Σ(゜д゜lll) この異世界転生は、一人では行えません
夏休みが始まり、今日で三日目。
時刻は夜の十一時を過ぎようとしていた。
蔵王アヤトの手元には、あの日の屋上で、先輩から受け取った封筒がある。
さんざん悩んだ末に、アヤトは封筒を開ける決心をした。あの日、先輩が言った『必要な時』、それが今なのかもしれない。
おそるおそる封筒を開いていく。中に入っていたのは、一枚の便箋だ。インターネットのアドレスらしきものが一つ、先輩の字で走り書きされている。
ラブレターじゃなかったのは少し残念だが、このアドレスの先に、失踪した先輩の手がかりがあるのかも・・・・・・。
アヤトは自室のノートパソコンを起動させると、問題のアドレスを入力していく。絶対に間違えないように、パソコン画面と便箋とを交互に見ながら入力した。
エンターキーを押して飛んだ先は、レトロゲームのようなドット絵のサイトだった。しかも白黒。
サイトの名前は、『檻の中の乙女神ちゃん』というらしい。
牢獄とおぼしき場所に、二頭身の女の子が立っている。
しま模様のドレスを着ていて、これは囚人服のアレンジだろうか。髪形は黒いツインテールだ。
女の子の背後には、磔台やギロチン、魔女が使うような大釜が置いてあって、それらは各種アイコンになっているようだった。
試しにカーソルをあててみると、磔台では「日記(予定)」、ギロチンでは「イラスト(予定)」という文字が表示される。
さらにクリックしてみると、磔台では「太い釘を打つような音」が、ギロチンでは「大きな刃物が落下するような音」がした。
そのあと、アイコンの上には、「準備中」という赤い文字が出現する。それより先には進めなくなっていたので、日記もイラストも見ることはできなかった。
最後に大釜を選んでみる。カーソルをあてると、「???」と表示された。
どうせこれも「準備中」なんだろうと、ほとんど期待せずにクリックしてみる。
すると、湯が沸き立つような音がした。
パソコン画面が突然、明るいものに切り替わる。
白い花畑が広がっていた。ドット絵ではなく実写で、花の名前はわからないけれど、どこか懐かしい感じもする。
花畑の中央には、次の文章が書いてあった。
あなたは、だいたい10000人目の訪問者です。
なので、『異世界転生できちゃう権利』をプレゼントすることにしました。
さっそくですが、今すぐ異世界転生しますか?
これだ!
アヤトは画面の文字列を凝視する。『異世界転生できちゃう権利』。
もし先輩が、この権利を手にしたなら、迷わず行使するだろう。
そして失踪。
真実が一本の線につながった。
ただ、本当に異世界転生なんてできるのか。
それに、大台到達のプレゼントに見せかけているものの、「だいたい10000人目」という時点で怪しすぎる。普通だったら、「ちょうど10000人目」だろう。
先輩も不審に思ったらしい。だからこそ、このサイトのアドレスをアヤトに託したのだ。おそらくは、もしもの時の保険のつもりで・・・・・・。
アヤトがぶつぶつ考え込んでいると、白い花畑の中に、「する」と「しない」、二つの選択肢が現れた。
さらに「100」という数字も出現して、一秒に一つずつ、カウントダウンを始める。
数字が減るにつれて、「する」の選択肢は徐々に小さくなっていき、「しない」の選択肢は逆に大きくなっていく。
もしも本当に異世界転生するのだとしたら・・・・・・。
その可能性がある以上、簡単には決断できなかった。
しかし、数字は待ってくれない。「する」の選択肢は、最初の十分の一にまで縮小している。
今日のところは、ひとまず「しない」を選んでおいて、明日もう一回トライしようか?
そう思った瞬間、アヤトは背筋に異様な恐怖を感じた。
一つの予感がした。これが最初で最後のチャンスになるかもしれない。明日には、このサイトがなくなっている可能性だってある。そうなった時、先輩につながる手がかりは完全に消えてしまう。
そんな不安から、アヤトはとっさに、「する」の選択肢を選んでいた。
しまったとか、どうしようとかいう戸惑いは、ほとんどなかった。
極限の選択から解放されて、全身から緊張が抜けていく。その心地好さの方がはるかに勝っていた。
カウントダウンが停止する。
すぐにパソコン画面が暗転し、牢獄のドット絵に戻った。
さっきの女の子は消えていて、磔台やギロチン、魔女が使うような大釜もなくなっている。
その代わり、画面中央には、新たな文章が表示されていた。
この異世界転生は、一人では行えません。
あなた以外にもう一人、『異世界転生に同行する人間』が必要になります。
死亡している人間や、異世界転生済みの人間などは選べません。
もう一つ重要なことがあります。
あなたが「女性」の場合、『同行者』は「男性」でも「女性」でも構いませんが、
あなたが「男性」の場合、『同行者』は「女性」限定となります。
そして、その『同行者』に対して、「一定以上の好意」を抱いている必要があります。
ただのクラスメイトとか、そんなんじゃ駄目ですよ。
そこまで読んで、アヤトは考え込んでしまった。
いきなり「もう一人必要」と言われても困ってしまう。アヤトは「男性」なので、相手は「女性」でなくてはならない。しかも「一定以上の好意」という条件がついている。ただのクラスメイトでは駄目らしい。
この条件をどう解釈すればいいのか、アヤトが悩んでいると、画面右下に小さな空欄が出現した。
空欄は三つある。それぞれの前には、「第一希望」「第二希望」「第三希望」と書いてあった。
さらに、表示されていた文章も、新たな内容へと変化する。
さぁ、その人のことを思い浮かべながら、
相手のイニシャルを入力してください。
イニシャルは、「苗字 名前」の順でお願いします。
たとえば、「異世界 転生」なら、「I.T」になります。
それでは、一緒に異世界転生したい相手を、
「第一希望」から「第三希望」まで入力してください。
この時、相手に相談してはいけません。
なお、この異世界転生が気に入らなければ、
転生前の状態で、元の世界に戻ることもできます。
またもや「100」の数字が現れ、カウントダウンを開始した。
最後の部分を目にして、アヤトは少しだけ安心する。再び元の世界に戻れるのなら、とりあえず試してみようか。もちろん、この部分がウソの可能性もあるけれど、疑い出したら切りがない。
さしあたって大きな問題は、一緒に転生する相手に誰を選ぶかだ。「一定以上の好意」を条件に挙げているけれども、その基準がよくわからない。第一希望から第三希望まで三人を必要としているから、「大本命」以外はお断りというわけではなさそうだ。
一緒に異世界転生してもいい、と思える相手か・・・・・・。
さっと頭に浮かんだのは、先輩を含めて、四人の顔だった。
ただし、先輩はすでに異世界転生しているだろうから、今回は除外しておこう。
残る三人のイニシャルを、アヤトは空欄に入力していく。
第一希望、「M.M」
第二希望、「M.M」
第三希望、「M.M」
ふざけているわけではなかった。頭に浮かんだ三人のイニシャルが、全員「M.M」なのだ。
さて、これから何が起こるのだろう。いきなり異世界に放り出されるのかな。
異世界ものの小説で読んだ知識をもとに、さまざまな想像を巡らせていると、ついに数字が「0」になった。
その瞬間、牢獄の画面が別の画面へと切り替わる。
そこで目にした光景に、アヤトは思わず絶句した。
真っ白な画面には、次のような赤い文字が並んでいる。
System Error
おいおい、それはないだろ。
仕方なく、アヤトはもう一度、例のアドレスを入力するところから、やり直すことにした。
しかし、今度も、さっきの「System Error」の画面に飛ばされてしまう。
何かミスでもしたのかなと、細心の注意を払って三度目の入力を行うも、駄目だった。
それからしばらくの間、アヤトは思いつく限りの方法を試しまくった。
ところが、どうやっても、あのサイト『檻の中の乙女神ちゃん』にはたどり着けない。
全力を尽くして二時間が過ぎた。目の奥には、赤い「System Error」の文字が焼きついている。
さすがにアヤトも音を上げた。もう限界だ。
とりあえず寝よう。続きは朝になってからだ。
アヤトはパソコンの電源を落とすと、自室のベッドに横になる。疲労が激しく、一瞬で睡魔にのみ込まれていった。




