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異世界の王様  作者: 池崎数也
第四章
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第百七話:頼み

 城の中には宝物庫(ほうもつこ)と呼ばれる場所がある。

 その名の通り、宝物が保管されている場所だ。二十畳ほどの広さの部屋であり、入り口の扉は他の部屋に比べて重厚で頑丈な作りとなっている。

 その上、扉には『魔法文字』を使用して『強化』の術式が刻まれた錠前が付けられており、なおかつ外から侵入できないように窓もない。

 扉の両脇には常に見張りの兵士が立ち、国王(よしと)の私室並の警備体制が敷かれていた。

 余談ではあるが、義人が生活を送る寝室や執務室は侵入者対策としてあちこちに『強化』の術式を『魔法文字』で刻んであり、力技で侵入するのはほぼ不可能となっている。窓ガラスにも『強化』の術式が刻んであり、侵入するには生半可な腕では不可能だ。もっとも、カグラ並の魔法の腕か小雪並の魔力があれば力尽くで侵入することが可能ではあるのだが。

 閑話休題。

 宝物庫の中ではいくつもの棚が並び、保管用の箱に入った金や銀、宝石などが置かれていた。その中には貴重な魔法具も置かれており、その管理については代々の魔法隊隊長……当代でいえばシアラの管轄となっている。


「…………」


 そして、その日のシアラは無言で魔法具の点検を行っている最中だった。

 魔法隊の副隊長に本日の訓練内容を言い渡し、シアラは宝物庫に置かれた魔法具の一つ一つに目を通していく。

 定期的に点検は行っているが、それは置いてある魔法具の数を数えるなどの簡易なものだ。目録片手に名前や状態の確認まで行うことはほとんどない。精々半年に一回あるかないかで、年の暮れに行う点検は後者に該当した。

 シアラは常のように紺色のローブを身に纏い、愛用の杖はすぐ傍に立てかけてある。どこか無気力な瞳で魔法具の点検を行っていくが、頭に乗せた三角帽子がずれるのが気になるのか、時折右手で三角帽子の位置を直しながらの作業だった。


「……これは?」


 ふと、シアラの手が止まる。

 その視線の先にあったのは、小さな木作りの人形だった。人の姿を真似ているのか、中途半端に人体を形取った人形。それが四つほど並べてあり、シアラは首を傾げた。

 四つの内二つの人形は肩口から何かに斬られたような跡があり、しかも片方は右腕に当たる部分がない。残った二つは原型を留めているものの、あちこちに凹んだ跡がある。

 シアラは宝物庫に納められている物を記した目録を手に取ると、“それ”が何なのか調べていく。そして一分ほど目録に目を通し、小さく口を開いた。


「……『お姫様の殺人人形』。人の姿、能力を真似ることができる魔法具」


 多少の制限があるものの、人の姿に化ける人形。それに目を向け、シアラは数度目を瞬かせた後もう一度目録に目を落とす。

 『お姫様の殺人人形』を目録に書き加えた人物の名を調べてみれば、そこにはカグラの名前があった。地位や持っている権限はカグラの方が上であるため、目録に新たな項目が書き加えられているのは問題ない。

 問題はないのだが、魔法具を管理する立場としては目録に加えたことで一言欲しかったなと内心で呟き、シアラは右腕がない『お姫様の殺人人形』を手に取る。


「……頭に思い描いた人に、化けさせることができる」


 何か思うところがあるのか、シアラはポツリと呟いて機械的な動きで左右に首を振る。そして宝物庫内に自分しかいないことを確かめると、帽子を深く被り直して目を閉じた。


「…………」


 静寂が部屋の中を満たすこと少々。シアラはゆっくりと目を開くと、首を傾げる。


「……失敗?」


 手に握った人形は姿を変えず、元のままだ。誰に化けさせようかとしたかはシアラ本人が知るのみだが、その表情には少しばかりの落胆が見える。

 シアラはため息を一つ吐きながら人形を元の位置に戻すと、今度は比較的傷が少ない人形を手に取った。人形の体はあちこちがボコボコに凹んでいるが、肩口から切り裂かれている上に右腕がない人形に比べればマシだろう。

 シアラは右手で人形を軽く握り締めると、今度は長年の友人の姿を思い浮かべる。すると手に持った人形が僅かに発光し、徐々に形を変えていく。その様はまるで小人が巨大化でもするかのようで、シアラは人形を床に置いてから興味深そうに瞳を輝かせた。

 そうやってシアラが人形を観察していると、人形が姿形を変え終えてゆっくりと立ち上がる。姿を変えた人形は、己が身に纏っているメイド服を不思議そうに見下ろすと、数秒経ってからシアラに対して一礼した。


「……サクラ」


 思わず、シアラの口から友人の名が零れる。メイド服を着た人形……サクラは僅かに不思議そうな顔をすると、ゆっくりと口を開いた。


「シアラちゃん、どうかしたの?」


 僅かに首を傾げ、心配そうな表情で人形(サクラ)が尋ねる。その所作に、シアラは小さく息を呑んだ。


「……サク、ラ?」


 一瞬、シアラは目の前のサクラが人形であることを忘れた。サクラとは長年の友人で、母は異なるものの姉妹でもある。そのシアラから見ても、人形(サクラ)は本人と見紛うばかりの擬態振りだった。

 質の良い『お姫様の殺人人形』ならば、本人の容姿と能力の九割程度真似ることが出来る。能力までは完全に真似ることができないが、上手く化けさせることができれば他人と摩り替わることも可能だろう。もっとも、真似ることができるのは能力だけなのでカグラのような大きい魔力を持つことはできないが、十分に驚異的と言える。


「……戻れ」


 シアラは短く、人形(サクラ)への命令を呟く。すると、その命令を聞いた人形はすぐさま動きを止め、脱力したように膝を突いた。そして床へと倒れ込み、元の木作りの人形へと姿を変える。

 友人の姿をした“モノ”が人形へと戻る様は、見ていて気分が悪い。変化させる対象を違うものにすれば良かったと後悔しながら、シアラは地面に落ちた人形を拾い上げた。そして無言のままに人形を元の位置に戻すと、最初に手に取った右腕がない人形を手に取る。

 元財務大臣のエンブズが謀反を起こした際に、国王である義人を暗殺するために使用した人形。サクラの姿を真似ていたという報告はシアラも受けており、シアラは義人がノーレで切り裂いた部分へと触れる。


「……わたしでも、直せる?」


 『魔法文字』は多少扱えるが、『魔法具』の作成に関してはそこまで知識を持っていない。シアラは良い機会かもしれないと心の中で呟くと、『魔法具』の点検作業に戻るのだった。






「それで、俺のところに許可をもらいにきたと?」


 執務室へと訪ねてきたシアラに少しの困惑を向け、義人は手に持った書類の束を机の上へと置く。

義人の視線の先では右腕がない『お姫様の殺人人形』を片手に持ったシアラが立っており、義人の言葉に対して小さく頷いた。


「……この人形が壊れているので、直してみたい……です」


 そう言って突き出してくる『お姫様の殺人人形』を見て、義人は僅かに身を引く。シアラが意思表示をしてくるのが珍しくもあったが、それ以上に義人にとっては眼前の人形に対する複雑な心境の方が重要だ。


「ん、んー……ま、まあ、壊れたものを修理してくれるっていうのならこっちからお願いしたいぐらいだな」


 そう言って小さく笑う義人だが、その笑みが引きつっていることにシアラは気付かない。


「……直せるかは、わかりません」


 自信がないのか、シアラは無表情なままで僅かに眉を寄せた。

 そもそも、カーリア国の魔法技術は他国に比べて数段劣る。農業や商工業も劣っているのだが、それらと比べてもなお酷い。

 戦闘者として魔法を使える者は多いが、『魔法文字』などの技術を習得している者がほとんどいないのが現状だった。

 カーリア国の土地柄として、魔物を退治するための技術や知識は他国と比べても優れている。しかし、その技術や知識にしても実際に魔物を退治する兵士の腕前が足を引っ張っており、他国に知れ渡るほどに優れているとは言えなかった。それは精々、特殊な国の統治法や『召喚の巫女』であるカグラの有名さに花を添える程度のものだ。

 農業や商工業はあと数年もすれば多少の改善が見込めるが、魔法技術についてはまったくと言って良いほど改善の目処が立っていない。

 義人は魔法技術にどんなものがあり、カーリア国はどの程度の魔法技術を有しているか知らなかったが、シアラの言葉に将来性を感じて気軽に頷いた。


「直せなくても、それはそれで良い経験になるだろ。壊れているものだから、そこまで気にしなくていいぞ? 何かあったら報告してくれれば良いし」


 自分で壊しておいて言えることではないけど、と付け足して、義人は小さく笑う。


「……わかりました。何かあったら報告します」


 シアラはそんな義人の言葉に頷くと、一礼して執務室から退室するのだった。






 シアラが退室して数十秒も経たないうちに、執務室に扉がノックされる音が響く。それを聞いた義人は何事かと顔を上げ、入室の許可を口にした。


「どうぞ」

「失礼します」


 そう言って執務室に入ってきたのはカグラである。扉は守衛の兵士に開けてもらったのか、両手に抱えるほどの紙の束を持っており、それを見た義人は少しばかり顔を顰めた。


「仕事の追加か?」


 常の白衣緋袴の姿で歩み寄ってくるカグラにそう問いかけると、カグラは苦笑しながら頷く。どうやらアルフレッドから受け取ってきたらしく、それなりに重要度が高そうだ。


「御裁可をいただくものが半分と、報告書が半分ですね」


 そう言いながら、カグラは義人の机の上に書類の束を乗せる。義人は仕事量が一気に増えたことに眉を寄せると、何の脈絡もなく机に突っ伏した。


「昼までには仕事が終わると思ったのに……というか、まとめて持ってこられると余計に気が重くなる……」

「アルフレッド様からヨシト様に渡して欲しいと言われたので持ってきたのですが……少しずつ持ってきても、ヨシト様は『いつになったら終わるんだ』と言われるでしょう?」


 一気にやる気がなくなったと言わんばかりの義人を見て、カグラは口元に手を当てて穏やかに笑う。しかし、ふと何かを思い出したように表情を引き締めると、机に突っ伏した義人へと疑問の声を投げかけた。


「今シアラ隊長とすれ違いましたけど、何かありましたか? 見間違いかもしれませんが、少し嬉しそうな顔をしているように見えたんですが」

「ん? いや、何かと言うほどのことはないけど、壊れた『お姫様の殺人人形』を修理してみたいって言ってきてさ……許可したけど、駄目だったか?」


 尻すぼみに小さくなった義人の言葉に、カグラは僅かの間、考えを巡らせるように沈黙してから首を横に振る。


「いえ、わたしも『魔道具』の作成はしたことはあまりありませんし、良いのではないでしょうか? この国の魔法技術の発展のための新しい試みとなりそうですし」

「カグラでもあまり作ったことがないのか?」

「はい。『魔法文字』ならば習得しているのですが、それとは違った分野になりますから……それはそうとヨシト様。何やら朝から集中できていないようですが、何かありましたか? いつもならば、追加の仕事が来る前に今日の分が終わっていそうですけど」

「……いや、何もないけど?」


 不思議そうな顔をしながらのカグラの指摘に、義人は極力平静を装いながら否定した。カグラはそんな義人をマジマジと見つめ、『そうでしょうか?』と納得できないように首を傾げる。


 ―――やっぱり、昨日の内に確認しに行けば良かったかな。


 カグラの視線を受け止めながら、義人は内心で僅かにため息を吐く。

 優希のおかげでヤナギ隊長から受け取った地図が何処を示しているのかわかったが、さすがに夜間の内に図書室へ忍び込むわけにもいかない。国主が忍び込むというのもおかしな話ではあるが、義人としてはなるべく人目につきたくはなかった。否、正確に言うならば、普段と違う行動をしてそれがカグラに報告されるのを防ぎたかった、と言うべきか。

 カグラは義人の行動をそれとなく兵士に見張らせており、義人も兵士に見張られているのは感じ取っている。

 最初は何故カグラがそんな真似をするのかと訝しんだ義人だったが、ある程度の月日が経てば自然とその意図も見えてきていた。


 ―――護衛の意味もあるんだろうけど、俺達が……いや、俺がいなくなるのを防ぐためか。召喚の魔法はカグラしかできないって自分で言っておいて、用心深いなぁ。


 カグラに対する僅かな疑念を苦笑することで頭の隅に追いやり、義人はカグラから視線を外す。

 そして、新たに追加された仕事を片付けるべく再び政務に励むのだった。


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