プロローグ:召喚
白木造りの祭壇に、一人の少女が立っていた。
床には幾何学的な模様が描かれ、それを囲うように護摩木が焼かれている。
「―――――――」
朗々と、少女が祝詞を紡ぐ。
辺りは厳かな雰囲気に包まれ、水を打ったように静まり返っていた。
何らかの意味があるのだろう。両手は印を結び、目は閉じている。
その様子はまさに神聖。絶対不可侵な、少女だけの領域。
「―――――――」
しばらくの間、少女は言葉を重ね続ける。そうすること数分……いや、数十分は経っただろうか。不意に詠唱が止み、少女が目と両手を開いた。
「…………」
何かを探るように、両手が上下左右に動く。
その間にも、少女は口を開かない。
離れた場所に立つ他の人間も、呼吸すら忘れたかのように少女に見入っている。
時折音を立てて爆ぜる護摩木だけが、この場の唯一の音だった。
「―――見つけました」
ポツリと、少女が呟く。
その一言は、水面に投じた小石が起こす波紋のように周囲の人間へ伝わり、次いで動揺をもたらした。
少女は周囲の様子に構わず、開いた両の掌を握り締める。
まるで細い紐でもつかむかのように力強く握ったままで、少女は再び詠唱を開始した。
先ほどと違う、語りかけるかのような声色での言葉。それと同時に、見えない紐をゆっくりと引いていく。
余程集中しているのだろう、少女の額には汗が浮かんでいる。それでも少女は詠唱を止めず、見えない紐を手繰り寄せていく。
そこでふと、少女は眉を寄せた。
見えない紐の先で起こしたある事象が、予想と異なっている。
そのことを感覚だけで察知して、少女は首をかしげた。しかし、少女はすぐさま気を取り直して見えない紐を引く。
きっと勘違いだろう、とか、多分気のせいだろう、という楽観を胸に抱きつつ、少女は行為を続行する。
腕を引き、見えない紐をゆっくりと、徐々に引き寄せていく。
引く度に重くなるような感覚を受けながらも、少女は手を止めない。
そして、ふっと軽くなる感触が伝わってきた。
成功した。
少女は思わず内心で呟く。
「…………あ」
それが油断を呼んだのか、見えない紐はさらに軽くなる。
そのことがどういう意味を持つのか一瞬で看破した少女は、さっきまでの汗とは違う、冷や汗を流した。
どうも、初めましての方は初めまして、池崎数也と申します。
戦闘シーンのない平和な物語を書くのが嫌いなため、あちこちに戦闘シーンが入ると思います。時折シリアスに、そして時折コメディーに書きたいと思います。良ければお付き合いください。
かなりの長編になる予定です。誤字脱字、ご指摘ご感想などは非常にためになりますので、お書きくださると嬉しい限りです。