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異世界の王様  作者: 池崎数也
第五章
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第百十四話:失踪

 太陽も中天に差し掛かり、この日十二回目の鐘の音が城内に響く。

 一時間おきに鳴るようにと改められた鐘の音だが、それを決めた張本人の姿は城内のどこにもなかった。

 普段ならば午前中の政務が終わり、午後の政務に備えて昼食を取る時間である。しかし、今のところ暢気に昼食を取ろうとする者はただの一人もいない。


「ヨシト王達はまだ見つからないのか……」


 不安と苛立ちを隠すように呟いたのは、財務大臣のロッサだった。

 毎朝行う報告会に参加するべく、謁見の間に集まったはおよそ三時間前。

 そこで義人や優希、小雪の姿が見えないということを聞き、会議室で緊急の対策会議を開いたのが二時

間前。

 手の空いている兵士を総動員して城の中や城下町をくまなく探し、それでも見つからなければ城壁の外へと兵士を差し向ける。そうやってかつてないほどの大人数で探していても、一向に見つからない。

 『召喚の巫女』であるカグラも朝から姿が見えないが、こちらは体調不良のため部屋で休んでいるという報告があった。それはそれで心配だったが、ロッサとしては国王である義人の姿が見えないという方が重大な問題である。

 カーリア国から逃げ出した。

 小雪を連れて優希と駆け落ちをした。

 他国の刺客が侵入し、義人達の身柄を連れ去った。

 会議室に集まった文官達は、そんな根も葉もない予測を口する。しかし、他の文官と比べれば義人と深い関わりがあったロッサの考えは違った。

 財務大臣として毎日顔を合わせ、財務の話から雑談にいたるまで様々な話をしている。かつて税金を横領していた頃は、その罪を見逃してもらった恩義もあった。そのロッサからすれば、義人が何も言わずに姿を消すというのはありえない。

 刺客が義人達の身柄を連れ去った可能性もあるが、その利と可能性はほとんどない。

 誰にも気づかれずに城内に侵入できるほどの手練だとしても、連れ去るよりも暗殺したほうが手っ取り早いだろう。三人も引き連れて城外へ脱出できるほど警備は甘くはないし、優希はともかく義人と小雪には抗う術もある。それなのにどこにも誰かが争った形跡を残さず、義人達は姿を消しているのだ。

 そうなると義人達が自発的に姿を消したことになるが、志信を置いてどこかへ消えたというのが引っかかる。義人の性格上、この城から逃げるのならば間違いなく志信も共に連れて行くはずだ。しかし、志信はカーリア城に残っており、義人達がどこに消えたかも知らない。


「……わからん」


 いくら考えても、ロッサには答えが出なかった。

 ロッサは一度ため息を吐いて気分を入れ替えると、アルフレッドの隣の席に座る志信へと目を向ける。

 志信は会議の内容を聞いているのか、それとも自身の考え事に耽っているのか、腕組みをしながら目を瞑ったままで微動だにしない。会議が始まってからも、義人達の行き先に関して何も知らないという発言をしただけで他の言葉は口にしていなかった。

 国王が突然姿を消す。その重大さはロッサも理解しており、もしも義人が見つからなかったらと思うと鉛でも飲み込んだような気分になる。

 義人達が姿を消したことについては緘口令が敷かれているが、それも限界があるだろう。他国の間諜に情報が伝わるのを防ぐのも難しく、近隣諸国には遠くないうちに気づかれる可能性が高い。

 カーリア国は他国以上に国王の存在に依存する傾向があり、国王がすべての権力を握っていると言っても過言ではない。宰相であるアルフレッドや『召喚の巫女』であるカグラも地位は高いが、権力という点では国王に及ぶはずもない。国王という頭がなくなった場合にどうやって国を運営していくのか、それが問題だった。

 カーリア国では前代の国王が暗殺され、十年間国王が不在という事態に陥ったことがある。その際は宰相であるアルフレッドを筆頭にして国の運営を行ってきたが、“最悪の場合”はその五倍の期間国王がいないことになってしまう。

 その未来を思い描き、ロッサは軽く頭を振った。


「ヨシト王のことだ。何か考えがあって姿を隠されているのかもしれん」


 ロッサは軽口のように呟き、数秒の後にため息を吐く。

 自分の言った言葉なのに、ただの一片すら信じることができなかった。






 カグラは一人、自室の寝台で横になっていた。

 すでに昼食の時間を過ぎ、平時ならば午後の政務に取り掛かっているだろう。しかし、今日に限っては政務に取り掛かることなく寝台で身を横たえている。

 昼間に部屋で横になっているなど何年振りだろうか、などと考えたカグラだったが、意味もないのですぐに止めた。

 志信やサクラの配慮によって休んでいるが、横になっても一向に眠気は訪れない。しかし、気分は悪いを通り越して最悪だった。


「はぁ……」


 無意識の内にため息が零れ落ちる。体調的な意味ではなく、精神的な意味での最悪。カグラにとって、ここまで気分が悪いのは過去に“一度”ぐらいしかなかった。

 その両方の“最悪”には義人が関係しているのだが、その義人の姿をカグラは昨晩から見ていない。

 昨晩、義人が自室へと来訪したのは、カグラにとって本当に突然の出来事だった。

 そして、その際にぶつけられた数々の言葉も、カグラにとって突然かつ予想外に過ぎる。


『だから、使えない魔法でどうやって“元の世界”に戻せるって言うんだ!?』


 何故、義人が突然そんなことを言い出したのか。


『わからないって言うのか? それとも、とぼければ誤魔化されると思っているのか!?』


 何故、義人がそんなことを言うのか。


『そりゃ違うさ。これでいつも通りだったらどうかしてる』


 何故、義人がそこまで敵意の宿った目で見てくるのか。


『答えてくれ、いや、答えろカグラ! なんで騙した!? 初めから全てを話せば、俺が協力をしないと思ったからか!?』


 昨晩の義人とのやり取りが自動的に頭の中で再生され、カグラは無意識のうちに目を閉じた。しかし、目を閉じようとも言葉が途切れない。昨晩義人から投げかけられた言葉の中でも、最もカグラの心を抉った言葉が再生される。


『残念だよ、カグラ。“信用”はしてたんだけどなぁ……』


 かけられた言葉と、向けられた感情。その二つに見えたのは、失望の色。

 カグラは自分と話していた義人の表情が、徐々に変化していく様も見ていた。最初こそ怒りを(おもて)に見せていたが、それが次第に冷め、最後には路傍の石でも見るかのような表情へと変わる。その一連の流れを、カグラは見ていた。


「……なんで、ですか……」


 カグラは目を閉じたままで布団を頭まで被り、そのまま体を丸めて小さく呟く。声には涙が滲み、張りなど微塵もない。


「……一体、何が、どうして……」


 昨晩義人が部屋を訪れた理由も、突然の怒鳴り声の理由もわからない。カグラは目の端に溜まった涙を手の甲で拭いながら、どうしてと数回繰り返し呟いた。


「…………?」


 しかしふと、カグラの頭の隅に疑問が掠める。昨晩の義人の言葉の中で、何か引っかかるものがあった。カグラは義人の言葉を思い出しながら、それが何なのかと思考する。いくつも投げかけられた言葉を頭の中で反芻し、引っ掛かりを覚えた言葉を拾い出す。


『だから、使えない魔法でどうやって“元の世界”に戻せるって言うんだ!?』


 昨晩、義人はそう言った。その時は義人の言葉の勢いに押されて深く考えることがなかったカグラではあるが、義人の言葉が指す意味を冷静に考えると、『召喚の巫女』として聞き逃してはいけない言葉が含まれている。


「使えない魔法……“元の世界”に戻せる……」


 小さく呟き、それらの言葉が指すものを考えていく。しかし、“元の世界”に戻るための魔法など、カグラは一つしか知らなかった。


「……召喚の魔法が、使えない?」


 何故義人がそんなことを言えるのか。

 まだ魔力が完全に回復しておらず、召喚の魔法を使えないのはカグラが一番理解している。だが、昨晩の義人の口振りは、それとは別の“何か”を指しているように感じられた。

 カグラは布団から顔を出し、そのまま上体を起こす。


「最近ヨシト様が図書室に出入りしているという報告は受けていましたが、あの場所には召喚に関する資料はない……しかし、そうなると何を根拠にそんなことを……」


 思い詰めたように独白するカグラ。そうやって一人で考えを巡らせていると、不意に扉を叩く音が聞こえた。


「……どうぞ」

「失礼します」


 抑揚を感じさせない声で応じると、一言返答があってから扉が開く。


「お加減はいかがですか?」


 そう言って部屋に入ってきたのは、お盆を両手に持ったサクラだった。お盆の上には水差しと、それを注ぐための湯飲み。そして粉末状の薬らしきものを包んで折った紙が乗っている。


「多少は良くなりました。心配をかけてしまいましたね」


 カグラが意識して微笑むと、サクラは安心したように息を吐く。


「良かったです……あ、これはアルフレッド様が処方してくださったお薬です。疲労回復の効果があるので、カグラ様に飲ませてほしいと仰っていました」


 サクラはお盆を机の上に置くと、湯飲みに水を注ぎ、紙に包まれた粉薬と一緒にカグラへと差し出す。カグラはサクラが差し出してくるものを受け取ると、軽く苦笑した。


「嬉しいですけど、アルフレッド様も心配性ですね。まあ、さすがにエルフ族の秘薬などではないようですが」


 薬を包む紙を開きながらカグラがそう言うと、サクラも苦笑しながら頷く。ちなみに、エルフ族の秘薬とはほとんどの病を治す言われる妙薬であり、間違っても疲労回復のために渡すようなものではない。もっとも、アルフレッドは意外と過保護な一面を持っており、孫のように思っているカグラのためならば簡単に秘薬を渡してくる可能性もあったが。


「あはは、さすがにそれはないですよ」


 カグラの冗談に笑うサクラだが、それもあまり続かず、すぐさま真面目な表情へと変わる。


「カグラ様、昨晩のことですが」


 昨晩、という言葉に、カグラの肩が震えた。しかし、サクラの口から出てくるのはそれとは違った用件である。



「昨晩奇妙な魔力を感知したのですが、カグラ様は何かご存知ですか? わたしの他にはアルフレッド様とシアラちゃんぐらいしか気付いていなかったのですが……」

「奇妙な魔力?」


 サクラの言葉に、カグラは首を傾げた。


「はい。昨晩わたしが眠る前に奇妙な魔力……今まで感じたことのないような、異質な魔力を感じたんです。それで今日も朝からその原因を探していたのですが、結局何もわからなくて……カグラ様ならば、何かわかるのではないかと思いまして」


 そう言って真剣な目を向けるサクラだが、カグラには思い当たる節がない。そもそも、昨晩は外からの魔力を感じ取れるような精神状態ではなかった。サクラからの質問を受けてから初めて知ったぐらいである。


「サクラ……」


 しかし、それでも『召喚の巫女』であるカグラの頭に一つの解答が浮かぶ。


「その魔力を感じ取ったのは、何時頃ですか?」


 その質問の答えをサクラから聞いた時、カグラは部屋から飛び出していた。






 その日、召喚の祭壇を見張る担当になった兵士は大きな欠伸をしていた。国の要人を警護するというわけでもなく、国内の町や村へ出向いて出没する魔物の退治をするというわけでもない。国王を召喚するための施設という、この国では重要な位置づけの建物の警備ではあるが、ほとんどすることがないため退屈だった。精々、他の見張りの兵士と共に雑談をしながら祭壇や周囲の状況に変化がないかを確認するだけである。


「……退屈だなー」

「そう言うなよ。これだって大切な仕事だろ?」

「そうだけどさ。五十年に一度しか使わないものの警備なんて意味があるのか……ん?」

「どうした?」


 雑談をしながら祭壇の周囲を歩いていた兵士二人だが、そのうちの一人が不意に祭壇の壁へと近づいていく。そして、眉を寄せながら壁に刺さった“何か”を見て口を開いた。


「なんだこれ? 釘……じゃないな。誰かが短刀でも突き刺したのか?」

「おいおい、何を……って、お前祭壇の壁に何やってんだ!?」

「俺じゃねえよ!?」

「なんてことを……カグラ様に知られたらどんな罰が下るか……」

「だから俺じゃないって……あ」


 とりあえず壁に刺さっている“何か”……昨晩義人が使った『鍵』を引き抜こうとした兵士だが、引っ張ると同時に壁が手前に動く。


「……おい、壁が扉になってたんだが」

「意味がわからないぞ。俺もわからないが」


 兵士二人は顔を見合わせ、とりあえず開いた扉を閉める。


「とりあえず、カグラ様に報告を」

「そこの二人!」


 報告をしようと口にしかけた兵士を遮り、カグラの声が響く。それを聞いた兵士二人は背筋を正し、慌てたように振り返った。


「違うんです! これは全部コイツが!」

「あ、おい! 俺のせいじゃないだろう!?」


 歩み寄ってくるカグラの姿を見て、兵士二人は互いに罪を擦り付け合う。しかし、カグラはそんな二人の様子は気にも留めず、自分の聞きたいことだけを口にした。


「昨晩から今日にかけて、何か変わったことはありませんか? どんな小さなことでも良いんです。知っていたら話してください」


 むしろ話せと、そんな意思が感じられるカグラの言葉に、兵士二人は慌ててその場を飛びのいた。


「き、気がついたらこんなものが壁に刺さっていました!」


 そう言いつつ、壁に差し込まれた『鍵』を指差す。カグラは無言のままで『鍵』のもとへと歩み寄ると、それをつかんで手前へと引いた。

 それと同時に、壁だと思われていた部分が扉のように開く。それと同時に太陽の明かりが召喚の祭壇の『中』を照らした。


「祭壇の中がこのようになっていたとは……」


 そう呟きながら、カグラは己の考えの正否を確信する。そして、何の躊躇もなく扉の内側へと足を踏み入れた。

 義人は何らかの方法で召喚の祭壇について調べたのだろう。挙句に祭壇の中へと入る方法までも見つけ、この場所へと踏み入れた。

 カグラはそう考えながら歩を進める。もしかしたら、義人がこの場所にいるかもしれない。そんな期待を胸に、カグラは祭壇の中を注意深く探っていく。

 扉の場所から入り込む太陽の光を頼りに祭壇の中を探っていたカグラは、部屋の中央に置かれたものを見つけてそちらへと歩み寄った。

 部屋の中央に置かれていたのは、木で作られた台。それに加えて、周囲に描かれたいくつかの文字。そして、


「これは……」


 台の上に置かれた、ヒビが入った『魔石』だった。


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