Σ(゜д゜lll) ヘンデルリカの戦い(中編)
十人以上の役者たちが絶叫した。
「中止だ! 新型《空中戦艦》を、今すぐ中止しろ!」
バケツ内のペンキから、ヘンデルリカが左右の手を、同時に引き抜いた。
それを目にするなり、これまで積極論を主張していた者たちも、一斉に口ごもる。
異常だった。
彼女の両手両腕、その周りには、オレンジ色のペンキがふわふわ、厚くまとわりついている。
普通の人間がペンキの中に手を入れても、あんな形状には絶対にならない。重力に引かれて、下へと垂れてくるはず。
ところが、彼女の場合は違っていた。
まるで綿菓子のようだ、そう思った役者たちも少なくないだろう。
オレンジ色のペンキは綿菓子の外側部分で、彼女の腕は中心の棒。そんな感じに、ペンキがまとわりついている。
あれは「魔法」によるものだった。
帽子や服装といった見た目だけでなく、ヘンデルリカは実際に「魔法使い」なのだ。しかも、非常に強力な「魔法使い」だ。
空中にある見えない何か、それをつかもうとするように、彼女が左手を前に出してくる。
左腕周囲のペンキが小刻みに動いて、その形を変えていく。綿菓子の形から、何やら生き物の形へ。
数秒後には、完成したばかりの飛竜が、咆哮を上げていた。
けれども、彼女の腕に乗るサイズだ。大きめの猫が威嚇してくるくらいの、迫力しかない。
どう反応していいのか、困惑する《役者勢》。あの飛竜、恐ろしいと言うよりも、愛嬌がある。
そんな中、一握りの役者たちが、警告を発し続けていた。
「新型《空中戦艦》を中止しろ!」
全力で喉を震わせる彼らに対し、ヘンデルリカの瞳が鋭く光った。
直後に、左腕の飛竜が――
小さくあくびをした。そのあと、主人に甘える仕草をする。
予想外の行動に、役者たちは思わず目を点にした。
しかし、ヘンデルリカの攻撃は、すでに始まっていたのだ。
飛竜があくびをした瞬間、彼女の右腕からは、ペンキの一部が千切れていた。
それは円盤状に形を変えると、床すれすれの高さを飛行していく。
その先にあるのは、完成間近の新型《空中戦艦》だ。
前列の役者たちは、円盤の襲来に気づいたものの、避けるのは間に合わなかった。
外壁に直撃する。そこにいた役者たちに、オレンジ色のペンキを付着させた。
だが、これで終わりではない。
ここからが本番だ。新型《空中戦艦》の内部へと、円盤がすり抜けていく。
この円盤に接触すれば、ペンキが付着するのだ。《役者勢》の悲鳴が連鎖していく。
これこそが、ヘンデルリカが恐れられている理由。
青の《選定候》は「遠距離攻撃」を使う。彼女にとって、『待機』の白線は存在しないも同じだ。
しかも、あの攻撃は「貫通」する。
人であろうが、衝立であろうが、まったく関係なかった。触れた場所にペンキをつけたあとで、さらに奥まですり抜けてくる。
さすがに、役者たちの体内までペンキまみれにならないよう、ヘンデルリカは加減をしていた。
が、《役者勢》にとって、悪夢の攻撃には違いない。「遠距離攻撃」な上に、「貫通」までしてくるなんて。
だが、これで終わりではなかった。
ヘンデルリカの右腕が、第二、第三の円盤を発射する。
ボウリングの名手が放ったような勢いある曲線を描き、二つの円盤は的確に、目標を捕捉していく。
それもそのはず、青の《選定候》の攻撃は、手から離れたあとも、自由に操作可能なのだ。
完全にパニクる役者たち。
「ぎゃぁぁぁぁぁ、こっちに来ないでぇぇぇぇぇぇ!」
「回避だ! 回避ぃぃぃぃぃぃぃ!」
「右に回頭しろ!」
「左に回頭するのだ!」
「え、どっち?」
「じゃあ、一か八か、全員で真上にジャーンプ!」
一部の《役者勢》が無理に動こうとした結果、全体の重量バランスが大きく傾く。
こうなると、もう元の形に立て直すことはできなかった。
大勢の役者たちの悲鳴を飲み込みながら、新型《空中戦艦》が一挙に崩壊していく。
それを衝立の向こう側で見ていた役者たちは、この惨事に思わず絶句した。
もともと、危惧はしていたのだ。
新型《空中戦艦》には、「天敵」になり得る存在がいる。
青の《選定候》、ヘンデルリカだ。
しかも彼女は、「この街最強の魔法使い」でもある。
まだまだ奥の手を隠していそうなことに、役者たちは絶望する。自分たちの最終兵器が通用しない。そんな相手に、どうやって挑めばいいのか。
役者の一人、その手から力が抜けていく。握っていた白い物が、床へと落ちた。
新型《空中戦艦》が発進する際、同時に投げようと思っていた「トイレットペーパー」だった。
今や使いどころを失ったそれは、青の回廊内を転がっていく。
その先には、彼女がいた。
「《役者勢》に告ぐ。私だ。ヘンデルリカだ。青の回廊の《選定候》」
新型《空中戦艦》が轟沈して間もない回廊に、彼女の声が響き渡る。
「君らに一つ言っておく。この場所、青の回廊は、私が絶対に守り抜くぞ」
言い終わった途端、ヘンデルリカの左腕にいる飛竜が、力強い咆哮を上げた。




