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王子様と過ごした90日間  作者: 夏野 みかん
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私は同じ道を選ばない。

意識が戻ったのは、あの出来事から2日目の夜。

今思えばそれは、この時しかなかったと思えるような時間だった。


きっと神様が、私に覚悟を決めさせるために用意された時間だったのだろう……突然私は目覚めた。




気が付くと、薄暗い部屋の中を青白い光が部屋を包んでいた。


その光の方向に眼をやると誰か立っている。


ここが黄泉の世界だろうか?

じゃぁ…あの光の中に立つ人は…私を迎えに来てくださった方だろうか?


その方に聞こうとしたが、言葉が出てこない。思わず手を伸ばしてその方を呼ぼうとして…私はクスリと笑った。

なぜなら、動かした右手が脱臼していたはずだったのに、動いたからだ。


動く…。

動くけれど…痛みがある。



もう死んでいるのなら痛いはずはないと思っていたけど…痛い。

死んでも痛いって…それはないよ。死んだら痛みはとって欲しいです、神様。



そう思ったら、また笑えた。


シーンとした部屋と…青白い光が入り込む部屋。



寂しいな。



死ぬことは怖くなかったけど…寂しい。



また、青白い光を背にして立っていた人へと視線を移すと、その人がコツコツとブーツの音を立てて、ゆっくり近づいて来る。



えっ?



近づいて来るその人を見つめていたら…手に人の温もりを感じた。

ドキンと胸が鳴り、視線を移すと、私の左手が小さな手に包み込まれている。


(ミランダ姫…?!)


その小さな手の温もりに心が震え、ミランダ姫を見つめていると、青白い光の中から現れた人が、眠っているミランダ姫の横に座り…言われた。



「気が付いたか…?」



声が出なかった。そんな私に気がついたその人は私の頬に触れ


「無理をしなくていい。」


「…ルシ…ア…ン殿下?」





私は…


私は…生きている?!


それとも、これって…幻?




戸惑った私の顔を微笑みながら、ルシアン王子は

「お帰り…ロザリー。待っていた。」



心臓が大きく鳴った。

私は生きているんだ。戻ってこれたんだ。


その言葉が…左手に感じる温もりが…

ここが黄泉の国じゃないことを…幻じゃないことを…教えてくれる。



涙がポロポロと零れてゆく。



ぁ…あ…まだだ。まだ…安心できない。まだ戦いが続いているのなら、生きている事を喜ぶのはまだだ。

あの後、どうなったのかお聞きしなくては…


今の私ではおふたりを守れない。こんな体では守れないから…!


「ァ…ァ、アデ…リーナ様は…」



青褪め震える声で尋ねた私に、ルシアン殿下は安心するように、柔らかい笑みを浮かべながら



「アデリーナはお前の力で浄化された。」


ほっとした。

でも同時に私の腕の中から、キラキラと光る金色の粒となって、天へと上ってゆく姿が眼に浮かび…胸が痛んだ。




アデリーナ様の恋心は、間違っていたと思う。

でも…そう、でもだ。すべてを簡単に否定するのは、あまりにも悲しすぎる。


そして、もうひとりの方も…同じだ。あの方の恋も…だ。



「ロー…ラン…王…は…」


私の問いに、なぜだか笑みを浮かべられたルシアン王子は

「姿を消された。いや旅立たれたというべきか…。だが、ミランダに悪魔との契約を破棄する方法を見つけるから、いつかここに戻ってくるようにと約束させられてな。」



それは…どういう意味なのだろう?

ローラン王の野望は…潰えた…ということなのだろうか?



私の心の声が聞こえたかのように、ルシアン王子はポツリと言われた。

「ロザリーはローラン王の野望はまだ叶っていない以上、また、このようなことが起きるのではと思っているのだろうが、俺はローラン王の願いは…叶ったと思うのだ。」


願い…?


ルシアン王子が私の手に重なった小さな手の持ち主、ミランダ姫へと視線を向けられたことで、私の胸が大きな音をたてた。



それはまさか…


前世の一部を見た私は…ミランダ姫がスミラ様の生まれ変わりと言うことが、ぼんやりしていた頭に浮かんだ。


ありえるかもしれない。


ローラン王の動きは不自然なことが多々あった。

小さな国をわずか20年足らずで、大国にしたお方にしては…緩すぎる計画だと思っていた。



もし私がローラン王なら…一気に事を進める。

それはまず、人の心が色として見える陛下やミランダ姫を……手にかけるということだ。


…計画通りに事を運べば、あとは簡単だ。

亡くなった兵士の体に魂を繋ぎとめ、国として攻め込めば、勝利は黙っていても転がり込んでくる。

それはルシアン王子がどんなに剣の腕があっても、数万の兵をひとりでは払えないからだ。



だが…ローラン王は…。

私でも簡単に考えられることをされなかった。


なにかを確かめるように…。

なにかを求めるように…じっと見ていらした。



やはり傍観者のように思えたのは、間違いなかったのかもしれない。



ローラン王はミランダ姫の中にスミラ様がいらっしゃる事に、気が付いておいでだったんだ、どの時点で気がつかれたのかはわからないが、ミランダ姫に会う前に、なにかを確かめるように、アデリーナ様を動かされ…そして答えらしきものを見つけられたのかもしれない。



そして…ミランダ姫にお会いされことで、はっきりと見えたのだ。


答えがはっきりと…。



「ロザリー。俺は…ローラン王は恋がなんであるのか知りたかったのかもしれないと思う。」




ルシアン王子の言葉に、ハッとした。

大きく眼を見開いていたのだろうか、ルシアン王子はクスリを笑うと


「眼が零れ落ちそうだな。」


私の頬を触れながら…

「そしてローラン王は見つけたのだと思う。」



思っていたことをまさかルシアン王子が、仰るとは思わなくて、驚いてしまったが…やはりルシアン王子もそう思われたんだ。


掴みどころがないと思っていたあの王の心の中には、狂おしいほどの思いが溢れていたのだ…妹を愛してしまったどうにもならない思いが…。



どうにもならない思い…か…同じだ。



私はルシアン王子を見つめた。



おそらく…私の思いもどうにもならないだろう。


今回の事で、ルシアン王子の婚姻はなくなったが、だからと言って、私の思いが叶うとは思えない。なぜなら男と偽ってきたことが、どう…他の貴族に判断されるかだ。例え、ルシアン王子やミランダ姫の口利きがあっても、貴族との間に溝を作ってでも、思いを遂げることは…望んでいない。ううん、望んではいけない。そうすれば国は纏まらない。



いや、自体はもっと…厳しいかもしれない。


死人がブラチフォード国を危機に落としいれたことは、他国にも知れ渡ったことだろ。

その風評を払拭するためには、やはり強大な国を味方に付けたい…となると、政略結婚だ。


結局は…ルシアン王子のお相手が変わる。だけかもしれない。


ルシアン王子の指先が、私の唇に触れ、思わず吐息が漏れた。


「ロザリー、俺も…ローラン王のように恋を知らなかった。心のどこかで恋を知ることは、国のためにはならないと思っていた。」


「ルシ…アン…殿下…。」



ルシアン王子は微笑まれた。

綺麗な微笑みに、私は囚われたように、ただルシアン王子を見つめると




「お前を愛している。」




ルシアン王子の指先が、今度は私の髪を梳いながら、涙が溢れている目尻を拭うと



「すべてを片付けるまで…待っててくれ。」



きっと無理だ。でも…


私はルシアン王子の首に縋るように、片腕を伸ばし黒髪に触れ……頷いた。


ルシアン王子の唇がそっと重なり、唇の上で…もう一度言われた。


「ロザリー、愛してる。」



今なら、わかる。

悪魔に魂を売ってでも、愛する人を追いかけた…アデリーナ様の気持ちが…ローラン王の気持ちが…


こんなに好き人が眼の前から消えたら…追いかけたいと思う気持ちがわかる。




でも…


アデリーナ様やローラン王の気持ちはわかるが、私はきっと同じ道は選ばない。



なぜなら、私はルシアン王子の騎士だから、なによりも…騎士としてこの方を守り、この方が大事に思っているこの国を、ミランダ姫を守ることが一番だと思うから。


この気持ちはどんな状況であっても変わらない。この方の為に剣を握る気持ちは変わらない。


それは…結ばれることがなくてもだ。



「…ロザリー」


名前を呼ばれ、眼を開くと…青白く輝く月の光が部屋一杯に広がって、そこは…別世界だった。


そんな中、ルシアン王子は額を私の額に合わせ、夢を…未来を誓い合うように


「必ず待っていろ。お前を必ず貰い受ける。だから侯爵令嬢のロザリーに戻って、勝手に他の男のものになるなよ。」



息ができなった。

夢のようなことだから、息が出来なかった。



でも国は…国の事を思うと…熱く震えた心が、今度は絶望で震えた。



無理だ。


国が乱れるのは間違いない。そうなったら、ミランダ姫が…、ルシアン王子が…苦しい立場になられる。


なによりおふたりの幸せを願っているのに…そうなってしまったら私は…私自身が許せない。



だけど今だけは…。

今だけは、ただこの方を愛している侯爵令嬢ロザリーでいたい。


だから私は怯える顔を隠すために、ルシアン王子の首に腕を回し、必死に心の中で言った、愚かな思いに囚われないように




アデリーナ様やローラン王の気持ちはわかるが、私はきっと同じ道は選ばない。



そう、選ばない…と。

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