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異世界の王様  作者: 池崎数也
第五章
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第百十六話:失踪その2

 カグラが召喚の祭壇へと向かう一時間前。

 サクラは義人の私室で一人ため息を吐いていた。

 サクラの仕事は国王である義人の身の回りの世話をすることである。それに加えて護衛を務めるのだが、その役目と、護衛を務めるに足る実力を持つことを知る者は少ない。小柄な見た目と、時折起こすドジによって誤魔化されている者が大半だった。

 政務に口を出すような権限はないが、義人が日々の生活を送る上で不自由のないようにするためならば大抵のことは“押し通す”権限も持っている。

 義人の希望があればそれが最大限叶うように行動するが、今回義人達が姿を消したことに関しては全く不意打ちの出来事だった。

 身の回りの世話をするということは、それだけ多くの時間を義人と接することになる。しかし、それでも毎日二十四時間張り付くというわけではない。カーリア国でも指折りの実力を持つサクラとて人間。食事も取れば睡眠も取る。

 今回の“事件”についても、サクラは休憩を取っていたために詳細を知らない。

 自身の代わりとして護衛を務めていた兵士達の話を聞く限りでは、『突然自室から出てきたと思ったら城の中を走り回り、召喚の祭壇の方へと飛び出していった。しかしすぐさま城内へと戻り、カグラの私室へ直行。少しの時間を置いて今度は優希の部屋へ向かい、入室後は一度も出てきていない』という、サクラでも首を傾げる内容だった。

 優希の部屋に入って以降、義人の姿を見た者はいない。優希や小雪も同時に姿を消しており、もしや駆け落ちでもしたのではないかという噂も立っている。


「……ふぅ」


 義人の部屋にて掃除をしていた手を止めて、サクラはため息を一つ吐いた。

 現在アルフレッドや志信、探索に加わっていない文官や武官で今回の件について協議を行っているが、それによって解決策が出る可能性は低い。否、極めて低いだろう。

 サクラの上司に当たる『召喚の巫女』のカグラは体調を崩しており、部屋で休んでいる。

 昨晩義人との間に何かがあったようだが、とても話せるような状態ではなかった。今は多少落ち着いて眠っているはずであり、起きたら飲ませるようにとアルフレッドから薬も受け取っている。

 あとで様子を見にいかなくちゃ、と内心で呟き、サクラは止めていた掃除を再開した。部屋の持ち主が姿を消している状態だが、いつ戻ってくるかわからない。そのため、掃除の手を抜くわけにはいかない……と考えたところで、不意にサクラの視界に映るものがあった。


「これは……」


 机の上に置かれた、一冊の本。表紙も装飾もなく、不均等な厚みの紙を紐で綴じただけのシンプルな本だ。

 机の上には政務が忙しい時に自室まで持ち込んだらしき筆や(すずり)、資料になりそうな本なども置かれている。それらは窓から差し込む日差しに照らされており、日差しが強い夏ならば数日で日焼けするだろう。

 サクラは資料として図書室から持ち出した本かと当たりをつけ、僅かに苦笑を浮かべた。


「お日様に当たったままだと、本が傷みますね」


 そう呟いて、机の上に置いてある本を手早くまとめる。そして傍にある小さい書棚に並べると、日差しが当たらないことを確認してから頷く。


「これで良し、と。あとは掃除を終わらせて、カグラ様の様子を見にいかないと……」


 今後の行動について頭の中で予定を組み立てると、サクラは今度こそ掃除を再開した。

 





 義人達が姿を消した件について、現状では何もできないと判断したアルフレッドは会議を一度中断することにした。国王が不在でも文官には政務があり、武官は国境の警備や各町村から届けられる魔物の討伐がある。

 国王が姿を消したという大事を前にすれば、それらを数日放っておいても仕方ないかもしれない。しかし、実際に数日放っておけば国として痛手を受ける上に、他国の人間に何があったのか気付かれる可能性がある。もっとも、すでに兵の多くが捜索を行っており、それに加えてカーリア国の防諜技術の低さを考慮すれば、他国に現状が露見するまでに大して差はないのだが。

 表情を厳しいものにした文官武官が会議室を後にしていく中で、財務大臣のロッサはアルフレッドのもとへと歩を進めた。


「……何も決まりませんでしたね」

「そうじゃのう……」

 ロッサの言葉を聞いたアルフレッドは、顎に手を当てながら目を細める。

 今のところ、捜索を行っている兵士から義人達を見つけたという報告はない。王都フォレスから抜け出すには城門を通るか城壁を乗り越える必要があるため、街の外に出た可能性は低いだろう。義人や小雪はともかく、優希が城壁を乗り越えれるとも思えない。しかし、目撃情報がない以上は王都の外にも目を向ける必要がある。


「城の中は隅々まで調べたしのう……どこへ姿を消したやら」


 すぐに義人達が見つかれば良いが、宰相としては義人が見つからなかった場合のことも考えなくてはならない。

 前王が亡くなってからの十年。なんとか国を運営してきたが、その五倍を乗り越えろと言われればアルフレッドでも頷けない。


 ―――国王が姿を消したと知れば、ハクロア国辺りが喜んで手を出してくるじゃろうしの。


 国王という頭がないとわかれば、他国が干渉してくる可能性がある。国際情勢の関係上、手を出してくるとすればハクロア国だろう。しかし、レンシア国が手を出してこないという保障もない。友好国とはいえ、第一に考えるのは自国のことだ。

 レンシア国とハクロア国は争っており、カーリア国はその両国に接している。両国に接している面積で言えばレンシア国に接している部分が大半だが、ハクロア国と接していることに変わりはない。

 ハクロア国は長年レンシア国と戦火を交えており、カーリア国を自国へ取り込むことができれば戦局が一気に変わる。


 ―――最悪、レンシア国とハクロア国による奪い合いか……笑えんわい。


 無論、まだそうなると決まったわけではない。今こうしている間にも、義人達が見つかる可能性もある。その場合は多少きつめに説教をすることになるが、安心して明日を迎えることができるだろう。


「アルフレッド様!」


 その考えを否定するように、カグラが姿を現さなければ。


「なんじゃ、騒々しい。落ち着かんかカグラ」


 突然会議室に姿を現したカグラに、アルフレッドは咎めるような言葉を投げかける。しかし、すぐさま違和感に覚えて口を開いた。


「お主、部屋で休んでいたのではなかったか?」


 処方した薬をサクラに渡した後はずっと会議室にいたため、カグラの様子を見ていない。精々話を聞いた程度だが、元気に走り回れるような精神状態ではなかったはずだ。

 もしや仮病だったかとありえない想像を働かせるアルフレッドだが、会議室に飛び込んできたカグラを見て、すぐさま考えを改める。

 それは、血の気の引いたカグラの顔を見てそれどころではないと判断したためだ。

 カグラは会議室の中を見回し、まだ数人の文官がいることを確認するともどかしげに口を開く。


「申し訳ありませんが、アルフレッド様とシノブ様以外は席を外してください」


 命令というわけではなかったが、カグラの声色に何かを感じ取ったのだろう。ロッサを含め、文官達は慌てて会議室から退室していく。カグラはアルフレッドと志信以外の全員が会議室から出たことを確認すると、扉を閉めてから向き直った。


「何かわかったんだな?」


 カグラが口を開くよりも早く、それまで沈黙していた志信が確信を持って尋ねる。その問いを受けたカグラは、唇を噛み締めながら頷いた。


「確証はありませんが」

「それでも良い。聞こう」


 志信はカグラに先を促しつつ、姿勢を正す。アルフレッドもすでに聞く体勢に入っており、それを見たカグラはゆっくりを口を開いた。


「召喚の祭壇を確認したところ、昨日までにはなかった変化がありました」

「変化?」

「はい。祭壇の“中”に入るための扉が見つかりました」

「祭壇の、“中”じゃと?」


 カグラの言葉に対し、志信とアルフレッドは交互に質問を投げかける。


「そうです。わたしも知りませんでしたが、召喚の祭壇の壁を開けて入ることができるようになっていました」

「もしや、ヨシト王達がその中にいたのか?」

「いえ、“中”を確認してみましたが、ヨシト様達はいらっしゃいませんでした。ですが、召喚に関すると思われる装置が見つかり……」


 そこまで口にして、カグラは目を伏せた。しかし、『召喚の巫女』としての責務がそうさせたのだろう。表情を引き締め、言葉を紡ぐ。


「状況から考えて、召喚の魔法を使われたのだと思います……方法自体はわかりませんが」


 そう言って俯くカグラを見ながら、志信は首を傾げる。


「召喚の魔法か……そんなことが可能なのは、小雪か?」

「魔力の量を考えるならばそうじゃのう。魔力の大きさに物を言わせて、無理矢理に発動したのやもしれん」


 冷静に言葉を交わす志信とアルフレッド。それを聞いたカグラは、俯いた顔を上げると噛み付くように口を開いた。


「お二人とも、何故そんなに冷静なんですか!? ヨシト様が“元の世界”に戻ったかもしれないんですよ!?」


 国王(よしと)が元の世界に戻ったかもしれない。そう思うだけで、カグラは落ち着いていられなかった。しかし、それに対するように志信とアルフレッドの反応は薄い。

 アルフレッドは長い時を生きて積んできた経験が冷静さを失わせず、それに加えて想定していた範疇の事態だったために。


「何故、と問われてもな……カグラ、お前は何か勘違いしていないか?」


 そして、志信は冷静さを失う必要がなかったために。


「……え?」

「義人達が“元の世界”に戻った。それのどこがおかしい?」


 カグラの言葉が一片も理解できないと、そう言わんばかりに志信は尋ねる。


「だ、だって……ヨシト様は、この国の国王で……」


 その問いの鋭さに、カグラは常の口調を僅かに崩す。しかし、志信はそれに構わず言葉を口にした。


「その地位は、義人が望んで得たものではない。国王になるべく生まれたわけでもなければ、自分から望んで“こちらの世界”へ来たわけでもないはずだ」


 会議の中では一言も口にしなかったのが嘘の様に、志信は言葉を放ち続ける。


「それでも、一人ずつでも“元の世界”に帰れると聞いたからこそ引き受けた。それだけのものに過ぎないだろう。長くて三年、その期間を過ぎれば全員が“元の世界”に帰れる……義人はそう考えていた」


 その言葉に、カグラの瞳が大きく揺れる。昨晩義人と交わした会話が、自然とカグラの頭の中で再生された。


『長くても三年……そのくらいなら、珍しい経験だったって思いながら“元の世界”に戻れたかもしれないさ』


 義人の言葉を思い返すと同時、カグラは言い様のない圧迫感を感じた。それは、胸が押し潰されるような強い圧迫感。意味も理由もないのに、涙腺が緩みそうになる。

表情が崩れ出したカグラだが、志信がそれに構うことはない。

 冷静さはなくさないものの、それでもカグラの“勘違い”に対する憤りを隠すことはできなかった。


「義人や北城が“元の世界”に戻るのが早くなった。そのことは、俺にとっては何の問題でもない。むしろ喜ぶべきだな」

「しかし、ヨシト王がシノブ殿に何も言わずに“元の世界”に戻るじゃろうか?」


 カグラと志信の雰囲気が張り詰めてきたのを和らげるためか、アルフレッドが口を挟む。

 それを聞いたカグラは弾かれたように顔を上げ、アルフレッドの言葉に追随した。


「そ、そうですよ! ヨシト様はそんな人じゃありません!」


 最早考えることを放棄したのか、それとも事実を認めなくないだけなのか。カグラの発言には統一性がなくなりつつある。

 志信はそんなカグラを見て、僅かに憐憫にも似た感情を覚えた。

 自身の親友は、眼前の少女の中でどれほど大きな存在になっていたのか、と。

 そう考えた志信は、それまで表に出ていた憤りを収めて僅かに語調を和らげる。


「カグラと同じく確証はないが、言う暇がなかったのではないか?」

「と、言うと?」

「義人にとっても予想外の事態が起きた。そうとしか考えられん」

「で、でも、もし本当に何も言おうとしなかったのなら……」


 親の姿を見失った幼子のように、カグラは呟く。それを聞いた志信は、瞳に剣呑な色を宿らせた。少しだけ緩んでいた空気が、一瞬で鋭いものへと引き締まる。


「義人は、そんな人間ではない」


 その一言に込められた感情は、信頼。僅かな疑問すら持たず、志信は断言する。


「言う暇がなかったか、言える状況ではなかったか……そのどちらかだろう。俺はほとんど部屋にいないからな。見つけられなかったのかもしれない」

「でもっ!」

「カグラ、そこまでにしておくんじゃ」


 さらに言い募ろうとしたカグラを手で遮り、アルフレッドはため息を吐く。


「ここでこれ以上儂らが問答しても、解決はせんじゃろう。今はまず、目先のことを考えねばならんでな」

「それは、そうですが……」


 納得はできずとも、現状を理解はできたのだろう。カグラは口を閉ざすと、手近にあった椅子へと腰を下ろす。それを見たアルフレッドは、困ったように苦笑した。


「こんな事態じゃ。儂らがしっかりしておかねば、国が傾く。それはわかるじゃろう?」

「……はい。お見苦しいところをお見せしました」


 『召喚の巫女』はアルフレッドが務める宰相と同格の役職として扱われている。そのカグラが取り乱せば、その下で働く者達に余計な不安を与えることになる。

 アルフレッドはカグラが落ち着いたのを確認してから、ゆっくりと口を開いた。


「ヨシト王がいつ戻るかわからぬ状況じゃ。数日ならばまだ問題も少ないが、さすがにそれ以上となると看過できん。何か対策をせねばのう」

「義人の代役を立ててみては?」


 アルフレッドの言葉に、すぐさま志信が応じる。それを聞いたアルフレッドは、思慮深げな視線を志信へと向けた。


「代役とは?」

「国王代理……呼び方は何でも良いですが、今まで義人が行っていた仕事を肩代わりする者がいれば当面は大丈夫かと」

「ふむ……代役……代役か」


 志信の提案を舌の上で転がしつつ、アルフレッドは思考に耽る。それが可能ならば、たしかに当面はしのぐことができるだろう。しかし、問題が一つある。


「王印を使えなければ、代役は務まらんじゃろう。そこはどうするつもりじゃ?」


 カーリア国で使用されている王印は、国王以外は使うことができない。その問題を乗り越えなければ代役は不可能となるが、志信は大して気に留めず返答した。


「アテがあります」

「……なんじゃと?」


 驚きのこもったアルフレッドの視線を受けて、志信は椅子から立ち上がる。


「すぐに戻りますので、待っていてください」


 それだけを告げて、志信は会議室から出て行く。

 アルフレッドとカグラは互いに顔を見合わせ、首を傾げるのだった。






 それから二十分もしないうちに、志信は会議室へと戻ってきた。右手には布に包まれた“何か”を握っており、志信の姿を見たアルフレッドが口を開く。


「どこに行っておったんじゃ?」

「城下町のローガス殿のところです」


 そう言いつつ、志信は右手に持った“何か”を机の上に置く。そして中身がアルフレッドとカグラに見えるよう、布を取り払った。

 アルフレッドとカグラは何が入っていたのかと覗き込み、すぐさま目を見開く。


「これは……」

「はい。王印の複製です」


 それは、国王しか使えないものを他の人間が使えるようにと、義人がローガスに作成を依頼した王印の複製だった。


「義人はこの国を変えるための第一歩だと言っていました。それが何を指して、一体何を成そうとしていたのかはわかりません。しかし、これがあれば国王の代役も可能となる」


 そう言いつつ、志信は傍にあった紙へ王印の複製を押し付ける。すると、義人が使っていたものとまったく同じ印が紙へと押印された。


「たしかに、これならば代役は可能じゃのう……」


 その様子を見て、アルフレッドが納得したように頷く。


「…………」


 カグラは、無言のままで何も答えなかった。

 義人が何故そんなものを作っていたのか。その理由を考え、思い当たった答えが、自身の気持ちを大きく裏切っていたために。

 志信とアルフレッドの会話を聞きながらも、カグラの意識はそちらへと向いていない。

 紙に捺された印を見つめながら、カグラは無言で立ち尽くすのだった。


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