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異世界の王様  作者: 池崎数也
第一章
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第十一話:綺麗なリンゴと腐ったリンゴ

 朝食を終えた義人達は、今度は謁見の間へと案内される。

 昨日行えなかった臣下との顔合わせを行うとのことで、カグラは義人に一枚の羊皮紙を差し出した。


「これが主な臣下の役職と名前です。なるべく早く覚えてくださいね?」

「ういっす、努力します」

「それと、これを」


 そう言って差し出してくるのは、高級な布で織ったらしき赤いマント。義人はサクラに手伝ってもらい、とりあえずマントを身に着ける。


「おお、王様っぽい」


 冗談混じりにそう言うと、カグラと優希も同意するように頷いた。


「お似合いですよ」

「うん、格好良いよ義人ちゃん」

「へっ、よせやい。照れるぜ」


 本当はあまり照れていないのだが、とりあえずそんなことを言ってみる。そして、羊皮紙をポケットに入れようとして動きを止めた。


「そうだ。この名前が書かれている紙って、もう一枚用意できる?」

「できますけど……どうしてですか?」

「いや、志信に持たせようと思って」

「シノブ様に?」


 カグラは不思議そうな表情を浮かべるが、志信が頷く。


「できれば書く物も一緒にお願いします」

「はぁ、わかりました」


 ひとまず返事を返し、カグラは頼まれた物をすぐに持ってくる。志信が受け取ったのを確認すると、義人は口の端を吊り上げて笑いかけた。


「そんじゃ、頼むぜ志信」

「わかった。注意して見ておく」

「わたしは?」

「ああ、優希もなるべく頑張ってくれ」


 なるべくというところに優希がへそを曲げかけたが、義人がなだめてすぐに元に戻る。

 そして、一つ深呼吸して義人は謁見の間への扉をくぐった。




 謁見の間には、昨日と同じように主な文官武官が並んでいた。その中にはミーファの姿もある。そして、義人が入ってくるのを見るとすぐさま膝をついて臣下の礼を取った。

 やべぇ、ちょっとイイ気分。

 王様っていいな、と義人は内心で思ったが、表情には微塵も出さない。下手すればにやけてしまいそうになるが、なんとかそれを抑え込んだ。

 義人は表情を引き締めたまま、王座へと足を運ぶ。そして、なるべく威厳があるように胸を張って王座に座った。

 優希と志信はカグラに案内され、義人から若干離れたところに立たされる。義人の傍にはアルフレッドが控えており、義人を補佐する役目のカグラがその斜め前で膝をついた。それを確認した義人は威厳があるようにと臣下を見回して鷹揚に頷く。


「皆の者、昨日は取り乱したところを見せたな」


 ポーカーフェイスを装うが、正直緊張で口から心臓が飛び出そうだ。

 なんで俺、こんなところで王様なんてやってるんだろう? と現実逃避したくなったが、逃避できないので話を進めていく。


「カグラ達から話は聞いた。これより、俺は王としてこの国を良い方向へと導いていけるよう努力する。よって、まずは最初の命令を下す」


 命令、という言葉に臣下の間に微かな動揺が広がる。

 それを見ながら、本当はすでに最初の命令を使っており、しかも『自分が食べる料理をもっと粗末なものにしろ』という内容であることは言わないでおこうと義人は思った。


「俺は若く、未熟だ。この世界のことなんて、わからないことが多すぎる。だから、皆には俺を支えてほしい。それが最初の命令だ。よろしく頼む」


 そう言って頭を下げると、さっきよりも動揺が大きくなったのを感じる。『俺は』頭を下げているからわからないが、顔を見合わせている者もいるだろう。何せ、王が軽々しく頭を下げたのだ。前の王は傲岸不遜だったらしいので、その驚きは大きいだろう。

 そんな臣下達の反応を、志信は冷静に見つめていた。浮かべた表情や挙動をつぶさに観察し、驚きや動揺とは違う様子を見せた者の目星をつけていく。


「ヨシト王。我々は臣下。王を支えるのは当然の務めというものじゃ」


 アルフレッドがそう言うと、義人は頭を上げる。そして、ポケットから羊皮紙を広げると、アルフレッドに小さく笑いかけた。


「そうか。では、まずは臣下の名と顔を覚えないとな」


 臣下達を一度見回すと、手元の羊皮紙へと視線を落とす。


「今から役職と名前を呼ぶから、返事をしてくれ」


 さり気なく優希と志信のほうに目を向けると、二人はそれに気づいて小さく頷いた。

 口元をニヤリ、と歪める義人だが、臣下達からは羊皮紙が死角になって見えない。


「ではまず、宰相のアルフレッド」

「はっ!」


 傍にいたアルフレッドが返事を返す。義人はその顔を数秒凝視すると、再び羊皮紙に目を落として次々と名前を読み上げていく。

 呼ばれた臣下は返事を返し、優希と志信は返事をした臣下の動きを見る。優希はその雰囲気を見て、志信は表情や動きなどを観察してさり気ない動作で手元の羊皮紙に筆を走らせた。




「……っと、これで終わりか」


 羊皮紙に書かれていた文官武官、合わせて二十八人。義人はおおよその名前と顔を頭に叩き込むと、羊皮紙を丸めてポケットに仕舞う。そして、カグラの方へと顔を向けた。


「これからの予定は?」

「はっ、ヨシト様には執務室にて政務を行っていただきます。重要な事項がいくつかございますので」

「成程。よし、それでは解散とする! 皆の良き働きに期待する!」

「はっ!」


 最後にそう締めくくり、初めての謁見は終了した。




「ぶはー! 疲れたー!」

 執務室に案内された義人は、マントを脱いで体を伸ばす。そんな義人に、カグラは苦笑した。


「お疲れ様でした。でも、中々見事でしたよ? 緊張もされてなかったみたいですし」

「いやいや、すごい緊張したっつーの。てか皆の良き働きに期待する? はは、何言ってんの俺」


 思い返すと顔面から火が出そうだ。


「いや、カグラの言う通り見事だった」

「うん、格好良かった! 王様っぽかったよ?」


 遅れて部屋に入ってきた優希と志信は、そんな義人に労いの言葉をかける。義人は執務用の机にだらーっと体を乗せると、その体勢のまま顔を上げた。


「んで、どうだった?」

「格好良かったよ!」

「ちげえよ」


 楽しそうに笑う優希を一刀両断して、志信に目配せする。志信は一つ頷くと、制服の内側から羊皮紙を取り出した。


「臣下の様子を見ていたが、流石に露骨な表情をする者はいなかった」

「そうか。んで、味方っぽいのはどれくらいいた?」


 志信は羊皮紙を見つつ、自身の見解を話す。


「そうだな……武官は好意的な者が多いように見えた。最初はどちらでもなかったようだが、義人が『皆には俺を支えてほしい』と言った後辺りから僅かに目の色が変わったように見えた」

「目の色が変わったって、良い意味でか?」

「ああ。武官はきちんと支えてくれそうだ」


 完全無欠で自分の意見を求めない主君よりも、自分を頼ってくれる主君のほうが武官には良いようだ。そちらのほうが苦労を分かち合えるし、仕え甲斐もある。

 多少の苦労があったほうが愛着も沸き、忠義を尽くしてくれるだろう。己の武を然るべきところで使い、それをきちんと評価してくれるなら文句などない。


「それで文官は?」

「文官は、おそらく曲者が多い。中にはまともな人物もいるようだが」

「まあ、税金の横領とかは文官のほうがしやすいだろうしな」


 義人がそう言ったところで、横から優希が口を挟む。


「この、財務大臣の人が嫌な感じがしたよ。なんか、品定めするみたいに義人ちゃんを見てた

し」


 財務大臣、エンブズ=カリーという名前を指差す優希。義人は顔を思い出そうと僅かに黙考する。

 恰幅の良い中年男性で顎から髭を生やし、やけに豪華そうな身なりをしていた……気がする。

 思い出している義人の横で、志信は同意しかねるように首を振った。


「確かに、欲に濁った目をしていた。しかし、権力のある人間ならば多少は欲も出るから確証にはならないだろう。己が仕える者がどの程度の者かを確認するのも、さしておかしいことではない」

「うーん、そうかなー……」


 可愛らしく小首をかしげる優希。


「だが、警戒しておくに越したことはないだろう」


 志信はそう付け足して、義人を見る。意見は出すが、決めるのは義人だ。少なくとも志信に

とっては、義人が決めたのものなら従うだけの価値がある。


「こっちの印象だけで決め付けるわけにもいかないし、まずは様子見で行こう。俺はカグラと一緒に政務をしなくちゃいけないらしいから、優希と志信はこの世界のことを調べつつ、出来るなら情報も集めること」

「わかった」

「うん、わかったよ」


 話が途切れたのを見計らい、カグラが二枚の紙を取り出す。そして、優希と志信に一枚ずつ差し出した。


「城の中を自由に動くための許可証です。お二人はヨシト様の客人という扱いですが、持っておくに越したことはないでしょう」

「有り難い」

「わぁ、ありがとうございます!」


 許可証の文面を確認して、二人はポケットへと納める。義人は許可証を見て、何か閃いたようにカグラへと向き直る。


「この二人に何かしらの権限って与えられないかな? 多少は兵を自由に動かせるとか、お金を扱えるとか」

「それは止めておいたほうが良いかと。何の名分もなく権限を与えられては、他の臣下が納得しないでしょう」

「うーん、やっぱりそうか。でも、いざ何かあってからじゃ遅いし……そうだなぁ」


 何かないものか、と考え込む。つらつらといくつかの考えが頭に浮かんでは消えていくが、中々良い案が浮かばない。


「志信なら武官に受けが良さそうだから誰か引き込んで……いや、待てよ。それより……うむむ……よし、志信! 頼みごとができた!」

「なんだ?」

「まずは武官から引き込む。カグラ、この国の兵はどこで訓練するんだ?」

「城の裏手に訓練場があります。大抵はそこで訓練していますが……何故です?」

「ちょっとな。志信、まずは訓練場に行って、この国の兵がどのくらい強いのかを調べてきてくれ」

「わかった。強さを見るだけでいいのだな?」

「ああ。ついでに有望そうな人間を探してくれると助かる。もしも誰かに絡まれたりしたら、構わずぶちのめして……いや、そりゃお前の家の流儀に反するか?」

「反しはしないが、沿いもしない。絡まれた程度では俺の流派の技は振るえんが、手を出されれば話は別だ。まして『試合』という形ならば存分に振るえる」

「そうか。まあ、まずは見てくるだけでいいからな」


 志信は頷きを返すと、静かに部屋から退出する。それを見送ると、カグラが疑問を浮かべた表情で義人を見た。


「シノブ様ってお強いんですか? いえ、少なくとも素人ではないようですけど」


 そんなカグラの問いに、義人はおかしそうに笑う。


「あいつが強くないっていうのなら、俺がいた世界の大半の人間は弱いってことになるさ。少なくとも、あいつが普通の人間に負けるなんてのは想像もつかないね」


 熊らしき生き物と戦った時はさすがに分が悪かったが、あれは仕方ない。その辺りに生えていた細木を適当にへし折っただけの武器だ。きちんとした武器を持っていたのなら、あの熊とて倒してみせただろうと義人は確信している。


「義人ちゃん、わたしは何をすればいいの?」


 そんな義人の裾を引っ張り、優希が尋ねた。若干その顔は拗ねており、義人は苦笑する。


「そうだなー……優希は俺達が着る服をなんとかしてくれ。制服じゃなくても良い。いつも着ていたような服を作ってほしいんだ。サクラ、優希を手伝ってやってくれ。そういった服を作る店や人に心当たりがあったら紹介してほしい。まあ、優希は裁縫得意だから自分で作れるかもしれないけど」

「わ、わかりました。それではユキ様、こちらへどうぞ」

「うん、よろしくね! それじゃあ義人ちゃん、いってきます」

「ああ、車には気をつけてなー。って、走ってないか」


 手を振って出て行く優希に手を振り返す。そして、出した指示の内容をもう一度確認してカグラに笑いかける。


「やばい、カグラ。王様って楽しいかもしれない」


 意外と向いてるやもしれん、と言葉を繋げた義人に、カグラも笑顔で頷く。


「それでは、ヨシト様にはこちらの処理をお願いしますね」


 そう言って、どこから取り出したのか大量の紙を『ドンッ』と執務机の上に置いた。


「ちょっ、今明らかに紙を置いて出る音じゃなかったよね?」

「まだまだありますからね。どうやら、わたしの予想通りヨシト様は王の資質があったみたいです。だから、このくらい簡単ですよね?」


 さらに紙の山を二山ほど築くカグラさん。すでに執務机の上は視界一杯紙で埋まり、紙の海

で溺死できそうだ。


「すまん。いや、ごめん。すみません。調子に乗りました。やっぱり俺って王様に向いてないわ。こんなに処理できないって。ね? 燃やしていい?」


 最後に本音を足してみるが、カグラは笑顔で首を横に振る。


「わたしも手伝いますから、頑張りましょうね」


 輝くようなその笑顔に、義人はため息と共に頷いた。


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