第百二話:早朝訓練
例え真冬だろうと、藤倉志信の朝は早い。
早くから日が昇る夏に比べれば多少遅いものの、それでも午前五時には目を覚ます。それは長年の生活がそうさせるのか、目覚ましなどがなくとも毎日決まった時間に起きることができる。それは“元の世界”でも“こちらの世界”でも変わらないことだった。
「冷え込みがきつくなってきたか……そろそろ冬も本番だな」
その日もいつも通りに目を覚ました志信は、水場で顔を洗って眠気を取るとそう呟く。すでに早朝訓練を行うべく身軽な服装に着替えており、右手には訓練用の棍。左手には汗を拭くための手拭いを持ち、準備は万端だった。
外はまだまだ暗いが、城から漏れ出る灯りが僅かながらに視界を与える。志信は吐く息が薄暗い視界の中で白く染まるのを感慨深げに眺めながら、準備運動を開始した。
志信も日中に近衛隊の訓練があるが、それはあくまで自分が鍛える側の話である。
他人に何かを教えるというのも良い経験ではあるが、志信自身もまだまだ未熟であり発展途上。そのため、朝晩の自主訓練は志信にとって己を高めるための貴重な時間だった。もっとも、自分以外の人間が参加する場合もあるので完全に自分一人での訓練ではない。一人稽古の時もあるが、大抵はミーファや義人が途中から参加する。その場合は自分の鍛錬半分、他の人間との鍛錬半分だ。
志信としてはアルフレッドか騎馬隊の隊長であるグエンが参加してくれればと思っているが、その二人が早朝訓練に参加したことはない。アルフレッドならば全体的に志信よりも優れた腕を持ち、グエンも槍術の技量だけを見れば志信よりも優れた腕を持つ。
たまには完全に教わる側に回りたいものだと内心で呟きながら、志信は体を解していく。魔法に関する技術を含めるのならばカグラやサクラに教えを乞うのも良いが、志信が求めているのは極力魔法を介さない力。『強化』に似た効果で身体能力が向上しているのには目を瞑るが、カグラやサクラの戦い方では志信が求めるものとは方向性が異なる。
「お爺様がいれば教えを乞えるが……いや、言うだけ無駄か」
時折ふらりと旅に出る祖父の顔を思い出し、志信は苦笑した。
皆伝はもらったものの、まだまだ教わりたいことは山のようにある。しかし“こちらの世界”にいる以上、会えることはないだろう。
志信は数ヶ月前までいた世界での日常を思い出し、苦笑を深める。
「今では毎日、一日中体を動かすだけで過ごせる日々か……俺にはこちらの方が性に合っているな」
朝晩に己の腕を磨き、日中は学校へ通う毎日。志信も学校へ通うのが無駄だとは思わなかったが、それでも思うところはあった。
―――それは、“退屈”である。
いくら武芸の腕を磨こうとも、現代では使う機会もない。親友がいるからこそ学校も楽しめるが、それがなければどうなっていたか。
屈伸運動をしながら、志信は僅かに意識を傾ける。義人や、義人の傍にいる優希のいない学校生活。それを想像し、志信は眉を寄せた。
「まさに、退屈だな」
「何が退屈なんだ?」
不意に、声が響く。
志信は反射的に地面を蹴りながら、傍に置いておいた棍を拾い上げる。そして声がした方向へと視線を向けると、素早い動作で棍を構えた。
「っと、俺だ志信! 頼むから攻撃するのは止めてくれよ!?」
すると、暗がりの中から見知った声が響く。そのどこか焦りの色を含んだ声に、志信はゆっくりと棍を下ろした。
「……義人だったか。すまん、少し考え事をしていた」
「いや、別に良いよ。でも、こんなに近づいても志信が気付かないのも珍しいな」
苦笑混じりに姿を見せた義人との距離はおよそ三メートル。義人が背後の方向から歩いてきたことを含めても、事前に気付けなかったことに志信は内心でため息を吐く。
義人は志信同様動きやすい服装に着替えており、背中に王剣のノーレ、右手に訓練用の木刀を持っている。もしも義人が志信を害するつもりだったならば、対処が間に合ったか微妙なところだ。
「考え事が過ぎた……だが、今日は早いな。まだ五時半にもなってないと思うが?」
「たまにはいいかな、と思って。レンシア国から戻ってきて以来、忙しくて参加できなかったしな」
そう言って笑う義人に、志信は納得したとばかりに頷きを返す。忙しかった理由としては政務と小雪絡みだろうと当たりをつけ、志信は僅かに首を傾げた。
「それはわかる。それで、小雪はどうしたんだ?」
「小雪? あー……いつの間にか俺の布団に潜り込んで幸せそうに寝てたんで、ここに来るついでに優希の部屋に抱えて行って寝かせてきた。そろそろ、小雪を無条件で寝室に通してしまう守衛の兵士に何か言わないといけないな」
主に俺の心臓のために、と付け足し、義人は少しばかり遠い目をした。
寝る前はいなかったはずなのに、朝起きると小雪が隣で幸せそうに眠っているのだ。その上、優希と似通った顔をしているために寝起きの頭では優希と勘違いしそうになることがある。さすがに意識がはっきりとしていればそんなことはないのだが、寝惚けていると本気で間違える可能性が高い。
もっとも、小雪も毎日義人の布団に潜り込むというわけではなく、一日交替で義人と優希の寝室を行き来しているようではあるのだが。そして、それを知った時のカグラの表情と視線を思い出して義人は首を横に振った。
「ま、まあそれは置いておこう。今は体を動かして忘れたい……もとい、ストレスを発散……じゃない、運動不足の解消をしたい」
ハハハ、とどこか虚ろに笑う義人を見て、志信は労わるような視線を向ける。
「カグラは相変わらずか?」
『ここ数日は落ち着いておる。まあ、笑顔なのに目が笑っていないのがなんとも言えないがのう。ある意味、自業自得じゃが』
笑う義人の代わりに答えたのは、義人に背負われたノーレだった。どこか呆れたような声に対して、義人は両手を上げる。
「そうは言っても、小雪に『おとーさん』って呼んで良いって言っちまったしなぁ……」
「止めさせれば良いのではないか?」
冷静に指摘する志信。だが、そんな志信に対して義人は軽く手を振る。
「いや、それを言うと泣くんだよ」
「……泣く子には勝てぬ、ということか」
そういうことだ、と首肯し、義人は右手に持った木刀を持ち上げる。
「というわけで、ストレス発散の相手をしてくれ」
「つい今しがた、運動不足の解消をしたいと言い直した気もするが? それと、動く前には準備運動をした方が良い。体を痛める」
早すぎる前言撤回に苦笑しつつ、志信はひとまず準備運動を勧める。義人はそれもそうかと納得すると、屈伸運動を開始した。
「ふっふっふ……志信、今日こそは一本取ってみせるからな」
義人は体を解しながら、やけに自信が見え隠れする発言をする。その義人の発言に対して、志信は軽く頷きを返した。
「期待しよう」
「期待してくれ。多分、志信を驚かすぐらいはできると思うから」
『妾の手助けがなければ、驚かすどころか数合も打ち合うことができんじゃろうに』
『ノーレには頭が上がりません』
『下げられた覚えもないがのう?』
冗談の応酬をしながら体を解していく義人と、それを横目に軽く棍を振り回す志信。志信は義人が打算なく一本を取ると言うはずもないと、頭の中で何通りか義人が取りそうな手をイメージしながら棍を繰り出していく。
「やべぇ……余計な一言だったな。志信も少しは油断してくれれば良いのに」
そうやって、明らかに動きが変わった志信を見て義人は頬を引きつらせる。失敗したと嘆く義人に、ノーレが呆れたような声をかけた。
『それも自業自得じゃな。学ばんのか?』
「いや、ノーレがいれば大丈夫だという自信……だったら良いなぁ」
『たしかに“あれ”を使えばお主でも戦うことができるじゃろうが……』
「どれだけ戦えるかの実験でもある。これで無理だったら、有事の際の脱出にしか使わないよ」
そう言いながら、義人は両膝を重点的に解していく。そして十分に体が解れたのを確認すると、ノーレを背負った状態で木刀を手に取った。
「志信、こっちも準備オーケーだ」
「わかった。最初から打ち合いで良いんだな?」
志信はどこか楽しげに問いかけ、それを聞いた義人は苦笑混じりに頷く。
「できれば手加減してほしいけど……言うだけ無駄か。よし、行くぞノーレ!」
『やれやれ、仕方ないのう』
気合を入れるように声を上げ、義人が木刀を正眼に構える。そんな義人に合わせるように志信も半身開いて腰を落とし、訓練用の棍を中段に構えた。
訓練用の棍には何かしらの魔法の術式が刻まれているということはなく、ただ頑丈なだけである。『無効化』の術式が刻まれた棍も用意はしてあるが、早朝や夜間の訓練で使うことはほとんどなかった。
しかしながら、義人は“それだけ”で油断するほど志信という人物を知らないわけではない。志信は例え『無効化』ができずとも、放たれた魔法は避けるか強引に打ち消すぐらいのことは当然のようにやってのける。そんな確信を、義人は持っていた。
『ノーレ、『加速』を頼む』
故に、義人が選んだのは接近戦。使用するのは、レンシア国第二魔法剣士隊の隊長カールが使う『加速』。ノーレに真似させた『加速』はカールが使用するものと比べれば多少速度が劣るが、それでも義人にとっては十分以上に高速に動ける魔法である。
両者の距離は五メートルと少々。義人の武器は木刀で、志信の武器は棍。そのため、義人から仕掛けるにしても距離を詰める必要がある。
「…………」
両者無言で対峙しながら、ゆっくりと距離を詰めていく。志信は棍を構えたままで義人の出方を伺い―――次の瞬間には、義人の姿が消えていた。次いで、背後に響く砂を踏む音。それが何の音かを判断するよりも早く、志信の体は動いていた。
―――もらった!
それは、義人にとって一本を取ったと確信できる一撃だった。
“加速”しながら地を蹴り、義人は瞬きの速度で志信の背後へと回りこむ。あとは木刀を振るうだけで一本を取れるだろう。その判断をもとに、義人は木刀を振るうべく右足で踏み込み、
「っ!?」
それよりも早く、志信が振り返った。それと同時に放たれる、額狙いの打突。線ではなく点で放たれたその一撃は距離がつかみにくく、打突が来るとわかった瞬間に義人は進行方向を横へと変える。
義人はノーレによる『加速』で志信の攻撃可能な範囲から離脱すると、すぐさま志信の背後を取るべく走り出す。
『反応どころか反撃されたよ……もしかして、これってそこまで速く動けてない?』
『それなりに速いが……ここは、仏頂面の反応の良さを褒めるべきじゃな』
『こうなったら『加速』しながら斬りかかってみるか?』
『それも一つの手じゃが、それでは体がもたんじゃろう。この速度で斬りかかったら腕の一本ぐらい折れるかもしれんが……それでもやるか?』
『ちなみに、折れるのはどっち?』
『斬りかかる方と斬りかかられる方の両方じゃな』
『よし、却下だ』
ノーレと言葉を交わし、義人は側面から志信へと斬りかかる。『加速』でついた過剰な勢いを殺すように強く踏み込み、必要な分の勢いを利用した一撃。だが、側面からの横薙ぎが志信の体へと到達するよりも速く棍が差し込まれる。
「っ!」
乾いた衝突音と、思わず木刀を取り落としそうになるほどの衝撃。義人は手が痺れそうになるのを努めて無視すると、折られることなく棍で木刀を受け止めた志信と視線をぶつけ合う。
「カール隊長が使っていた魔法か。義人も使えるとは驚いたな」
純粋に驚いたと、鍔迫り合いならぬ押し合いをしながら告げる志信に対して、義人は木刀を握る手に力を込めることで応えた。
「それをあっさりと防いだくせに」
「いや、事前に義人が『今日こそは一本を取る』と言っていなければ油断して防げなかった。それぐらい、速かったな」
その言葉を皮切りに、志信は武器を使って押し合う状態から突然脱力する。
「うわっと!?」
その結果、押し合いをしていたところでいきなり志信からの力がなくなり、義人はバランスを崩す。前のめりに倒れそうになるのを必死に堪え、志信がどう動くかを見ようと顔を上げ、
「―――あ」
“本気”の志信と目が合った。
義人は目の端で志信の左足が動いたのを見ると、ほぼ反射的に地面を蹴って左へと飛ぶ。それは生存本能がそうさせたのか、回避の動作に無駄がない。
避けなかったら腹部があったであろう場所を蹴り上げる志信の左足に冷や汗を流しながら、義人はなんとか体勢を立て直そうと試みる。ノーレも『加速』を使おうとするが、下手すれば余計に体勢が崩れるため義人の体勢が悪い状態では使うわけにもいかない。
志信の蹴りを回避した義人は地面を滑るように着地して勢いを殺し、すぐさま木刀を構え直した。
そして、そこへ棍が飛来する。義人が木刀を構えるタイミングに合わせたのか、それとも丁度追いついたのか。二メートルの距離を挟んだ状態から一直線に棍が突き出される。
風を貫きながら迫る棍の先端を見て、義人は咄嗟に木刀を横へと振るった。木刀の切っ先で棍の先端を弾き、攻撃の軌道を変える。
『ヨシト、今のうちに距離を―――』
「無理だ!」
声に出してノーレの言葉を否定する義人。その視線の先には、すでに棍を引き戻して次の攻撃へ移ろうとする志信の姿。対して、義人はまだ木刀を戻してすらいない。
「はっ!」
鋭い気合いと共に、再度繰り出される打突。
受け流すことも防御も回避も不可能と判断した義人は上体を捻りながら後ろへと倒し、服に掠らせながらも辛うじて回避する。
だが、義人にできたのはそこまでだった。
「やば……げふぅっ!?」
続いて槍のように放たれた前蹴りが、義人の体を容赦なく吹き飛ばす。無防備な脇腹目掛けて繰り出された蹴りを回避できず、義人は鞠のように地面を転がっていく。
勢いを殺そうとノーレが咄嗟に風を発生させて義人の体を受け止めるが、それもすでに遅い。義人は蹴られた部分を左手で押さえながら、木刀を放り出した右手で地面を叩く。
「……っ……げほっ! げほっ! い、いてぇ……げほっ!」
「……すまん、無事か?」
いつの間にか手加減がほとんどなくなっていたことを恥じながら、志信は心配気な表情を浮かべて義人へと尋ねる。当たるとわかった瞬間に力を抜いたので骨を折った感覚はなかったが、それでもヒビぐらいは入ったかもしれない。
『もっと手加減をせぬか!』
「すまない。義人の動きに、つい加減を忘れてしまった。当てる瞬間には力を抜いたが……」
叱責するノーレに、志信は頭を下げる。そして地面を転がる義人を丁寧に抱え起こすと、蹴った部分に目を向けた。
「折れているかわかるか?」
「いてて……骨は折れてないと思うけど、朝飯食ってたら、絶対に吐いてるぞ……」
「本当にすまない。カグラを呼んで治療を……」
そう言って立ち上がる志信だったが、不意に顔を上げる。それに釣られて義人も顔を上げると、城の二階部分にある一室の窓が開いた。
一体何なのかと義人が首を傾げると、開いた窓から小雪が顔を覗かせ、視線を下げて義人達―――より正確に言うならば、脇腹を押さえて痛みに苦しむ義人と、その脇で棍を持ったままの志信を見る。
結果、小雪は不機嫌そうに眉を寄せた。そして何を思ったのか、窓枠に足をかけ、
「おとーさんをいじめるなー!」
そんな言葉と共に、小雪は城の二階の窓から何の迷いもなく飛び降りた。そして、パジャマ姿の小雪は義人と志信の中間地点に着地、否、着弾する。
「うわっ!?」
その小さい体躯にどんな力があったのか、小雪が着地した瞬間地面が僅かに陥没。その衝撃で義人は後ろへと倒れ、志信は咄嗟に後ろへと飛ぶ。
「ちょ、なんだ!?」
後ろへと倒れた義人は脇腹の痛みも忘れ、すぐさま体を起こす。すると、志信を威嚇するように小雪が立ちはだかっていた。
「おとーさんをいじめるな!」
「む? いや、いじめていたというわけでは……っ!?」
誤解を解こうとする志信だが、小雪は問答無用と言わんばかりに殴りかかる。そして、志信は思わず目を見開いた。
―――速い!
内心での独白と同時に、志信は一気に警戒の度合いを強める。小雪の動きは単調で、軌道は一直線。だが、それを補って余りあるほどにその動きは速い。
倒れこむように繰り出された拳を、志信は地を蹴って後方に跳ぶことで回避する。すると、目標を失った小雪の大振りの拳は地面へと命中した。
その瞬間、ズドンという轟音が響く。
「……なんだアレ?」
およそ聞いたことがないような音に、義人は小雪が殴った地面へと目を向ける。一体何の冗談か、小雪の拳が命中した部分はすり鉢状に陥没していた。
『コユキは龍種じゃからな。膨大な魔力で『強化』を使えば、あのぐらいの威力は考えられる』
「いや、それにしたって物騒過ぎるだろ」
『巫女とて同じことを容易く行えるが?』
脇腹の痛みを堪えながらノーレと話をする義人だが、その表情は硬い。そんな義人の視線の先では、最初の一撃が外れた小雪が再び志信へ飛び掛るという光景が広がっていた。
単調だが、繰り出される小雪の拳はひたすらに速い。志信は直撃すれば一撃で倒される、下手すれば死にかねない拳の嵐を前に、棍では迎撃が間に合わないと投げ捨てた。
防御をしても無駄なため、志信は回避と受け流すことに注力する。体捌きで拳を避け、迫り来る拳を手のひらで受け流し、志信は真剣な表情ながらも困ったように眉を寄せた。
「義人、すまないが小雪を止めてもらえるか? さすがに殴って大人しくさせるわけにもいかない」
「あ、ああ……小雪、そこまでだ!」
義人が声を張り上げると、志信へと飛び掛っていた小雪が動きを止める。そして義人の方を見ると、唇を尖らせた。
「でも……」
「さっきのはいじめじゃない。ただ、志信と手合わせしてただけだから落ち着いてくれ」
「……むー、おとーさんがそういうなら」
義人の言葉を聞き、小雪は不満そうにしながらも構えた拳を下ろす。すると、その様子を見たノーレが小さく呟いた。
『ふむ、零歳児に守られ、庇われる父親か』
「感慨深げに嫌なことを言わないでくれ……いたた……」
ノーレの呟きに首を横へ振ると、ぶり返してきた痛みに義人は体をくの字に曲げる。すると、今まで志信の方を見ていた小雪が慌てたように駆け寄っていく。
「おとーさんだいじょうぶ?」
「なんとか。だから、志信に殴りかかるのは止めてくれ。な?」
そう言って作り笑いを浮かべ、義人は小雪の頭に手を乗せる。それでも小雪は不満そうにしていたが、数秒もすれば笑顔に変わった。そして、笑顔のまま義人の脇腹へと視線を落とす。
「“それ”、こゆきがなおそうか?」
「……はい?」
小雪の言葉の意味がよくわからず、義人は思わず首を傾げた。だが、小雪はそんな義人の様子に構わず口を開く。
「いたいのとんでけー、いたいのとんでけー」
そう言いながら、小雪は義人の脇腹へと右手を当てる。義人はそんな小雪の行動に少しばかり癒されるものの、途中から僅かに首をかしげた。
「あれ? 本当に痛みが引いてるような……」
『『治癒』魔法じゃな。それも、かなり強力かつ強引な』
ノーレに言われて義人が視線を下げると、脇腹に触れる小雪の右手が僅かに発光しているのが目に入った。それは今まで義人が何度か見たことのある光景で、思わず眉を寄せる。
「『治癒』か……」
「おとーさん、どこがいたい?」
「あ、いや、だいぶ痛みは引いてるけど……」
『さすがは“再生”を司る白龍じゃな。経験もなく、直感だけで魔法を行使しているとはいえ、『治癒』魔法はお手の物ということか』
感心したようなノーレの言葉に、小雪はどうだと言わんばかりに胸を張った。義人はそんな小雪の頭を軽く撫でると、頬を緩ませる。
「ありがとう小雪。でも、地面のあちこちを陥没させたのは感心しないなぁ」
カグラにバレたら怒られそうだ。そう言葉をつなげ、義人はゆっくりと立ち上がる。
「何がバレたら怒られるのでしょうか?」
すると、背後からそんな声が響いて義人は体を硬直させた。義人はゆっくりと後ろへ振り向き、額に手を当てる。
そこには、笑っていない目のまま顔だけで笑うカグラの姿があった。