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異世界の王様  作者: 池崎数也
第五章
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第百十二話:異変

 その日、志信はいつも通りに早朝訓練を行うため、日が昇らない内から城の外へと向かっていた。

 召喚当初は志信にも護衛の兵士が付き添っていたが、今では志信一人で行動することが多い。

 カーリア国の中で志信よりも腕の立つ人間が少ないこともあり、何かあった際は護衛がいるよりも一人で行動した方が気楽だった。不意を打たれた際の時間稼ぎの盾として護衛を引き連れるという手もあるが、それは自分が不意を打たれなければ良いと志信は考えている。それに、大勢を引き連れるのは性分に合わないという気持ちも志信にはあった。

 時折すれ違う、眠そうな顔をしている夜間担当の見回りの兵士と会釈を交わしながら、志信は城の外へと続く扉を開ける。それと同時に冬の朝特有の澄んだ冷気が入り込み、志信はよりいっそう気を引き締めた。


「寒いと身も心も引き締まるな……」


 呟きながら、志信は開けた扉から外へと歩み出る。鍛錬で動いているうちに暑くなるため、服装は黒の半袖に薄手の長ズボンと軽装だった。右手には訓練用の棍を提げており、“元の世界”での早朝訓練とほぼ同じ格好である。

 志信はいつも訓練に使っている広場へと足を向けるが、その間に昨晩から気になっていたことを思考し始めた。

 昨晩、志信が義人の部屋を訪れた際に義人はいなかった。その後も兵士の言葉通り執務室がある区画にも足を伸ばしてみたが、結局義人には会えていない。何やら兵士が慌しく走り回っていたが、侵入者などの問題が発生したわけではなさそうだったため志信も大して気にしていなかった。


 ―――そこまで急ぐ用でもなし。明日義人の執務室に行けば良い。


 そんな結論を下し、志信はその日のうちに義人と話をすることを諦めた。その後は夜間の訓練を城の裏手にある訓練場で行ったため、昨晩何が起きたかは知る由もない。


「しかし、何だこの違和感は……」


 直感とでも言うべきか、妙な感覚がする。志信はこの感覚が何なのかと首を捻るが、答えは出ない。

 そうやって考え込むうちに訓練を行うための広場に到着し―――そこで、思わぬ人物を見かけた。


「シアラか?」


 正確には、気配を見つけた。日が昇っていない上に、シアラが着ている服は紺色のローブと三角帽。まるで闇に溶け込むような彩色だが、僅かに見えるシルエットと耳に聞こえた足音がその存在を知らせてくれる。


「……シノブ?」


 志信の声に答えるように、小さな声が辺りに響く。その声を聞いた志信は、声がする方へと足を進めた。


「珍しいな。早朝訓練に参加するのか?」


 ミーファならばよく参加するが、シアラが参加したことはほとんどない。志信は無意識のうちに早朝訓練の内容をシアラが参加するものとして組み直すが、それを否定するようにシアラは首を横に振った。


「……違う。少し、気になることがあったから調べてた」

「気になること?」


 三角帽の位置を直しながら告げるシアラに、志信は鸚鵡返しで尋ねる。シアラはそんな志信の疑問に頷いてみせると、少しだけ自信がなさそうに口を開いた。


「……昨晩、妙な魔力を感じ取った。でも、わたしは眠ろうとしていたから気が抜けていて、その魔力が何なのかわからなかった」

「だから今調べていると? それなら、すぐに調べた方が良かったのではないか?」


 思わずそう尋ねた志信だが、シアラはどこか恥じ入るように顔を赤くし、三角帽子を目深に被る。


「……眠かったの。でも、早く寝たから早く起きれる」

「……そうか。いや、早寝早起きで健康的だな。俺は良いと思うが」


 兵士としてはどうだろうか。そんな言葉を続けようとした志信だが、シアラ自身も自覚しているらしく、言葉を口にすることはない。

 志信は僅かな沈黙を挟むと、話の続きを促すことにした。


「それで、原因はわかったのか?」

「……ううん、まだ。使われた魔力の大きさからして、余程大きな魔法が使われたのかと思った。でも、攻撃用の魔法を使ったのならどこか壊れていてもおかしくない」


 シアラの言葉を聞いた志信は、なるほどと頷く。


「今のところはそんな跡がないか。だが、まだ完全に夜が明けたわけではない。あとは日が昇ってから調べた方が良いのではないか?」


 志信がそう提案すると、シアラは数秒ほど視線を宙に彷徨わせる。そして何を考えたのか、同意を示すように頷いた。


「……そうする。今ならまだ魔力が残っているかと思ったけど、そうでもなかった。あとは日が昇ってからにする」


 それだけを言い残し、シアラは城へと戻ろうとする。だが、それを察した志信は止めるように口を開いた。


「すまん、少し待ってくれ。もしシアラさえ良ければだが、これから訓練に付き合ってくれないか?」

「…………なんで?」


 その問いかけは、いつもより多くの間を置いてからのものだった。何かしらの意図があったのか、声にはいつもに比べて“何かしら”の感情が含まれている。だが、志信はそれに気付かず素で答えた。


「一人での訓練も良いが、他の者と一緒に行う訓練も良いからな」

「……そう」


 志信の言葉に対して、シアラは短く答える。その声色はどこか落ち込んでいたが、志信がそれに気付くことはなかった。






 早朝訓練も終わり、城の中へと戻った志信は着ていた服を着替えると、朝食を取るべく食堂へと足を向けていた。ちなみに、着ていた服はあちこちが鋭利な刃物で斬られたように裂けており、繕わない限り二度と着ることができない状態になっている。


「今日のシアラはやけに気合が入っていたな……」


 雨霰と降り注ぐ氷の矢と、隙あれば繰り出される鎌鼬。それらを繰り出すシアラの姿を思い返し、志信は一つ頷く。何か怒らせるようなことをしたかと首を傾げるが、思い当たる節はなかった。


「今日は朝早くに起きたと言っていたし、それで機嫌が悪かったか……む?」


 見当違いな予想を口にする志信だが、不意に言葉を途切れさせる。それは、対面からメイド服を着た少女が歩いてきたためだった。


「サクラか、何をしているんだ?」


 かけた言葉が問いかけの形だったのは、サクラはまるで探偵か鑑識のように、あちらこちらを注意深く見回っているためである。その証拠に、サクラは志信がかけた声に振り向かない。余程集中しているのか、彼我の距離が三メートルまで近づいたところでようやく気付くような有様だった。


「あ、シノブ様。おはようございます」


 志信の姿を認め、サクラは折り目正しく一礼する。


「おはよう、サクラ。何か探しものか?」


志信はそんなサクラに挨拶の言葉を返し、気になったことを尋ねる。すると、サクラは苦笑しながら首を横に振った。


「探し物と言えば探し物ですけど、廊下に落ちているようなものではないです」

「というと?」

「昨晩、奇妙な魔力を感じ取りまして……その時も確認をしてみたんですけど、特に何も見つからなかったんです。朝になれば何かわかるかと思ったんですけど、何もありませんでした」


 もしかしたら自分の勘違いかもしれない。その可能性を考慮して尋ねたサクラだったが、志信は聞き覚えがある話題だったので首を傾げた。


「奇妙な魔力? そう言えば、先ほどシアラも似たようなことを言っていたな」

「シアラちゃんがですか?」

「ああ。シアラも昨晩妙な魔力を感じて、朝から調べていたようだ」


 特に何かがわかったわけでもないが、と言葉をつなげ、志信はサクラへ問いを投げかける。


「気になるのなら、カグラに聞いてみてはどうだ? 魔法については俺よりも遥かに役立つと思うが」


 何せ、魔法についてはカーリア国随一だ。しかし、サクラはそんな志信の言葉を予想していたのか、ゆっくりと首を横に振る。


「わたしもカグラ様ならば何があったのか知っているだろうと思ったのですが……その、先ほど部屋に行った際は、まだ眠られていまして……」

「眠っている? カグラがか?」


 時刻はすでに八時前。これから朝食を取る時間であり、常のカグラならばとうに起きているはずである。


「体調でも崩したか?」

「呼吸は安定していたので、病気とは違うと思いますけど……泣いたような跡がありまして。それが気になります」


 そう言って、サクラは眉を寄せた。志信はサクラの言葉を聞き終えるなり、引っかかるものを感じて首を傾げる。


「それは確かに気になるが……以前も同じようなことがなかったか?」


 記憶を手繰りながら疑問を投げかけるが、中々答えが出てこない。サクラは志信の言葉に思い当たる節があったのか、表情を僅かに変える。そして、数秒も経たないうちに落ち込んだような顔を伏せた。


「どうかしたか?」

「……ヨシト様に関することで少々」

「義人に関すること? そういえば、そろそろ義人を起こす時間ではないのか?」


 義人の名前を出したところで、志信はふと気付く。今日の早朝訓練に、義人は出ていない。きっと布団から出られなかったのだろうと志信は僅かに笑うが、サクラの表情はどこか硬かった。


「ヨシト様はですね、その、お部屋にいらっしゃらなくて……」


 サクラはそこまで口にして、気まずそうに視線を逸らす。志信はそんなサクラの様子に内心で首を傾げるが、それよりも気になることがあったので尋ねることにした。


「どこかに出ているのか?」


 早朝訓練には出ておらず、かといって寝ているわけでもない。何か他の用事があったのかと志信は首を傾げるが、すぐさま思い浮かぶ用件はなかった。しかし、サクラはその疑問を気まずそうな表情のままで否定する。


「そうではないです。いえ、出ているという意味では合っているんですけど……昨晩からユキ様の部屋に行かれていると兵士の方から聞いています」


 否定の次に紡がれた言葉を理解するのに、志信は五秒の時を要した。しかし、表面上は動揺のひとかけらも見えない。


「なるほど。だからカグラは……」


 志信は納得の理由を得て、言葉を切る。それと同時に、それならば自分が口を出すのはお門違いだなと苦笑するのだった。






「なんだ、あれは?」


 朝食を手早く食べ終えた志信は、義人の部屋に向かうべく廊下を歩いていた。しかし、その途中で気になるものを見つけて足を止める。

 志信の視線の先では、とある部屋の扉の両脇に十人ほど兵士が並んでいた。それを見た志信は何をしているのかと首を傾げると、話を聞くためにそちらへと歩み寄っていく。


「どうかしたのか?」

「これはシノブ様。どうかしたと言いますか……昨晩から、ヨシト王がユキ様の部屋から出てこられないのです」


 そう言われて、志信は眼前の扉へ視線を向ける。続いて、先ほど交わしたサクラとの会話を思い出した。


「そうか……しかし、そろそろ朝食を取らないと午前中の政務に差し障りがあるな」


 呟きながら扉を見る志信だが、“無粋”な真似をするつもりもない。しかし、そんな志信の内心を見抜いたのか、一人の兵士が口を開いた。


「コユキ様もいらっしゃるはずなので、“それ”はないかと」

「……そうなのか? しかし、その割には静かだな」


 小雪がいるのならば、色んな意味で騒がしいはずだ。そう考えた志信は精神を集中し、部屋の中に意識を向ける。

 耳を澄ましても、物音一つない。


 ―――人の気配がないな。

 

 気配を消している可能性もあるが、わざわざ義人達がそんなことをする必要がない。それに、義人はまだしも優希や小雪にそんな芸当はできないだろう。志信は僅かに逡巡したものの、扉を軽くノックした。


「すまない北城、いるか?」


 問いかけるのは、部屋の持ち主である優希に対してだ。だが、ノックをしてみても、声をかけてみても部屋の中から反応はない。

 志信は僅かに嫌な予感を覚え、扉の取っ手に手を伸ばす。


「開けるぞ?」


 一言断りを入れ、志信は部屋の扉を開いた。ゆっくりと扉を開け、室内へと足を踏み込む。そして室内の様子を確認し、志信は表情を真剣なものへと引き締めた。


「シノブ様、どうですか?」


 そんな志信の背後から、見張りの兵士の声が響く。おそらくは一晩中起きていたのだろう。声には眠気が混じっており、それを聞いた志信は申し訳ないと思いつつも口を開いた。


「手の空いている兵士を集めてくれ―――緊急事態だ」


 志信から告げられた言葉に対して、兵士は怪訝そうに尋ねる。


「……緊急事態、ですか?」


 事態が飲み込めていない兵士に頷いて見せ、志信は確認のために問いかけていく。


「昨晩、義人がこの部屋に来たのだな?」

「はい。それは間違いないです」

「その後、義人は一歩たりともこの部屋を出ていないんだな?」

「それも間違いないです。見張りは途中で何人かが交代しましたけど、ユキ様の部屋からは誰も出てきていません」

「そうか……だが、部屋の中には誰もいないぞ」

「……はい?」


 志信に促され、兵士は優希の部屋の中へと視線を向ける。だが、確かに志信の言う通り誰もいなかった。置かれているベッドには誰も寝ておらず、人が隠れられそうなところもない。

 見張りの兵士はそのことをゆっくりと理解すると、途端に顔を青ざめさせた。


「か、カグラ様とアルフレッド様に報告してきます! おい! お前は手の空いてる奴を集めて、シノブ様の指示に従ってくれ!」


 見張りの兵士は傍にいた他の兵士にそう告げると、すぐさま走り去っていく。言葉通り、カグラとアルフレッドに対して報告を行うのだろう。

 志信は僅かに乱れる内心を努めて抑えると、もう一度部屋の中の様子を確認する。

 誰かが侵入して害を為そうとしたのならば、もっと部屋の中が荒れているだろう。だが、部屋の中はいたって普通である。物が壊れているというわけでもなく、何かがなくなっているわけでもない。しかし、志信は僅かな違和感を覚えて部屋の中へを歩を進めた。そして、何がおかしいのかと思案し、ふと気付く。


「……窓の鍵が開いている?」


 窓の内側には鍵がかけられるようになっているが、志信が見た時には鍵がかかっていなかった。両開きの窓は大人でも簡単に通れるほどの大きさで、義人達も問題なく通れるだろう。

 部屋の扉からは出ておらず、部屋にあるのは外とつながる窓一つ。そうなると、答えは一つしかなかった。しかし、それでも疑問は残る。


「だが、何故窓から外に出る必要があったんだ?」


 わざわざ夜更けに、それも優希や小雪を連れて。志信は義人の行動の意味を理解しようとするが、情報が少なすぎて理解どころか推測すら出来ない。

 並べられるだけの情報を並べ、志信は起こった“何か”を導き出そうとする。だが、それを遮るように廊下の方から慌しい気配が近づいてきた。


「失礼します!」


 叫ぶように言い放ち、扉を叩き割るぐらいの勢いでカグラが部屋へと踏み込んでくる。志信はその慌しさに眉を寄せたが、それよりも気になることがあって口を開いた。


「カグラ、一体どうした?」


 そう問いかけたのは、カグラの様子が尋常ではなかったからだろう。

 泣いたのか、それとも別の理由か、真っ赤に充血した目。顔に浮かんだ表情は、焦りと恐怖を混ぜたもの。その上でいつも通り白衣緋袴を身に纏っているが、あちこちに(しわ)が見て取れる。腰まで伸びた黒髪も、どこか艶を失っていた。

 カグラは志信の問いに答えず、室内をぐるりと見回す。そして部屋の中に志信以外誰もいないことを確認すると、ようやく口を開く。


「……ヨシト様は?」


 それは、ひび割れたような声だった。ただ喉が枯れているのか、志信には判断できない。常にないカグラの様子に戸惑いながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「……いない。北条や小雪もだが、昨晩から姿が見えないようだ」


 志信がそう答えると、カグラは力を失ったように膝をつく。


「そ、んな……なんで? なんでですか?」


 呟くように尋ねるカグラ。それを聞いた志信は、僅かに視線を逸らす。


「それはわからない。俺も先ほど知ったばかりでな。だからカグラ、まずは義人達を探すぞ。兵達に指示を……」


 そこまで口にして、志信は首を横に振る。どう見ても、今のカグラが兵に指示を出せるとは思えなかった。


「いや、いい。カグラは部屋で休んでいてくれ。アルフレッド殿に話をしてくる」


 そう言って、志信は廊下へを出る。すると、心配気な表情をしたサクラが小走りに近寄ってきた。


「シノブ様、ヨシト様達は……」

「姿が見えないが、現状ではなんとも言えないな。情報がなさ過ぎる」

「そうですか……カグラ様の様子は? 話をするなり、部屋から飛び出していかれたんですが」

「危ういな。俺にはそうとしか言えん。すまないが、サクラはカグラを部屋に連れて行って休ませてくれ。俺はアルフレッド殿のところに行ってくる」

「わかりました」


 サクラと手早く会話を終え、志信はアルフレッドを探すために執務室がある区画へと足を向ける。

 



 今はまだ、昨晩のうちに何が起きたかを知る者は城中に一人もいなかった。

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