この左手で…。
この瞬間を…待っていた。
アデリーナ様の足を横に払い、その体が倒れそうに揺れた時、左手で体を起こし、アデリーナ様にぶつかって行った。睨みながら、倒れていったアデリーナ様に
「…はぁ…はぁ…あなたが…剣を使ったことがない女性で良かった。」
そう言った私に、悔しそうに唇を噛んでいたアデリーナ様の右手から、落ちた剣を蹴り飛ばし
「一振りではレイピアは、人を殺せません。レイピアのような細い剣や、短剣で相手を殺すのなら、突き刺すべきなのです。そのほうが致命傷を与える事ができます。」
「だから、私が斬りかかろうとする瞬間に…笑ったの?」
「自信があったわけではありません。…五分五分でした。レイピアがいくら軽いとはいえ、女性の誰もが、剣を振り上げるとは限りません。むしろ、女性の多くは…剣を抱え体ごとぶつかってくるものですから、笑ったというより、勝機が出来たと思ったら、力が湧いてきたと言う感じでした。」
「でもまさか蹴られるとは…騎士って女子供には、優しいものだと思っていたのに容赦ないのね。」
「剣は……人を殺める道具です。その剣を向けられたのであれば、例え女であれ、子供であれ、剣を持った者に、容赦するつもりは毛頭ありません。
だから、剣をもつ騎士は誓いを立てるのです。
ただの人殺しにならないために…
【謙虚であれ、誠実であれ、裏切ることなく、欺くことなく、弱者には常に優しく、強者には常に勇ましく、己の品位を高め、堂々と振る舞い、民を守る盾となり、主の敵を討つ矛となり、騎士である身を忘れることなく、この命を主に尽くすことを誓う。】…と。」
倒れたアデリーナ様にそう言いながら近づくと、彼女は後ろへと、両手を使って体を動かし
「それほど剣を持つ事に誇りを持った騎士が、その大事な剣を遠くへ蹴り飛ばして良かったの?」
「そうですね。きっと父は眼を吊り上げて怒るかもしれませんね。ですが…勝つためには手段を選ぶつもりありません。剣ではあなたに勝てないのなら…」
「えっ?」
「剣より…あなたにとっては脅威が…」
私はゆっくりと左手を伸ばし
「この手ほうなら、父は私のやり方を怒りはしないでしょう。」
アデリーナ様の顔がだんだんと青くなってゆく様に、間違いではなかったことをあらためて感じた。
「何故、私にあんな力があるのかわかりません。ですが、あなたがそうやって私から逃げるように、後ずさりするほどの効果はあるようですね。」
「…少し…話しすぎたようね。」
ドレスについた砂を払いながら、立ち上がるとドレスの裾を持ち上げ、太ももにベルトで固定した短剣を出し
「その手で私に触れる事ができれば…もしかして私は浄化されるかもしれないわね。でも、さきほどのあなたの力では、まだまだ私は浄化されないわ。むしろ、安易に私に近づけば…あなたが教えてくれたように、短剣であなたを突き刺すわ。」
フゥ~と息を吐いた。
浄化する力とやらが、どうして私のあるのかわからないうえに、その力を強くすることもわからない。
剣のように鍛錬して得た力じゃないから自信もない。参ったな…こういうのは…。
でも、あの短剣を叩き落とすことは出来る、彼女相手なら左手でも行ける。
行きますか。
お父様、お母様…。
男として生きた人生も楽しかったです。
ミランダ姫…。
姫が、何れ治められるこの国の礎になれるのなら、怖くはありません。
ルシアン王子…。
あなたが…あなたが…
大好きでした。




