王子様は思う。
木の上から、ローラン王が消えた場所を見つめるミランダのその表情は、幼い少女の顔には見えない。
何を思っているのだろう。
憂いを帯びたその顔に、俺は大きな声で
「…おいで」
そう呼びかけ、両手を広げると、ミランダはハッとしたように俺を見た。
「叔父様……叔父様!!」
ミランダは顔をクシャクシャにして、木の上から飛び降りるようにして、俺の腕の中に飛び込んでくると、胸の内に溢れる言葉を嗚咽を漏らしながら口にした…。
「…初めは…真っ黒な霧のようだったの。でも、だんだんと…姿が…見えてきたの。その顔を見ていたら…」
ミランダは両手で零れ落ちる涙を擦るように拭きながら
「なんだか懐かしくて、楽しくて…どうしてなのか…わかんない。全然わからない。」
「ミランダ…」
俺を見つめる、ミランダの緑色の瞳がまた潤み、震えながら
「【また、会えて嬉しかった。】」
「えっ?」
「……そう言ったの。消えてゆく寸前…そう言ったの!!」
ミランダは顔を歪めて
「【また会えて…】ってなに?!初めて会ったのに!!【嬉しかった】ってなに?!……意味がわかんない!」
そう言って、ミランダはまた両手で零れ落ちる涙を拭いながら
「【また、会えて嬉しかった。】って、どういう意味よと、ぜっーたい!聞くんだから!それから、それから…悪魔との契約を切って、感謝させるんだから!!それから…それから……」
そう言って、ミランダは俺の腕の中で大きな声で泣き出した。
【また、会えて嬉しかった。】
ローラン王がそう思う人は、ひとりしか浮かばない。
だが…俺は頭を横に振り、苦笑した。
前世だとか、来世だとか…その存在など、俺にはわからない。
わからないものに、困惑するなど愚かしいと思う。
今だ。今をしっかり生きる事が何より大事だ。
もし…もしもだ、ミランダが母の生まれ変わりであったとしても、ミランダが覚えていない以上、それは事実ではない。
俺が前世でロイという男だったことも…そうだ。
なにより今が大事だ。
「叔父様…。」
ようやく泣き止んだミランダに俺は微笑んだ。
「ミランダ、ロザリーのところに一緒に行こう。お前が側にいてくれたら、きっとロザリーは心強いはずだ。」
「ローラン王は悪魔も、天使も見なかったから、大丈夫だと言っていたけど…そんなにひどい怪我なの?」
「悪魔や天使を、跳ね除けるくらい逞しいミランダが側にいれば、ロザリーはぜったい俺たちのところに戻ってくる。」
「ひどい。」
そう言ったミランダだったが、口元には笑みが戻っていた。
恋とはなんなのだろう。
アデリーナやローラン王のように、どんなに恋焦がれ求めても、手にいられなかった思い。そんな思いを思い出には出来ず、愛する人の魂を追いかけるために悪魔と契約を交わした行為は…恋なのだろうか?
俺にはわからない。
だが今…この胸の中に溢れる思いだけはわかる。
現世でロザリーと結ばれず…来世で巡り合えたとしても…
その女性は…きっと…。
俺が背中を預けたいと思うほどの、剣の腕前ではないだろうな。
あの小柄な体を活かした剣の腕前と、溢れる気迫のシリル。そんな彼女も…俺の心の中で大きく占める。
女性に対して、そう思うのは…変かもしれないな。
だが…
俺が求める女性は、美しいだけの人形のような女性ではない。
飾っておきたいわけではない。
俺が好きなのは…
敵に向かって行く騎士の姿、そして…青いドレスを身に纏い踊る可憐な姿を併せ持つ…女性。
前世や、来世のロザリーじゃない、今のロザリーなんだ。
今の俺が求めるのは、今のロザリーだけだ。
そう、今の彼女が好きなんだ。
恋とはなんなのだろう。
答えがあるとしたら、それはひとつではないのかもしれない。
人それぞれに、答えはあるのだと思う。
俺は…
この70日あまりの日々で、俺なりの答えを見つけた。
だから…
「ミランダ行こう。ロザリーが待ってる。」
……ロザリーが待ってる。




