消してからすぐの頃は非常に情緒不安定で、仕事の進捗にも大きな波があった。


「…………」


 無言のままで、志信は自身から少し離れた位置に座るカグラへと視線を向ける。すると、そこにはいっそ上機嫌とすら呼べる様子で政務を片付けるカグラの姿があった。

 ふむ、と内心で首を傾げつつ、志信は自分が行っていた政務に集中すべく視線を手元の書類へと向ける。

 義人が姿を消して早一カ月弱。

 国王が不在という根本的な原因は解決していないものの、文官も武官もだいぶ落ち着きを取り戻していた。情緒不安定だったカグラも“ある日”を境に落ち着いており、当面の心配はないように見える。

 ある日……志信がゴルゾーから義人宛ての伝言を聞いた日以降、カグラはそれまでの不安定さをなくしていた。仕事の能率も上がり、志信の補佐も的確にこなす。それでいて基本的に機嫌が良く、以前のように落ち込むこともない。


 

 ―――しかし、『気をつけろ』とは一体……。



 ふとした拍子に、ゴルゾーの言葉が志信の脳裏に過ぎる。カグラの何に対して気を付ければ良いのか、それが志信にはわからない。



 ―――誰かに相談してみるべきか?



 自分一人で考えていてもわからず、志信は仕事の手を止めて軽く思考に沈んだ。

 ゴルゾーがわざわざ義人に対する忠告を残すのだから、確実に“何か”があるのだろう。しかしその“何か”がわからず、志信は黙考せざるを得ない。

 そうやって志信が思考しながらも政務を進めていると、不意に執務室の扉をノックする音が響く。志信とカグラは僅かに動きを止め、扉へと視線を向ける。すると部屋の隅で待機していたサクラが小走りに扉へと近づいた。そして扉の外の人間といくつかの言葉を交わすと、カグラへと視線を向ける。


「カグラ様、アルフレッド様がお呼びとのことですが……」

「アルフレッド様が?」


 政務のことで何か相談でもあるのか、とすぐに立ち上がり、そこでカグラは志信へと視線を向けた。


「それでは、わたしは少し席を外しますね。判断に困るものがあった場合は、そのままにしておいてください」

「ああ、わかった。わからないことがあったら後で尋ねる」


 志信の返事に微笑みを一つ残し、カグラは執務室から退室する。志信はそんなカグラの背中を意味もなく見送り、そこで不意に、不思議そうな顔をするサクラと視線が合う。


「カグラ様と何かあったのですか?」

「……何か、とは?」


 疑問を示すサクラに問い返すと、サクラは言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。


「いえ、最近のカグラ様を見ていると、やけに上機嫌と言いますか陽気と言いますか……以前も上機嫌な時がありましたが、その時よりも機嫌が良いように見えまして」


 サクラの言葉を聞いた志信は、それを否定するように首を横に振った。


「俺個人がカグラに対して何かをした覚えはないな」


 ただ、と言葉をつなげ、志信はサクラに真剣な視線を向ける。


「カグラ自身に“何か”があったのだろう。サクラ、何か思い当る節はないか?」


 真剣に問うと、サクラは動揺したのか僅かに視線を逸らす。それを見た志信は、重ねるように言葉を紡いだ。


「何か知っているんだな?」

「……はい」


 志信の問いに、サクラは小さく頷く。志信は手に持っていた書類を机の上に置くと、一度深呼吸をしてからサクラを見据える。


「それが何か、教えてほしい。俺の方でも気にかかっていることがある」

「シノブ様も、ですか?」

「俺“も”?」


 サクラの言葉に首を傾げる志信。そんな志信に、サクラは自身が知ることを話すべきか僅かに逡巡する。しかし、すぐに気を取り直して打ち明けることにした。


「シノブ様を正式な国王にする……アルフレッド様がそんな話をしたことを覚えていますか?」

「もちろんだ。それほど長い月日が経ったわけでもなし、覚えているとも」


 志信が首肯すると、サクラは“その時”カグラが口にしていた言葉を思い返しながら話を続ける。


「あの時、カグラ様は執務室を飛び出していかれましたよね? すぐにあとを追ったのですが、追いついたわたしはカグラ様の独り言を聞いてしまったんです」

「独り言?」


 独り言を口にしたことがおかしいのか、それともその内容に問題があるのか、志信は意味もなくそんなことを考えつつサクラの言葉を待つ。


「『もう一度、ヨシト様を召喚すれば良いんだ』と、カグラ様が仰っていました」


 そして、その独り言の内容に志信は目を細めた。


「……もう一度、だと?」

「はい。その時のカグラ様の雰囲気が……その、なんと言いますか、非常に危ういものでしたので、声をかけて確認することはできませんでしたが……」


 そう言って、サクラは気まずそうに目を逸らす。カグラとは幼い頃から面識があったが、それでもあのような―――鬼気迫る、背筋が凍えるような声を聞いたのは初めてだった。


「ふむ……」


 サクラの僅かに怯えを含んだ表情を見た志信は、カグラの最近の機嫌の良さやゴルゾーの忠告、そして志信自身がカグラから感じた印象から頭の中で現状をまとめていく。


「俺の方はゴルゾーから忠告を受けてな」

「ゴルゾー……ヨシト様のもとに出入りしていた、あの商人の方ですか?」

「ああ、そのゴルゾーだ」


 ゴルゾーのことはサクラも知っている。義人が特に贔屓にしていた商人であり、カーリア国の中では屈指の商人だ。


「ゴルゾーの口振りからして、カグラに“何か”を売ったらしい。商人という職業上、その“何か”の詳細は教えてもらえなかったが、それはカグラにとって上機嫌になり得るもの……そこにサクラの言う、『もう一度義人を召喚する』という話を付け加えれば、ある程度の形は見えてくるか」


 考えがまとまりつつあるのか、志信の口調からは淀みがなくなりつつある。サクラは志信の考えがわからないのか、小さく首を傾げた。


「ある程度の形、ですか?」

「おそらく、カグラが買ったものは“召喚に必要なもの”か“召喚の際の補助”になるものではないか? 加えて、わざわざゴルゾーが義人への注意を促すほどの重要な……もしくは危険な代物だろう。サクラ、召喚に使うことのできる、もしくは召喚の際の補助になる道具に覚えはないか?」


 志信にはその“何か”の概要は掴めてきたが、断言できるほどの確証はない。何せ、志信からすれば“こちらの世界”は異世界である。志信の知らない道具や知識も多く存在するだろう。そのためサクラに問いを投げかけたのだが、サクラは困ったように眉を寄せた。


「召喚に使うことのできる、もしくは補助になる道具ですか? 探せばその条件に該当する魔法具があるかもしれませんが、召喚は基本的にカグラ様自身の魔力で行われることですし、あったとしても魔法具の値段が高いと思いますよ?」

「高いと言っても、カグラなら貯えぐらいあるだろう? 宰相と同程度の地位にいるのならば、俸禄も高いはずだ」

「それはそうですけど……カグラ様でしたら魔力が回復すれば自力で召喚の儀式が可能ですし、魔法具などの補助は必要ない気がします」


 サクラは自身の記憶にある魔法具やカグラ自身の力量を考慮して否定の言葉を口にする。しかし、志信はサクラの言葉に何か思うところがあったのか視線を鋭くした。


「魔力が回復すれば召喚の儀式は可能なんだな?」

「は、はい。カグラ様の魔力が完全に回復したなら、召喚の儀式を行うことも可能のはずです」


 視線を鋭くした志信に困惑しつつもサクラは頷く。すると、志信は間髪入れずに指摘した。


「それなら答えが絞られるな。カグラが買ったものは魔力の回復に使う道具ではないか? たしか、まだ魔力が完全に回復していなかっただろう?」

「それは……はい。だいぶ回復されていますが、完全に回復するにはあと三ヶ月ほどかかるはずです」


 魔力の回復に使う道具と口にはしたが、志信自身はそんな道具があるかは知らない。そのため確認の意図を込めてサクラを見ると、サクラは少しの間を置いてから口を開いた。


「魔力の回復ができる道具……そうですね、直接的に回復できるというわけではないですが、良質の『魔石』ならば所持者の魔力量や魔力回復量を増幅させることは可能ですし、使用する魔法の補助にもなるかと思います。もっとも、カグラ様ぐらいの魔法使いになるとよほど質の良い『魔石』が必要ですが」

「ふむ、『魔石』か」


 『魔石』ならば、志信も知っている。かつて財務大臣を務めていたエンブズの屋敷で戦った際に、エンブズが使っていた魔法具だ。志信はその時のことを思い出し、小さく嘆息する。


「アレか……しかし、もしも本当にカグラが『魔石』を購入したのだとしたら、少々面倒な事態になりそうだな」


 カグラが上機嫌な理由を考えれば、最早答えは一つしかない。サクラも志信の話を聞いて状況を理解したのか、驚きに目を見開いた。


「まさか、『魔石』を購入したのはもう一度ヨシト様を召喚するため……ですか?」

「状況を考えれば、それしかないだろう。もっとも、カグラが購入したのが『魔石』だという確証もない以上、憶測でしかないがな」


 外れれば良いが、と志信は考えたものの、すぐに自分の考えを否定するように首を横に振った。



 ―――それは楽観に過ぎる、か。



 大丈夫だと自分に言い聞かせ、その結果、再度義人が召喚されたのでは義人に対して申し訳が立たない。

 志信は椅子に背を預けると、すでに一カ月近く顔を合わせていない友人のことを頭に思い描いた。

 志信が義人を友人だと思えるようになってから、ここまで長い期間顔を合せなかったことはない。夏休みや冬休み、春休みなどの長期休暇だろうと、暇があれば遊んだ仲だ。

 義人と出会う前の志信からすれば、ここまで縁が続く友人ができるとは思わなかっただろう。休日に遊ぶだけでなく、異世界にまで一緒に行くことになるなど、縁があるにもほどがある。

 その友人(よしと)は、何があったのか“元の世界”へ戻った。否、戻ることができたと言うべきだろう。

 元の、平和な世界に。

 魔法も魔物も存在せず、志信からすれば僅かに退屈な、“元の世界”に。


「シノブ様?」


 会話の途中で黙り込んだ志信を訝しんだのか、サクラが不思議そうな声を上げた。その声を聞いた志信は、声をかけたサクラではなく、ここにはいないが話題の中心になっているカグラへと意識を向ける。

 “まだ”憶測の段階を出ず、カグラが義人を再度召喚しようとしているとは限らない。しかし、もし義人を再度召喚しようとするのならその時は―――。



「その時は全力で止めるぞ、カグラ」



 聞く者はサクラだけしかいない、決意のこもった呟き。その呟きにこめられた感情を読み取ったサクラは、表情を強張らせる。


「シノブ様、何を……」


 志信から不穏なものを感じたのか、サクラが表情を強張らせたままで尋ねた。すると、志信はそんなサクラの表情を見て、苦笑を浮かべる。


「勘違いをするなサクラ。サクラが考えるようなことはしない」


 ただし、と言葉をつなげ、志信は机を指先で軽く叩く。


「今はまだ、な。カグラが何もしなければ、こちらも何もしない。だが、もしカグラが義人を召喚しようというのなら、全力で止めるだけだ」

「……それをわたしに話して良かったのですか?」


 カグラに告げ口することは考えないのか。そんな意図を込めた問いに、志信は苦笑を深める。


「義人のことを考えるならば“元の世界”で過ごした方が良いと、以前サクラは言った。それなら、俺はその言葉を信じるだけだ。それに、カグラのことはまだ憶測でしかないしな。違えば笑い飛ばせば良い」


 そこまで口にすると、志信は止まっていた政務を再開すべく机に積まれた書類へと手を伸ばす。サクラはそんな志信をしばらく見つめた後、視線を床へと落とした。


「アルフレッド様には……」

「言わない方が良いだろう。もしも話を聞いたアルフレッド殿がカグラ側についたら勝てないからな。まあ、おそらくは中立の立場を取ると思うが」

「カグラ様の部屋から『魔石』を盗み出すのは……」

「部屋にあるとは限らないし、気づかれたら実行した者が危険だ。今のカグラはどんな行動を取るか予想できん」


 志信は俯くサクラに視線を向けると、僅かに考えてから言葉を投げかけた。


「すまんな、余計な話を聞かせた。忘れてくれると助かる」


 忘れてくれと言われて、忘れられるような話でもない。

 結局、アルフレッドのもとからカグラが帰ってくるまでその沈黙は続くのだった。


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