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異世界の王様  作者: 池崎数也
第五章
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第百二十三話:収穫

 義人達が“元の世界”へと戻り、一週間ほどの時が流れた。

 年を越し、三が日も過ぎ、年末年始ということで流れが止まっていた世間が動き出す頃である。社会人ならば仕事が始まり、学生ならばあと少しで学校での授業が再開するだろう。

 仕事や学校が始まることに対して気を引き締める者、休みが終わることを嘆く者、様々な人間が様々なことを思い、考える時期だ。

 そんな世間の流れに逆らうように、義人は今、山の中にいた。

 首にマフラーを巻き、上着はハーフコートに下はGパン、靴はスポーツシューズという、登山をするには向いていない服装である。背中にリュックを背負ってはいるものの、その大きさは登山をするには向いてないほどに小さい。もっとも、義人本人にとっては登山をしているという意識はないのだが。

 朝露で湿った落ち葉に足を滑らせないように気をつけながら、一歩一歩ゆっくりと歩を進めていく。そして時折、木の幹に拾った石で傷をつけると、今まで歩いてきた方向を確かめて溜息を吐いた。


「はぁ……ノーレを持ってくれば良かったかな」


 吐いた息が白く染まるのを尻目に、義人は山の奥へと進んでいく。

 死に場所を求めて……などということは欠片もなく、“ある目的”を持って義人は人気のない山中を進んでいた。

 何故義人が山へと踏み入っているのか。それは、五時間ほど前へと時を(さかのぼ)る。






 早朝である午前五時。義人はここ数か月で身についた習慣によって、まだ夜が明けない内に目を覚ました。目覚まし時計をかけていたわけでもなく、自然と目が覚めたのである。

 義人は軽く体を伸ばしながら欠伸をすると、枕元に置いてある目覚まし時計に目を向けて小さくため息を吐いた。


「……この時間に起きてもすることがないっての」


 もしも“向こうの世界”だったならば、起きて志信の早朝訓練に参加しただろう。しかし、“こちらの世界”で早朝から庭先に出てノーレや木刀を振り回していれば、即刻警察に通報されるだけだ。

 そのため、義人は再び布団にもぐりこむ。小雪も今日は優希と一緒に寝ているためおらず、のんびり二度寝へと突入し―――今度はきっちり二時間後の午前七時に目が覚めた。

 “向こうの世界”ならば起きて朝食を取り、その日の政務に備える時間である。だが、“こちらの世界”で政務に励むことなどない。サクラが着替えを持って義人を起こしに来ることもなければ、寝坊を咎めてカグラが部屋に来ることもなかった。

 義人の脳裏に、“向こうの世界”にいるであろう知り合いの顔が浮かぶ。続いて志信の顔が思い浮かび、義人は布団を跳ね除けながら上体を起こした。


『……ん? 起きたか、ヨシト』

「ああ、起きた。おはようノーレ」


 声をかけてくるノーレへ返事をして、義人は苛立たしげに頭を掻く。すると、それを見たノーレが不思議そうな声を出す。


『どうしたんじゃ? 夢見でも悪かったか』

「……いや、そうじゃないよ。ただ、“向こうの世界”の生活に合わせた時間で目が覚めたから、少しね」

『……そうか』


 ノーレの声には、僅かな間があった。義人はそんなノーレに苦笑を向けると、手早く寝間着から普段着へと着替える。そして欠伸をしながら自室を出ると、一階のリビングへと向かった。


「起きたのか。おはよう、義人」


 そして、リビングに入るなり父親から声をかけられる。義人の父はスーツ姿で椅子に腰かけており、キッチンで義人の母が作っている朝食を待っているようだった。


「今日から仕事だったっけ?」

「ああ。父さんも母さんもな。義人は……」

「休みって言うのもおかしいかな。んー……自宅待機? 家でゆっくりとしてるんじゃないかな」


 まだ学校は始まっていないが、始まったとしても通うわけにはいかない。世間的に、義人と優希はまだ行方不明ということになっているのだ。そのため、あまり外を出歩くわけにもいかない。出歩くとしても多少の変装は必要だろう。

 義人の言葉に何を思ったのか、義人の父は『そうか』とだけ口にしてリビングに置かれたテレビへと目を向ける。ブラウン管の中に映ったニュースキャスターは、新年早々だというのに公金の横領が発覚して追及される政治家について、原稿用紙を読み上げていた。

 それをぼんやりと聞いていると、義人の父が口を開く。


「義人がいた国では、こういう事件があった場合はどうしていたんだ?」

「俺がいた国って、“向こうの世界”のこと?」

「ああ」


 それは純粋に興味があったからなのか、それとも息子が経験したことを知りたいがためか。義人は僅かに考え込むが、特に隠すこともないと判断する。


「証拠を突きつけて、横領した金を全額返済して心を入れ替えるか、それとも官職と家名を剥奪、そして財産も没収。退職金もなしのどっちが良いかを選ばせたけど」


 本当のところはそれに加えて斬首だった、と付け足し、義人は小さく笑った。

 “向こうの世界”に召喚されて間もない、一か月すら経っていない頃の出来事である。現在は財務大臣に任命しているが、ロッサなども横領をしていたのだから、かなり危険な状態だった。アルフレッドという屋台骨がなければ、カーリア国は滅びていただろう。

 もっとも、国王がいない状態ではいつ滅びてもおかしくないのだが。


「……そうか」


 懐かしむように、ついでとばかりに自分が行っていた政務の内容などを話した義人を見て、義人の父はどこか複雑そうな、それでいて納得したような声を漏らす。


「何か変なこと言ったかな?」

「変というか……いや、そうだったな。お前は、そんな立場に就いていたんだったな……信じたようで、信じてなかったみたいだ」


 義人達が異世界に身を置き、そこで生活を送っていた。それを説明されて、理解しても、心のどこかで信じていなかったと、義人の父は寂しげに語る。


「息子のことなのになぁ……斬首なんて言葉が当然のように出てくる世界、か。魔法もあれば、近くの国は戦争もしている。魔物なんて生き物もいる……父さんにしてみれば、夢物語だよ」

「まあ、俺も自分で体験しなかったら信じなかっただろうけど……」


 普通なら、笑い飛ばすか精神科への通院を勧めるような内容だ。

 義人の父は、いや、義人の両親と優希の両親は、自分の子供の言葉を理解はしても心のどこかで信じていなかった。もちろん、義人が実演して見せた魔法などである程度の信憑性はある。しかしそれ以上に、義人の父にとっては自分の息子が当たり前のように、“向こうの世界”とやらで行っていた政務のことを話すことのほうが余程言葉に真実味を持たせていた。


「それで、義人にとってはどうだったんだ?」

「どうって……何が?」

「政務を行って、“向こうの世界”で過ごして、どう思った? 辛かったのか? 楽しかったのか?」


 その問いに何の意味があるのか。義人は僅かに戸惑いながらも、“向こうの世界”で過ごした時のことを思い返す。そして、考えをまとめるようにゆっくりと口を開いた。


「辛いこともあれば、楽しいこともあったよ。“こちらの世界”じゃ経験できないようなこともたくさん経験した。“こちらの世界”じゃ見れないようなものも見た……うん、まとめて言うなら、充実していた……かな」


 “向こうの世界”にいた頃は、“元の世界”に戻りたいと思っていた。平和で、ただの学生として過ごせる“元の世界”に。優希や志信と一緒に帰り、また元の生活に戻れればいいと、義人は思っていたのだ。


「充実していた、か」


 義人の言葉に何を感じたのか、義人の父は小さく頷く。それがどうしたのかと思った義人ではあるが、父の雰囲気に押されて何も言えなかった。すると、それを察したのか義人の父は場の雰囲気を変えるように口の端を吊り上げる。


「そう言えば、お前のいた国……カーリア国だったか? そこで王様をやっていたと言うが、生活の面ではどうだったんだ?」

「生活の面? こっちに比べたらかなり不便だけど……」


 文明の差を説明しようとする義人だが、義人の父は違うとでも言いたげに首を横に振った。


「ほら、お前は国で一番偉かったわけだろ? ということは、“色々と”自由だったんじゃないか? お前も若いんだし」

「…………あー」


 自分の父親の言いたいことを理解して、義人はどこか遠くを見るように目を細める。

 商人であるゴルゾーからお近づきの印に多数の少女を譲渡されかけたり、酒に酔ったカグラに押し倒されたりしたが、間違っても手を出してはいない。カグラについては、実際のところ義人としてもギリギリだったが、手を出していないのだ。

 故に、義人は顔の前で手を軽く振る。


「ないない。なかったなかった。そんなことはありませんでした」


 そう言いつつ、義人としても父親の言いたいことも理解できた。


 ―――ちょっと勿体なかったかなぁ……。


 “元の世界”に戻る際の枷になればと拒否したが、いざ“元の世界”に戻ってみるとそんなことを考える余裕すらある。もっとも、実際に実行することはなかっただろうが。


「可愛い子の一人や二人、いたんだろ?」

「いたけど……」


 何の理由があって朝から実の父親とこんな話をしているのだろうか。そんな疑問を覚える義人だったが、父はそれに気づかないのか話を続ける。


「勿体ない。父さんだったら」

「『父さんだったら』……何を、どうするのかしら?」


 ピタリと、義人の父の動きが止まった。その声の主が誰なのか、それを察した義人は席を立つと、リビングの出口へと向かう。


「あ、顔洗ってなかったから洗面所に行ってくるね」


 背後で父親の悲鳴が聞こえた気がしたが、義人は気にしないことにした。






 義人は両親が仕事で家を出た後、自室に戻った義人は外出の準備を行っていた。

 朝方自身の父に話した内容。“向こうの世界”での生活について話すうちに、義人の中である考えが浮かんでいたのである。


 ―――本当に、このままでいいのか?


 “元の世界”に戻ることができた。しかし、そこには親友である志信はいない。だからどうにかやって連れ戻して……そんなことを考えてはいたものの、明確な手段もない。それに加えて、平和でのどかな“こちらの世界”で再び生活をしていると知らず知らずのうちに気が抜けていくのだ。

 このままでは、“向こうの世界”に加えて志信のことまでどうでも良くなってしまうのではないか。そんな不安が過ぎり、義人は居ても立ってもいられなくなった。

 そのため、義人は“こちらの世界”へと戻ってきた際に最初にいた場所へと向かうことにしたのである。

 優希と小雪には電話をかけてその旨を伝えてあるが、同行は断った。義人一人ならばそこまで目立たないだろうが、優希と小雪を連れて歩くとそれなりに目立つ。もしも同級生にでも目撃されたら危険だった。行方不明になったはずのクラスメートが顔の似ている子供を連れて歩いていたら、誰でも事の真偽が気になるだろう。


「さて、こんなもんか」


 タオルやペットボトルに入ったお茶、それに用心として方位磁針をリュックに詰め込む。あとは行きの途中でコンビニにでも寄って、おにぎりかパンを買う。そう決めた義人は財布をポケットにねじ込むと、部屋を出ようとした。


『これ、どこに行くヨシト。妾も連れて行かぬか』


 服装やリュックから外に出ることを察したのか、ノーレがそんな声を上げる。それを聞いた義人は、苦笑しながらドアノブに手をかけた。


「いや、だから無理だってば。“こっちの世界”では、ノーレを持ち歩くだけで捕まるんだよ」


 中身がわからないように布などで包めば携帯しても問題はないが、ノーレは“こちらの世界”で持ち歩くには物騒な代物である。竹刀でも木刀でも、ましてや模造刀でもない。往来で真剣を鞘から抜けば、即座に警察に通報されるだろう。

 義人がそれを懇切丁寧に説明すると、ノーレは不思議そうに疑問の言葉を投げかける。


『夜盗や追い剥ぎに襲われたらどうするんじゃ?』

「襲われないから! この世界……いや、この国に限って言えば、その確率は無視できるほどに低いから!」


 通り魔に遭う可能性は僅かにあるものの、夜盗や追い剥ぎに襲われることなど現代の日本では宝くじに当たる並に確率が低い。そもそも、夜盗や追い剥ぎなど日常の中で聞く言葉でもなかった。

 それに加えて、義人はノーレがなくても魔法を使うことができる。“向こうの世界”と違って多少使いにくいものの、『強化』や風の魔法が使えるのだ。そして、命のかかった実戦も経験している。例え通り魔に出会ったとしても、『強化』だけで対処できるだろう。


「暇ならテレビをつけていくから」


 そう言って、義人は自室に置かれている小さいテレビの電源を入れる。そしてチャンネルをノーレの前に置くと、ボタンを指しながら使い方を説明していく。


「このボタンを押したらチャンネルが変わるから、見たいもの……と言っても内容はわからないか。とりあえず、気になるものを見ててくれよ」

『むぅ……仕方ないのう。妾とて、“こちらの世界”の文化は気になる。ところで、どうやって『ぼたん』とやらを押せば良いんじゃ?』

「……それは、えーっと……気合で? いや、リモコンを壊さない威力の風魔法で押せばいいんじゃないか?」


 帰ったらリモコンが無事であることを祈りつつ、義人はノーレを残して家を出るのであった。






 そして現在。義人は以前山から出てきた場所に到着すると、逆流するように山へと足を踏み入れた。それも、道に迷っても大丈夫なように、一定の距離を歩いたら拾った石で木の幹に傷をつけながらである。

 “こちらの世界”へ戻ってきた際、山から出るまで多少の時間がかかった。そのため、“こちらの世界”に戻った際に最初にいた場所まで戻るのも時間がかかるだろう。

 戻るための道筋については、最近複数人が歩いた跡が残っているため問題ない。雪が積もっていたらそれもわからなくなっていただろうが、地面から生えた草が曲がっていたり、丈の低い木の枝が不自然に折れているなど、山登りについては素人の義人でも道筋がわかる程度に人の通った跡が残っている。それに、途中までは龍の姿に戻った小雪の足跡なども残っていたため、義人が思っていたよりもスムーズに進むことができた。

 そうやって地面を睨みながら歩くこと一時間弱。

 義人は“こちらの世界”に戻った際、暖を取るために焚き火をした場所までたどり着いた。消化のために土をかけてはいたが、さすがに焦げた枯葉や地面を見逃すことはない。

 義人は休憩がてらリュックからお茶の入ったペットボトルを取り出すと、一気に半分ほど飲み干す。そして大きく息を吐くと、改めて周囲を見回した。

 地面には枯葉が敷き詰まり、周囲には乱立するように木々が立ち並ぶ。時期が冬のためか虫や動物の気配もなく、精々頭上を鳥が飛んでいくぐらいだ。


「…………」


 無言で目を閉じ、義人は周囲の様子を耳で探る。だが、それでも特におかしな点はない。


「何かあるかと思ったけど……」


 義人は小さく呟いたつもりだったが、人気のない山の中ではやけにその声が大きく聞こえた。そのことに僅かな心細さを感じたものの、努めて無視して義人は周囲の様子を確認していく。

 例えば、“こちらの世界”と“向こうの世界”をつなぐ際に出てきた、黒い穴などの一目見て異常とわかるもの。しかし、いくら探しても影も形もない。

 例えば、五感で感じる異常。しかし、どうやっても異常は感じない。

 例えば、魔法的な異常。五感とは違う、ある意味第六感とも呼べる感覚。しかし、それでも異常は感じない。


「……あれ?」


 何かしらあるのではと思っていた義人ではあるが、結果は『何も異常はない』の一言で説明ができる。

 そしてそれは、『こちらからでは何もできない』という事実を浮き彫りにする。

 義人は頭に手を当て、思わず空を仰ぎ見た。


「どうすりゃ良いんだよ……」


 “向こうの世界”のことが気になったが、渡る術も、確認する方法もない。


「……次は、ノーレと小雪を連れてくるか」


 自分では気づかなかったことに気付くかもしれない。そんな願いを口にしながら、義人は山を下りるべく歩き出す。

 結局、“この日の”収穫はゼロだった。


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