Σ(゜д゜lll) 檻の中の乙女神
「ところで、私は説明書を読まずにゲームを始める方だけど、蔵王アヤト、君はどうなのだ?」
今度は女の子からの質問だ。
アヤトは素直に答える。
「俺も基本的には読まない派です」
「それなら、ブリーフィングは終了なのだ。私は楽ができて、とっても嬉しいのだ。じゃあ行ってらっしゃい、また会う時までバイバイなのだ」
いきなり足もとに、ピンク色の魔方陣が出現する。
これにはアヤトも慌てた。普段は説明書を読まずにゲームを始める方だけど、今回はゲームじゃない。
最低限の説明は聞いておきたかった。そこに重要な情報があるかもしれないし・・・・・・。
「ちょっと待ってください。ウソついてました。説明書は先にガッツリ読む派です。すべてのページに指紋が焼きつくくらい読みます。なんで、懇切丁寧なブリーフィングをお願いします」
「わかったのだ。面倒だけど、私もそれがいいと思うのだ」
「ありがとうございます」
アヤトがペコペコ頭を下げていると、足もとの魔方陣が消え失せた。
こうも簡単に魔方陣を出したり消したりできるなんて、この女の子、かなりの実力の持ち主かもしれない。
そんなことを考えていると、女の子が話しかけてくる。
「私は君のことを知っているけれど、君はそうじゃないだろうから、まずは自己紹介をしておくのだ。私は乙女神の〈アシュナータちゃん〉なのだ。〈アシュちゃん〉と呼んでくれればいいのだ」
乙女神か。さっきのサイトでもそうなっていたけど、
「女神とどう違うんです?」
「全然別物なのだ」
口調は棒読みなのに、いきなり早口になる女の子。
「私は『女神』と呼ばれるほどには老けていないのだ。だから、ちゃんと区別できるように、『乙女神ちゃん』と名乗ってるのだ。あんな老害スペシャルどもと一括りにして欲しくないのだ。奴らは『どつぼね』とでも名乗るべきなのだ。お肌の鮮度がお刺身と化石くらい違うのだ」
それからしばらくの間、他の女神たちへの悪口を延々とつぶやき続けた。相変わらず棒読みなので、念仏か何かのようにも聞こえる。
彼女の気が済むまで、アヤトは黙っていることにした。下手に口を挟んで、彼女が機嫌を損ねでもしたら面倒だ。
愚痴を聞かされている内に、この女の子が檻に入れられている理由が、なんとなくわかったような気がする。過去にさんざん、他の女神たちとの間で、色々と問題を起こしてきたに違いない。
十分ほど経っただろうか。やっと彼女の悪口が止まる。
「少々愚痴っぽくなって、ごめんなのだ。説明に戻るのだ。でも、やっぱり面倒になってきたから、楽をすることにしたのだ。このアメをあげるから、異世界転生後に食べるのだ」
そう言って、彼女がアメを渡してくる。
透明の袋に入ったアメは、あのサイト『檻の中の乙女神ちゃん』にいたドット絵の女の子そっくりの形をしていた。
このアメには便利な魔法がかけてあって、食べるだけで、『異世界転生ライフに必要な情報』を会得できるという。賞味期限は、今から24時間以内らしい。
ブリーフィングは以上だった。アヤトにとっても、長かったり難しかったりする説明を聞くよりは、アメをなめるだけの方が簡単なので、文句はなかった。
ただ、いくら二頭身とはいえ、女の子の形をしたアメを、口の中でじっくりなめなめするというのは、変態的な行為では・・・・・・。
そんなアヤトの胸中を知ってか知らずか、女の子が言う。
「ハードモードにしたい場合は、捨ててくれても構わないのだ」
それを聞いて、アヤトは迷いが吹っ切れる。アメを口に入れた時に、変な妄想さえしなければいいのだ。楽をしよう。ハードモードなんてお断りだ。