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異世界の王様  作者: 池崎数也
第五章
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第百二十四話:ズレ

 元旦の休みも過ぎ、通常通り国が動き始めて三日ほどの時が過ぎた。

 人や物が動き出し、カーリア国軍も通常通り訓練や各地での魔物討伐が始まったのだが、魔法隊の隊長であるシアラは訓練のない空き時間は常に自室にこもっていた。

 引きこもり……などではなく、以前修理の許可をもらった『お姫様の殺人人形』を自分の手で修理するためである。しかし、ここ数日かけて人形の修理を行っていたシアラは常の無表情を崩して小さく眉を寄せた。


「……わからない」


 小さく呟きながら、シアラはもう一度人形へと視線を落とす。

 肩口から切り裂かれている上に右腕がない、見るも無残な魔法人形。自分で修理が可能かと思って受け取ったが、直すどころか修理に取り掛かれてすらいないのが現状だった。

 シアラとて、魔法具の全てを知るわけではない。極めるなどという言葉からは程遠く、魔法具の修理を本職としている人間に比べれば劣るだろう。腕は精々、中級者に届くかどうかといったところか。しかし、それでも大抵の魔法具ならばどういう仕組みで作られたかぐらいは読み取れる。


「……どうやって作ったの?」


 そんなシアラが、まったくと言って良いほどに仕組みが読み取れない。

 魔法具を作るには魔力を持つ魔物の体の一部を材料とし、さらに『魔法文字』で好みの魔法を付加するものが大半だ。

 例としては、火の属性を持つ魔物の角や爪、牙などに火を使った魔法の『魔法文字』を付加する。そうすることで、魔法具を持つ者が放つ火炎魔法の威力を底上げすることができたり、一度しか使えないが誰でも投げるだけで火炎魔法が発動できる……といった効果がある。逆に氷魔法の『魔法文字』を付加してしまえば何の効果も発揮しない、ただのゴミが生まれるだろう。

 簡単な魔法具を挙げるなら、志信が使う棍やミーファが使う刀も魔法具に該当する。志信の棍の場合は『無効化』の『魔法文字』を付加しており、棍の触れた魔法を『無効化』できるようになっている。ミーファの刀の場合は『強化』の『魔法文字』を付加することで刀の強度や切れ味を『強化』しており、棍も刀も『魔法文字』が消えるまで効果を発揮し続ける。

 しかし、シアラが修理を行っている『お姫様の殺人人形』は違った。外見は木造りの小さな人形であるが、どこにも『魔法文字』が書かれていないのである。義人によって斬られた右腕や、肩口から腰まで斬られた部分を覗き込んでもそれらしいものは見当たらない。


「…………」


 無言で人形を机の上に置き、シアラは椅子に体重を預ける。

 手に取った者が思い描く人物に姿を変える魔法具である『お姫様の殺人人形』。その効果は既に自分の目で確かめており、疑うべくもない。しかし、だからこそわからない点がシアラにはあった。


「……どうやって姿や能力を変化してるの?」


 人形が真似るのは姿だけではなく、その人物の能力も真似ることができる。もちろんそのまま丸写しというのは無理だが、質の良いものならばかなりの精度で能力を真似ることが可能だ。だが、その原理がわからないのである。

 姿を真似るだけならば、それは可能だろう。姿を変えるだけならば、シアラも小雪という存在を知っている。しかし、能力を真似る点だけがどうにもわからなかった。


「……能力を変化……でも、この人形は何度でも使用可能……そうなると一回だけじゃなくて複数回、複数の属性に変化することもある……」


 考えをまとめるように呟き、シアラはゆらゆらと頭を左右に揺らす。


 ―――そんな魔法技術は、ない。


 そんな結論がシアラの頭に過ぎる。少なくとも、今のカーリア国にそんな魔法技術はなかった。

 魔法国家と呼ばれる大国、ウォーレンならばそれに適うだけの魔法技術があるだろうか。そこまで考えたシアラではあるが、シアラはほとんどカーリア国から出たことがない。ウォーレンなど、言葉の上で知っている程度だ。新しい魔法体系の研究や、対魔法に関する研究が盛んらしいが、実際にその地を訪れたことがないためシアラには本当かどうかわからなかった。


「……むぅ……」


 口をへの字に曲げて、シアラは椅子から立ち上がる。

 残念ながら、そろそろ午後の訓練が始まる時間だった。






 カーリア国の宰相であるアルフレッドは、新年早々深いため息を吐いていた。

 祝日である元旦が過ぎたのはほんの三日前。今ではいつものように政務が始まり、一日の休日を得た国民達も再び各々の仕事を開始している。しかし、そんなアルフレッドには頭の痛い問題があった。

 国王不在という現状。

 新年を迎えるにあたり、隣国から送られてくる友好の使者に対する対応。

 その他にも細々とした問題があり、アルフレッドとしても頭の痛いところだった。


「どうしたものかのう……」


 愚痴のように呟いてみるが、答えは出ない。

 新年を迎える……それ自体は良い。魔物であるアルフレッドも、多少は人の感情や習性を理解している。新たな年を祝うという習慣はエルフ族にはなかったが、アルフレッドは長い間を人間と共に過ごしたのだ。今では新年を祝うということがどんなことかも理解している。

 国王が不在という現状については、まだ対処可能だ。宰相のアルフレッド、『召喚の巫女』のカグラ、そして国王代理として志信がいる。最近はカグラの様子が気にかかるものの、今のところ大きな問題でもない。頭を痛める用件ではあるが、アルフレッドとしては“まだ”大きな問題ではないのだ。しかし、他国から送られてくる新年を祝う使者をどうするか。実のところ、これが一番の問題である。

 新年を迎えた場合、戦争状態にある敵国でもない限り、周辺国に対して互いに祝いの使者を送るのが慣例だった。使者の手配についてはアルフレッドが行っているため、問題はない。だが、送る使者よりも迎える使者の対応についてどうするかが問題だった。

 使者を迎える場合、当然のことではあるが謁見の間へと通して応対する。そして、他国が正式に遣わした使者を相手にするのは国王の役目だ。勿論、正式に遣わした使者とはいえ、その内容によっては国王ではなく他の高官……カーリア国で言えば宰相であるアルフレッドや『召喚の巫女』であるカグラが対応することもある。しかし、今回の場合は祝いの使者である。拒む理由もなければ、拒める道理もない。もしも拒めば、それだけで使者を遣わしてきた国が悪感情を持つ可能性がある。


「どうしたものかのう……」


 再度同じ呟きを漏らしつつ、アルフレッドは溜息を吐いた。

 国王である義人が姿を消したことは、秘するべきである。捜索のために人を出しているためいずれは周辺の国にも知られてしまうだろうが、発覚するまでの時間は長い方が良い。

 そうなると、どうするべきか。それを考えるアルフレッドではあるが、取れる手はあまり多くないのが現状だった。


「病気で()せっていることにするかのう……しかし、使者の対応もできないほどの重病だと思われるのも問題か……ふむ、どうしたものか……」


 浮かぶ案は、どれも説得力に欠ける。アルフレッドは眉間を軽く叩くと、志信やカグラの意見も聞くべきかと今まで座っていた椅子から腰を上げた。

 他の文官達については、もう少し具体的な対策をまとめてから話した方が良いだろう。ただでさえ、正式な国王が不在ということで不安がっている者もいるのだ。

 臣下達の心情についても何かしらの手を打つべきかと考えつつ、アルフレッドは国王用の執務室へ足を向ける。そして執務室の前まで到着すると、軽くノックしてから扉を開いた。


「あら、アルフレッド様。どうかしましたか?」


 扉を開けたアルフレッドを迎えたのは、微笑を顔に張り付けたカグラである。カグラは義人が使っていた机の隣で、今まで通り政務を片付けていた。

 

 今まで通り、義人がいた頃と同じように。


 現在国王用の執務机に座っているのは志信である。以前はそのことに対して不満があったはずだが、何故かアルフレッドを迎えたカグラは笑顔だった。

 アルフレッドが部屋の中に視線を向けて見ると、壁側で所在なさげに立つサクラと目が合う。サクラはどこか困惑したような表情をしていたが、それでもアルフレッドと目が合うとどこか安心したように一礼した。アルフレッドはそんなサクラの態度が気にかかったものの、これからカグラと話す内容を考えて退室を促すべきか僅かに迷う。しかし、サクラの意見も参考にするべく執務室の扉を後ろ手に閉めた。


「それで、どうかしましたか?」


 扉を閉めたアルフレッドを視界に捉えつつ、カグラが口を開く。それを聞いたアルフレッドは、カグラに歩み寄りながら答えた。


「うむ、近々来訪する他国の使者についてじゃ」

「使者……ああ、新年を祝う使者ですね。ヨシト様が国王に就いたから、去年よりも数が多いようですが」


 頬に手を当てながら思い出すように話すカグラに、アルフレッドは頷いてみせる。


「そうじゃな。レンシア国はいつも通りのことじゃが、他にもあちこちから先触れの使者が来ておる……ハクロア国からも先触れの使者が来たのは予想外じゃがな」


 アルフレッドがそう言うと、それまで黙って話を聞いていた志信が疑問の声を上げた。


「ハクロア国からも、ですか」


 国としては直接的に対立したわけではないが、ハクロア国とは前財務大臣であるエンブズとの一件もある。そのことを懸念した志信だが、アルフレッドもその懸念に同意する気配を見せた。


「シノブ殿の言いたいこともわかる。じゃが、祝いの使者を断ればそれはそれで角が立つ。あの国のことじゃ、それだけで攻めてくるやもしれん」

「さすがにそこまで軽率ではないと思いますが……警戒はしておくべきですね」

「うむ。そこでじゃ、ヨシト王が不在というこの状況をどう誤魔化すか、その意見を聞きたい。他の文官にはある程度案を固めてから話したいからのう」

「……そう言えば、中には現状を不安に思う者もいるのでしたね」


 国王代理である志信に対して、どことなく不信な目を向ける者も存在する。武官ではほとんどいないのだが、文官の中には志信に対して『武官連中に贔屓をするのではないか』と勘繰る者もいるのだ。義人ならば文官武官のバランスを上手くとるようにしていたが、志信は本人の性質的に武官側に傾くことがある。そのせいもあって、現状に不安を覚える者が出ているのが現状だった。


「シノブ殿ならばどう対処する?」

「……そうですね、俺ならば義人が病に臥せっていることにしますが」

「儂もそれは考えた。じゃが、国王が他国の使者に会えないほどの重病だと思われるのも問題じゃよ。カグラは何かないか?」

「そうですね……祝いの使者を受けないのも手ですが、それでは今後に悪影響があります」

「ふむ……それならば、義人の影武者を立てれば良いのではないか? そんな道具があっただろう?」


 代替案を上げる志信だが、それに対してカグラが首を横に振る。


「もしも使者の中に魔法の扱いに長けた者がいれば、見抜かれるでしょう。そうなると、病気だという以上の疑いを持たれます」


 使者の護衛にはそれなりに腕の立つ者がつくことも多い。そう付け足し、カグラは再び案を考える。すると、不意にアルフレッドが小さく呟く。


「シノブ殿を、正式な国王じゃと紹介するという手もあるか……」


 志信を国王代理ではなく、正式な国王にする。王印もあるため、職務上の問題はないだろう。あるとすれば、志信を国王に据えた場合の臣下の反応が気がかりという点だが。


「……アルフレッド様、今、なんと仰いましたか?」


 気がかりの筆頭である少女が、感情を感じさせない声で尋ねる。アルフレッドはそんなカグラの反応に、僅かに冷たいものを背筋に感じながら答えた。


「シノブ殿を正式な国王にするという手もある……そう、言ったんじゃが」

「俺を国王に、ですか?」


 アルフレッドの言葉を聞いて急に俯いたカグラを横目に見つつ、志信が尋ねる。


「勿論、ヨシト王が戻るまでの一時的な話じゃがな」

「しかし、義人が戻らなかった場合はどうするのです?」


 むしろ、その確率の方が高いのではないか。そんな意図を込めて尋ねる志信に、アルフレッドはため息交じりに頷く。


「シノブ殿の言いたいことはわかる。しかし、このままではこの国が傾くどころか、潰れかねんのじゃ……儂とて、都合の良いことを言っているのはわかっておる。その場合はシノブ殿、お主に一時的なものではない正式な国王として」



「―――いや、です」


 

 アルフレッドの言葉を遮るように、小さな声が響く。その声を発したのは、先ほどから俯いたままのカグラだった。俯いているため表情が見えないが、その声にこめられた感情だけで表情を見る必要はないだろう。

 声に込められていたのは、明確な拒絶と怒り。

 カグラからすれば彼女の仕える国王は義人だけであり、志信はあくまでその友人……悪く言えば、ただのおまけである。

 国を支える『召喚の巫女』としては、アルフレッドの案に乗るべきだろう。

 新しく国王となった志信を支え、カーリア国の発展に貢献していけば良い。

 その傍らで次代のカグラとなるべく“人材”を産み、育てていけば良い。

 仕える相手が義人から志信に変わる、それだけだ。そして、かつての自身の母や、連綿と続いてきた今までのカグラと同じように、己に課された“務め”を果たせばいい。


 ――ただ、それだけである。


「嫌です」


 しかし、“少女”は真っ向からそれを拒否した。

 理性では、アルフレッドの言っていることが妥当だと理解している。だが、それは嫌だと感情が声を上げた。

 アルフレッドの案に代わるものはない。説き伏せるだけの根拠もない。それは突きつけられた言葉を跳ね除けるだけの、単純な拒否。

 ただ拒否するなど、幼い子供でもできることだ。それでも、彼女は拒否した。

 それは当代の国王を召喚する前の彼女ならば、考えられないことだった。以前の彼女だったならば、アルフレッドの言葉に唯々諾々と従ったに違いない。


「……っ、失礼します!」


 カグラは白衣の袖口で乱暴に目元を拭うと、アルフレッド達の返事も聞かずに部屋を飛び出す。アルフレッドと志信はそんなカグラを呆然と見送ったが、すぐさま我に返って互いに顔を見合わせた。


「あの様子を見るに、今しばらくは現状を維持した方が良いと思いますが」


 カグラの背を見送った志信が、冷静に尋ねる。そんな志信に対して、アルフレッドは伸びた白髭を困ったように擦った。


「そう、じゃな……」


 政務、それも国政に関わることに私情を持ち込むつもりは“ほとんど”ないアルフレッドだが、さすがにカグラの態度に思うところはある。長い間、『召喚の巫女』である“カグラ”を見続けてきたのだ。今回のカグラの反発も、ただの癇癪と片付けることはできない。


「ひとまず、使者の件は当初の案で通すかのう……サクラ、すまんがカグラの様子を見てきてはくれんか?」

「あ、はい……」


 一度も会話に参加することはなかったサクラだが、カグラの行動を心配していたのだろう。アルフレッドの指示に頷き、すぐさま部屋を飛び出していく。

 カグラに続いてサクラまで見送ったアルフレッドは、深々と溜息を吐くのだった。






 執務室を出たサクラは、城中(じょうちゅう)の人間に話を聞きながらカグラの後を追っていた。カーリア国の中ではある意味国王よりも有名なカグラである。城中ならばその容姿を知っている者ばかりなので、後を追うのは容易だった。

 人気の少ない廊下を直進し、曲がり角を右に曲がる。そしてさらに突き当りの角を曲がろうとしたところで、サクラは静かに足を止めた。


「……それは嫌。ヨシト様ではなく、シノブ様では嫌。そんなの嫌」


 僅かに、声が聞こえる。その声に聞き覚えがあったが、あまりに普段と違って聞こえたサクラは思わず息を潜めて声に耳を傾けた。


「嫌、嫌、嫌。だったら、どうすれば……」


 ブツブツと聞こえる声が、一度途切れる。サクラは何と言って声をかけるべきかと非常に悩んだが、そんなサクラを制するように声が聞こえた。


「ああ、そうか……ふふふ、なんだ、簡単じゃない」


 小さな笑い声。そして、続いた言葉に、サクラは言葉を失うことになる。



「―――もう一度、ヨシト様を召喚すれば良いんだ」



 できる、できないではない。召喚“する”のだと口にして、カグラは笑うのだった。


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