王子様は…。
今のは…どういう意味だ?!
俺は問うようにアストンを見たが、あいつはシリルだけを見ている。
アストンほどの剣士が、俺の視線に気づかないはずがない。
おそらく、俺の問いに答える気がないのだろう。
アストンはゆっくりと足をシリルへと進めたが、シリルは表情を変えることなく、黙って自分を見つめ近づいてくるアストンに
「お前はバカか?この状況下で、何を言っているんだ。」
アストンは小さな声で、「参ったぜ。」と苦笑すると
「こんな状況だから、お前が俺に靡くと思ったんだか…甘かったな。やっぱり…お前とは切りあう運命か…。」
フゥ~と大きく息を吐き、ようやく俺を見ると、苦笑気味に
「なぁ…王子様よ。俺がこいつを切る前に、思い出してやらないと、こいつは死んでも死に切れないぞ。」
と嘯くアストンに、俺が口を開こうとする前に、大きな声がこの場を包んだ。
「アストン!!あんたは黙ってなさい!」
そう叫んだアデリーナは、アストンを睨みつけ
「800年振りにようやく会えたんだから…あんたの色恋はあとにして!」
そして、俺に向かってにっこり笑うと、短剣を振り上げ
「ねぇ、この女がいなければ…私の元に戻って来てくれる?」
この女…?
その言葉に、俺はなぜか小柄な背中を見た。
この女…それはやっぱり…そういうことなのか?
『ねぇ、この女がいなければ…私の元に戻って来てくれる?』そう言いながら笑う、アデリーナ。
『堂々と恋敵の前で…愛していると言ってやるさ。』そう言って俺を見たアストン。
そして…誰にもシリルに触れさせたくないと思った俺の心。
あぁ…見つからなかったピースを見つけた。
ピースが徐々に埋まってゆく。
すべてはまだ揃っていないが…全体の図柄が見えた。
フッ…なんだ…困惑する意味などなかったのだ。
俺は小柄な背中をにまた目をやった。
主君と騎士という間柄だけとは思いたくない。だが…名前さえもわからない。
シリルと言う名は男性の名だ。おそらく…本当の名は違うのだろう。
お前の名前を知りたい。
願うように見た小柄な背中は、凛として俺を庇うように前に立っている。
その背中に俺は、僅かに視線を外した。
教えてはくれないだろう。いや、聞いてはならないんだ。
お前の名前は…俺自身が思い出さなくてはならないんだ。
必ず…思い出してやる。すべてを思い出す。
レイピアを握りなおすシリルの動きに、俺はハッとして視線をもどすと
異常な様子のアデリーナに、シリルは立ち位置をゆっくりと俺の前から離れようとしていた。
主君の俺を守るために、俺の前に立っていたシリルは…、狙いは自分だと知って、俺から離れようとしている。俺はそれを眼で追って、剣に手をかけた。
鯉口を切る音に、シリルが叫んだ。
「殿下はアデリーナ様に剣を向けてはなりません!」
そう言って、俺に振り返って
「好きな方に剣を向けられたら…アデリーナ様は…」
そのあとの続きをアストンが、シリルを庇うように前に立ちながら
「本当の化け物になるって、言いたいのか?俺はもう手遅れだと思うがな。」
アストンは剣を抜くと、剣先をアデリーナに向けたと同時に、シリルが動いた。
アストンの右手を捻り、足を払ったのだ。
まさか…と思ったのだろう。地面に倒れ唖然としたアストンにシリルが…
「お前も手を出すな!アデリーナ様は…例え腕の立つ者でも、剣では殺れない。犬死するだけだ。」
そう言って微笑むと
「お前は私を切るんだろう。あとで相手をしてやるから…待ってろ。」
剣ではダメだ…私でないと…それは…
「シリル!まさか…お前は…」
俺の声に、シリルは背を向けたまま
「ルシアン殿下、騎士である私は殿下の盾、そして剣だと思っております。そして今がまさしく言葉通りの状況…」
と言いながら、シリルはアデリーナに一歩近づき、振り返ることなく俺に
「私の体がアデリーナ様にとっては剣なのです。悪魔との契約を切り離す事ができる剣なんです。」
その気迫に俺は動けなかった。




