Σ(゜д゜lll) ここでは私が先輩ね
十分後、白いジャージに着替えて、『男子更衣室』から大部屋へと戻ってきた。
大部屋内の変化を目にして、アヤトは無言で後悔する。
白いジャージの人数が、さっきよりも増えていた。メモリも同じ服装なので、見つけるのに苦労しそうだ。
こんなことになるのなら、きちんと待ち合わせ場所を指定しておけば良かった。
広場の時と違って、今回は「黒い布」という目印もない。小柄という彼女の個性も、この状況では不利に働くだろう。
しかしながら、さほど時間をかけずに、メモリを見つけることができた。紺色のエプロンをして、自動販売機が集まっている一角で、ペットボトルの水を飲んでいる。
彼女の姿を見ていて、アヤトはふと思い出す。
昨日の《ゲキバン》で、赤の回廊を守っていた二人の女の子。彼女たちはそれぞれ、ピンクとオレンジのエプロンをしていた。あのエプロンは、こういった状況で相手を見つけるための目印だったのかもしれない。
先ほどは特に意識しなかったが、清掃スタッフやメカニックの中にも、目立つ色のスカーフやリボンなどで、自分なりのアレンジを加えている者が、結構いるようだ。
それを見ている内に、アヤトは一つのアイデアを閃いた。ロッカー内にある、紺色の法被。あれを自分の目印にしたら、どうだろうか。
さっそく実行に移す。メモリにはまだ声をかけずに、急ぎ足で自分のロッカーへと向かった。
アヤトが法被を着終わった時、背後から強い視線を感じた。
ふり向くと、メモリが立っていた。なにやら険しい顔をして、じっとこちらを見つめている。
「それ、ちょっと気になるところがあるんだけど。その法被を脱いで、見せてもらってもいい?」
特に断る理由もないし、アヤトは応じる。
しばらくの間、彼女は目を凝らして、法被の細部を確認していた。
しかし、だんだん表情が緩んできたかと思うと、さっと袖を通して、そのまま自分のものにしてしまった。
「やっぱり、私の方が似合うね。ばっちりだよ」
最初から、こうするのが狙いだったらしい。
「で、こっちはあげる。私のお下がり」
そう言って彼女が押しつけてきたのは、紺色のエプロンだ。
この不平等な交換に、アヤトは納得がいかなかった。
なんとか法被を取り返そうとするものの、メモリの方にその気はない。言葉による交渉は、平行線をたどるばかりだ。
アヤトに残された方法といえば、力ずくで脱がせることくらい。
悪いのはメモリの方だからと、心の中で言い訳しながら、彼女に向かって両手を伸ばしていく。
しかし、周囲から集まってくる視線を無視できるほど、アヤトは神経が図太くなかった。
悪い方に想像が進んでいく。こちらに注目している野次馬たちの全員が、この状況を正しく理解しているとは限らないのだ。「嫌がる女の子の服を脱がせようとしている変態」と誤解されているかも・・・・・・。
しかもメモリの奴、それに気づいているらしく、「怯えた顔で瞳をうるうるさせる」、そんな演技を始めた。
最悪だ。やむなく、アヤトは手を止める。
が、ここからが問題だった。
野次馬たちの脳内では、「アヤト=変態」という、マイナスのイメージが醸成されつつあるだろう。どうにかして払拭したいが、どうすれば・・・・・・。
そこでメモリが、ゆっくりと囁いてくる。
「この法被はあきらめよーね。そうすれば、助けてあげるよ、私を信じて」
周囲には聞こえない声だ。
アヤトには「悪魔の囁き」に聞こえなくもない。
とはいえ、他に良い案があるわけでもないし、彼女の言葉に乗っかってみることにした。
「わかった。法被は貸してやるから、その代わり・・・・・・」
小声で返すと、いきなりメモリが、アヤトの胸に飛び込んできた。
そして背中に腕を回してきたかと思うと、ぎゅううううっと抱きしめてくる。
彼女に予想外の密着をされて、アヤトは激しく狼狽した。
唐突に、例の鎧が出現する。一気に彼女の「体積」が膨張した。
今回は広場の時のように、あごを強打されることはなかったものの、今のアヤトは、相撲の技で言う「さばおり」を決められているも同然の状態。
しかも、抱きしめてくる力が、「鎧なし」の時よりも、格段に上がっている。女子高生の力とは、とても思えない。あの鎧、着ている者の力を強化するみたいだ。
ギブアップを叫びながら、アヤトは世の不平等を嘆いた。メモリの能力が、うらやましすぎる。攻守に使えるなんて反則だ!
「見ての通り、私たちは仲良しさんです☆(キャピッ)」
そう言ってメモリが解放してくれると、アヤトは床にぶっ倒れた。
あやうく全身の骨という骨を、カルシウムの粉末にされるところだった。
こちらに注目していた野次馬たちも、この結果には満足したらしい。視線の向きを変えると、思い思いの方へ去っていく。
その様子を見ていて、アヤトは全身ぼろぼろながらも、ある種の手応えを感じていた。
彼らはメモリの方から抱きついてくるところを目撃したわけだし、彼女の口から「仲良し」という単語も出た。「アヤト=変態」という誤解は、たぶん払拭されたはず。
気が緩むと同時に、さらなる疲れが、どっと身体の底からわいてきた。
アヤトが床に寝そべって、気休め程度のダメージ回復をはかっていると、メモリの服装が元の白ジャージ(+法被)に戻っていく。
彼女は偉そうに胸を張ると、
「今から、《劇番衆》についての基本事項を説明してあげる。なんで、ありがたく拝聴するように」
「あ、そういうの、別に間に合っているんで」
アヤトは素っ気なく断った。昨日の夜に、海箱ユユからもらったパンフレットを読み込んでいるのだ。どうせ彼女の知識も、その範疇だろう。
しかも、ホテルにかかってきた電話で、『特別ボーナス』についても、詳しく聞いている。情報の質でも量でも、こちらが勝っているに違いない。
ところが、メモリは急にニヤニヤし出すと、
「それは無理。ユユさんからの命令だから。研修の内容を、アヤトに教えてあげなさいって」
「研修?」
アヤトの頭に疑問が浮かぶ。
この世界にメモリがやって来たのは、状況から判断して、自分と同じ昨日のはず。海箱ユユと会ったのも、自分の方が確実に先。
なのに、彼女だけが「研修」を受けている? どうせ研修をするのなら、自分も呼んでくれればいいのに・・・・・・。
疑問の答えは、メモリが握っていた。
昨日の夜、この大部屋に来て、《劇番衆》の研修を受ける際に、
「ユユさんはアヤトを呼ぼうとしていたけど、私の一存で却下しちゃった☆(キャピッ)」
そういうわけらしい。
「だから、ここでは私が先輩ね。あ、呼び方は『師匠』がいいな。ほら、練習。『師匠』と呼んでみ」
それで、素直に呼ぶと思っているのか、こいつは。
「『師匠』と呼んでくれないのなら、何も教えてあげないよ。あとで盛大に後悔するであろうことは、この師匠が保証してあげる」
もっともらしい顔で、嫌な忠告をしてくる。
こうなっては仕方がない。メモリの戯れに、少しの間つき合ってやるか。
しかし、このまま大人しくしているつもりはなかった。
せいぜい今の内だけ、師匠ごっこを楽しむといい。欲しい情報さえ手に入ったら、速攻で手のひらを返してやる。
下剋上という言葉を起点にして、アヤトの脳裏で妄想が膨らんでいく。
妄想の舞台は、お城の天守閣だ。炎が激しく燃え盛っているが、想像しているだけなので、まったく熱くはない。
天守閣の中央には、荒縄でぐるぐる巻きに縛られたメモリの姿がある。
服装はどうするか少し悩んだが、女忍者を採用した。天井から吊るされている設定も追加しておこう。
じたばたもがくメモリだが、縄は全然緩まない。
彼女の無駄なあがきを、満足そうに見つめるアヤト。その後ろには五つの旗指物が並んでいて、それぞれ漢字一文字ずつが記されている。
下・剋・上、達・成。
あとは煮るなり焼くなり、思いのままだ。




