Σ(゜д゜lll) この街最大の秘密兵器
他にも、気になることがある。
あの「半分に割れた懐中時計」のカードは、ある大怪盗がお宝を盗む時に、犯行予告に使うものだ。
たしか、ある希少金属に特殊な加工を施したもので、その大怪盗にしか造れない、そんな噂を聞いたことがある。
そのカードが、今回の犯行予告には使われていないのだ。
そもそも、あの大怪盗が現れたという話は、この街の大火災を無視すれば、五年以上も耳にしていない。引退説や死亡説の方が囁かれている。
それがなぜ今になって、このような形で、海箱シティに現れたのか。
黒幕の挑戦状、その内容について、海箱ユユは考えごとを続ける。
陽動の可能性も疑っていた。『奥館』に注目を集めさせておき、裏をかいて、別の場所を狙うこともあり得る。
そこまで考えてから、海箱ユユは『役者連館』壁面の巨大時計を一瞥した。そろそろ時間だ。
陽動であった場合に備えて、『あれ』を使う時が来た。
先日の『八人座会』において、今や代表支配人の権限は、大幅に強化されている。
でなければ、『あれ』の使用許可を得るのは、かなり遠回りになっていただろう。今なら自分の即決で済む。
海箱ユユはテレビをつける。
画面に現れたのは、多くの砲塔を構えた、一隻の戦艦だった。
この三年間で、海箱シティも進化している。
もともと、この街は、陸地の大半を海に囲まれた特殊な立地や、街中に車を走らせていないという事情、極度に密集した建築群、及び、その造形の奇抜さ・材質の多様性から、大規模火災への脆弱性が指摘されてきた。
もちろん、大規模火災に対する備えは、十分すぎるほどしてきたつもりだったが、三年前の大火災では、街の象徴たる『奥館』を焼失した。
どうすれば、あの火災に対抗できたのか。その答えの一つが、世界初の《対火戦艦》、『赤坂』だ。
外観は昔の戦艦を参考にしているが、カラーリングは赤に一新されており、砲塔から放たれるのは、砲弾ではなく水流だ。一斉に大量の水を発射することで、十階建てのビル火災を、十分以内に消し止めることが可能となる。
三年前には存在していなかった、秘密兵器の一つだ。
テレビの中では、この街の地下ドックから、戦艦『赤坂』が今まさに、発進していく映像が流れていた。
テレビ局のヘリコプターが、『赤坂』の至近距離まで接近して、空撮を続けている。甲板にいる船員が旗を振って、「危険! それ以上近づくな!」と呼びかけていた。
この戦艦『赤坂』、一般公開はもう少し先の予定だったが、代表支配人の権限で急遽、前倒しすることにした。本日はデモンストレーションだ。
明日も表向きは、「大規模消防訓練」だが、実際には、『志歌島』東側の海上に待機し、緊急時に備えてもらう。
もしも黒幕の目的が陽動だった場合、『奥館』のある島の西側ばかりに、戦力を集中させるのは危険だ。よって、戦艦『赤坂』には、島の東側にいてもらう。
さらに、テレビの中では、別の大型船が動き出していた。《対火戦艦・二番艦》の『七隈』だ。一部区画がまだ未完成だが、航行及び砲塔の使用に支障はない、と聞いているので、今回の投入に踏み切った。
こちらの戦艦は、島の北側に配置する。
この他、明日の「大規模消防訓練」では、海箱シティ中の消防艇もかき集める予定だ。近隣の都市からも続々と、「訓練」に参加するために、消防艇が集結しつつある。
そして、「この街最大の秘密兵器」も用意していた。
そちらの方は、すでに一般公開を済ませている。
ただし、世界初の『海上超巨大噴水ショー』というのは仮の姿だ。
その正体は、一部の者しか知らない。
海水を利用した『超巨大消防システム』、それこそが、『海箱クラーケン』の真の姿だ。
噴水の傾斜角度を調節することにより、『志歌島』周囲の海底に配備された百近い発射口が、海箱シティ全域を射程に収める。これで広域火災に対応可能だ。
三年前の大火災を繰り返さないために、現在の海箱シティが保有する消防戦力を、明日は総動員する!




