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異世界の王様  作者: 池崎数也
第四章
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第百八話:隠されしもの

「まったく、今日に限って仕事の追加が何度も来るなんて……まるで狙ったみたいだな」


 愚痴のように呟きつつ、真紅の絨毯が敷かれた廊下を歩くのはカーリア国の国王である義人だった。

 あと数日で一年が終わり、新しい年がくる。何かしら特別なことがあるわけでもないが、それでも節目であることに変わりはない。城の中でもどこか浮ついたような空気が漂い、まるで祭りの前夜のようにも思える。

 石造りの上に敷かれた絨毯が返す、なんとも微妙な柔らかさを靴越しに感じながら歩く義人だったが、それもすでに慣れて久しい。

 “こちらの世界”へ召喚されて早七ヶ月。妙なところで月日の移ろいを感じる義人だった。

 そして、そんな義人に追従するように二人の男性兵士が一定の間隔を空けてついてくる。外を出歩くならともかく、城の中を移動する程度なので近衛隊ではなく魔法剣士隊の兵士二名による護衛だ。

 義人は背中から聞こえてくる規則正しい足音に心中でため息を吐くと、背中に担いだノーレへと話しかけることにした。


『どこへ行くにも護衛か……個人的な、自由な時間ってないもんかね?』


 毎度のことながら、誰かしら護衛がついてくるのは義人としても気になる。もしも志信が護衛ならば歓迎するところだが、生憎と志信は近衛隊への訓練があるためここにはいない。


『部屋に引き篭もっておれば良いのではないか? そうすれば個人的な時間が取れるじゃろ?』

『……引き篭もりの国王とか駄目すぎるだろ。色々な意味で』


 予想外なノーレの言葉に少々呆然とする義人だが、すぐさま突っ込みを入れる。あるいはノーレなりの冗談だったのかもしれないが、声色からしてその線は薄い。義人はそんなノーレに小さく笑うと、目的地……図書室へと向けてのんびりとした足取りで向かう。

 背後についてくる護衛は魔法剣士隊の人間だが、義人とノーレの思念通話を聞き取れるほどに魔法を熟達しているわけではないらしく、気兼ねなく話すことができる。あるいはノーレが“声”を聞かせようとすれば聞こえるだろうが、意味もなければ魔力の無駄でもあるので実行することはなかった。


『それで、図書室に何の用じゃ? 城内の見取り図ならば、エルフにでも聞いたほうが早いじゃろう?』


 最近の義人の行動を踏まえてそう告げるノーレだが、それに対して義人は否定の言葉を口にする。


『いや、そういうわけじゃないんだ。今日は別件だよ』

『別件? はて、何かあったかのう?』


 義人が図書室を訪れる理由が思い当たらなかったノーレは、不思議そうに尋ねた。義人は会話に気を取られ過ぎないように注意しつつ、その回答を示す。


『昨日の夜、俺一人で優希の部屋に行っただろ? その時優希と話していたら、目印の場所を優希が知っててさ』

『なんじゃと? 一体どこ……いや、それが図書室というわけじゃな』

『ご名答。まさかスタート地点がゴールだったなんて思わないよな』

『すたぁと? ごぉる? ううむ……正確は意味はわからんが、言いたいことはわかるのう』


 言葉の意味がわからずに少しばかり唸るノーレだったが、言いたいことは伝わったらしい。そうやって他愛無い話を続けているうちに、図書室の前へと到着した。義人は背後に控える護衛へと振り返ると、気軽に声をかける。


「調べ物をしてくるから、この場に待機しておいてくれ。暇だったら休憩に行ってもいいから」


 召喚された当時は、思わず年上の臣下に対して敬語で命令をすることもあった。しかし義人も慣れてしまったらしく、適当に指示を出す。


「ヨシト王、それでは護衛の意味が……」


 そんな義人の指示を受けた護衛の兵士は僅かに困惑した表情を見せるが、義人は軽く笑って取り合わない。


「城の中だし、大丈夫だよ。カグラに何か言われたら、俺の命令だって伝えてくれていいから。それにほら、本を読んでいる時に傍に人がいると気が散るだろ?」


 冗談混じりに告げ、義人は図書室の扉を開く。そして護衛の何か言いたげな雰囲気を背に感じながら、図書室へと足を踏み入れるのだった。




 


 図書室の扉が閉まって一分ほど経ち、義人の護衛としてついてきていた兵士二人は互いに顔を見合わせる。そして片方の兵士が声を潜めて呟いた。


「……報告を頼む」

「……了解」


 短く言葉を交わし、片方の兵士が歩き出す。向かう先は、カグラの執務室だった。






「うーん……この部屋、ちゃんと掃除してるのか?」


 義人は相変わらず埃っぽい部屋だと苦笑しつつ、室内に足を踏み入れていく。利用者が少ないためか、定期的に掃除されることもない。後日手の空いているメイドにでも頼むことを頭の片隅で考えつつ、義人はズボンのポケットから折り畳んだ紙……ヤナギから受け取った見取り図を取り出した。

 どこかの部屋らしき、一枚の見取り図。そして、紙面に記される小さな赤い丸印。それらに目を通し、義人は頷いた。


「たしかに、優希の言う通り図書室のことみたいだな」

『ふむ、丸印が指す場所は……奥のようじゃな』


 義人はノーレの言葉に従い、ゆっくりと歩を進めていく。見取り図に描かれた扉や窓の位置を元にしながら、赤い丸印が示す場所へと。

 見取り図と照らし合わせながら、慎重に位置を確認する。そして赤い丸印が示す場所を見て、思わず首を捻った。


「魔法に関する書棚、か……ここに何かあるのか?」


 そう呟き、とりあえずといった様子で並んだ本へ手を伸ばす。今まで何度かこの場所に来たことがあるが、特に変わった様子はなかった。


『読んだことのない本の中に何かあるのではないか?』

「……そうかもな。とりあえず、読んでいくか」


 義人は片っ端から本を手に取り、流し読みしていく。その際埃が辺りに舞ったが、気にすることはなかった。

 一冊読んでは棚に戻し、次の一冊を手にとっては中身を読む。流し読みのため一冊にかける時間は少ないが、特に変わったものが見つかるわけでもない。

 そうやって書棚の半分に目を通した義人だったが、暗い室内で本を読んでいたせいか、目に痛みを感じて本のページを捲くるのを止めた。


『どうした?』

「いや、さすがに目が痛くなってきた……くそ、赤い丸印だけじゃわからないっつーの。昔のRPGだってここまで不親切じゃないぞ」


 愚痴のように呟き、義人は軽く目をマッサージする。ノーレは義人の愚痴に答えるためか、言葉の中から気になる単語を拾って質問することにした。


『あーるぴぃじぃ? むむ……お主のいた世界には妙な言葉が多いのう。武器か何かか?』

「いや、ある意味合ってるけど、違うなぁ」


 対戦車兵器ではなく、ゲームジャンルの方である。しかし、それを一から説明するのも大変だと判断した義人は、掻い摘んで説明することにした。


「冒険することを目的としたゲーム……遊びのことだよ。魔物と戦ったり、魔法を使ったり……」


 ノーレにもわかるように説明をしていく義人。

 そして簡単な説明を終えると、頭を掻きながらため息を吐いた。


「こういう時はどこかにボタンがあってそれを押したり、特定の本を引き抜いたり、棚を動かしたりすれば何かがあるのが定番だけど、さすがにそんなことはないだろうしな」


 見回してみてもボタンなどなく、適当に本を引き抜いてみても何も起こらない。木で作られた書棚は非常に重く、動かすのは大変そうである。


『しかし、この赤丸が本棚ではなく壁を指しているのならば可能性があるのではないか?』


 ノーレの言葉に、義人はもう一度見取り図に目を落とす。言われてみればたしかに、赤い丸印は壁の部分についているように見え、深々とため息を吐いた。


「……仕方ない。どかしてみるか」


 そんなことはないだろうという言葉を飲み込み、義人は書棚に並んでいる本を抜き取っていく。いくら『強化』に似た効果で身体能力が上がっているとはいえ、何百キロもある書棚を一人で動かすのは骨だ。かといって応援を呼ぶわけにもいかず、義人はこれで何もなかったらいつかヤナギ隊長に文句を言ってやると密かに決意した。

 書棚に並べられていた本をすべて取り出すと、義人は書棚の側面に両手を当てる。そして力を込めて押すと、書棚は僅かに軋んだ音を立てながら、ゆっくりと横にずれていった。


「ぐ、ぬぬぬ……小雪を連れてくれば良かったか!?」

『確かに簡単にどけることができそうじゃが、勢い余って棚を破壊しそうじゃな』


 非常に有り得る未来を告げるノーレに、義人はそれもそうかと頷く。幸いと言うべきか、書棚は少しずつ動かせている。


「……っ、はぁ……疲れた。やけに重かった気もするけど……」


 書棚相手に苦戦すること少々、なんとか書棚を動かし終わった義人は額に浮いた汗を拭いながらそう口にした。いくらすべてが木で作られているとはいえ、ここまで重いものか。そんな疑問が頭を掠めたが、今は動かし終わったという達成感の方が強く大して気にならない。

 義人は呼吸を整えてすぐに気を取り直すと、書棚を退け終えた壁へと目を向ける。


『どうじゃ、何かあるか?』


 ノーレに問われ、義人は注意深く壁面を注視した。何の変哲もない、他の場所と同じ石造りの壁である。石の組み方も、特に目立っておかしい点はない。


「いや、何も―――」


 ない、と口にしようとした義人の動きが止まる。義人は僅かに目を細め、もう一度注意深く壁面を注視した。

 石で組まれた壁の中で、一箇所だけ僅かに他と違う形の石がある。その石には端の部分が欠けており、指をかければ引き抜くことができそうだった。


『……ヨシト?』


 かけられたノーレの声に、義人は答えない。

 まるで引き寄せられるように石の端に指をかけ、ゆっくりと、本当にゆっくりと石を引き抜いていく。

 すると、ほとんど抵抗なく石が引き抜けた。だが、引き抜いた石を見て義人は眉を寄せる。

 石の高さは約二十センチ、横幅は約三十センチで厚みは五センチ程度。他の石に比べて厚みがない。いや、“なさすぎる”と言っても良いだろう。


「まるで(ふた)みたいだな……」


 義人は手に持った石を見て、小さく呟く。そして、自分の呟きに促されて石の蓋があった部分を覗き込む。

 今まで石の蓋があった部分の奥は、空洞だった。奥行きはそこまでないのか、図書室の窓から差し込む光でも十分に中の様子がわかる。

 中を覗き込んだ義人は、困惑を表に出しながらもその中に手を差し入れた。そして、手に触れた“もの”を取り出す。


「なんだ、これ……」


 それは、一冊の本だった。

 現代の本を知る義人から見れば粗末な、紙の束を紐で綴じただけの本。表題が書かれているというわけでもなく、ページ数もそこまでない。余程製紙技術が悪い時に作られたものなのか、ページの一枚一枚は形が不揃いで厚みも違う。

 非常に粗末な、しかし、最低限の体裁は整えた本だった。


『ヨシト、まだ何か入っておるぞ』


 本に目を通そうとした義人を制するように、ノーレが声を上げる。義人はそんなノーレの言葉に従ってもう一度壁に空いた穴を覗き込み、手を差し入れた。

 指先に触れたのは、金属らしき冷たい感触。一瞬刃物かと驚く義人だったが、指先は切れていない。今度は慎重に触れ、ゆっくりと引き出す。


「鉄の破片……いや、板か?」


 出てきたのは、金属で作られた一枚の板だった。厚みはあまりなく、幅も二センチ程度。形は長方形に近いが、少しだけ角が丸く削ってある。表面にはミミズがのたうったような文字が書かれているが、それ以外に目立つ点はない。


「短刀とかじゃなさそうだな。しかし、この文字は何だ? コモナ語でもないみたいだけど……」

『材質は鉄かのう。それにしても、この文字は……』


 材質を判断するノーレだが、表面に書かれた文字を見て考え込むように黙る。鉄片は錆びているということもなく、義人は鉄片をズボンのポケットにねじ込んだ。


「確認するのは後にしよう。今はまず、元の状態に戻さないと」


 そう言って、義人は石の蓋をもとの位置に戻そうとする。最後にもう一度確認するが、中に何も残っていない。

 それだけを確認すると義人は石の蓋をし、書棚をもとの位置まで戻すと引き抜いていた本を適当に並べていく。再度確認することがあれば面倒だが、さすがにすべてを放置して部屋に戻るわけにもいかない。それに、他の人間が図書室に来れば何かがあったと気付かれてしまう。

 すべて元通りにした義人は窓に目を向け、外の明るさからおおよその時間を確認する。図書室に入ってすでに長い時間が経ち、そろそろ外の兵士が不審に思うだろう。

 義人は本を懐に入れて隠すと、何事もなかったように表情を作りながら図書室から外へと出る。すると、それに気付いた兵士がすぐさま背筋を正して口を開いた。


「もうよろしいのですか?」

「ああ、待たせて悪かった。ちょっと面白い本を見つけて読み耽ってたよ」


 冗談混じりに笑いかけ、義人は自室の方へと歩き出す。護衛の兵士はそんな義人に不思議そうな視線を向けた。


「そろそろ夕食の時間ですが……」


 食堂の方向は反対であり、それを不思議に思ったのだろう。兵士の言葉に義人は少しだけ動揺するものの、それを抑えて振り返った。


「図書室の中はけっこう埃だらけだったから、少し汚れてね。夕食に行く前に着替えてくる。そうしないと、またカグラに怒られそうだ」


 義人がカグラに怒られている姿を見たことがあるためか、護衛の兵士は義人に合わせて小さく笑った。


「なるほど。そうなっては一大事ですな」

「だろ?」


 兵士の言葉に笑って返し、義人は再度歩き出す。ノーレは何事かを考え込んでいるのか、特に何も言わない。

 それが原因と言うべきか、兵士二人が互いに目配せを交わしたことには、義人もノーレも気付けなかった。


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