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異世界の王様  作者: 池崎数也
第四章
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第百十一話:接続

 義人は重く感じる足を引きずりながら、優希と志信の寝室がある区画を目指していた。気は重いが、これほど大事なことならば隠すわけにもいかない。そんな義人の様子をどう取ったのか、兵士から受け取ったノーレが潜めた声を出す。


『ヨシト、お主巫女に何の話を聞いたんじゃ?』


 話を聞くには時間が短かった。それを気にしたノーレの言葉に、義人は力なく笑う。


「……話なんて聞いてないさ。俺が一方的に怒りをぶちまけただけで、カグラは何も話してない……」


 そう言った義人の顔に浮かんでいたのは、僅かな怒りと多分な罪悪感。

 カグラに対して一方的に怒鳴りつけ、部屋を後にする際に見たカグラの表情。それが、義人の感情を多少なりとも落ち着かせた。

 悲しげなどという言葉も生温い。まるで感情の全てを失ったような、カグラの表情を義人は思い出す。


『……頭は冷えたか?』

「一応は、な」


 ため息を一つ吐きながら、軽く頭を振る。そして僅かなりとも気分を切り替えると、義人は数歩先に見える扉へと目を向けた。その部屋に住むのは、志信である。


「どう話したら良いんだろうな?」


 どんな顔をして、どう話せばいいのか。それを頭の中で思い描こうとするが、中々上手くいかない。義人は深呼吸をすると、なるようになれと木製の扉をノックした。

 木を叩く乾いた音が僅かに響き、義人は中からの返事を待つ。


「…………ん? いないのか?」


 しかし、部屋の中からの返事はない。義人が首を傾げながら呟くと、背中のノーレが肯定するように言葉を発した。


『そのようじゃな。仏頂面の、特徴ある魔力も感じぬ』

「志信のことだから、夜の鍛錬かもな……仕方ない、先に優希のところに行くか」


 話すのならば二人一緒にと思ったが、部屋にいないのならば仕方がない。そう考えた義人は、今度は優希の部屋へと向かう。

 もしも平常時の義人だったならば、志信に会えなかった時点で今夜中に二人へ話すことを諦めていただろう。後日、優希と志信の二人を部屋にでも呼んで話せば良いのだから。だが、この時の義人は少なからず平常心を欠いていた。

 志信がいないのならば、優希にだけでも話しておきたい。そんな非効率な考えに疑問を抱かないほど、義人は精神的に落ち着きを失っていたのである。

 志信が義人を探していることも、知り得ない。そして、それが後々大きな問題になることを、この時の義人が知るはずもなかった。

 ようやく追いついてきた護衛の兵士達の足音を遠くに聞きながら、義人は優希の部屋の前へとたどり着く。そして、今度は三回ほど深呼吸をすると、平静を装って扉をノックした。すると、数秒と待たずに返答の声が響く。


「どちらさまですか?」

「あー……義人だけど、入っても良いか?」

「義人ちゃん? どうぞ」


 扉越しに聞こえてきた優希の声を確認し、義人は扉を開ける。そして、


「おとーさん!」


 扉を開けた瞬間、“何か”が飛んできた。義人はその“何か”が小雪であることをすぐさま看破すると、咄嗟に体を動かして小雪の勢いを弱めながら受け止める。小雪は両手を広げた状態で義人に飛び込むと、すぐに首へ手を回してぶら下がった。義人は飛びついてきた小雪に驚いたものの、すぐに表情を引き締める。


「おっとっと……こら小雪、いきなり飛びつくなって言っただろ?」

「え? でも、ずつきはしてないよ?」


 以前飛びつき禁止と一緒に言い渡した頭突き禁止の言葉は、中途半端に守られているらしい。

義人はぶら下がったままで見上げてくる小雪に対して、小さなため息を吐いた。しかし、それでも優しい手つきで小雪を抱き上げると、ゆっくりと地面に下ろしてその頭を軽く撫でる。


「優希に話があるから、ちょっと大人しくしといてくれ。な?」

「うん!」


 頭を撫でられた小雪は心地良さそうに目を細めた後、義人の言葉に大きく頷いた。義人の傍から離れ、小雪は優希が腰掛けているベッドへと駆け寄る。そして笑顔でベッドに飛び乗ると、大人しくするというアピールなのか、正座をした。

 義人はそんな小雪の様子に柔らかく笑うと、少しだけ気が抜けたのを自覚する。続いて表情を“普段通り”のものに変え、ベッドに腰掛けた優希へと目を向けて視線を合わせた。


「義人ちゃん、どうかしたの?」


 その途端、優希が僅かに眉を寄せ、小首を傾げながら気遣わしげに尋ねた。一瞬、義人は優希の言葉の意味がわからず声を失う。


「……え? なんで?」


 思わず、問いを投げ返す義人。優希はそんな義人の顔を見ると、言葉を整理するように一拍置いてから

口を開く。


「悲しそう……でも、怒った顔もしてる。何かあったの?」


 かけられた声には、確信の響きがあった。何かがあったと、だからいつもと違うと、表情を見るだけで言い当てる。

 取り繕っていた表情は、容易く見破られてしまった。優希はごく自然に、義人の心境を言い当てる。それを聞いた義人は僅かに驚き、続いて苦笑した。


「ははっ、優希には隠せないか」


 それを当然のように、そして何故か嬉しくも思う。しかし義人はこれから話す内容を思い出し、表情を引き締めた。


「大事な話があるんだ」


 そう言って真っ直ぐ見据える義人に、優希は姿勢を正す。


「大事な話?」

「ああ」


 不思議そうな優希を前にして、義人は話し辛そうに視線を落とした。それに対し、優希は声を発さずに義人が話し出すのを待つ。

 大事な話。

 そう聞いた優希が心中で想い浮かべたのは、カグラと“同じ種類”の期待―――ではなかった。

 義人の表情や雰囲気、仕草から読み取れるのは、余程悪い事態を感じさせる。義人は非常に言い難そうにしており、これから聞かされるであろう話が良いものだとは思えない。少なくとも、“義人にとって”重大な問題だと優希は読み取った。


「……よし」


 深呼吸を一つして、義人は話す覚悟を決める。


「優希、落ち着いて聞いてくれ」

「うん」

「一人ずつなら“元の世界”に戻れるって話だけど……無理、みたいなんだ」


 断定として話せなかったのは、義人自身が本当は信じたくなかったためか。


「召喚一回を行うには、約五十年の時間がかかる。だから、元の世界には……」


 言葉は終わりに近づくにつれ、強さを失っていく。説明の言葉が少ないことを義人は自覚していたが、上手く言葉が出なかった。

 優希はそんな義人を真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと口を開く。


「それは、いつわかったの?」

「……ついさっき。召喚について書かれている本を見つけて、全部はまだ読んでないんだけど、召喚の祭壇のことが書かれててさ。挿絵が描いてあって、それで実際に召喚の祭壇に行って……くそっ、言葉がまとまらないな」


 苛立たしげに義人は頭を掻くと、自分を落ち着かせるためか何度か頭を振る。そして僅かに思案すると、実物を見ながら説明したほうが早いかと判断した。


「召喚の祭壇の“中”で話をした方がわかりやすそうだな……優希、ちょっと外に出られるか?」

「外に? うん、別に良いけど」


 幸いと言うべきか、まだ寝巻きには着替えていない。優希は部屋の隅に置かれている外套掛けに歩み寄ると、手製らしき厚手の白いコートを手に取った。そしてコートに袖を通している途中で、ベッドの上で正座していた小雪が口を開く。


「おかーさんとおとーさん、どこかいくの?」

「ん? ああ、ちょっとね」


 小雪の言葉に適当に答える義人。すると、今までベッドの上で大人しくしていた小雪がベッドから飛び降りる。


「こゆきもいく!」

「いや、もう遅いから小雪は大人しく寝て」

「いくの!」

「……はぁ。まあ、いいか」


 ため息を一つ吐き、小雪の同伴を認めた。絶対についていくと言わんばかりの瞳を見て、誰に似たんだと義人は首を傾げる。

 義人の言葉を聞いた小雪は優希のもとへと駆け寄り、優希が着たものと同じ意匠の小さいコートに手を伸ばした。それを見た優希は小さく笑い、小雪がコートを着るのを手伝うために膝を折る。

 義人はそんな二人の様子を横目に見ながら、優希の部屋の扉を開けた。すると、それに合わせて外に控えていた兵士達の目が一斉に義人へと注がれる。その数は当初義人の後をついてきていた数を上回り、十人ほどに増えていた。


「…………」


 扉を開けるなり十対の目が一斉に集中し、義人は思わず無言で扉を閉める。そして未だにコートを着るのに悪戦苦闘している小雪へ視線を投じて気分を落ち着けた後、背負ったノーレへと向けて思念通話を投げかけた。


『なあ、ノーレ。なんで兵士の数が増えてるんだ?』

『それはお主の行動が原因じゃろう? 自業自得じゃ』


 突然部屋から飛び出して召喚の祭壇に向かい、それが終われば今度はカグラの部屋へ走って向かう。さらにそこから優希の部屋へと向かっており、普段の行動からかけ離れたことをしている。


『それを見て護衛の数が増えたか……この状態で、優希と小雪を連れて召喚の祭壇に行こうとしたらどうなるかな?』

『間違いなく、体を張ってでも止めようとするじゃろうな。今度は巫女が出てくるかもしれん』


 可能性は限りなくないが。そんな言葉につなげようとして、ノーレは言葉を止めた。義人がどんな言葉を言ったかわからないが、ノーレにはおおよその予想がつく。そして、その予想が違わず的中していたなら、今のカグラが義人の前に立てるとは思えなかった。

 ノーレがそんなことを考えているとは露知らず、義人は顎に手を当てて思案に耽る。


 ―――強行突破。いや、余計に騒ぎが大きくなるから駄目か。


 護衛の兵士は何も知らない。それを考えれば、強引な手を取るのは躊躇われた。下手すれば義人が乱心したと思う可能性もある。

 義人は今日中の説明を諦めるかと頭の片隅で考え、ふと、優希の部屋の中を見回す。そして、両開きで開く窓へと目を向ける。

 行儀良く扉から出る必要はなかった。






「うわぁ……召喚の祭壇の中ってこうなってたんだねー」


 召喚の祭壇の“中”に入るなりそんな感想を口にしたのは優希だった。そんな優希の隣では、手をつないだ小雪が不思議そうな顔で辺りを見回している。


『ヨシト、体は大丈夫か?』

「ああ。でも、やっぱり魔法ってすごいな。二階から飛び降りた優希を受け止めても、大して痛くもないんだからさ」


 優希の部屋の窓から外へと出てきた義人達だが、部屋があるのは城の二階部分。そのため、義人が先に飛び降りて次に飛び降りる優希を受け止めるという方法を取った。ちなみに、小雪は過去に一人で飛び降りたことがあるので問題はない。

 もしかすると、優希一人ぐらいなら抱きかかえた状態で飛び降りることも可能かもしれない。義人はそんなことを僅かに考えるが、すぐに思考を切り替えて召喚の“装置”へと歩み寄る。


「優希、この台の上に置いてあるものを見てくれ」


 優希は義人と同じように召喚の“装置”へと歩み寄り、台の上に置かれたものへと目を向ける。そして、僅かな間を置いて首を傾げた。


「あれ? これって……」

「『魔石』らしい。本に書かれていた話では、“こちらの世界”と“元の世界”……本によれば“隣の世界”か。これはその世界間に開いている“穴”を塞ぐための装置で、“隣の世界”から流れ込む魔力を吸収しているらしい。でも、それだと五十年ぐらいしかもたないらしくて、五十年周期で溜まった魔力を解放する。その時は“こちらの世界”と“隣の世界”がつながるみたいだ」


 らしいという言葉を多用したが、義人とて確証を持って話しているというわけではない。本の情報と、“装置”の実物。それらを組み合わせての話だ。


「その世界がつながる時に、わたし達が召喚された……そういうことかな?」

「……ああ。だから、“こちらの世界”と“隣の世界”がつながらないことには戻れないと思う」


 そして、それが可能となるのに五十年。優希は義人の話を理解したらしく、僅かに目を伏せた。小雪は義人の話がいまいちわからなかったらしく、淡く輝く『魔石』や台を囲むように書かれた何かの文字を不思議そうに触っている。

 義人は目を伏せた優希へと一歩近づくと、続く言葉を口にする。


「つまり、さ……俺達、元の世界に戻れない……みたいだ」


 僅かに声が震えた。戻れないと、断定を持って言えない。そんな義人の声を聞いた優希は、小雪を真似るように『魔石』を指でなぞった。


「……義人ちゃんは、“元の世界”に戻りたいんだね?」


 そう呟いた優希の顔が、『魔石』からの光に照らされる。少し強い、それでいて幻想的な光に照らされる優希を見ながら、義人は頷く。


「そりゃ、戻れるなら戻りたいよ。突然“こちらの世界”に召喚されて、親父やお袋、優希の家のおじさんやおばさんだって心配しているだろうし。志信のところは……まあ、あの爺さんでも、心配してるだろうしさ」


 “元の世界”のことを思い浮かべ、義人は力なく笑う。優希はそんな義人の表情を見て、淡く微笑んだ。


「……うん、そうだね」


 その微笑は、『魔石』からの“強い”光で照らされる。

 そうやって言葉を交わす二人の傍で、小雪が不思議そうな顔をした。目を瞬かせて、目の前で強く発光する『魔石』を不思議そうに見つめる。


「優希だって、“元の世界”に戻りたいだろ?」


 毎日学校に行き、放課後や休みの日はどこかに遊びに行って、テストがある時はその勉強に四苦八苦する。進学と就職のどちらを選ぶか、進路に悩むこともあっただろう。

 そんな“日常”は、こちらの世界にはない。

 もちろん、“こちらの世界”にあって“元の世界”にないものもある。どちらの世界が優れているなどと義人は言うつもりはないが、心情的には“元の世界”への気持ちが強い。


「俺は…………?」


 『魔石』が放つ光に照らされながら、さらに言葉を重ねようとしたところで義人は違和感を覚えた。言葉を止め、覚えた違和感が何なのかと首を捻る。


 ―――なんだ、この違和感? 一体何が……。


 そこまで考えたところで、義人は気付く。台の上に置かれた『魔石』が濃い紫色に染まり、強い光を放っていることに。


「なん、だ?」


 最初にこの場所を訪れた際、『魔石』の色は仄かな紫色だった。だが、今義人が目にしているものは違う。何が起きているのかと、無意識のうちに一歩後ろへと足を引き、


「―――うん。帰りたいね」


 戸惑う義人の耳に、そんな優希の声が届いた。

 その瞬間、台の上に置かれた『魔石』と、書かれた文字が強く発光する。



 ――それと同時に、空中に小さな黒い穴が出現した。



『なっ!? こ、これは!?』


 異変を察知したノーレが思わず声を上げる。しかし、義人はそれに言葉を返すことはなく、空中に出現した黒い穴に目を向けた。


「これ、まさか……」


 呆然とした声で呟く義人。だが、そんな義人の様子には構わず、黒い穴が徐々に大きく形を変えていく。ゆっくりと、しかし確実に大きさを変え、天井部分を覆いつくすように広がっていく。



 ――まるで、空間(せかい)を侵食していくかのように。



 義人が記憶していたのは、そこまでだった。

 黒い穴が天井全てを覆いつくしたのを見た後、音なき激しい衝撃と共に義人は気を失った。






 カーリア国から遥か南。

 魔法国家ウォーレンと呼ばれる大国を更に南に下った場所にある砂漠地帯で、一人の女性が夜空を見上げていた。


「これは……」


 遥か遠く、北の方角の夜空を見ながら、女性は眉を寄せる。


「何かあったみたいね」


 そう呟きながら、女性は歩き出す。

 それに合わせて、腰まで伸びた黒の長髪が揺れた。


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