Σ(゜д゜lll) 社交辞令レベルで「愛してる」
アノンの言葉に、アヤトは目をぱちくりさせる。
どういうことだ? この街の新たな名物?
「終末を告げるために天空の女神が放った、とかいう話は?」
「もちろん、ウソでしたー」
アノンはおなかを抱えて笑い転げている。
そんな彼女を見ていて、アヤトも少しずつ冷静さを取り戻していく。どうやら騙されていたらしい、ということはわかった。
海箱シティの上空に花火が炸裂していた意味も、今なら正しい意味で理解できる。あれはショーを盛り上げるための演出だ。
アヤトが窓の外に目をやると、ちょうど五本の水柱が崩れ落ちていくところだった。
まるで外側を囲っていた透明の水槽を取り除かれたように、すべてが元の水となって海面へと落下していく。
王冠状の波紋が五つ、海の上に生まれたが、それらもすぐに消えていった。
大気中に漂う霧や虹は、もうしばらく消えそうになく、このショーの余韻を幻想的なものにするのに、一役買っている。
どこかのバカの笑い声さえなければ、最高のフィナーレだったに違いない。
いきなりアヤトの背後で、ゴツッと痛そうな音がした。
振り返ってみると、アノンが両手で頭を押さえて、しゃがみ込んでいる。壁か座席にでもぶつけてしまったらしい。涙目になりながらも、口では全力で笑い続けていた。
「大丈夫か?」
アヤトは無愛想に声をかける。
「大丈・・・・・・ぶ」
「それは非常に残念だ。ああ、残念だ」
今度は情感たっぷりに皮肉を言ってみる。
アノンは聞こえていないふりをすると、頭をさすりさすりしながら、ゆっくりと立ち上がった。
そして、大きな声で乗客たちに呼びかける。
「みなさんのおかげで、ボクはとっても愉快な時間を過ごせました。ご協力ありがとー、ありがとー。社交辞令レベルでだけど、みんな愛してるよー」
他の乗客たちから、どっと拍手がわき起こった。
彼ら全員がアノンの知り合いとは思えないので、前もって頼んでいたのだろう。「この人をからかいたいんで、みなさん協力してくーださい」とか何とか言って。
アヤトがターゲットに選ばれたのは、その時に一人だけ、眠っていたからに違いなかった。
「あー、楽しかった。今日いちにーち、とっても幸せな気分で過ごせるよ。いぇい!」
と上機嫌なアノン。
それから何かを思い出した顔になり、銀色パーカーのポケットに手を突っ込むと、
「これを渡しておくね。みんなにはすでにあげたから、君で最後」
手渡してきたのは、押しボタンがついた小さな箱だった。『ようこそ海箱シティへ』という文字がプリントされている。箱の材質はプラスチックのようだ。
「ボタンを押すとね、自分の後ろに、魔方陣の立体映像が浮かび上がるんだよ。面白いでしょ」
試してみると、本当に魔方陣が出現した。他の乗客たちは、これを使っていたのかと納得する。
アヤトがボタンを押すのをやめると、アノンも自分の背後にあった魔方陣を消した。
鉄道が真っ白なトンネルの中へと入っていく。
車内にアナウンスが流れた。「ここを抜けると、終点の『海箱シティ駅』です。海箱シティ観光最大の目玉、巨大劇場『海箱座・奥館』に行くには、モノレールへの乗り換えが便利です」と告げていた。
やがて鉄道がトンネルを抜ける。
そこは白い駅だった。
車輌が完全に停止するタイミングで、アノンがアヤトの手を握ってくる。
「もう少しね、つきあって欲しいの」
上目づかいで頼んでくる彼女は、両目とも「少女の瞳」をしていた。
さっきのことがあるものの、こんな感じに美少女に頼まれると、アヤトはどうも断りづらい。手のひらから伝わってくる彼女の体温で、ついどきどきしてしまう。
かといって、これでさっきまでのイタズラを許すのもためらわれたので、曖昧にうなずいておく。どう解釈するかは、彼女に任せることにした。
「ありがとね」
アノンは前向きに解釈したらしい。笑顔になると、その手をしっかりと握りしめたまま、アヤトを車輌の外へと導いた。




