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異世界の王様  作者: 池崎数也
第四章
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第百話:驚愕、その後

「ふむ……義人は寝坊でもしたか?」


 早朝の訓練が終わり、ミーファ達と共に朝食を取った志信は義人がいるであろう執務室へ向けて足を進めながらそう呟いた。石造りの廊下を何気なく進みながらも、赤い絨毯が敷かれているため足音も立たない。

 志信はそろそろ寒さが厳しくなってきたなと心中で零し、きっとそのせいで義人も布団から抜け出せなかったのだろうと小さく笑う。今日の近衛隊の訓練を街の外で行うための許可が欲しかったのだが、その際の雑談の種になりそうだ。

 すでに午前九時を回り、城の中ではあちこちで今日一日の仕事を開始している文官の姿が見受けられた。志信はそんな文官達を横目に王用の執務室へとたどり着き、僅かに首を傾げる。


「……何をしているんだ?」


 そんな言葉をかけたのは、守衛の兵士に対してだった。いつもならば扉の両脇に立っているはずの守衛の兵士が、何故か扉から離れた位置に立っている。それを疑問に思って声をかけた志信だったが、返ってきたのはどこか疲れたような言葉だった。


「その、空気が悪くてですね……」

「空気が悪い? よくわからないが、通らせてもらうぞ?」


 兵士の言葉を鸚鵡返しにしながら、志信は執務室の扉の前へと立つ。そしてノックをしようとして、腕が止まった。


「……む?」


 無意識の内に眉を寄せる。妙な気配とでも言うべきか、どこか重苦しい空気が扉越しに感じられ、志信は思わず疑問の声を上げた。志信自身が何かしらの危険を感じたわけではないが、張り詰めたような気配が伝わってくる。


「何かあったのか?」


 誰にともなく問いかけるが、返ってくる答えはない。志信は埒が明かないとばかりに頭を振ると、止めていた腕を動かして扉をノックした。


「義人、俺だ。入ってもいいか?」

「……ああ、志信か。どうぞー」


 扉越しにかけた声に返ってきたのは、兵士とは比べものにならないくらい疲れたような声。一拍遅れて返ってきた声が義人の声だと判断すると、志信は内心で疑問を感じながら扉を開ける。


「失礼する」


 一言そう告げ、志信は執務室へと足を踏み入れていく。


「今日は近衛隊の訓練を街の外で行おうと思うのだが、その許可を……」


 志信は入室すると、書類の山を相手に作業をしている“ように見える”義人へと話を切り出した。だが、その言葉は途中で止まる。


「おとーさん、これなに?」


 義人の膝の上に座った、見知らぬ少女がいたために。


「…………」


 無言のまま、志信は少女へ観察の目を向ける。

 座っているため正確にはわからないが、身長はおおよそ一メートル前後。体格に比べて少し大きめの白いセーターと膝丈まで伸びた黒いスカートを身に付けており、真っ直ぐな黒髪は肩まで伸びている。

少なくとも、志信の記憶の中に該当する人物はいなかった。しかし、見知らぬというにはどこかで見た顔である。矛盾しているようだが、志信はその見知らぬ少女の名前を口にしていた。


「北城、背が縮んだか?」

「……そこで真顔でボケれるところが最高だよ、志信」

「何? 違うのか?」


 髪の色は違うものの、顔立ちは優希に似通っている。それでいて、眼差しはどこか義人に似ていた。だが、全体的には優希の面影が見えたが故の発言だったのだが、答えは外れている。ちなみに、間違えられた優希は少女の体の大きさに合った服を作りに行っているため席を外していた。

 思えば、志信も動揺していたのだろう。義人と机を並べ、黙々と書類を片付けているカグラの雰囲気に。そしてカグラの雰囲気に気圧されているのか、義人の傍に控えているサクラもどこか挙動不審だった。


「何かあったのか?」


 時折、義人に対して複雑そうな視線を向けるカグラを目の端に捉えつつ、志信は尋ねる。すると、義人は自分の膝の上に座る少女へと目を向けた。


「何かあった、と言うべきか……なあ志信、この子誰だと思う?」


 そう言いつつ義人が少女の頭に手を乗せると、少女は嬉しそうに笑う。その笑顔がどう見ても優希と同じものにしか見えなかった志信は、僅かに首を傾げた。


「北城ではないのか?」

「……オーケー、冗談じゃなくて本気だったんだな。この子は……」


 義人が少女の名前を口にしようとした時、不意に少女が志信の方へと目を向ける。そして数度瞬きをすると、義人の膝から降りて志信の方へと足を進め、不思議な生き物でも見るように志信を見つめた。志信の腰までしか身長がない少女は見上げて見つめ、反対に志信は少女を見下ろす。


「……もしや、小雪か?」


 その不思議そうに自分を見る視線に、志信は自然とそう口にする。龍の時は緑色の瞳だったが、同じように自分を見上げてくる視線は忘れようもない。


「へんなひとだ……」


 すると少女……小雪は肯定も否定もせずにそう答えた。視線を志信から外さず、まるで内面までも見通すように凝視する。


「変な人?」


 志信は小雪の言葉を鸚鵡(おうむ)返しに返し、ひとまず小雪と目の高さを合わせようと膝を折った。だが、それを察した小雪は驚いたように後ろへと跳ぶ。そして小動物じみた素早さで義人の傍まで後退すると、志信から隠れるように義人の背中へと飛びついた。


「おとーさん、あのひとへん!」

「変って、そんな大声で言うんじゃないよ。というか、志信のどこが変だって?」


 志信を変な人と呼び、その後自分の背中へと飛びついてきた小雪に義人は眉を寄せながら尋ねる。朝から振り回されっぱなしで、その声には多少の疲労がにじんでいたが小雪が気付いた様子はない。


「えっと、その……こう、ね。まりょくがへん?」

「はい? 魔力が変?」

「んーっと、ふつうのひととちがう? そとからぎゅーってなってない」

「いや、意味がわからないから」


 あまりに抽象的な小雪の言葉に、義人は首を横に振った。小雪は上手く伝えられるように頭を捻っているが、言葉が見つからないのか唸るだけだ。義人はそんな小雪に返事を期待せず、志信へと目を向けた。


「よくわからないけど……とりあえず志信、何か用があったんだろ?」

「ん、ああ。今日は近衛隊の訓練を街の外で行おうと思うのだが、その許可を取りにな」

「街の外で? 別に良いけど、あまりしごきすぎるなよ?」


 俺のところに嘆願が来るから、という言葉は飲み込み、義人は志信の頼みを了承する。


「善処する。それと……」


 許可を受け取った志信は、義人に今朝の訓練に来なかった理由を聞こうとした。だが、義人の背中にしがみつく小雪と妙な具合に落ち込んでいるカグラを見て納得したように頷く。


「……いや、なんでもない。それでは失礼する」


 きっと、朝から大変だったのだろう。何が大変だったのかはおおよその予想でしかないが、それだけでも納得を覚えて志信は執務室から退室する。

 そして、執務室の扉を閉めたところで首を傾げた。


「……結局、俺の何が変だったのだろうか?」


 小雪からの変な人呼ばわりに対して内心で少しだけ凹みつつ、志信は訓練に向かうのだった。




「ふぅ……これで今日の分の書類は終わりか」


 机に置かれた書類の内、最後の一枚を手に取って義人は呟く。


「そうですね」


 そんな義人の言葉に、視線を合わせずカグラが棒読みで答えた。それを聞いた義人は、執務室の中の空気が軋む幻聴を聞きながら王印を手に取る。


「あの、カグラさん? 何故にそこまで怒っていらっしゃるんでしょうか?」


 ひとまず、下手に出る義人。原因はおそらく、自分の膝の上で心地良さそうに眠っている小雪の存在だろう。

 志信を変な人呼ばわりした理由を上手く表現しようとしていたが、考えることに飽きたのか今は義人の膝の上に移動して眠っている。だが、それはカグラの機嫌が悪くなる理由にはならないはずだ。

 朝方から現在にかけ、加速度的に機嫌が悪くなっていくカグラにはここ最近の上機嫌振りは見る影もなく、部屋に満ちる空気を刺々しいものへと変化させている。今までも同じような空気になったことはあるが、今回は少しばかり空気の鋭さが違う。最初はカグラと同じような雰囲気をしていたサクラが、今では部屋の隅で小さくなっている程度には空気が張り詰めていた。

 カグラは義人に問いに対して窺うような、それでいて悲しげな目を向けると、小さく頭を下げる。


「申し訳ありません。少々、心の折り合いがつかないもので」

「は、はぁ……折り合いねぇ」


 カグラの言葉に頷きながら、義人は最後の書類に王印を押す。そして小雪を膝の上で心地良さそうに眠る小雪を見ると、何の折り合いだろうかと内心だけで首を傾げた。


「とりあえず、今日の分の仕事は終わったから城の中でも見てくるよ」


 そして、ひとまず逃げの一手を打つ。義人としても、今回のことは少し考える時間が欲しい。何せ、元

の世界にいた頃は想像もつかなかった事態に遭遇したのだ。龍が人間に化けるなど、それこそ夢物語の世界である。


「わかりました」


 そんな義人の言葉に、カグラは特に反対することなく頷いた。義人はそんなカグラの反応に少しばかり不安を覚えたが、それを振り払うようにノーレを背負う。そして眠っている小雪を両手で抱き上げると、執務室を後にするのだった。




「いや、針の(むしろ)というか空気自体が針みたいだったな。胃に穴が空きそうだ」


 気まずい空気から開放された義人は、眠っている小雪を優希に託した後、冗談混じりにそんな言葉を口にする。すると、義人の背中に背負われたノーレから返答の声が響いた。


『巫女の気持ちも察してやれ。というか、これもある意味お主の自業自得じゃろうて』

「自業自得……いや、自業自得って言われてもなぁ……っと、そういえばサクラの時みたいに何か注意するかと思ったんだけど、何も言わなかったな?」

『あの時とは事情がちと異なるでの。じゃから、その辺りも含めて自業自得じゃと言うとるんじゃよ、妾は』


 呆れたようにそう言うと、ノーレは締めくくりの言葉を投げかける。


『まあ、その辺りは当人同士で解決するが良い。それで、これからどこに行くつもりじゃ?』

「どこにって言われても、特にあてはないな。適当に城の中を彷徨ってみようかと……お?」


 話の流れに合わせて周囲を見回した義人だったが、ふと見慣れない扉を目にして足を止めた。大きさは大人が二人並んで通れるぐらいで、扉自体は簡素な装飾が施された白木造り。義人は背後についてくる護衛の兵士へと振り返ると、扉を指差す。


「この扉はどこに繋がっているんだ?」


 こちらの世界へ召喚されて半年以上経つが、まだまだわからないことも多い。義人とてこの城の全容を把握しているわけでもなく、見知らぬものには興味が惹かれた。兵士達は義人が指差した扉を見ると、僅かに目配せを交わす。


「その扉は城の外へと続いておりまして……」

「外? でも、こっちの方には訓練場もなければ魔力の回復施設もないだろ?」

「はい。しかし、その扉は召喚用の祭壇へとつながっています。平時であれば、見張りの兵士以外はほとんど人が寄り付かない場所でして」

「……へぇ、召喚用の祭壇か」


 兵士の言葉に対して、義人は呟きながら僅かに表情を変えた。そして何事かを考えるように目を細めると、その扉へと手をかける。


「せっかくだ。少し見てみるとしようか」


 ―――カグラの魔力が全て回復すれば、多分世話になるだろうし。


 内心でそんなことを考えながら、義人は扉を開けるのだった。




 扉を開けて歩くこと一分少々。城の東側に存在する小さな林の中に、その建物は建っていた。周囲の木々がその存在を隠そうとしているのか、遠目から見ただけでは見つけることは難しいだろう。事実、義人もその存在を聞いていなかったら気付けないほどだった。


「これが召喚用の祭壇か……」


 林の中に建つ建物を見て、義人は小さく呟く。

 大きさは縦横ともに二十メートルほどで、高さは六メートル弱。高さ自体は二階建てだが、一階はないらしく入り口などは見当たらない。その上、天井にあたる部分には屋根がなかった。建築に使われたのは木材だけらしく、その姿は京都にある有名な寺の舞台のようにも見える。

 国王を召喚する施設ということもあってか、あちこちに見張りの兵士の姿もあった。


「なんというか、貫禄があるなぁ。いつ頃から建ってるんだ?」

『建てられたのは建国の頃じゃな』

「へぇ……建国から存在してるってことは、五百五十年くらい前か? よく壊れたりしなかったなぁ」

『あちこちに『強化』の術式が刻んであるからのう。余程のことがない限り、壊れることはないじゃろう』


 義人が物珍しいという心境で祭壇を見ていると、目の端に祭壇の脇に二階に続いてるらしき階段が映る。それを見た義人は、特に考えることなく階段の方へと足を向けた。


「お待ちください、ヨシト王」


 だが、そんな義人を遮るように見張りの兵士が声を上げる。兵士は小柄の女性だったが、魔法剣士なのか動きやすさを重視した鎧を身につけ、腰には刀を提げていた。


「な、何? 何かあったか?」


 義人は兵士の方から声をかけられたことに少しだけ驚きつつ、その兵士のほうへと向く。すると、兵士の方も自分から義人(こくおう)に声をかけたことに緊張しているのか、直立して口を開いた。


「し、召喚の祭壇はこの国の中でも重要な施設でして、みだりに立ち入ることは禁じられています!」

「いや、禁じられているって……俺でも立ち入っちゃいけないのか?」


 一応国王なんだけど、と付け足す義人。国王が入ってはいけないのでは、国中で入れる人間がいない。そう含ませた義人の言葉に、見張りの兵士は額に汗を浮かべながら答える。


「は、入られるのなら、カグラ様に許可をいただいてからにしていただきたいのです」

「カグラに? ああ、召喚の巫女だからか……その辺の権限は国王よりも上なのか?」

「それは、なんとも……国が始まって以来のしきたりでして……」


 詰問しているわけではないが、義人が尋ねると見張りの兵士は目を逸らす。義人はそんな兵士の態度に首を傾げると、そのまま階段へと目を向けた。


「でもアレだ。人間って、見るなと言われたら見たくなる生き物でして。立ち入るなと言われれば立ち入りたくなるな、うん」


 そう言って、義人は階段目掛けて歩き出す。


「お、お待ちくださいヨシト王!」

「大丈夫大丈夫。カグラに何か言われたら俺が無理矢理通ったって言っていいから」

「そういう問題ではないです!?」

「見るだけだから。ははは、良いではないか良いではないか」


 義人は笑いながら誤魔化しを試み、それと同時に階段へと進んでいく。しかし、この騒ぎを聞きつけたのか他の見張りの兵士まで集まりだし、階段の前を塞ぐように立ちはだかった。だが、相手が義人であるからかその表情には戸惑いの色が見える。


『……なあ、ノーレ。この上ってそんなに重要なものがあるのか?』


 義人は見張りの兵士達の必死さに足を止め、思念通話でノーレへと話しかけた。


『召喚の魔法陣が書かれているだけのはずじゃ。重要と言えば重要じゃろうが、この国の人間からすればお主がいなくなるかもしれないと思っておるのではないか?』

『いなくなる? 何でだよ?』

『召喚の儀を行うための建物じゃからな。お主を立ち入れさせたら元の世界に戻ってしまう……そんな可能性を忌避しておるんじゃろう』

『と言っても、元の世界に戻るのはカグラがいないと無理だろ?』

『……まあ、そうじゃな』


 僅かに遅れたノーレの返事に義人は頷き、ひとまず目の前の兵士達に目を向ける。いつのまにか義人を護衛していたはずの兵士も立ちふさがっており、義人は軽くため息を吐いた。


「わかったよ。無理に通ったりはしない」

「……そう言って、通ったりしませんか?」

「そんなことしないから。ほら、各自持ち場に戻ってくれ」


 “ひとまず”は諦め、義人は階段ではなく周囲の観察に移る。これくらいならば大丈夫だろうと内心で呟き、祭壇の一階部分へと近づいた。そして、白木で造られた壁を軽くノックする。すると軽い音が響き、義人は眉を寄せた。


「中は空洞みたいだな……ん? なんだこれ?」


 自分の行動を不安げに見ている見張りの兵士達を他所に、義人は腰を折る。その視線の先にあったのは、小さな穴だった。形は長方形で、大きさは二センチほど。白蟻にでも食われたのかと思った義人だが、穴は綺麗に空けられており、人為的なものに見える。


「んー……貯金箱の口みたいだな。お金でも入れれば良いのか?」


 そう呟きながら周囲を見回す義人だが、穴が空いているのはその一箇所のみ。


 ―――カグラに今度聞いて……いや、まずは自分で調べた方が良いか。


 現在のカグラの機嫌の悪さを思い出した義人は、考えを途中で改める。まずは自分で調べ、わからなかったらカグラに尋ねるべきだ、と。

 幸いというべきか、最近は自由な時間が多少ある。調べる時間も、作ろうと思えば作れる。そう考えて、義人は立ち上がった。そして、いまだに自分の一挙一動を警戒している見張りの兵士達へと振り返る。


「邪魔したね。それじゃあ、俺は城に戻るよ」


 何もなかったように軽く言い放ち、義人は召喚の祭壇に背を向けるのだった。


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