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異世界の王様  作者: 池崎数也
第四章
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第百五話:カグラの役目

 日暮れも過ぎ、食堂で夕食を食べ終えたカグラはアルフレッドの私室へと足を向けていた。カグラは一体何の用かと僅かに首を傾げるものの、“この時期”にアルフレッドから呼び出しを受ける理由はそれほど多くない。

 あと数日で年を越し、新たな年となる。故に来年からの国政に関する話か、もしくは何かしら仕事で落ち度があったか、などと思考しながら、カグラはアルフレッドの私室の前で足を止めた。


 あるいは、自身(カグラ)に関することか。


 声なき呟きを飲み込み、カグラは右手で扉をノックする。あらかじめ言い含めてあるのか、扉の傍に守衛の兵士はいない。


「どなたかな?」


 扉の内側から響く、アルフレッドの声。カグラは僅かに息を吸い込み、部屋の中に聞こえるよう声を出す。


「カグラです」

「おお、カグラか。入っておくれ」

「失礼します」


 一言断りの言葉を入れ、扉を開く。そして室内へ入ると、カグラは極力音を立てないように扉を閉めてからアルフレッドの方へと顔を向けた。アルフレッドはカグラの視線を受け止めると、好々爺染みた笑みを浮かべる。


「わざわざ来てもらってすまんのう」

「いえ、お気になさらず。それで、お話があるとのことでしたが……」


 そう言いつつ、カグラはアルフレッドが勧めてくる椅子へと腰を下ろした。すると、苦笑混じりにアルフレッドが湯呑みを差し出す。そして用意してあった急須を手に取ると、その湯呑みに緑茶を注いだ。


「うむ。話はあるが、ちと長くてのう……お茶でも飲みながら話すとしよう」

「それは構いませんが……」


 アルフレッドの雰囲気から、そこまで深刻な話ではないと判断するカグラ。椅子に背を預け、知らずに入っていた力を抜くと、アルフレッドが口を開くのを待つ。

 国王である義人の私室よりも少し狭いが、それでもこの城の中では二番目に大きいであろうアルフレッドの私室。寝室とは違い、置いてあるのは机や椅子、それにアルフレッド個人が所有している家具や調度品などだ。もっとも、人間と違って欲があまりないアルフレッドが持つ物は必要最小限である。

 しかし、その中に人目を惹く物があった。

 それは、棚の上に飾られた大小の刀である。木製の刀掛けに置かれた、本差と脇差。黒塗りの鞘に納められたその二刀が、カグラの気を引いた。豪華な装飾がされているわけでもなく、何かしらの奇形であるわけもない。この国ならばよく見かける、変哲もない刀だ。だが、生まれた頃からアルフレッドと関わりのあるカグラはこの刀が何なのか知っている。

 八代前の国王にして、アルフレッドがこの国に仕える理由になった人物の形見。そして、この国に現存する最古の刀。

 積み重ねた歴史がそうさせるのか、戦いに刀を用いないカグラでも心を惹かれるものがあった。

 カグラの視線に気付いたのか、アルフレッドは苦笑を浮かべる。


「カグラは何度か見たことがあったと記憶しているんじゃが?」

「はい。しかし、それでも目を引かれますね」


 そう言って、カグラは薄く微笑む。その笑みを見たアルフレッドは同じように笑いながら、眼前の少女(カグラ)を通して僅かに懐古の感情を覚えた。

 歴代の国王と、歴代の『召喚の巫女』カグラ。自身が関わっただけでも、八人の国王と“二十四人”のカグラがいた。この国の歴史を紐解くならば、もっと多くの国王とカグラがいただろう。

 アルフレッドは四代目の国王である杉田晴信義景(すぎたはるのぶよしかげ)の傍にいたカグラの面影を残す、当代のカグラへと目を向けると、浮かべていた笑みを消して表情を引き締めた。


「カグラ」

「はい」


 答えるカグラも、アルフレッドと同様に表情を真剣なものへと変えている。


 ―――この子も、大きくなったものじゃな……。


 ある意味、娘や孫とも思えるカグラの様子に内心で笑う。それでもアルフレッドは表面上の態度を崩さないままに口を開いた。


「お主を呼んだ理由は二つ。一つはコユキに関すること。そしてもう一つはお主自身に関することじゃ」

「わたしに関することはわかりますが、コユキ様に関することもですか?」


 少しばかり予想が外れ、カグラは驚きの色を浮かべる。アルフレッドはそんなカグラに頷いてみせると、話の続きを口にした。


「コユキに関しては、お主にそこまで関係はない。しかし、この国に関わることじゃ」

「……それは?」

「お主も知っての通り、コユキは親の龍が迎えに来るまでの預かり子。それが何ヶ月、何年……あるいは何十年後になるかはわからん。儂等エルフも長寿じゃが、龍種の寿命はさらに長い。さすがに産んだ子を忘れることはないじゃろうが、それでも龍の感覚から言えば数年でも早いくらいじゃろう」


 そう言って、アルフレッドは自分用の湯呑みを手に取ってお茶を飲む。そして一息吐くと、僅かに眉を寄せた。


「本来ならば、儂のような魔物が国政に関わっているのは異常じゃ。しかし、この国ならばそれが異常にはならん」

「つまり、コユキ様も将来は国政に関わらせるべきだと?」


 アルフレッドよりも長寿で、現国王である義人を父と慕う小雪。アルフレッドが宰相を務め、城下町にはドワーフや人間に友好的な魔物もいる。兵士達も小雪に対して悪感情があるようには見えず、将来的には国の役職に就くことも可能だろう。

 そんなことを考えたカグラに、アルフレッドは首を横に振った。


「逆じゃよ。いや、むしろ関わらせてはならんのじゃ。儂や、城下町で働く魔物とはこの国に与える影響が桁違いじゃからな」

「影響、ですか……」

「うむ。儂も魔物じゃが、この国の高い立場にいる。しかし、それでもやっていることは人間と変わらん。積み重ねた年月はあるが、宰相を務めるのは儂以外でも十分にできることじゃ。だが、コユキは違う」


 そこまで言うと、アルフレッドは僅かに語気を強める。


「魔物には魔物の規則がある。儂のような中級程度の魔物ならばいざ知らず、白龍のような、上級魔物の中でも上に立つものが必要以上に国に関わることはできんのじゃよ」


 年月を経て成龍まで成長した小雪がこの国のために戦うことを選べば、それは非常に大きな戦力になる。あるいは、大きな戦力どころか小国ならば単体でも滅ぼしかねない危険な存在とも言えるだろう。


「もしも、必要以上に関わった時は?」


 アルフレッドの話を聞いていたカグラは、思わずそんなことを尋ねた。すると、アルフレッドは苦いものを噛んだように顔をしかめる。


「……おそらくは、コユキを排除するために動くじゃろう。邪魔と思えば、この国と一緒にのう」

「なんて身勝手な……」


 カグラはそう呟くと、額に手を当てた。何も問題がなければ良いが、もしも小雪がこの国に関わりすぎれば危険がある。


「魔物とはそんなものじゃよ。じゃが、コユキの親ならば白龍じゃろう。伝え聞く話によれば、人間に対して友好的じゃ。しかし、規則を破ればその限りではないはず」

「かといって、今コユキ様を放り出しても親の龍の怒りを買いますね……コユキ様やヨシト様にこの話は?」

「まだじゃ。今のところ、コユキはただの子ども。あくまで、ヨシト王やユキ殿を親と慕い、日々を過ごしておる。まあ、普通の子どもとは言えんかもしれんが、それでも問題はないじゃろう。この話も伝える必要があるならば伝えるが、今のところ伝える必要はない。カグラ、お主が知っていてくれればそれで良いぐらいの問題じゃ」


 このままでいてほしいものじゃが、と付け足し、アルフレッドはため息を吐く。しかし、すぐに表情を改める。


「そして、もう一つの話じゃが……今のところ、こちらが本題じゃな」

「なんでしょうか?」


 自然と背筋を伸ばし、カグラはアルフレッドの言葉を促す。そんなカグラを前にアルフレッドは僅かに逡巡するが、すぐさま表情を元に戻して口を開いた。


「お主に……いや、『召喚の巫女』であるカグラの役目についてじゃ。これに関しては、お主もわかっておるじゃろう?」

「はい」


 アルフレッドの言葉に対して、カグラは短く答える。

 異世界より国王を召喚し、補佐を務めていく。その他にも、『召喚の巫女』であるカグラには役目があった。


 それは、次代のカグラを産むことである。


「現状、国の中で次代のカグラを担えそうな者はおらん。だが、お主の子ならば可能性が高いじゃろう。お主の母や祖母、累代のカグラがそうだったようにのう」

「わかっています。“わたし”のように、カグラとなるべく生まれ、カグラとなるべく育つ。そのためにも、極力早く……」


 そう言って表情を硬くするカグラを前に、アルフレッドは自己嫌悪の感情を抱く。

 母が魔法を使えるならば、その才能や魔力を引き継ぐ可能性が高い。両親が魔法を使えるならば、その可能性はさらに高くなる。それならば、カグラの子は次代のカグラに成り得る存在だ。それは累代のカグラが証明しているし、アルフレッドが生き証人である。しかし、そこには役目などと飾った言葉は通用しない。どう言い繕ったところで、国を存続させるためにカグラに強いる義務だ。次代のカグラになるであろう子どもを産むことを強制し、その後も必要なことを教える必要がある。

 そして、新たに生まれた子どももまた、幼い頃から魔法の腕を磨き、魔力を鍛え、知識を蓄え、国王を召喚する代の場合は国王を召喚し、次代のカグラになるであろう子どもを産み、死んでいく。

 そう、それを繰り返すだけに生まれ、死んでいくのだ。


「すまんのう……」


 思わず、アルフレッドの口から謝罪の言葉が零れ落ちる。だが、それを聞いたカグラは不思議そうな顔をするだけだ。

 アルフレッドとて、カグラの役目がすべて正しいと思っているわけではない。しかし、現状の体制になってすでに数百年。今更カグラに役目を放棄させることもできなかった。召喚した者を国王とするこの国の仕組みを壊すことは、できなかったのである。


「それで、相手はやはりヨシト王か?」


 穏やからなぬ心中を無視し、アルフレッドは話の続きを行う。ここで義人の名前が出たのは、この国の男性の中で魔力を持っており、それを踏まえた上でカグラ自身の感情を配慮してだった。


「ヨ、ヨシト様は、その、えっとですね……」


 途端、カグラは顔を赤くして視線を逸らす。今まで真剣な表情だったものが一瞬で崩れ去ったのを見て、アルフレッドは笑みを浮かべた。


「この国にいる魔法を使える男の中では、ヨシト王が適任じゃと思うがな。魔法隊や魔法剣士隊の中にも、ヨシト王ほどの魔力を持っておる者はおらんじゃろ?」

「そ、それは、いませんけど……」

「ふむ? では、ヨシト王では嫌じゃと? 普段のお主を見ていれば、そうは思えなんだが」


 今までアルフレッドが見てきた、義人とカグラの関係。それはアルフレッドが今まで見てきた歴代の国王やカグラと比べて見ても、良好に映っていた。すると、カグラは赤らめていた顔をなんとか真面目なものに繕い、ポツリと呟く。


「実は、一度ヨシト様を押し倒したことがあるんです」

「……すまぬ、カグラよ。聞き違いかもしれんが、お主が押し倒したのか? 押し倒された、ではなく?」

「はい。お酒に酔った勢いで……」


 訥々(とつとつ)と、その状況を話し出すカグラ。アルフレッドは驚きを隠せないままにカグラの話を聞きながら、ふと思う。


 ―――本当に、子どもが育つのは早いものじゃなぁ……。


 まさか、すでにそんな事態になっているとは。しかし、カグラもすでに十七。累代のカグラと比べれば遅い方だろうが、それならば次代のことを考えるのも杞憂に過ぎない。年寄りのお節介だったか。やはり、生まれる子は女の子だろうか……少し混乱したアルフレッドがそこまで考えたところで、カグラは目を伏せた。


「それで、断られまして……」

「……断られた、とな?」


 カグラの言葉を繰り返し呟き、アルフレッドは僅かに思考する。そして、納得がいったとばかりに頷いた。


「そういえば、以前やけに気落ちしていた時期があったのう。あの頃か」


 人間にはそういう時期もあると静観していたアルフレッドだが、思ったよりも深刻な事態だったようだ。


「はい。だから、どうしても二の足を踏んでしまうのです。また、断られたらと思うと……」


 そう言って、カグラは口を閉ざす。そんなカグラの様子を見ながら、アルフレッドは眉を寄せた。


 ―――他の者に……いや、この子の気持ちを尊重するならば、それはまずいか。ここはやはりヨシト王に頼むのが一番かのう。


 義人がカグラを嫌っていないというのは、アルフレッドにも断言できる。しかし、カグラのことを好いているかどうかは別だ。

 アルフレッドの目から見た義人は、自分が好意を持った女性にしか愛を向けない類の人間である。もっとも、前代や前々代の国王のように見目麗しい女性ならばすぐに手を出すというのも困りモノだが。


「……ふむ、折を見て儂の方から話をしてみるかのう」

「アルフレッド様からですか?」

「そうじゃ。ここは当人同士でと言いたいところじゃが、あまり長い時間をかけられないのも事実。カグラよ、お主も以前から覚悟はしておるじゃろう?」


 そこから先は口に出さず、アルフレッドはカグラを見る。カグラはそんなアルフレッドの視線に対して、小さく頷いた。


「わかっています。わたし一人の意志よりも、この国の方が大事ですから」

「……そうか。話はこれで終わりじゃ。時間を取らせたのう」

「いえ、それでは失礼します」


 一礼し、カグラはアルフレッドに背を向ける。アルフレッドは自室の扉が閉まるまでカグラの背中を見送り、その姿が見えなくなってからため息を吐いた。


「どうにか、あの子には幸せになってほしいものじゃが……無理な願いかのう」


 どうやって義人を説得するか。それを考え、アルフレッドは頭を振った。

 それ以前に、最近義人が妙な行動をしているという報告が入っている。意味もなく城の中を歩き回ったり、図書室に足を運んだりしていると義人の護衛を務める兵士から聞いていた。回数は少ないが、護衛を連れて城下町に足を運んでもいる。

 それが何を意味するのか。アルフレッドは義人とカグラの顔を頭に浮かべ、ため息を吐くのだった。


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