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Σ(゜д゜lll)  屋上異世界転生

 屋上のドアは、見かけこそびついているものの、頻繁ひんぱんに利用者がいるためか、アヤトが軽く押しただけで、音を立てずに滑らかに開いた。


 よく晴れ渡った青空の下、屋上の日陰の中に、白いセーラー服の先客がいる。


 その人物は、ヘンテコな帽子をかぶっていた。色も黒で、デザインも魔女の帽子のようなのに、素材だけが魔女のものと異なっている。たぶん、麦わら帽子と同じ素材だ。


 そんな帽子を、前に大きくかたむけてかぶっているので、相手の顔は完全に隠れてしまっている。


 が、こんな特殊な帽子を持っていそうな人間を、アヤトは一人だけ知っている。


 演劇部副部長、峰谷みねたにマノ先輩だ。


 そこで黒い帽子の下から声がする。


「ここに来たのは偶然です、なんて言わないでね」


 やはり先輩の声だ。


「偶然なんて、とんでもない。あの暗号を解いたんですよ」


 アヤトが早口で答えると、ヘンテコな帽子を先輩が脱いだ。その下にあった顔は、うっすらと笑っている。帽子の中からは、ふんわりしたポニーテールも現れた。


「やるね。ほとんどノーヒントだったのに」


「簡単でしたよ、楽勝です」


 アヤトは胸を張って答えた。


「でも、どうして、あんなことを?」


 先輩のイタズラは普段、演劇部の部員たちが対象になるのに、今回だけは違った。アヤトのクラスで演劇部の部員は、アヤトとメモリの二人だけだ。


 にもかかわらず、暗号の封筒はクラス全員分あった。


「ここ一週間くらい、うーん違う、もっとかな。ストレスがたまっていたの。私の身体よりも、ずーっと大きな大きなストレスでね」


 そう言って先輩は、スカートのポケットから、四つ折りになった紙を取り出した。


 それをアヤトに渡してくる。


 開いてみると、進路調査票だった。



   第一希望、空欄

   第二希望、空欄

   第三希望、空欄



 十字に折り目のついた進路調査票で空欄じゃないのは、クラスと名前の場所くらいだ。


 これが彼女のストレスの原因らしい。


「それ、二枚目なんだよね。最初のやつは、こっち」


 小さなため息混じりにつぶやくと、先輩はポケットから、別の紙を取り出した。


 こちらも進路調査票だったが、さっきの紙とは内容が大きく異なっていた。



   第一希望、異世界転生

   第二希望、異世界転生

   第三希望、異世界転生(もしくは、役者)



 その進路調査票の端には、赤いハンコで「再提出」とある。一緒に添えられている締切日は、今日の日付になっていた。


 アヤトはうすうす事情を理解する。


 進路調査票を再提出しなければならないのに、まだ空欄をめることのできない先輩。


 何か気分転換をしようと、昨日の夜にでも、あのイタズラを思いつき、あまり深く考えずに実行したのだろう。


 その結果、アヤトのクラスがにえになった。


「紙飛行機、折れる?」


 先輩の声には元気がなかった。


 こういう彼女を放ってはおけない。できる限り力になろう、とアヤトは思った。


「なんとなくなら」


「じゃあ、これで折って」


 先輩がアヤトに渡してきたのは、「異世界転生」と書いてある方の進路調査票だった。


 捨てても構わないらしいので、まずは紙についた余計な折り目を伸ばす作業から始める。


 ある程度伸ばしたら、飛行機の形に折っていく。


 工程の半分くらいを過ぎたところで、先輩が妙に静かすぎるのが気になった。


 ちらりと横を見ると、彼女もアヤトのまねをして紙飛行機を折っている。使っているのは、もう一枚の進路調査票だ。


 アヤトは困惑しながら尋ねる。


「それ、いいんですか?」


「うん。必要なくなったから、始末するの」


 明るさを取り戻しつつある先輩に対して、アヤトは急に心配になってきた。他にも進路調査票を持っているのなら問題ないけれど・・・・・・。


「早く続き!」


 先輩にかされて、アヤトは紙飛行機づくりを再開する。


 すでに嫌な予感がしていた。折りづるだまし船ではなく、「紙飛行機」を指定してきたからには、やはり飛ばすつもりなのだろう。しかも、ここは屋上だ。


 どちらの進路調査票にも、先輩のクラスと名前が書いてあるというのに、この人は何を考えているんだか。


 あとで回収しやすいよう、あまり遠くに飛ばない設計にしておこう。翼を細く折りたたんで、全体的にするどいフォルムにした。飛行機というより、ミサイルのような形状に近づいていく。


 これなら翼が得る揚力ようりょくは小さくなるし、風にも乗りにくいはず。よほどの力で飛ばさない限りは、校内のどこかに落ちるだろう。


 遠くまで飛ばない紙飛行機を、先輩は素直にまねして折っている。彼女の紙飛行機が鋭角的に変わっていくのを横目で見ながら、アヤトは胸をなで下ろした。


 こうして外見はそっくりの、二つの紙飛行機が完成する。


「じゃあ、早く飛ばそうよ」


 はしゃぐ先輩を止める方法はなかった。


「せーの!」


 彼女の合図で、アヤトも自分の紙飛行機を、快晴の空に放った。


 屋上をかこっているフェンスを越えて、二つの紙飛行機が飛んでいく。


 しばらくは風に乗っていたが、すぐに二つとも校内に落ちていった。


 アヤトの紙飛行機の方が、先輩の紙飛行機よりも、ほんの少しだけ遠くまで飛んだ。


 そのことについて先輩は、


「異世界転生はね、どんなものにも新たな力を与えるんだよ」


 そんななぞ理屈を語っている。


 アヤトの紙飛行機の方が遠くまで飛んだのは、素材となった紙に「異世界転生」と書いてあったからだよ、と言いたいらしい。


 負けしみを言ってるようには聞こえなかった。


 あまりにも先輩が自信たっぷりに語るので、アヤトも自然と、「本当にそうなのかも」という気がしてくる。今の先輩なら、進路指導の先生が相手でも、その個性的な謎理屈で説得してしまうかもしれない。


 先輩は少ししゃべり疲れたのか、話を中断すると、視線をプールの方へと向けた。今は白いテントで覆われていて見えないが、あの下には今朝けさ墜落してきた隕石いんせきがある。


(ああやって隕石が学校に落ちてくるくらいだし、何かの拍子で異世界転生できちゃったりして・・・・・・)


 などとアヤトが考えていると、先輩がこちらに顔を向けてくる。


 そして瞳を大きく輝かせると、


「私、私、異世界に転生しちゃうかも」


 一息に言ってから、本当に嬉しそうな顔をした。


 そのあと先輩は、少し神経質そうな顔になると、右手で自分のほっぺを、左手でアヤトのほっぺを軽くつまんでくる。


 これは彼女のくせ。ほほ笑ましい癖だと思う。


 先輩にほっぺをつままれても、アヤトは特に痛さを感じない。


 なのに彼女は、自分では本気でつまんでいるつもりらしく、


「痛いから夢じゃないね。だから、絶対にかなうんだよ」


 もう一回幸せそうな顔をする。


「これ、君が暗号を解いたら、あげようって、決めてたの」


 先輩が渡してきたのは、教室の机に入っていたのと同じ封筒だった。薄いピンク色をした封筒で、赤いハートマークがついている。


 もしかしたら、これこそ本物のラブレターかも。


 アヤトはどきどきしながら、その封筒を受け取った。


 すると先輩は、急に真面目まじめな顔になって、


「まだ開けないでね。『必要な時』が来たら、中を見て。そこから先どうするかは、君にすべて任せるから」


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