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異世界の王様  作者: 池崎数也
第四章
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第百一話:齟齬

「相変わらず埃っぽい部屋だなぁ」


 ここ数日で通い慣れたカーリア城の図書室に入るなり、義人は愚痴を吐くように呟いた。

 図書室は部屋を閉め切っているせいか、他の部屋と比べて空気がよどんでいるように感じられる。掃除も完全には行き届いていないのか、棚の上には薄っすらと埃が積もっていた。もしも棚の上に指を乗せて横に引けば、指先が真っ黒に汚れるだろう。いつか本格的に掃除をすることを考えながら、義人は図書室の中心へと足を向けた。


「さてさて、昨日の続きから調べていくかね」


 義人はそう呟きつつ、昨日最後に読んでいた本が置かれている本棚まで移動する。そして、本が雑多に並ぶ本棚へと手を伸ばし、なるべく埃が立たないようにゆっくりと赤い表紙の本を引き抜いた。

 現代に比べて大きく文明が劣った“こちらの世界”において、何かを調べる時に使うものは本である。現代ならばインターネットなどでも調べることができるが、“こちらの世界”にそんな便利なものはない。そのため、義人は図書室にある本を使って自分の目的に沿うものを見つけ出そうとしていた。

 もっとも、“こちらの世界”では元の世界ほど簡単に本が入手できるというわけでもなく、安価で手に入ることもない。国の中枢たる王の居城だからこそ様々な本が置いてあるが、一般市民の中で本を持っている者など極一部だけである。


「まあ、本があるからといって目的の情報が見つかるとは限らないわけで……っと」


 手に取った本を流し読みをしていた義人は、本棚に手を伸ばして次に読む本を引き抜き、最初に手に取った本を本棚へと戻す。すると、下手な鉄砲も数撃てば当たると言わんばかりに本を手に取る義人の背中で、呆れたような声が上がった。


『それで、この前から熱心に本を読み漁っておるがお主は何がしたいんじゃ? 召喚の祭壇に関してか? 魔法関連なら妾が教えるぞ?』


 三日ほど前に召喚の祭壇へと足を運んで以来、政務のない時間に図書室へ通い詰めている義人のことをノーレは黙って見ていた。しかし、さすがにそろそろ限界である。最近は義人の行動にあまり口を挟まなくなってきたノーレだったが、何を探しているかぐらいは聞いても良いと判断して話しかけた。


「いや、それもあるけど地図か見取り図がほしくて」


 そんなノーレに、義人は本から目を離さないままで答える。


『見取り図?』


「ああ。この前レンシア国に行った時、ヤナギ隊長から手紙を受け取っただろ? そこに載っていた見取り図について、何かわからないかなと思ってさ」

『それは、図書室で調べればわかるかのう?』

「わかる……と思うんだけどな。『渡せば自分で気付くでしょ』って伝言から考えると、俺の手が届く範囲に答えがありそうだし」

『ふむ……』


 義人の言葉に対して、ノーレは何かを考え込むかのような声を漏らす。あるいは何かを思い出しているのか、声には妙な響きがあった。


『……お主の世界では、本に地図が載っておるのか?』

「そうだけど? 図書館とかに行けばその地域の地図があったりするし……って、もしかして、こっちの世界じゃ地図とかは本に載ってないのか?」

『ん? 地図は地図じゃろう? 紙か羊皮紙ならばわかるが、何故本に載っておるんじゃ?』

「……もっと早く聞けば良かった。それじゃあ、図書室には地図とか城の見取り図とかは置いてないか?」


 調べるならば図書室だと判断した義人だったが、その判断は間違っていた。

 城の見取り図などは、重要な国家機密である。見取り図の精度にもよるが、万が一の際に使用する抜け道などが記されていることもあるのだ。もしもそれが他国の手に渡りでもしたら一大事であり、図書室のような人の出入りがある場所には置いてあるはずもない。

 “元の世界”と同じように、図書室を調べれば地図や見取り図の一つでも出てくると思っていた義人は思わず眉を寄せた。


「カグラにでも尋ねて……いや、何に使うのか聞かれそうだな。ゴルゾーにでも頼んで……」

『何故商人に城の見取り図を注文するんじゃ。商っておるはずがないじゃろう』

「それもそうか。じゃあアルフレッドにでも尋ねて……」


 義人がそこまで口にした時、不意に図書室の扉が開かれる。いや、正確には“開く”と言うよりも、吹き飛ばす勢いで扉が開かれた。


「おとーさん!」


 扉の開け方があまりにも乱暴だったため、咄嗟にノーレの柄に手を伸ばしていた義人は扉を開けたのが誰かを確認してため息を吐いた。そして、自身のもとへと駆け寄ってくる小雪を見て体ごと向き直る。


「小雪、一体何の用……ごふぅっ!?」


 飛びつくように抱きついてきた小雪の額が鳩尾(みぞおち)に命中し、義人は思わず倒れこむ。だが、小雪はそんな義人に構わず楽しそうにしがみついた。


「ねえおとーさん、あそぼう?」

「……いや、げほっ、地味に……痛いんだけど……」

「え?」


 痛みを堪えながら咳き込む義人を見て、小雪は不思議そうに首を傾げる。義人は数回深呼吸をすると、痛みを堪えてゆっくりと立ち上がった。


「いたた……いいか小雪、いきなり飛びつくのは禁止だ。というか、頭突き禁止」


 義人が鳩尾を撫でながらそう言うと、小雪は目を瞬かせる。


「いきなりじゃなかったらいいの?」

「いきなりじゃなくても、できれば止めてほしいなぁ」


 倒れた際に手から落ちた本を拾いつつ、義人は呟く。すると、本を拾うためにしゃがんだ義人の行動を勘違いしたのか、小雪は義人の背中へとしがみついた。


「おとーさんおんぶ!」

「……俺の言ったこと、わかってる?」

「ところでおとーさん、さっきからなにしてるの?」


 義人の言葉を綺麗に流しながら、小雪は義人の首に両手を回してぶら下がる。義人は首に重さが加わるのを感じたが、小雪を無下に扱うこともできずに苦笑を浮かべた。

 もしも、小雪が幼い頃の優希の姿とそっくりでなければ違った対応を取っただろう。義人は苦笑を浮かべつつ、無意識のうちに穏やかな声で話しかけた。


「というか小雪、そのおとーさんっていうのは止めてほしいんだけど」

「え? どうして? おとーさんはおとーさんだよ?」

「どうしてって言われても……まだそんな歳でもないしな」


 義人がそう言うと、小雪は義人の首に回していた両手を離して床へと下りた。そして、唇を真一文字に引き結んで義人を見上げる。


「おとーさんって、よんじゃ、だめなの?」


 ジワリと、小雪の目の端に涙が浮かぶ。年齢相応に情緒が不安定なのか、声はかすかに震えていた。

 

 ―――やべえ、泣く。


 義人は心中で短く呟きながら、頬を引きつらせる。泣く子どもと地頭には勝てず、義人は小雪が涙を浮かべた途端に表情を作り笑いに変えた。


「ま、待つんだ小雪。泣くな、泣くんじゃない。落ち着け……要求はなんだ?」

『いや、その反応もどうかと思うんじゃが』


 呆れたようにノーレが呟くが、義人はそれを黙殺しながら作った笑顔で小雪の解答を促す。


「ようきゅう? なら、おとーさんって……」

「それ以外で要求してくれると嬉しいよ」


 思わず、即答で却下する義人。小雪はそんな義人の言葉に泣きそうになるものの、それでも何か代案を考えているのか、視線を下げて小さな唸り声を上げる。


「うー……」

「義人って呼んでくれてもいいから……な? おとーさんって呼ぶのは勘弁してくれよ」


 義人は今のうちにと言葉を重ねるが、小雪はそれに応えない。どう言えば諦めてくれるだろうかと悩む義人だったが、そんな義人の思考を遮るように再度図書室の扉が開いた。


「義人ちゃん、小雪がこっちのほうにいるって聞いたんだけど、知らない?」


 そう言いながら部屋に入ってきたのは、右手に洋服を持った優希である。おそらくは小雪に着せるため

の服なのだろう。手に持った洋服のサイズは小さめだった。そして、そんな優希の姿を見た小雪は弾けるようにそちらへと駆け出す。


「おかーさん!」

「あれ? 小雪、どうかしたの?」


 いきなり自分の元へと駆け寄ってきた小雪に、優希は小さく首を傾げる。


「おかーさん、おとーさんがおとーさんってよんじゃだめって……」


 姿を見せた優希に真正面から抱きつくと、小雪は服に顔を埋めながらそう呟いた。すると、小雪の言葉を聞いた優希は意味を理解しかねたのか考えをまとめるように数秒沈黙する。そして、沈黙の後に苦笑しながら膝を折ってしゃがみ込み、目線を小雪と同じ高さに合わせてゆっくりと頭を撫でた。


「はいはい、泣かないの。義人ちゃんは照れてるだけだから……ね?」

「……ほんとうに?」

「本当に、だよ。そうだよね、義人ちゃん?」

「え? いや、えーっとですね。照れているわけではなく、この歳で一児の父親かよっていう精神的な葛藤が」

「ね?」


 笑顔で、返答を促す優希。それを見た義人は、ため息を吐きながら右手で頭を掻く。


「……わかった。好きなように呼んでいいから泣き止んでくれよ、小雪」


 諦めたように義人はそう口にした。すると、今まで優希にしがみついていた小雪が音の立つ速度で顔を上げる。


「ほんと!?」

「あ、ああ」


 その反応の速さに少しばかり驚く義人だったが、満面の笑みを浮かべた小雪を前にしては何も言えない。義人はやれやれともう一度だけため息を吐くと、優希に向かって冗談混じりに笑いかける。


「でも、優希は良いのか?」

「え? 何が?」

「優希だって、『おかーさん』って呼ばれるんだぞ? 気にしないのか?」

「うん。何か問題があるかな?」

「いや、問題はあるだろ……と思うんだけど」


 何を言ってるのかと言わんばかりに首を傾げる優希に、義人は思わず自分の方が間違ったことを言っているのかと言葉を濁す。


『間違っているのはお主ではないと思うが……言うだけ無駄じゃろうな』


 呆れたように呟くノーレに、言葉を返す者はいなかった。








 今でこそ義人用の執務室で政務をこなすことが多いカグラではあるが、彼女自身に用意された執務室も当然のように存在する。

 義人が召喚される前まではその部屋を使っており、現在でも義人の補佐をする必要がない時などには自身の執務室を使用することが多かった。

 部屋の広さは義人が使う執務室よりもやや狭いものの、他の文官達が使う部屋に比べれば倍近く広い。置かれているものは政務を行うための机と椅子、それと木造りの棚ぐらいで無駄な装飾品などは一切置かれていなかった。

 義人の仕事の補佐を終えたカグラは、机の上に積まれた書類の山へと伸ばしていた手を下ろし、目の前で膝をつく兵士に目を向ける。


「ヨシト様が図書室で何かを調べていると聞きましたが、それはいつ頃からですか?」

「三日ほど前からです。時間がある時に図書室へ足を運び、何かを調べておられるようです」


 答えたのは、義人の護衛を担当する兵士の内の一人だった。魔法隊に所属するその兵士は、頭を下げたままでカグラの問いに答えを返す。


「この前は召喚の祭壇の方へ行かれたみたいですし、何をされているんでしょうか?」

「それはなんとも……ヨシト王が調べ物をする際、我々は部屋の外に待機しておくように言われていますので」

「そうですか……」


 小さく頷き、カグラはどこか遠くを見るように窓の方へと目を向けた。そして、窓に薄く反射する自分の姿を見据えながら僅かに眉を寄せる。


「話の流れを聞く限り、ヨシト様は召喚の祭壇について調べていると考えるべきでしょうね。もしくは、召喚の魔法についてでしょうか」

「どうされますか?」


 義人の行動を制限するのか。そんな意図を滲ませて、報告の兵士は尋ねた。その問いに対して、カグラはゆっくりと首を横に振る。


「特に何も。召喚の祭壇についても、召喚の魔法についても、図書室どころかこの国中を探しても資料がありませんから。ヨシト様の好きなようにしていただきましょう」

「では、このままにしておくということで良いのですか?」

「はい。引き続き、ヨシト様の護衛に当たってください。他に何かされているようでしたら、報告をお願いします」

「了解いたしました」


 カグラの指示にそう答え、兵士は音を立てないように退室していく。カグラは兵士が閉めた扉の音を背後に聞きながら、小さくため息を吐いた。

 召喚の祭壇や召喚の魔法に関する資料など、カーリア国中を探しても見つかりはしない。“それら”はすべて、自身の頭の中にあるだけだ。

 初代のカグラより、代々のカグラが口伝で伝えてきたその知識を知る者はカグラのみ。そして、カーリア国に存在する“カグラ”は一人だけである。しかし、その知識も完全ではない。

 カグラが、いや、“少女”が幼い頃に自身の母より教わったその知識は、召喚の魔法に関することのみ。召喚の祭壇については、ほとんど知らないと言って良かった。もっとも、“少女”の母であった先代のカグラも、召喚の際に使用する場所というぐらいの知識しか持っていなかったのが原因ではあるが。


「ふぅ……」


 そこまで考えたカグラは、思いを馳せるように目を細めて小さなため息を吐く。


「魔力もだいぶ回復してきましたし、そろそろユキ様かシノブ様を元の世界に戻すことも考えなくてはなりませんね」


 召喚できたのならば、元の場所へ戻すこともできる“はず”だ。魔力も七割ほど回復し、春を迎える頃には最大まで魔力が回復する。そうなれば、召喚当初の義人が言っていた通りに優希や志信は元の世界に戻そうとカグラは考えていた。


 ―――だけど、ヨシト様を帰すわけにはいきません。


 窓に手を当て、カグラは心中でそう呟く。


「それも、すべてはこの国のため……そして……」


 窓に映ったカグラの口元は、僅かに笑みの形を描いていた。


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