侯爵令嬢の私と騎士の私。
心は決めていた。
あの方が私に襲いかかって来られたら、抵抗せずにその体を抱きしめることを。
あの短剣を避けることも、もちろん奪うことも簡単だろう。
だが、万が一逃げられてはマズイ。
左手しか使えないのなら、そして剣ではあの方を殺せないのなら…寧ろ剣は邪魔だ。
だからこれしかない。
私はレイピアを地面に置き、アデリーナ様を見た。
驚いたように、私を見たあの方だったが、眼を細め…私の考えを読もうとされている。
浄化。
なぜ、そんな力があるのかわからない。
ただ思う…それは運命だったと…。
アデリーナ様、ルシアン王子、そして私の三人が現世で出会ったのは、神が私にアデリーナ様を託されたのではないだろうかと。それは前世の出来事で、悪魔と契約しまったあの方を…神は私に止めてくれと、仰っておいでなのだと思う。
その昔、この大陸は争いが絶えなかった。
ひとつの争いが終わると、また違う争いが起きる…そんな時代だったから、当時家族を失った幼子は、教会に溢れていたという。おそらく、アデリーナ様もそんな中で家族を失い、教会に身を寄せていたのだろう。そして、多くの子供が救いを求め選んだように、そのまま修道女となられたのではないだろうか。
神はそんな子供らを愛されたはずだ。
だが、子供らの心を神が大きな手ですくい上げても、その指の隙間から砂のようにサラサラと、零れ落ちた心もあったのだと思う。
それが…アデリーナ様だったのではないだろか。
でも…
そう、でもだ。
零れ落ち、地に落ちた心でも、荒れた地に根をはる木のように、必死で生きている者はいたはずだ。その木に花を咲かせ、実を育む者だっていたはずだ。
だから…
人の心を惑わし、人を殺め、最後に悪魔と契約までしてしがみついた恋は…、恋ではないと私は思う。
それを恋と呼んではならないと思う。
もう…これ以上、現世を彷徨ってはいけない。
輪廻の輪に乗って、生まれ変わり、本当の愛を見つけて欲しい。
私がついて行こう。
騎士の私があなたに近づく悪魔を切って、あなたを守ります。
これで…800年前のアデリーナ様と私の恋がようやく終わる。
神様。
騎士の私はアデリーナ様を黄泉の国へとお供する騎士の覚悟はできています。
でも最後に…ちょっとだけロザリーに戻っても良いでしょうか。
クスッ、ロザリーに戻る…そう思ったら、なんだか可笑しかった。
いつだって、男の姿であれ、女の姿であれ、私は私だったのに、あらためてロザリーに…と思うのはなんだか可笑しい。そう、どんな姿でも私は私だった。
最後に…黒い髪に赤い瞳のルシアン王子の姿を見たかったな。
後ろにいらっしゃるのに…見る事はできないなんて…残念。
どうしてこんなに好きになったんだろう。
初めは…肩より少し長い黒い髪を結び、浅黒い肌に鋭く赤い瞳、でも国民の前に立った時、ほんの少し目元を和らげ微笑むあの姿に…あの大きな体に見合う剣捌きに 憧れていただけだったのに…。
そうだ。
『俺は…はぁはぁ…信用していない者は、男でも…女でも…自分の後ろには…やらん。』
その言葉に、ルシアン王子の心の傷を知り……惹かれたんだ。
でも90日後にこの国を婚姻で離れるルシアン王子。
心は揺れた…。私の女としての心は揺れていたが、でも騎士として、ルシアン王子が、民や、国や…そしてミランダ姫を守りたいと思われるその気持ちに応えたかった。
叶わぬ思いなら、騎士としてと思っていたのに…でも…
惚れてる…と言われた。
ルシアン王子の腕の中で聞いた言葉は忘れられない。
『俺は……青いドレスで踊るお前を見た時から…惹かれていた。でも俺はお前に、愛も…将来も…何も与えることが出来ない。だからせめてお前の命だけは守りたいんだ。』
『足掻いて見たい。惚れた女が俺を守る為に、命をかけてこの場に来てくれたのだから、俺もこの恋に足掻いてみたい。』
前世とか、現世とかどうでもいい。
私は…
黒い髪と赤い瞳を持つこの方を愛している。ただ…愛している。
私が剣を置いたことで、アデリーナ様は…私が何を考えているのか、怖いのだろう、小刻みにその体は震えている。
私に向かって来られないと…計画はうまく行かない。
ならば…
「どうなさいました?私が怖いのですか?」そう言って、意味ありげに笑った。
「…な、なによ!」
「いえ、べつに…ただ800年たっても、片思いとはお可哀想だと思っただけです。」
「な、なんですって!」
「ロイの魂は何百年たっても、あなたに靡かないとは…ほんとうにお可哀想。」
顔色が変わったアデリーナ様は、私に短剣を振りかざして、向かって来た。
ごめんなさい、アデリーナ様。
そう心で言って、唇を噛んだ時…声が、ルシアン王子の声が聞こえた。
「ロザリー!やめろ!」
ぁ…嘘…。思い出されたの?
あぁ…なんかすごく…幸せ。
今の私はきっと生まれて一番の笑顔だろうな。
うっ…………
……結構…キツイ。
…フゥ~………フゥ……
痛いなぁ…。
…フゥ………フゥ……
どうやら、時間がそうないみたい。
あぁ…見たかったな。あの赤い瞳を…あの黒髪を…
あぁ…最後にめちゃめちゃ、好きだったんですと言っておけば良かった。
クスクス…
……私ったら、何言ってんだか………よし、では行きますか。
私は暴れるアデリーナ様をしっかりと左手で抱きしめ、その耳元に言った。
「騎士の私が、黄泉の国までお供致します。」




