Σ(゜д゜lll) ヘンデルリカの戦い(前編)
赤の回廊とは別の回廊で、《役者勢》の間を、強いざわめきが駆け抜けていく。
「青の《選定候》が最前線に出てきたぞ!」
「誤報じゃないのか!」
「そう思いたいのは、俺も同じだ。しかし、あれを見ろ!」
役者の一人が視線で示す。
青の回廊の『奥館』側から、女の子が一人、『役者連館』側へと歩いてきていた。
いかにも魔女という、縁つきのとんがり帽子をかぶっていて、一本のお下げ髪が、顔の真横に垂れている。着ている服も、全体的に魔女っぽい。
これらは、《劇番衆》の専用衣装ではなく、彼女の普段着だった。
もっと見栄えのする専用衣装を『海箱座』から支給されているそうだが、「色、明るすぎ」「デザイン、派手すぎ」と彼女はぼやいたあと、一度も着ないまま、《劇番衆》のロッカーに放り込んでいるらしい。
この魔女っ娘、ヘンデルリカこそ、青の回廊の《選定候》だった。
しかも、ただの《選定候》ではない。非常に異質な《選定候》だ。
普段のヘンデルリカの実力は、並の《劇番衆》以下と言っていい。《ゲキバン》ではほぼ毎回、相方ケイリィの後ろでサボっている。
そのため、過去にヘンデルリカが迎撃した《役者勢》の数は、歴代の《選定候》の中でも、ぶっちぎりの最下位だ。
ただし、ごくまれにだが、彼女がやる気になる時がある。
そうなった時のやばさを思い出して、役者たちの六割以上が青ざめた。
一方で、本気のヘンデルリカがどんなものなのか、それを知らない役者たちもいる。彼らにとっては、平均以下の《劇番衆》が、のこのこ出てきたようにしか見えなかった。
ゆえに、一部の役者たちは考える。
これは好機じゃないのか。青の回廊内には現在、ヘンデルリカ一人で、他の《劇番衆》は誰もいない。
それに対して、こちらは新型《空中戦艦》を準備中だ。間もなく発進可能になるだろう。ここで立ち止まるわけにはいかない。
先ほど赤の回廊で、予想外の出来事が起きたのだ。
新型が敗れた。一人の突破も敵わない、まさかの完敗だった。
あの敗北がある以上、味方の士気に与える影響を考えるなら、ここで退いては絶対に駄目だ。
衣装係・大道具係・小道具係に見せておきたい。新型《空中戦艦》は最強であると。
だからこそ、一番艦が撃沈したという悲報を聞くなり、残る六つの回廊で大至急、新型《空中戦艦》の「建造」にとりかかったのではないのか。ちっ、ここにきて、臆病者が多すぎる。
彼女への対応を巡って、役者たちの間で、激しい言い争いが起きた。
「新型《空中戦艦》を、今すぐ中止すべきだ!」
「いや、発進あるのみ!」
ヘンデルリカに恐怖を抱く者たちと、そうでない者たち。
中止を訴える声の方が多かったが、発進を訴える方は、一人あたりの声が大きかった。
そのせいで、意見が全然まとまらない。
こうしている間にも、ヘンデルリカが回廊を直進してくる。左右の手にはそれぞれ、オレンジ色のバケツを持っていた。
あの二つのバケツは、彼女の専用武器だ。
ヘンデルリカのやる気を見極めるには、持っている武器を確認すればいい。
ハリセンを持っている時の彼女は、並の《劇番衆》以下だ。
しかし、バケツを持っている時の彼女は・・・・・・。
あの二つのバケツ、中身はオレンジ色のペンキだ。かなりの量を入れてきたようで、その重さから、彼女の歩き方はふらふらしている。
やがて、ヘンデルリカが足を止めた。
すぐ前には、『待機』の白線がある。
だが、役者たちの六割以上が知っている。
青の《選定候》にとって、あの白線は存在しないも同じなのだ。
二つのバケツを、自分の両側に降ろすヘンデルリカ。
彼女は腰を屈めると、右手を右のバケツの中へ。
ワンテンポ遅れて、左手を左のバケツの中へ、ゆっくりと入れていく。
役者たちの数人が、早くも回廊の外へと逃げ出した。
これより、青の《選定候》の本気が始まる。




