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異世界の王様  作者: 池崎数也
第四章
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第九十九話:とある冬の朝の驚愕

 それは、とある冬の朝のことだった。

 十二月も半ば。寒さも本格化し、朝晩の冷え込みが厳しくなる時期。この時期ともなると、朝に布団から抜け出すことが困難という者も多いだろう。

 少なくとも、義人にとってはそうだった。人肌で適度に温かくなった布団には、きっと何かしらの魔力があるに違いない。義人は寝惚け頭でそんなことを考えつつ、惰眠を貪るべく寝返りを打つ。

 それでも早朝に行う志信達との自主訓練のことが頭を掠めるが、義人はあと少しだけと自分に言い訳しながら布団を引き寄せ、


「……ん?」


 伸ばした手に、奇妙な感覚の“何か”が触れた。

 “それ”は一本一本が洗練された絹のような手触りで、数は多い。義人は寝惚けたままでその“何か”の周辺を手探り、今度は人肌の温かさが指先に触れた。軽く押してみると、餅のような柔らかさが指先に伝わってくる。


「―――――」


 目が、覚めた。

 義人は油が切れて錆び付いた機械のように、横になったままでゆっくりと自分の傍らへと首を倒す。

 そして、視界に入ったのは“何か”によって膨らんだ布団の姿。義人は寝起きで働きが悪い頭を動かし、一つの結論に達した。


 ―――とりあえず、布団を()いでみよう。


 手っ取り早く現状を確認できる一手である。

 もしや他国の暗殺者が紛れ込んだか、という考えも僅かに浮かんだが、どこの世界に暗殺対象の布団へと潜り込む暗殺者がいるだろうか。

 義人は首を横に振り、頭に浮かんだ方法を早速実践するべく布団の端をつかみ、一息に布団を剥いだ。


「…………は?」


 そして、思わずそんな声を漏らす。だが、続いて困惑したような声が勝手に口から零れる。


「俺……疲れてんのかな?」


 目の前の光景から目を逸らし、深い、深いため息を吐く。寝起きだがどうやら自分は疲れているらしいと、朝から気が滅入る気分だった。義人はため息を吐きながらも今しがた見た光景を疑い、己の正気を疑い、最後に本物の現実かを疑う。

 目を擦るが、幻ではない。頬をつねるが、夢ではない。すなわちこれは現実だと、そう理解せざるを得ない義人はもう一度自分の隣に目を向ける。


「んぅ……すー……」


 端的に言うならば、小さな女の子が寝ていた。

 歳は四歳か五歳ほどに見え、肩口まで伸びた黒い髪は先ほど義人が触っていたものだろう。心底安心したようにあどけない顔で眠り、規則正しく寝息を立てている。だが、その顔立ちを確認した義人は思い切り眉を寄せた。


「いや、誰? ど、どこかで見たことあるような……ん、んん?」


 ひとまず現実から逃避し、己の記憶を探る。しかし、すぐさま現実から逃げている場合ではないと気付いて正気に戻った。そして、敢えて意識していなかった部分を意識する。


「待て、待て待て待て。この子なんで裸なんだよ!? ちょっと待て! 待て俺! 何があったんだよ俺!?」


 ひたすら自問自答する。一糸纏わず、それでいて幸せそうに眠る少女を横目に義人は頭を抱えた。


「え……何? ドッキリ? というか、誰!?」


 思考がまとまらない。義人は深呼吸をしてみたが、特に効果はなかった。


「待て待て待て待て……とりあえず、落ち着くんだ俺」


 落ち着けと、とりあえず机の上に正座しながら自分に言い聞かせる義人。傍から見れば、どう見ようとも落ち着いているようには見えない。

 義人は顎に手を当てながら机から下りると、今度は屈伸運動を始める。しかしそれでも落ち着かなかったのか、壁に背中を預けて目を閉じた。


『のう、ヨシト』

「ストップ! ちょっと待ってくれノーレ! 今考えてる途中だから!」

『う、うむ……』


 奇妙な行動を繰り返す義人を見かねたのか、ノーレが声をかける。しかし、返ってきた義人のこれまでにないほど切羽詰った声に言葉を途切れさせた。

 落ち着いて考えるべくベッドに腰を下ろし、義人は右手の人差し指で眉間をノックする。


「思い出せ……思い出すんだ、俺。昨日、何があった?」


 呟きながら、義人は前日の記憶を掘り返していく。しかし、該当するような出来事は何もない。


「……何もない……よな?」


 特に変わったことのない、平凡な一日だった。朝はいつも通りに起き、日中はいつも通りに政務をこなし、夜はいつも通りに眠る。寝る際は確実に一人だった。それは間違いないと断言できる。


「だったら、この子は誰だって話だよ」


 何もなかった。何もなかったはずなのだ。

 義人は安らかに眠る少女を前に、腕組みをしながら首を傾げる。


 コンコン。


 不意に、ノックの音が響く。その音に義人は文字通り飛び上がり、扉の方へと目を向けた。


「ヨシト様、起きていらっしゃいますか?」

「ちょ、待っ」


 扉越しに聞こえるサクラの声。義人は咄嗟にそれを止めようとするが、動揺が酷かったのか口から出たのは小さな声だった。


「失礼します」


 扉が開く。サクラはいつものように義人の着替えを手に持って入室し、ベッドの上に目を向けた。おそらくは、義人が寝ていれば起こそうとでも考えていたのだろう。


「お着替えを……」


 そこで、言葉が止まる。そして、時間(とき)も止まった。

 言葉を途切れさせたサクラの視線は、ベッドの上へと向いている。その傍に座っている義人も視界に入ってるはずだが、義人はサクラの視線が自分から微妙にずれているのを感じた。

 不意に、バサリと義人の着替えが地面に落ちる。しかしそれに気付いていないのか、サクラはあちこちに視線を彷徨わせ、その後に深々と頭を下げた。


「し、失礼しました!」


 慌てたように扉を閉める。だが、落とした服が引っかかって扉が閉まらない。それでもサクラは扉が閉じたと思ったのか、慌しい足音と共に駆け去っていく。その素早さは、義人が待ってくれと声をかける暇もなかった。

 そして数十秒後。今度は慌しい足音が義人の寝室へと接近してくる。

 例えるなら『ドドドドド』という地鳴りのような幻聴が聞こえ、義人は諦観の表情を浮かべた。


「ヨシト様っ!」


 カグラである。驚きのような、恐怖のような、様々な感情が混じり合った表情で扉を吹き飛ばすように開け、ベッドの上に目を向けた。

 そして、膝から崩れ落ちた。


「まさか……まさか、ヨシト様がそんな趣味だったとは……」


 この世の全てに絶望したとでも言わんばかりに、カグラが呟く。するとカグラを呼びに行っていたのか、現れたサクラが気遣わしげにカグラの肩を叩いた。


「カグラ様……」

「そう……そう、ですか。いえ、そうだったんですね……でも、それなら今まで誰にも手を出さなかったのにも納得が……わたしやサクラに対してあまり反応してくれないから、女性に興味がないのかなとか、今度はミーファちゃんに頼んで頑張ってもらおうかなって思ってたのに……」


 カグラの言葉を聞いた義人は、とりあえず首を横に振る。


「待て、待ってくれカグラ。後半がかなり気になるが待ってくれ。これは何かの間違いでだな……」

「……んぅ?」


 義人がそこまで言ったところで、(くだん)の少女がゆっくりと目を開ける。騒ぎで目が覚めたのか、眠そうに目を擦って周りを見回し、


「あ、おとーさん」


 そして、嬉しそうに義人へと抱きついた。


「…………」

「…………」

「…………」


 三者三様に絶句する。

 義人は少女の発言の意味が理解できず、サクラは真顔で目を見開き、カグラは何かを否定するように頭を振る。


「あー……今、何て言ったのかな?」


 沈黙していても始まらない。そう判断した義人は、耳の調子が悪くて聞き間違えたのだと自分に言い聞かせながら少女へと尋ねる。


「おとーさん?」


 すると、不思議そうに首を傾げながら少女が答えた。


 ―――おとーさん? おとうさん? お、倒産? いやいや、たしかにこの国の財政は厳しいけど、すぐさま破綻するほど酷くはないし、特産品の目処も立ったし、そういえば志信との自主訓練があったんだっけ、いや、今日の朝食はなんだろうなぁ。親父とお袋元気かなぁ……。


 真面目な表情で支離滅裂に現実逃避する義人。そんな義人の腰元にしがみつき、何が楽しいのかニコニコと笑う少女。そして、そんな義人と少女を真顔で見つめるカグラとサクラ。


「ヨシト様……」

「いや、これはその、なんだろう?」


 つ、と冷や汗が義人の頬を滑り落ちる。口から出たのは、要領を得ない言葉。

 自分を見る二人の視線の色が、とりわけカグラの視線があまりにも透明すぎて、義人は答える言葉を見つけることができなかった。しかも、カグラの視線にはどこか絶望に似た色が漂っている。

 

 ―――なんだ? この状況は、なんなんだ?


 カグラとサクラからは真顔で見つめられ、自身の腰には一糸纏わぬ少女がしがみつくこの状況。義人は夢でも見ているのかと自分の正気を疑ったが、生憎(あいにく)と目は覚めている。

 それでも何か突破口を見つけなくてはならない。僅かに残っていた冷静な理性がそう告げ、義人は自分の腰にしがみつく少女へと視線を落とす。

 肩まで真っ直ぐに伸びた、黒い絹のような髪。力のある黒色の瞳が印象的だが、その顔立ちはどこか義人の記憶に触れるものがある。義人はその感覚が何なのかと、少女の顔を見ながら自身の記憶を漁っていく。


「おとーさん? どうかしたの?」


 義人の視線に気付いたのか、少女は笑顔のままに首を傾げる。何も知らないような無垢な笑顔を前に、義人は眉を寄せた。


「そのおとーさんっていうのは……あ」


 そして不意に、思い当たった記憶に声を漏らす。

 自身を見上げて無邪気に笑う少女。その笑顔に、義人は見覚えがあった。


 それは、今は遠い過去の記憶。今を遡ること十三年ほど昔の、とある記憶。

 両親の足にしがみつき、嫌だと泣き喚いていた少女。しかし己が差し伸べた手を握り、嬉しげに笑った幼馴染みの少女。それ以来、長い間隣を歩いてきた少女。

 

 ―――そうか、優希だ。小さい頃の優希の笑顔にそっくりなんだ。でも、どこか違和感が……。


 僅かな疑念が混ざったものの、記憶が合致すれば後に残ったのは納得だけだった。少なくとも、義人が“その顔”を忘れるはずもない。

 少女の顔立ちは、幼い頃の優希にそっくりだった。それでいて、雰囲気と目つきが僅かに違う。しかしそれは、優希と同様に見慣れたもののように思えた。


「ま、さか……俺か?」


 鏡の前に立てば、きっと似たような目つきの男が映るに違いない。先ほどから思考することを放棄しかけていた頭がそう告げ、義人は僅かに目を逸らす。


 ―――幼い頃の自分と優希の顔立ちや髪の色を足して、二で割ったらこんな感じかなぁ。


 思わず、義人は現実逃避気味にそんなことを考えた。顔立ちは優希にそっくりで、何故か髪の色や目つきや雰囲気が自分に酷似している少女。そして、『おとーさん』という言葉。


「その、ヨシト様……」


 義人が考えをまとめるその瞬間、おそるおそるといった口調でカグラが声を上げる。どこか怯えすら含んで聞こえるその声色に、義人は何事かとカグラへ目を向けた。


「あー……何か?」

「この子は、もしかしてですが、その、えっと」


 言葉が見つからないのか、カグラは途中まで話していた口を閉じ、しばらくしてから開くという動作を繰り返す。目尻に光るものが見えたのは、きっと義人の目の錯覚だろう。どこか悲しげに視線を逸らすカグラの横では、サクラが手拭いを差し出そうとしている。

 場の空気が混乱で満ち、義人がとりあえず土下座でもして謝ってみようかと思った瞬間、それまで黙っていたノーレが声を上げた。


『落ち着かんか、戯けめ。それと巫女、お主もそのような(ざま)でヨシトの補佐が務まると思っておるのか?』

「ノーレ? それは一体……」

『まだ気付かんのか? いや、ヨシトでは気付けぬでも仕方はないかもしれんが、巫女とメイド。少なくともお主らが気付かんでどうするんじゃ?』


 それだけ動揺しているのかもしれんが、と付け足し、ノーレはため息らしき声を漏らす。


『まったく、見た目に惑わされるとは情けないのう。たしかに幼い割には大した変化じゃ。そこは各属性の龍の上に立つ龍種と褒められるが……ここまで強力な魔力を隠そうともしない辺りは抜けておるわ』


 呆れたようにノーレが言うと、それを聞いたカグラとサクラの表情が真剣なものに変わっていく。そして義人にしがみつく少女を注視すると、表情を驚きへと変えた。


「この魔力は、まさか……」


 僅かに震える声で、サクラが呟く。すると、それを肯定するようにノーレが言葉を返した。


『やっと気付いたか。そうじゃ、その子はコユキじゃ』


 ノーレの言葉に少女……小雪は無邪気に微笑む。

 義人はノーレの言葉を無理矢理理解すると、自身にしがみつく小雪へと顔を向けた。


「えっと、その、小雪?」

「なに?」

「いや、本当に小雪?」

「うん」


 質問に対して返ってくる明確な答え。義人は右手を額に当てると、ため息混じりの声を吐き出す。


「なんだ、夢か」

『現実から逃げるでない。小雪が変化をしているだけじゃ』

「現実から逃げるなって言っても……いや、レンシア国でもフウが人に化けてたか……しかし、人に化けた途端に人語を喋ってるっていうのも……」

『龍は人間よりも賢いからのう。人語を操るぐらいなら容易かろうて』


 義人とて、元の世界でも人間以外の存在が人間に化けるという話は聞いたことがある。レンシア国で風龍のフウが人に化けた姿も見ている。しかし、小雪の顔が自分や優希に似ているという点が、義人から冷静さを奪い取っていた。


「おとーさん、どうかしたの? どこかいたいの?」


 そうやって義人が悩みこんでいると、それまで笑顔だった小雪が一転して泣きそうな表情を浮かべる。その表情が幼い頃の優希に重なって見えた義人は、動揺を抑えて小さく笑う。


「なんでもないよ。でも小雪、どうして俺のことを『おとーさん』って呼ぶんだ? 俺としてはできれば名前のほうがいいなー、なんて思うんだけど」

「え? おとーさんはおとーさんだよ?」


 心底不思議そうに答える小雪。それを聞いた義人は、ひとまず論理的な解答は得られないと判断してサクラに目を向けた。


「サクラ、とりあえずこの子が着るものを持ってきてくれるか? そろそろ優希も起きてるだろうし、聞けば子ども服か小さい服の一着くらい出してくれるだろ」

「わ、わかりました」


 事の成り行きを見ていたサクラだったが、義人からの指示で我に返る。そしてすぐさま踵を返そうとしたが、それよりも早く小雪が口を開いた。


「おとーさん」

「だからおとーさんと……まあ、今はいいや。何?」

「あのひと」


 小雪は義人の寝巻きの裾を引っ張り、サクラのことを指差す。


「サクラのことか?」

「サクラ……サクラおねえちゃん?」


 義人の言葉を復唱し、小雪はきょとんとした表情でそんな言葉を口にする。それを聞いたサクラは驚きの表情を浮かべ、数秒の沈黙の後にフラフラと小雪に歩み寄って抱き締めた。


「ヨシト様! この子持って帰ってもいいですか!?」

「どこにだよ」


 疲れたように突っ込みを入れる義人。何やら、小雪の言葉がサクラの琴線に触れたらしい。サクラは満面の笑顔で小雪を抱き締め、しかし途中で我に返ったのかすぐさま小雪から離れた。


「し、失礼しました。つい……」

「……いや、別に俺は良いけどさ」


 可愛いものが好きなのかと義人は思ったが、今聞く必要もない。そんなサクラに抱き締められた小雪は、気に留めた様子もなくサクラの横へと視線を移した。


「な、なんですか?」


 急に視線を向けられたカグラは、何故か警戒するように声をかける。正体が小雪だとわかりはしたが、義人を『おとーさん』と呼んでいる辺りに何か含むものがあるのか。小雪を見るカグラの目はどこか動揺の色が見えた。


「カグラがどうかしたのか?」


 嬉しそうな顔でサクラが部屋から出て行くのを尻目に見ながら、義人は足元の小雪に尋ねる。小雪はカグラの顔をしばし注視すると、最初のように義人の腰元にしがみつき、頬を膨らませて横を向いた。


「カグラ」


 呼び捨てである。しかも、声は非常に不機嫌そうだった。


「なんでわたしは呼び捨てなんですか!?」


 対するカグラは、サクラとの扱いの違いに声を荒げる。すると、小雪は目を細めて不機嫌そうな態度を崩さないままに答えた。


「だって、うすいもん」

「何が薄いというのですか?」


 フフフ、とカグラが笑顔で尋ねる。しかし、微妙に頬が引きつっているのを見て義人は無意識の内に一歩後ろへと下がった。


「えっと……そんざい?」

「それは、影が薄いとでも言いたいのですか?」


 カグラは笑顔で小雪と問答をするが、目が笑っていない。対する小雪は、唇を尖らせて義人にしがみつく力を強める。しかしそれは、見た目にまったく釣り合わないほどの力強さだった。幼い体躯に見合わぬ剛力に、義人の体が悲鳴を上げる。


「むー……おとーさん、カグラがうるさい」

「ちょ、それはいいから骨が!? ミシミシ言ってるから! 力を入れすぎっていうか一体どこからそんな力がっ!?」


 しがみつかれた部分から聞こえる不穏な骨の音に、義人は必死な声を上げた。演技でもなく、これ以上力が強まれば骨が折れそうに感じるほどの力である。するとそんな義人の必死さが伝わったのか、小雪が慌てて手を離した。


「あ……ごめんなさい、おとーさん」


 そして目に涙を溜めて、小雪が頭を下げる。それを見た義人は、“第三者”の目から見れば自分がどんな状況かを悟って首を横に振った。


「い、いや、わかればいいんだよ、うん」


 何も知らない者の目から見れば、今の状況はかなり体裁が悪い。一糸纏わぬ小さい女の子を泣かせているという、元の世界であったならば通行人が迷わず警察に通報するぐらいには“危険な”状況だった。


『ふむ、見た目は幼くともさすがは龍族じゃな。離すのがあと数秒遅ければ、腰骨辺りが折れていたかもしれんのう』


 そんな義人の内心を知ってか知らずか、ノーレが興味深そうな声を上げる。それを聞いた義人は、小雪の頭を撫でながら首を横に振った。


「それ、洒落になってないっすよノーレさん」

『洒落ではなく事実じゃ』

「あの、折れたらわたしが『治癒』をしますから!」

「なんだかんだでカグラも冷静じゃないな!? 論点が違うから!?」


 そう言う義人も冷静であるとは言い難かったが、それを告げる者は誰もいない。

 そうやって義人達が騒いでいると、寝室の扉がノックされる音が響いて全員口をつぐんだ。


「義人ちゃん、言われた通り小さめの服を持ってきたけど……」


 そう言って寝室に入ってくるのは、優希とその背後に続くサクラである。


「あ、ああ。悪いな優希、こんな朝早くから」

「おかーさん!」


 義人の言葉を遮るように、嬉しそうな声を上げる小雪。小雪は笑顔を浮かべると、部屋に入ってきた優希のもとへと駆けていく。そして軽やかに跳躍すると、真正面から優希に飛びついた。


「わっ……と。もしかして、小雪?」

「うん!」


 飛びついてきた小雪を焦ることなく受け止め、優希は首を傾げる。そんな優希の問いに対して小雪が元気良く頷くと、優希は苦笑混じりに笑った。


「女の子が裸で走り回っちゃ駄目だよ?」

 

 ―――ツッコミどころはそこなのか?


 義人は思わずそんなことを考え、疲れたように頭を振る。


「なあ優希、そこは驚くところじゃないか?」

「え? どうして?」


 義人に問いかけに対して、優希は不思議そうな顔で首をかしげた。


「いや、どうしてって小雪だぞ? 昨日までは龍の姿だったんだぞ?」

「うん。でも、龍って人の姿に化けれるよね? サクラちゃんに小雪が人の姿に化けたって聞いたし、レンシア国にもフウちゃんがいたじゃない」

「そりゃあ……そうか」


 思わず反論しようとした義人だったが、“この世界”では十分に有り得ることかと納得する。そして、小雪に服を着せ始めた優希の様子を眺めながら小さくため息を吐いた。


「おとーさんにおかーさん、ねぇ」

『おや、どうしたんじゃ『おとーさん』?』

「これから大変そうだなぁと……って、ノーレまでそんなことを言うのやめてくれよ」

『冗談じゃ』


 からかいの言葉を投げかけるノーレだったが、義人としては笑えない。義人は疲れたように天井を見上げ、ポツリと呟く。


「とりあえず……今朝の早朝訓練は中止だな」


 今日も朝から訓練を行うであろう親友に心中で謝罪の言葉を投げかけ、義人はもう一度だけため息を吐くのだった。


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